エーデル家に招かれたわたしはテーブルに座らされた。リビングを見渡すと母と子、二人暮らしということもあってか随分と物が少なく落ち着いた雰囲気がある。クリスタはお茶と菓子を持ってきてわたしの前にカップを置いた。

 親子ということあって外見は娘のメリッサにとても似ています。腰の丈まで伸びた赤い長髪に凛々しい顔つきで、大人らしい雰囲気に満ちています。

 彼女は椅子に足を組んで座り自分で入れた紅茶に舌鼓する。一方、わたしは紅茶に映る浮かない表情をした幼気た顔を見つめながら溜め息を零す。

「クリスタ……やはりわたしはメリッサに嫌われているようです」

 彼女は紅茶を飲みカップをソーサーの上において、一息ついて口を開いた。

「まーたそんなこと言って。あの子は別にあなたを嫌ってるわけじゃないの。ただその……」

 言葉選びに迷っているようだったのでわたしは彼女の言葉の続きを予想して付き足す。

「わたしがヒュネクストだから……ですよね」

「まぁ、そうかもしれないわね。不気味の谷、だっけ、あの娘にはあなたが人なのかマシンなのかわからないみたい。子供はわからないものを怖がったりするからね。それからあの娘の父親が戦争でマシンに殺されたからってのもあるかもしれないわ」

 クリスタは深く溜息をつく。クリスタの旦那さんはメリッサがまだ3歳だった時に戦死してしまったようで、それ以降は女手一つでメリッサを育てているのです。やはり色々と気苦労があるのでしょう。

「まぁ、私からしたらルルなんてメリッサと同じくらいのただの女の子にしか見えないのにね」

 そう言って悪戯な笑顔でわたしを見る。わたしにはその態度が誂われているような気がしてなりませんでした。

「失礼ですがクリスタ、わたしはあなたが生まれるずっと前にこの世に既存していました。ヒュネクストになってからはまだ十五年しか立ってませんが……でも人としての振る舞い方や礼節も心得ていますし、情報や知識は人よりも豊富です。なのに少女扱いとは些かひどいです」

「そうやってムキになる所が子供っぽいのよ」

 彼女は意味深に含み笑いをする。

「あなたはまだ子供よ。だいたい知識や情報をいくら持っていようとも、それで世界や他人も自分だって理解できるわけではないでしょ。そういうとこがまだ未熟なのよ。そう、あの娘もまだわからないのよ。だからあなたを怖がっているだけ」

「そういうものなのでしょうか」

「そういうものよ、あなたも大人になればわかるわよ。だから今は精々悩みなさい」

 彼女はわたしに優しく諭す。これが大人の余裕と言うやつなのでしょうか。相変わらずクリスタの言うことは抽象的でわかりづらいです。

「それでノエルくんとの生活はちゃんと上手くやってるの?」

クリスタは空になったわたしのコップに紅茶を注ぎながら尋ねてきました。

「大丈夫ですよ。今朝だってわたしの作ったトマトを美味しく食べてくださいましたし、なにも問題ありませんよ。もうクリスタは心配し過ぎなんですよ」

「そりゃ心配するわよ。ヒュネクストと子供が二人で生活してるんだから、隣人として目が離せるわけないじゃない。ただでさえ母ひとりで娘ひとりを育てるだけでもしんどいのに、どうして隣人の世話までしないといけないのかしら」

「べつに迷惑をかけてるわけじゃないですか……」

 そうぼやくとクリスタが薄目で睨みつけてくる。

「よく言うわね。料理を失敗して火事になりかけたこともあるし、よくわからない植物を栽培して増殖させたりしたし、散々迷惑かけたでしょうが!」

「す……すいません! いやーそんなこともありましたね。まぁあの頃は不器用でしたしドジをすることがありましたが、愛嬌のようなものだと思っていただけたら、なんてアハハ……」

 目を逸し乾いた笑いをするとまるで、呆れられたかのように溜め息を吐かれました。

「未だにその愛嬌とやらは抜けきってないみたいだけどね。まぁべつにいいけど、メアリーさんには私が主人をなくした時によくして貰った恩もあるし。にしてもメアリーさんが亡くなってから、あなたがノエルくんを育てるなんて言い出した時はさすがにびっくりしたわよ」

「今思えば我ながら無茶を言ったなと思います。けれどわたしが初めて自分の意志で人の役に立ちたいと思ったことなので、どうしても彼を育てたかったのです」

 まだヒュネクストとなって数年しか立っていなかった自分が、7歳のノエルさんを育てるなんて無謀でしたが、メアリーの意志を引き継いたからなのか、気の迷いだったのか、はたまた贖罪の為なのか、今となってはわからないものの、なんとなくそうしなくちゃならないと思ったのは今でも覚えています。

「今だから言えるけど、あなたの選択は間違ってなかったわよ。それは今のノエルくんを見ればわかる。ルルはよくやったわよ」

 クリスタはテーブルに頬杖をつきながら慈愛の眼差しを向けながら微笑む。

「なんだか改まって言われるとむず痒いですね。でも今こうしてノエルさんと暮らしていられるのもクリスタのおかげでもあります。ホントありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします」

 そういって少しだけ頭を下げると彼女も――

「いいえ、こちらこそ娘ともどもよろしく」

 と言って頭を下げ、互いに顔を見合わせて笑う。

 彼女と談話はとても有益なもので、時に多くのことを学ばしてもらいます。わたしは彼女をとても慕っており云わば『信頼』という感情を抱いています。そして彼女もまたわたしを信頼していると言ってくれています。その相互関係を人は『友情』といいいます。言うなればわたしと彼女は友人という名のタグを互いに紐付けしているということです。彼女もまたわたしにとって特別な存在なのです。

しばらく話をしているといつの間にか出勤しなければならない時間になっていた。談笑しているとついつい話が長くなり時間を気にしなくなってしまいます。

「あらあらいつの間にかもうこんな時間、長居しすぎましたね。わたしはそろそろ仕事に行かなくてはならないのでお暇しますね。お茶おいしかったです」

「ええ、またいらっしゃい」

 わたしはそう告げクリスタに見送られながらエーデル家をあとにしました。

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