凄まじい轟音とともに、地響きが生じ、わたしは目覚め飛び跳ねて起き上がった。

 時刻を確認すると夜の十時を過ぎている。慌てふためきながら周囲に注意すると、部屋の照明が付いておらず真っ暗で、空調も起動していない。まさか停電でも起こったのではないかと考え、カーテンを開き窓から外を見渡すと、街の方から幾つか煙が立ち上っている。悪夢を見ているのだろうか、それともVR《ヴァーチャル・リアリティ》でも見させられているのか。わたしの頭の中は大量のストレスエラーを吐き出していました。

 そこで一つ靄がかかっているかのような違和感を感じた。ネットワーク通信が繋がっていないのです。そもそも備蓄電力があるのに大規模の停電なんて引き起こるはずがありませんし、通信まで遮断されるはずがありません。明らかな異常事態。けれど停電と通信障害により外部にアクセスが出来ず、マザー・フィリアとも連絡が取れず、現状を把握できません。

 唖然とし混乱する中、ノエルさんのことが頭をよぎり、いたたまれなく心配になって、力ずくでロックが掛けられていた扉を開き部屋を飛び出しました。

 こんな夜遅くまで彼を一人にして、しかも彼に万が一のことがあったらと考えるだけでわたしの頭はショートしそうなほどの痛みを感じました。

 廊下を駆けエレベーターの手前まで来たものの、やはりエレベーターは起動しておらず、仕方無く両扉を力づくでこじ開け、身を乗り出し通路の下を見る。幸い一階にエレベーターが停止していたので、扉から飛び降りエレベーターの天井へと着地し、ハッチを開けエレベーターの中から外へと出ました。

 急いでエントランスへと掛け走り外に出ようとした瞬間、隣の駅ホームから何か大きな物音が近づいているのに察知し足を止めると、突如すさまじい爆発が降りていたシャッターを吹き飛ばし、爆風に巻き込まれたわたしの身体はあっけなく宙を舞い床にたたきつけられた。幸い直撃しなかったため皮膚が煤けかすり傷が付いたくらいでした。

 辺りは床がめくり上がり瓦礫が散乱し、大理石の柱はいくつかなぎ倒れており、所々に火の粉が飛び散っている。もうなにが起こっているのか現状が整理できず、頭を抑えたまま見上げると燃え盛る火の気の中から巨大な鉄塊が姿を現した。

 どうしてこんなものがここに……!

 防壁を纏った四本の足にその上には砲塔が取り付けられている。細長い主砲が何かを探すように左右に動かしている。2050年以降に登場した戦巧機ヴァイツァーと呼ばれる多脚戦車。通常の戦車より小回りがきき、市街地戦や歩兵の護衛に長けた性能を持った対人用の戦車です。この戦巧機ヴァイツァーはおそらく合衆国の第二世代型M600。そんな年代物がこんなとこにあるのは不可解――けれどその不可解さがむしろ一つの仮説に信憑性を与えました。ただ今はそんなことを考えるよりも、この戦巧機ヴァイツァーを止めなければならないのが最優先事項。なぜならこの一連の騒動の目的はマザー・フィリアの破壊だということだけは確信できたからです。

 侵入者に反応して幾数もの円筒型の武装オートマトンがどこからともなく表れ、戦巧機ヴァイツァーに対し武力破棄の警告と発砲するが、あっけなく榴弾によって一機のオートマトンが吹き飛ばされた。この型番の戦巧機ヴァイツァーの主砲は7.5mで徹甲弾をしよう。強い機体とはいえないものの、ここにいるオートマトンやわたしでは全く太刀打ち出来ないでしょう。

 ウォーマシンだった頃のわたしならこんな相手に後れを取ることはなかったでしょうが、今のこの身体では何の役にも立たないかもしれません。だからといってこのまま何もせず、ただただ立ちすくんでいるのは性に合いません。

 警備隊はおそらく市街の騒動に気を取られ、こちらの方に到着するまでまだ時間がかかるでしょうし、もしかしたらまだ気がついていないかもしれません。それでも時間稼ぎくらいなら出来るかもしれません。

