町外れにある森林公園の中にピンク色の外壁が目立つ大型病院があった。柔毛の房のように幾つも立ち並んだ施設の一角に、シャルのお義母さんがいらっしゃると訊いてわたしは病院に訪れていました。病院の中は内装までピンク色で塗装されており、まるで人の内部に侵入したようなそんな気分を覚えました。受付を終え、ポッド型のエレベーターに乗り込み一つの部屋の前まで来た。軽くノックをすると低い声音の女性の声が聴こえた。了承されたのでわたしは部屋に入ると、ベットの背もたれにより掛かった初老の女性がいらしゃった。顔や腕を見るにかなり痩せ細っているが、顔の輪郭や黄金色の髪など、どことなシャルに似ている気がしました。昔の白血病治療では薬物投用のせいで髪が抜け落ちてしまっていたそうですが、現在の医療ではそのような心配はありませんでした。

「あら、どちらさまで?」

 見知らぬ来客に戸惑いを見せる彼女にわたしは自己紹介をした。

「わたしはシャルロッテさんの同僚でルル・アルクイストと申します。突然の訪問で失礼しました。シャルロッテさんにはいつもお世話になっておりまして、御母さまが療養中と訊いて本日はお見舞いにきました」

 会釈をして先程メリッサに積んでいただいた花束を彼女に手渡した。

「あら、あの子にこんな可愛らしいお知り合いがいらっしゃったのね。わざわざお花まで持ってきてくださるとはよくできた子だわ。どうぞお座りになって」

 彼女はリモコンを手に取り操作をすると、床が盛り上がり出し椅子の形に変わった。座り心地は柔らかすぎて少し落ち着けないと言った感じでした。

 シャルとは違い彼女のお義母さんは愛想がよく、おっとりとした雰囲気の性格のように感じ取れました。

「ご容態はどうですか、重たい病気だとお聞きしましたが」

 彼女はベットの横に置かれた、自身の手首に取り付けられている点滴に目を向けた。

「正直いいとは言えないわ、でもこの人工血液の御蔭でなんとか苦しい思いはしないで済んでる。最初はなんか気持ち悪くて嫌だったけど、あの子がうるさくこうしろって言うから――あれ、そう言えばあの子の同僚っておっしゃったけど、それにしては幼く見えるけど……失礼なこと訊くかもしれないけどあなたもヒュネクストなの?」

「はい、そうですよ」

 わたしは顔色を変えないように、意識して笑顔を作りそう答えました。彼女の言った“失礼なこと”という言葉にわたしの感情の隔たりに触れた。ですが彼女に悪気がないということはわかっていました。もしも人に対し、あなたはヒュネクストですか?、なんて質問をしてしまったら、それは確かに失礼なことでしょう。ただなにか心の何処かに引っ掛かりを感じた。

「そうなのね。あなたみたいなヒュネクストは初めて見たわ。うちの子や此処で働くヒュネクストってなんだか硬い感じがして話していて息苦しく感じちゃうのよ」

「そんなにわたしは他のヒュネクストと違って見えますか?」

「えぇそうね、見た目のせいかもしれないけど、人のような温かさを感じるわ。それに比べてうちの子は無愛想だから……」

 彼女は小さなため息をついてかぶりを振った。彼女がシャルに対する評価はあまりよくなさそうです。

「いいえ、そんなことありませんよ。シャルはとても真面目で皆のことをよく考えてくれる優しい子ですよ。それに彼女がいないとうちの部署は回らなくなってしまうほど、シャルロッテさんはお仕事頑張ってますよ」

「ホント? まぁご迷惑おかけしてなければいいんだけど。こんなこと言うと情けないのだけれど、わたしあの子の事なにも知らないのよね。看病しには来てくれるのだけれども、あの子もなにも言ってくれないし、仕方無く来てるんじゃないかって思うのよ。ただプログラム通りに動いてるんじゃないかって……」

 あぁ、なるほど。やはり彼女に感じた違和感の正体は不気味の谷の溝でした。おそらく彼女は無自覚ながら、不気味の谷に嵌ってしまっているのでしょう。だからシャルとの折り合いも。良くないのではないかと考えました。ヒュネクストはマシンなのだから、人格モジュールもプログラミングされたモノなのだろうと考える人は多かれ少なかれ存在します。ですがわたし達の性格は環境によって発現する後天的なモノで、誰かに作られたモノではありません。彼女はシャルをヒュネクストだというレッテルが先行して意識してしまっているから、そのせいで彼女らの間に軋轢が生まれてしまったのでしょう。

「それは違いますよ。彼女は彼女の意志で看病に来ていますし、あなたの事もちゃんと心配されてます。わたし達の心は機械仕掛けのものではないんです。もう少し娘さんを信頼してあげてください」

 自然に声のトーンが強くなった。ですがそれは彼女に対する不満ではなく、彼女の心情に自分を重ね写し歯がゆくなったからでした。彼女に偉そうなことを言ったもの、わたしも人の事を言えません。わたしもノエルさんに自分の気持ちを打ち明けられていないのだから、相手からすればそれは信頼していないと受け取れます。

 少々キツく言ってしまったのせいか、彼女は神妙な顔つきで俯き心情を語り始めました。

「わたしがあの娘を引き取ったのはただ寂しかったからなの。戦争で夫を無くし子供もいなかったからそれで。傷心した心を癒やしてもらおうとそれしか考えてなくて、あの娘にはなにもあげることができなかった。そりゃ愛想も尽かされるわ。私はダメな母親ね……」

 深い溜息をつく彼女の手の平にわたしは手を重ねた。

「そんなことありませんよ。じゃなければお見舞いになんて来ないでしょうし、この前娘さんとお話していた時に感じましたが、あなたはシャルにとって大切な存在ですよ。そう気を落とさないでください。ただもう一度彼女と向き合ってあげてください、ヒュネクストとしてではなくあなたの娘として」

 心と心の間には様々な想いのやり取りが見え隠れします。たとえボタンホールを掛け違えたような些細な誤解でも、時には大きな間違いに繋がることもあるかもしれません。案外、些細な過ちほど自分で気づくことができなく、他人に指摘されなければ気づけないこともあります。

大事なことほどそういうものだったりします。

 あまり病人に長話はいけないので、長居も程々にその後は帰宅しました。

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