第3話 話術&魔術

 コウはシャーロットたちと出会った。この世界で初めて会った住人だ。この出会いは大切にしたい。



「あいつらは去ったぞ。もう大丈夫だ」



 コウは倒れている白兜のリーダーの装備を引き剥がすと、リーダーが着ている服を裂いて縄を作った。その縄でリーダーの手足を縛り、地面に転がす。



「それで、君たちに訊きたいことがあるんだが、いいか?」



 シャーロットたちは顔を見合わせて黙ってしまう。この男を信用して良いのか、その判断がつかないようだ。


 コウはその様子を敏感に察知した。ここは警戒を解く方が先のようだ。



「俺の名前は竜造寺コウ。これでも高校教師をやっている」



 コウは満面の笑みを見せて敵意がないことを示した。その様子にシャーロットたちも少しだが、警戒を解いたようだ。



「危ないところを助けていただいてありがとうございます。私の名前はシャーロット。そしてこちらがメアリーとブロンです」



 ブロンがおずおずとだが、頭を下げる。メアリーはそっぽを向いて目を合わせようとしない。


 シャーロットたちはコウを完全には信用していない。それはコウの正体がわからないからだ。


 それをわからせるため、この状況を把握するため、コウは手短に質問をしなくてはならない。長々と質問をすれば怪しまれるだけだ。



(だとすれば、一つの質問で勝負を決めるしかないな)



 コウは少し考え、そして口を開いた。



「俺は異世界から来た。この意味がわかるか?」



 シャーロットたちはポカンと口を開けた。意外な質問にあっけに取られたようだ。



(……この質問は失敗だったか?)



 しかし、すぐにシャーロットの顔が笑顔になった。メアリーとブロンからも警戒心というものが消えたような気がする。



「『時の旅人』でしたか。道理でおかしな服装をしていると思いました」


「時の、旅人?」




   ###




 コウを信用してくれたシャーロットは様々なことを話してくれた。


 この世界はコウたちがいた世界とは違っていること。


 たまにコウのように異世界からの訪問者があり、『時の旅人』と呼ばれていること。


 この世界には魔族と呼ばれる人種と機械族と呼ばれる人種がおり、争っているということ。



「なるほどな。それで、お前たちは魔族か? 機械族か?」


「私たちは魔族です。魔族は魔法を使い、装備は軽装備。機械族は道具を使い、装備は重装備です。ですから、先ほど襲ってきたのは機械族の兵士ですね」


「ほう、ということは、お前たちは魔法が使えるのか」



 コウは好奇な目でシャーロットたちを見る。生まれてこの方、魔法というものを見たことがない。興味を持つな、というほうが無理であろう。



「一つ、その魔法というものを見せてもらえないか?」



 シャーロットたちは顔を見合わせ、頷く。別に問題ない、と思ったのだろう。



「まずは、わたくしからお見せしますわ」



 最初に出てきたのはメアリーだった。小さな胸を張って堂々とした姿だ。



「私の魔法は、これですわ」



 メアリーはポケットから小指ほどの大きさをした人形を取り出すと地面にばら撒いた。コウにはメアリーの行動の意味がわからない。



「動きなさい、木偶人形」



 メアリーが命令すると、地面に転がった人形たちが立ち上がった。それだけではない。小指ほどの大きさしかなかった人形が普通の人間大まで大きくなったのだ。



「ほう、これはすごい。人形遣いか」


「わたくしは人形を自由自在に操れますわ。本気を出せば五十体くらい余裕ですわよ」



 コウは素直に感心する。しかし、ここで一つの疑問がわいてくる。



「人形を五十体も操れるなら、さっきの機械族の兵士も簡単にやっつけられたんじゃないのか?」


「うっ」



 メアリーは視線をそらし、小さく縮こまってしまった。何かを隠しているように見える。



「メアリーの魔法は操る人形の数が多くなるほど動きが単調になります。五十体もの人形を動かしたら同じ動きしかできないですよ」


「シャーロット! こいつに私の弱点まで話さないでほしいですわ!」



 シャーロットは笑いながら謝った。少なくともシャーロットとメアリーの仲は良いらしい。



「次は私ですね」



 次に出てきたのはシャーロットだった。シャーロットは懐から手鏡を取り出し、コウに手渡した。



「何だ? この手鏡がどうかしたか?」


「その手鏡をじっと見ていてください」



 コウはいわれたと通りじっと手鏡を見つめた。変哲もない普通の手鏡だ。これ以上見つめても何も起きない。そう思った、その時。



「ミラー・アイ」



 ぬっ、と手鏡の中に目玉が浮かび上がった。



「うわっ!」



 あまりの不気味さにコウは手鏡を落としてしまった。下が柔らかい土だったこともあって、手鏡が割れることはなかったが、再びその手鏡を拾う気持ちにはなれない。



「どうです? 驚きました?」



 シャーロットはニヤリと口元を歪める。どう考えても先ほどのことはシャーロットが絡んでいた。



「私の魔法は体の一部を光が反射するものに移すことです。先ほどのは私の眼帯の裏に貼り付けてある鏡から、右目をあなたが持っている手鏡に移しました。戦闘には役に立たない魔法ですね」



 シャーロットは苦笑いを浮かべる。攻撃用の魔法なら先ほどのような苦境には立たされなかった、とでも思っているのだろうか。



「なるほどな。それで、そこにいる子供、ブロン、だったか? ブロンは何ができるんだ?」



 コウがブロンを見るとさっとメアリーの後ろに隠れてしまった。これにはコウも苦笑する。自分が怖がられたと思ったのだ。



「ブロンは魔法を使うことを好みませんわ」



 メアリーがブロンの気持ちを代弁する。



「使えば皆がただでは済みませんから」


「それほど強力な魔法なのか?」


「ええ、毒の魔法ですわ」



 毒の魔法。あたりにあらゆる種類の毒を撒き散らすことができる。幼い容姿にしては凶悪な魔法を扱うものだ。



「ブロンは心優しい子ですわ。出来れば、ブロンは魔法を使わずに過ごさせてあげたいのです」



 メアリーはブロンの頭をなでてやる。そこには美しい姉弟愛が見えた。



「わかった。さすがに俺もブロンの魔法が見たいとは言わない。メアリーとシャーロットの魔法が見られただけで十分だ」


「理解していただき、感謝しますわ」




   ###




 異常な景色を見た、魔法も見た。ここはどう考えてもコウのいた世界ではない。



「シャーロット、俺が元の世界に戻る方法はないのか?」


「元の世界、ですか」



 シャーロットは指を唇になぞらせて考え込む。シャーロットが考え事をするときの癖なのだろうか。



「クイーン様なら、何か知っているかもしれません」


「クイーン様?」


「私たち魔族の女王様です」



 確かに魔族の女王なら何か知っている可能性は高い。魔法で簡単に帰してくれるかもしれない。そんな期待がコウの胸にはあった。



「そのクイーン様には会えないのか?」


「会えると思います。時の旅人を見つけたら王宮に連れて行くことが義務付けられていますから」


「王宮の場所は?」


「王都、今から私たちが行く場所です。せっかくですので、私たちと一緒に来ませんか?」


「そいつはありがたい」



 行き先が同じならシャーロットたちと一緒にいたほうが良いだろう。


 この世界のことに関してもさらに話が聞ける。誰かに襲われたときも一人よりかは四人のほうが安全だ。



「では、決まりですね」


「ああ、よろしく頼む」



 コウはシャーロットたちとともに魔族の王宮を目指した。


 この世界はコウにどのような運命をもたらすのだろうか。

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