 とりあえずは通信障害をとめたいところ。この機体のカタログスペックは覚えており、脚部の真下に高周波を飛ばすECMが搭載されていたはずです。それがこの広域に及ぶ通信障害と電子機器の障害を及ぼしているのでしょう。フィリアは地下深くに設置されているのでこの電子障害に影響はないでしょうが、通信する事ができないので、まず彼女とコンタクトをとるためECMを破壊することを目標にしました。今のわたしに出来るのはせいぜいそのくらいでしょう。

 戦巧機ヴァイツァーは燃え盛るエントランスの中、無謀にも攻撃し続けるオートマトンを蹂躙しながら巨体を揺らし行進する。おそらくエレベーターの通路から最下層まで降り、フィリアを破壊するつもりなのでしょう。

 どうやらわたしは攻撃対象としては認識されておらず見向きもされていません。挙動から察するに自律稼働しており人が乗っていないと判断しました。

 跪いたわたしのまわりには三体のオートマトンが守るように取り囲んでいてくれていた。

「わたしも戦います。何か武器を貸してくれませんか?」

 そう尋ねるとそのうちの一体が格納部から携帯銃を取り出し、わたしはそれを手にとった。

 一般に使用されている高出力のレーザー銃のようで、これでは戦巧機ヴァイツァー相手には何の対抗手段にはならないので、本当はやってはいけないことなのですが銃のカートリッジを引剥し、基盤部分に指先を触れさせ、オミットされている出力の最大値を改竄する。銃本体には負荷がかかりいつ壊れるかわかりませんが、これなら少し使い物になりそうです。

 最大出力を出したレーザー銃の光線のそれは銃というより刃物に近い形状をしていた。

 惜しみながらもお気に入りだったスカートの裾を破り気合を入れる。

 恐怖心はなかった。ただ目標の排除することしか頭にありませんでした。わたしの頭の中のプロセッサーに刻み込まれた兵器としての本能。大義も使命もなくただプログラムに従うように身体が動き出した。

 目標に向かい徐ろに駆け出すと、銃を手にしたことによって排除対象と認識したのか、砲塔の頭上に取り付けられた機銃がわたしに狙いをつけた。

 掃射される弾丸。命中すれば跡形もなくバラバラにされるでしょう。さすがに無策に挑むつもりはありません。

 拡張現実に搭載された弾道予測ガイドを起動する。これで射撃の弾道予測線が視界に表示され、目標の装甲値も知ることが出来るようになった。

 床に表示されたガイドラインに従い、毎秒20発掃射される7.8mm の弾丸をさけながら目標に向かって駆け抜ける。

 頬をかすめる弾丸。ほんの少しでも動きを誤ればそれが命取りに繋がる。

 目標との距離が縮まるほど弾道も収束する。目標との距離が30m を超えたところで回避不可距離に入りガイドラインが消滅している。

 なら――

 一気に間合いを詰めるため地面を蹴り跳躍する。

 戦闘用の金属素体に比べれば劣るこのバイオ素体である統合組織素体プロテーシスと言えども、その性能は人体のものよりも格段に強化されており、筋力や強度は人のそれよりも優れている。

 一飛で高さ10m ある天井まで跳ね、死角となる目標の頭上を目掛け、体を捻り天井を勢い良く蹴った反発力と重力に身を委ね落下する。

 戦巧機ヴァイツァーの頭上に張り付き先程まで調子よく乱射していた機銃を片手で掴み動きを止める。付属品にしか過ぎない機銃など片手で引きちぎることは容易い。

 脅威となる機銃を排除したことによりこちら側が動きやすくなった。比較的装甲が薄い頭上にあるハッチにレーザー銃を突き刺すように掃射するが、やはり熱耐性コーティングされているため貫通出来ない。

 目標は都合よく大人しくはしていてくれないようで、わたしを振り払おうと自身の巨体を壁に叩きつけ、体制を崩したわたしは振り落とされてしまった。砲塔から転がり落ちたわたしを、戦巧機ヴァイツァーは主砲で見下げている。近くで見るとその大きさがより際立って見える。脚部だけでもわたしの身長よりも遥かに高いだろう。

