いつの間にか9月も終盤で、残暑もなくり乾風がなびく季節になっていました。そして、祝典まで後り一週間をきっていました。

 レジデンツ広場に立ち並ぶ店では祝典を彩るために、AR《オーグメント・リアリティ》で告知が大々的に宣伝されており、建物は綺羅びやかなホログラムなどで飾られてはいるのですが、けれど広場にはいつもの活気はなく人通りも少なくなっており閑散としています。

 ノエルさんと買い物帰りにマーケット通りを歩いていると彼がぽつりと言葉を漏らしました。

「祝典うまくいくのかな……」

 ちょうど今わたしが考えていたことを口に出して言ってしまいました。

「だ……大丈夫ですよ。職場のみんなも誠意一杯盛り上げようと頑張ってるんですから」

「でもさぁ、そもそもの目的は人とマシンの親睦を深めようってことでしょ? だけどこうも世間が沈んでる時にやるのはタイミングてきにねぇ……」

 聴覚をシャットダウンしたくなる程の現実を突きつけるノエルさん。彼の仰る通りこのままでは記念すべき一回目の祝典は苦い思い出になってしまいそうです。

 溜め息を吐きながら空高く漂う雲を見上げる。

 こんなにも空は澄んでいるのに、世間はギクシャクしていて息苦しいです。

 マシンは人々を管理するために平和と豊かさを与え、そして人々はその代償に生存権を譲渡しました。ですが今回起こった一連のテロ騒動で人々を恐怖に脅かす事態となってしまったため、生統ユニメントは人々からの信頼を落としてしまうことになってしまいました。

 ユーフォリア・コロニー設立記念の祝典は人とマシンがより良き関係になるよう願って考案したのですが、その願いに叛逆するように両者の間にますます大きな谷が出来てしまう事態になってしまいました。

 このまま祝典の当日まで黙って指を咥えて待つしかないのでしょうか。

 そうこう話し合いながら歩いていると、後ろのほうで何かが倒れる音がしたので振り帰ると、紙袋から果物や野菜が飛び出て散乱しており、一人の老婦人が跪いて顔色が優れない様子だったのですぐさま駆け寄りました。

「どうかなされましたか? どこか具合が悪いところがあるとか」

「ちょっと最近、息苦しくってね……大丈夫よ、しばらくしたら収まるはずだから……」

 そうは言っても息が浅く苦しそうだったので救急車でも呼ぼうかとしていると、ノエルさんがあることに気づいたようでした。

「もしかして身体の一部に機械を使っていたりしませんか」

 ノエルさんがそう尋ねると彼女は頷き肯定する。

「え、えぇ……肝臓の一部を人工のものに取り替えてるわ」

「もしかしたらそれが故障してるのかも。ルルちょっとIOCから読み取ってみて?」

「はい……わかりました。けど人工臓器が故障するとは思えないんですが……」

 そう言いながらもノエルさんの言われたとおりに彼女のIOCを読み取るとから彼女の個人情報がARに表示される。

 名前はエリカ・エストライヒ、六十四歳。メディカルサーバーから情報を読み取ると確かに40年前に臓器の交換をされていました。そして更にIOCを検出すると、どうやら本当に肝臓の一部が機能していないようでした。

「すみません。少し触れますね」

 そう言って彼女に近くにあったベンチで仰向けになってもらい、服の内側からお腹に手を当て直接人工臓器にアクセスすると、分泌液を調整する機能が停止しているようでしたので、強制介入して数値を修正する。

 おそらく先日のテロ騒動に使用されたECMジャマーの高出力の電波によって、機能の一部が故障してしまったのでしょう。通常のものは電波障害で故障なんてしないのですが、彼女に使われていたのはかなりの年代物でガタが来ていたこともあってか障害を引き起こしてしまったのでしょう。わたしは人工臓器のような精密な機械が故障するとは思いもしていませんでした。

 しばらくして彼女は体調が良くなったようでベンチから起き上がりました。

「あら、なんだか身体が軽くなったわ。すごいわねアナタ、手をかざしただけで治しちゃうなんて魔法使いみたい」

 初々しい反応を見せる初老の女性はシワを刻んだ笑顔でわたしの手を両手で包み込んだ。

「いえ、そんな大したことはしていませんよ。わたしは魔法使いじゃなくただのヒュネクストです。一応、故障していた機能の代わりに修正をしておきましたが、一時的なものなので近いうちに病院に行ってくださいね」

 彼女の手を両手で握り返し進言しておきました。

「あらー、あなたヒュネクストだったのね。随分と可愛らしいこと。それに坊っちゃんもすごいわ。よくわたしが人工臓器にしてるなんて気付いたわね」

「もし肉体に支障があったのなら、IOCが症状がでる事前に検出して警告を出してるはずなのに、そうじゃないってことは人工のものが支障をきたしてるんじゃないかなって思っただけです」

「そうだったんですね。わたしは人工臓器が故障するわけ無いって盲信していたのでそういう考えにはいたりませんでした……。少しマシンを過信しすぎていました」

 自身の考えの浅はかさに反省していると、彼女は自身のお腹を擦りながら優しい声音で否定しました。

「そんなことないわ。コレのおかげわたしは今まで普通に暮らしてこれたし、IOCがあったからすぐにアナタに治してもらうことができた。ちゃんとマシンはわたしために役に立ってくれているわ」

「そういっていただけると、なんだかわたしも嬉しいです」

 マシンにとって人の役に立つことこそが本懐。感謝の言葉を耳にするだけでわたしにとっては大きな喜びです。

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