最近、寝不足気味のせいか、今朝から頭が冴え渡らない感じで、お昼を過ぎた今でも調子が優れなく、仕事中にもかかわらず時たま手が止まってしまっていました。

 午後はオフィスでにてユーフォリア・コロニー設立記念祭の準備のミーティングがあり、福音監査課の皆が集まっておりました。

 シャルがいつも通り話の進行役を務めていました。

「祝祭まで後二週間を切りました。各位、進捗の程はいかがでしょうか?」

 するとウィリアムが報告をする。

「自治体との連帯は順調だ。どこも積極的で乗り気だから助かる。アンジェの方はどうだ」

「あたしは酒場のオーナーや、そこに来る顔の広い人にもなんかにも盛り上げてくれるように呼びかけてるわ。酒好きは祭りも好きって相場で決まってるからね。やっぱりヒュネクストと人が接する機会を設けるのも大事でしょ」

 社交性の高いウィリアムとアンジェが、祝祭を盛り上げるために、広報として外回りを頑張ってくれているそうです。ネット通信が普及し、地球の裏側とも殆どラグもなしに連絡出来る時代になっても、直接的なコンタクトは重要視されております。それは様式を重んじているからでもあるかもしれませんが、実際に合って接する方が、安心感や信頼関係を築きやすいからなのでしょう。生身の距離が心の距離と比例しているとは言い切れませんが、その考えも無くもないでしょう。

「酒好きが講じたいい考えだな。祝祭は人間とヒュネクストが仲を深めるきっかけ作りになってくれたらいい。だがそれは俺達だけでは完成させることはない。ユーフォリア・コロニーに住むみんなでこれから作っていくんだ」

 シャルがウィリアムの言葉に頷き相槌を打つ。

「そうね。真にヒュネクストと人がわかり合えた時こそ、この祝祭が成功したと言えるのかもしれないわね」

 アラン所長が立ち上がり職員の顔を見ながら喋り出されました。

「みんな、短い期間にもかかわらずよく頑張ってくれたね。この祝祭が開催できるのも人々が大崩壊の悪夢から覚め、平和になったからだ。大規模なものではないがこれが記念すべき最初の人とマシンによる新たな時代の記念と象徴の祝祭。いいものになるように切に願う」

 シャルをはじめに職員の皆が笑顔で拍手をしはじめました。福音監査課のわたし達にとって人を幸せにすることこそ最大の至福。わたしもそんな大事な行事に携われたことに喜びを感じました。

 盛り上がる職員たちにシャルが自重を促す。

「みんな盛り上がるのはいいけど、まだやることはあるんだから気を抜いちゃダメよ。あとそういえば、ルル。頼んでおいた報告書は纏めてくれた?」

「あっ……すいません。まだ提出していませんでした」

 わたしが平謝りすると、シャルは下を向いたわたしの顔を持ち上げ、唐突にわたしの顔をまじまじと見つめ始めました。

「最近のルル、少し様子が変よ。なにかあったの?」

 心配そうにわたしの顔を窺うシャルの碧い瞳に、人形のような無気力な表情が映り込んでいる。疲れているわけではないのですが、心ここにあらずといった感じでした。

 あまり心配を掛けたくありませんでしたから、両手を振ってはぐらかすように誤魔化しました。

「べつになんにもありませんよ。今日の夕食は何にしようかなってボケーってしてただけですよ。はははっ」

 乾いた笑い声が虚しさを際立たせただけでした。

 そんなわたしを見兼ねたのか、アンジェが珍しく深妙な顔つきで語りかけてきました。

「アンタが悩むなんて多分それなりの問題だろうから無闇に踏み込んだりはしないけどさぁ、相談くらいしてくれてもいいのよ」

 優しく語りかけてくる彼女と打って変わってウィルがおどけてみせる。

「こいつに相談しても酒の肴にされるだけだからやめておけ。だがまぁ心配してくれるやつがいるということは忘れるなよ。それだけお前は愛されているということだ」

 ウィルはお調子者の様な振る舞いを取るものの、実際は常に人に目を配り配慮が出来る自他共に認める紳士だと思います。

 そして続いてシャルがわたしに優しく語りかけてくる。

「そうよ。みんなあなたの事を心から心配しているの。だから無理しなくていのよ? ヒュネクストだって身体の病気にはならないけど、心の病気にはなるんだから」

 突如、みんなが優しく接してくるのでわたしは戸惑ってしまいました。こうも優しくされると自分が子供扱いされているようで気恥ずかしくも感じてしまいます。

 心というものは当たり前の幸福に疎くなっており、精神が弱っている時ほど他人の優しさに気付いたりするものです。でも、だからこそ自分がどれほど周りの人々に恵まれているのかを再認識させてくれるのです。