 踏み潰そうとその巨大な足を上げ、間一髪のところで後ろに回避するが、間髪入れずその巨体で突進してくる。戦巧機ヴァイツァーは脚部真下に仕込まれたボール状の車輪により、狭い空間でも高い瞬発力と機動性を発揮することがきる。

 迫りくる目標に対してわたしも真っ向から挑み駆け出し、接触する寸前に機体の股下に滑り込み、すれ違いざまに機体の真下に取り付けられたECM装置にレーザー銃を掃射する。ECM装置は外部に露出していなくてはその性能を発揮できないので、装甲の外側に搭載されているのですが、流石に完全に曝け出されているわけはなく、装置の周りにつけられた保護装甲によって邪魔され破壊する間もなく、戦巧機ヴァイツァーが頭上を通り過ぎた。

 戦巧機ヴァイツァーは勢いが止まらずそのまま太い柱に突っ込み、その衝撃の振動によって建物全体が揺れ砂埃が落ちてくる。

 装置が真下にあり、且つあの機動性では簡単にを潰せそうがないので、どうにかして動きをとめたいところ。

 とりあえずはわたしを驚異対象と認識してくれたおかげで時間はそれなりに稼げました。ですがまだ警備隊が来てくれる保証はないのでやれるところまで目標の注意を引きつけておきたい。

 戦巧機ヴァイツァーはエントラスが広いことをいいことに、機敏に柱を避けながらわたしを中心に旋回しながらスラローム射撃で再度攻撃を仕掛けてきた。飛び交う榴弾の中、必死に右往左往に避け続ける。戦巧機ヴァイツァーもわたしを近づけさせてはいけないと学習したのか、一定の距離を取りながら攻撃を仕掛けてくる。

 さすがにわたし一人で手に追える相手でもないので、多少の犠牲は出るかもしれませんがオートマトン達にも頑張ってもらわなければなりません。

「皆さん、わたしが注意を引きつけておきますので、そのうちになんとしても敵の足を止めてください!」

 オートマトン達はわたしの声に応じて、アンカーを撃ちだし、動きまわる戦巧機ヴァイツァーの脚部に巻きつけることに成功するが、やはりあまりにも重量差があるのでオートマトン達は抗うすべもなく引きずられる。戦巧機ヴァイツァーは足に絡まったアンカーのワイヤーを気にすること無く、わたしを執着して追いかけ続ける。

 だが急に戦巧機ヴァイツァーの動きが止まった。

 足に巻き付いたワイヤーが柱や瓦礫に絡まり戦巧機ヴァイツァーは身動きがとれなくなったようだ。散々引きずられ瓦礫などにぶつかったせいで数台のオートマトンは煙を上げ無残な姿で朽ち果てている。

 申し訳無さと慈悲が心を掠める。けれど今はそんなことも思う暇はない。

 戦巧機ヴァイツァーはなおも前進しようと踏ん張りをきかせ、ワイヤーの強度も限界に近いらしく、すでにいくつかのアンカーは千切れ解けかかっている。

 いまのうちに完全に動きを止めなければ。

 撃ちだされた榴弾を回避しつつ再び戦巧機ヴァイツァーの頭上にしがみつき、左前脚部の関節部分を覆っている耐熱性防護フィルターに、出力を高め高圧熱エネルギーを圧縮させブレイド状のレーザーを突き刺す。歩行兵器の弱点となる間接を保護しているこのゴム状のフィルターは榴弾などの爆発から駆動部分を守るために取り付けられているが、榴弾の爆風よりも高熱のレーザーには耐えることは出来ない。フィルターを切り開くと駆動部分が露出し、可動部の隙間にレーザー銃本体ごと突っ込む。つっかえさして動きを止められると思ったが、予想以上に駆動部の圧力が強かったのか銃の強度が弱かったのか、銃は巻き込まれながらへし折れてしまった。

 想定外のことに焦る。そうこうしてる間もなく戦巧機ヴァイツァーはワイヤーを引きちぎってしまい暴れだした。振り落とされそうになりながらも、意を決して銃を掴んだ右手を更に可動部に押し込み腕をまで突っ込む。

 これが生身の人間だったなら想像を絶するほどの痛みのクオリアが生じるのでしょう。けれどこの身体なら痛みのクオリアを遮断し、痛みを感じているという情報だけを得ることが出来る。

 だから人間の様に悲鳴を上げたり苦痛の表情を浮かべること無く、躊躇わずに腕を引きちぎることができた。

 痛みなんて感覚は所詮、危険信号なわけで情報処理に負荷をかけるだけの余計な情報でしか無い。

 車体から転がり落ちたがどうにか動きを止めることが出来たようだ。千切れた腕からは白い人工血液が垂れ流れ筋肉の繊維がほど切れており、とても人様に見せられるようなものではありませんでした。

 だがまだ気を抜けれるような現状ではなく、機動性を失った戦巧機ヴァイツァーでしたが左前の脚部以外は動くようで、転がり落ちたわたしを踏み潰そうと大きく右前の脚部を上げたが、その隙を逃さまいと、がら空きになった脚部真下のECM装置に左拳を殴りつけた。

 装置が壊れた瞬間、今まで靄がかかっていた感覚が晴れ、通信が復活した。

 そしてすぐさまフィリアに通信を入れる。

「フィリア、今エントランスに戦巧機ヴァイツァーが侵入してきて交戦中です。直ぐに救援を呼んでください!」

 フィリアは外部との回線が復活したことにより一瞬で今ユーフォリア・コロニーで何が起こっているか判断できたようでした。

〈現状を把握しました。緊急にその場から退避してください〉

 わたしはフィリアの支持に従い這いつくばって戦巧機ヴァイツァーの股下から脱出する。戦巧機ヴァイツァーはわたしを標的にするのをやめたらしく、元々指示されていたであろう作戦に戻り、任務を果たそうと前へ前へと可動出来なくなった足を引きずりながら動き出しました。

 その姿は一見、いたたま如くも見えましたが、所詮はプログラムに従順で仕組まれたように行動しているだけであって、寧ろ愚かしくも思えました。まるで昔の自分を見ているかのように思え。

 戦巧機ヴァイツァーから少し距離をとったところで、外部からハックされたような感覚に陥った。

 フィリアがわたしの目を使い目標を補足したのだ。

〈座標固定。テンペスト起動します〉

 彼女の抑揚のない声と同時にカテドラルの斜め上から、細く眩い一筋の光の柱が戦巧機ヴァイツァーの頭上を突き刺すように落ちた。

 戦巧機ヴァイツァーはメインシステムを破壊され沈黙した。

 先ほどの光は生統ユニメントのみが保有するもっとも強力な兵器、衛星掃射砲・テンペストの攻撃。その名の通り衛生上から目標を駆逐するレーザー兵器。生統ユニメントに仇なす者を討ち滅ぼす裁きの槍。

 今の射撃はおそらく最低出力の威力で、その気になれば一つの都市を壊滅させることも造作も無いことでしょう。国家ガバメント生統ユニメントを目の敵にしている理由の一つが、このテンペストを保有しているからです。

 フィリアがテンペストを使用したということはそれが最善の選択だったというのでしょう。けれどそれは今回の騒動を更に大事にしてしまい、世間を不安に陥らせることになるかもしれません。

 ただでさえ右腕がもげ、左手も骨が皮膚を貫通し飛び出ていたりと慢心状態なのに、更に追い打ちを掛けるように、これから起こるであろう様々な問題を否応もなくALMAが勝手に予測演算し導き出す。

 溜まりに溜まった黒くどんよりとした感情を吐き出すように深い溜息をつく。

 わたしを心配してなのか、将又ストレス係数を読み取ったのかはわかりませんが、フィリアが声をかけてくれました。

〈ルル・アルクイスト。貴方がいなければワタシは破壊され、ユーフォリアの秩序は壊滅していたかもしれません。貴方の勇気ある行動はワタシを救い、多くの人を救いました。ワタシは貴方を大変大きく評価し、感謝の言葉を送ります。現在、救護車両がこちらまで向かっているので、もうしばらくだけ安静にしてお待ち下さい〉