 アラン所長が優しく諭すように語りかけてきました。

「今日はもう仕事を上がったらどうかね」

 わたしが「でも――」と口を挟もうとすると、彼は咎めるように続けて言いました。

「今の様子じゃ仕事も手がつけられんだろ。なにも休むことは悪いことではないのだから。それに君が頑なに休もうとしなければ、一緒に働く僕達も休みづらくなるじゃないか」

 彼は責め立てるでもなくにこやかにそう言いました。

 彼の言うとおり今の状態では何らかのミスを引き起こしかねません。本来、私達はそのような精神的不備によるエラーなど引き起こらないのが長所と謳われていたのに、心を有したが故に精神的エラーからなるトラブルが生じてしまいました。これではヒュネクストとして情けないばかりです。

 けれど今家に帰ればノエルさんと鉢合わせてしまうかもと考えてしまい、自分の家に帰るだけなのに気が引けてしまいました。

 わたしが返答に迷っていると所長は機転を利かして提案をしてくれました。

「なら仮眠室に行ってくればいい。それならちょっとした長い休憩ってことになるだろう」

 これ以上厚意を無下にするのは失礼だと考え、素直に休みを頂くことにしました。

 職場のみんなに会釈をし、上層階にある仮眠室へと向かいました。

 部屋に入るとセンサーが反応し自動的に部屋の照明が付いた。部屋の中は質素で一面、白い壁に覆われており、ベットとテレビがおいてあるだけでした。

 重力に身体を委ねるようにベットに横たわると、押し潰されるような感覚が生じた。ヒュネクストの統合組織素体プロテーシスは人体の仕組みを模範し作られているだけで、ALMAにモジュレーションプログラムなどを追加しないかぎり、疲れや痛みなどといったクオリアを感じることはありません。けれども時として精神的疲労が身体に擬似的な不快感として現れることがあります。それはALMAが身体の所有者に対し、精神的疲労を知らせるエラー信号のようなものだと言われております。

 先程、シャルも言っていましたが、ヒュネクストも人間同様、心の病にかかることもあります。思考や言動は所詮、経験や認知からなるボトムアップされ作り出されたプロトコルでしかなく、絡みあうように複雑にプログラミングされた多層パーセプトロンのロジックは過度なストレスによって簡単に崩壊し、判断処理能力が著しく低下してしまうことがあります。つまり人間で言う精神疾患と同じ症状がヒュネクストにも発生することがあります。

 今のわたしはその症状の一歩手前といったところでしょうか。

 どうしてこんなことになってしまったのでしょう。

 わたしの悩みの原因は紛うこと無く、ノエルさんとの関係に軋轢が生じたことでしょう。けれどもノエルさんはなにも悪くなくて、悪いのは全部わたしなのです。わたしが彼にずっと隠し事をしていたから、自分のことばかり考えて彼のことをちゃんと見てあげれなかったから、結局人を殺すために作られたマシンだったわたしが、人の心を理解することなんて出来なかったのです。人の容姿を持ち、人と同じ知性を持ち、人のように振る舞い、人のように生きることが出来ても、わたしは人のような人ではない存在。ましてやヒュネクストとしても粗末な存在。そんなわたしが今まで平然と暮らしてきた結果が、今の事態を引き起こしてしまったのです。

 わたしはきっと人間に憧れていたんだと思います。だから家族や心や愛と言った人間らしい言葉で自分にディティールを付け加えることにより、人間になれるのではないのかと考えていました。現にそんな気分に染まり、浮かれていたのでしょう。

 わたし達ヒュネクストは生統ユニメントの使者であり、人の隣人として創られた存在。社会促進と人間社会とのコネクションを作るのが私達に与えられた使命なのです。それなのにもかかわらずわたしの存在意義は彼なしにはなくてはならないものとなっておりました。それは愛なんて綺麗なものではなく、彼にわたしのエゴを押し付け、独りよがりの幸福のために、ノエルさんを付きあわせてしまっていたのかもしれません。いままでの暮らしも彼にとっては、窮屈な家族ごっこのようなものだったのかもしれません。それが嫌で彼はわたしから離れようとしたのではないのでしょうか。もうわたしは必要とされなくなったのではないか――。

 はたしてノエルさんはそんなこと思うでしょうか……。

 彼はそんな方ではないのは確か。さすがに杞憂がすぎました。やはり今のわたしはまともな思考判断ができないでいるみたいです。けど彼がわたしの事をどう思っているのかわからないのは事実です。それだけでわたしは保護者として失格でしょう。

 ベットに横たわったまま目をつむり休もうとしていたのにもかかわらず、意識が悪い方向に冴え渡って休めれませんでしたが、徐々に意識が暗闇に引きこまれていきました。

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