 抑揚も感情も感じない声でしたが今はそんな彼女の声を聴くだけでも少し安心できました。

 気が付くとお気に入りだった衣服はボロボロで、三つ編みをしていた髪は爆風で焼かれチリヂリになっており、弾丸を掠めたのか編んでいた髪は解けて長さが不揃いになっている。ぼろぼろなのは身だしなみだけではなく身体はもっと酷いことに、足には瓦礫の破片が突き刺さっており、幾つか弾痕も見受けられ青白い人工筋肉の繊維が曝け出されている。こんな姿誰にも見られたくありません。自分が人間ではなくマシンだということをこれでもかというくらいに痛感させられる。普通の女の子は戦巧機ヴァイツァーと戦ったりなんてしません。

 先程から自宅に連絡しようと何度もコールをしているのですが彼が出てくれません。もう寝てしまったのでしょうか。わたしを心配していてくれているだろうか。彼のことだからご飯は自分でも作れるから、もう食べおわってるかもしれません。彼は今時珍しく携帯用の連絡ツールを所持していないので、直接連絡することができないのです。

 しばらく放心状態でいると外から物音が聴こえた。救護の人が到着したのでしょうか。物音がした方へ覗き込んでみると、人影が見えましたが、けれど救護隊員の人にしてはやけに小柄で散らばった瓦礫に足を取られ覚束ない感じでした。もしかすると騒ぎを聞きつけた民間人が入ってきたのかもしれません。

 さっきテンペストの掃射レーザーが入ってきた壁から月明かりがこぼれ落ちていた。そこに人影が入り込みその人物の顔が照らされた瞬間、わたしは声を失いました。

「ノエルさん……?」

 わたしの声に気づき彼がこちらの方を見た。

 どうして彼がここに……。一番見られたくない人に今の姿を見られてしまった……。千切れてしまった右腕を覆い隠そうとした左手も醜く、わたしは思わず彼から視線を遮るようにうずくまった。けれども近づいてくる彼の足音に怯えすくんだ。

 足音がわたしの前で止まる。おそるおそる顔を上げると、急に彼は跪いたわたしを抱きしめた。

「ノエルさん、どうしたんですか……?」

 彼はただただわたしを強く抱きしめたまま鼻をすすり泣いていました。わたしのボロボロな姿を見てビックリしてしまったのでしょうか。わたしは彼の頭を荒れた左手で撫でた。こうしているとまだ彼が小さかった頃、家に来て間もなく不安でわたしに泣いき付いていたのを思い出します。そんな彼の頭を撫でているとさっきまでの杞憂が払拭され、なんだか心がやすらぎました。

 しばらく泣いた後、落ち着きを取り戻したノエルさんが充血した目をこすりながら尋ねてきました。

「一体なにがあったの? 手もこんなボロボロになって」

 彼は躊躇うことなくわたしの骨がむき出しになった左手を優しく両手で包んだ。

「少し無茶しちゃいました。すいません、これじゃ今日料理をつくれそうにないですね。それよりノエルさん、どうしてこんなところまで来たんですか? 危ないじゃないですか……」

「どうしてじゃないよ! 帰ってくるの遅いと思ったら、外は騒がしいし、それで心配してきたら建物が壊れててルルもボロボロになってて……もしルルに何かあったら……僕を一人にしないでよ……!」

「大丈夫ですよ。あなたが望むなら、わたしはずっとあなたのそばにいます」

 再びわたしの胸元で子供のように泣きじゃくる彼に、わたしは優しくそう言いました。

 しばらく二人で抱き合っていると救護隊員の方が到着し、わたしはエンブリオ・ガーデンまで搬送されることになりました。タンカーに乗せられ救護車両まで運ばれるわたしにノエルさんは心配してついてくる。

「ほんと大丈夫? 僕もついていこうか?」

「大丈夫ですよ。きっと数日で元通りになると思います。それよりノエルさんも大丈夫でしたか。外もなんだか火事や爆発で大変なことになっていましたが」

 わたしの問に彼は首を傾げました。

「……火事? うーん家からここまで燃えている建物なんて見なかったけどな。けど、そう言えば多くの人が何かから逃げるように町の方へ移動してたな。僕はルルが心配でそれどころではなかったけど」

 彼との会話に齟齬がありました。それではわたしが休憩室の窓から見たあの街の光景は何だったのでしょうか。

 今、ユーフォリア・コロニーの水面下で怪物リヴァイアサンが動き出したのかもしれません。

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