file:namber=03 title:I am myself and proud.

 身支度を済まし、カテドラルに着いて職場を目指し廊下を歩いていたら、なんだか部屋から騒々しい声がしていました。

「おはようございます……」

 そろりと部屋に入ってみると久しい顔が見えました。

「ようルル、久しぶりだな。おうちょっとは背伸びたか」

 高身長の男がわたしの頭を押しつぶすように叩く。

「お久しぶりですね、ウィル。帰ってきてたんですね。あなたも相変わらず何も変わってないようで安心しました」

 心にもないことを言いながら彼の手を払う。この礼儀知らずな自称色男の英国人、ウィリアム・マートンはわたし達と同じ福音監査課に務める人間で、ここ1ヶ月ほどは出張で各地へ足を運んでいました。彼の役割は各地に赴きそれぞれの自治体と交流するのが目的なのですが、

わざわざその地に行かなくても、今のネット社会なら情報伝達に欠くことはないというのに、彼曰くネットワークを通して間接的に得られる情報は真実ではない、とそれらしいことを言って企画を通したそうです。

実際のとこは仕事ついでに旅行に行きたかっただけのように思えましたが。

「それで、ウィル。どうしてサラーム・コロニーで1周間の滞在予定が、1ヶ月の世界一周旅行になったのですが?」

 不機嫌な顔をしたシャルが腕を組みながらウィルに問い詰める。

「いやな、サラームはマザー・ストルゲの管理下に置かれてそれなりには復興したものの、紛争地域のど真ん中だったからまだ残党のテロリストがいたり、乾燥地帯だから食糧不足に水不足に悩まされているというのに、皆たくましく生きてるんだよ。着る服もぼろぼろな子供達が笑いながらサッカーしてたり、じいさんばあさんたちも気さくな人が多く、あと美女も多かった。そこで俺は思ったんだよ。俺はまだ世界を知らないないんだなと、もっと見識を広く持たねばと。そう思った俺は旅に出ることにしたんだ」

「あなたの個人的な私欲の為に余計な経費を使わせないでください」

「でもしっかりレポートは書けてただろ。それにだ生統ユニメント国家ガバメントだろうが関係なく真実を知り友好関係は作っていかねきゃなんねぇ。現地に行かなきゃ生の声は聞こえてこないだろ。今でも飢えや紛争している地域があるし、今の生統ユニメント国家ガバメントでは対立な関係のせいで情報収集もままならない状態だ。ネットワークは確かに便利だが、人っていうのは自ずと知りたくない情報を取り込もうとしないってもんだろ。規制をしているのはセキュリティーじゃなく人の心だ」

 雄弁に語るウィルの言い分は最もに聞こえました。現在の自治体制には生統ユニメント国家ガバメントがあり、機械が主導とし人を束ねる巧治主義マキナイズムと統一思想を掲げた体制を生統ユニメント、人が主導とし人を束ねる人治主義ヒューマニズムを掲げているのが国家ガバメントとされています。生統ユニメント設立発端から考え方の違いからか国家ガバメントとは折り合いが上手く行かず、未だ両者の間には大きな溝があり、世界規模で不気味な谷の戦争が続いていました。

「まぁ……確かに報告書はよく出来ていたと思います。生統ユニメントも管轄するマザーによって社会体制が異なりますし、国家ガバメントで起こっている不況による民衆の反乱運動など、万が一のケースに備えたデータも得られました。しかしですね、規則はちゃんと守ってもらわないと示しが付かないといいますか……」

 納得いかないシャルの話を遮るかのように、椅子にもたれ掛かったアンジェが口を挟む。

「あんたジャーナリストにでもなれば。あたしも報告書読ませてもらったけど、案外そっちのほうが性に合ってるかもよ。そんなことよりさぁ、ちゃんとおみやげ買ってきたんでしょうね?」

「おうよ、ほらアンジェにはいい酒買ってきたぜ。俺の故郷アイルランドで買ってきたやつだ。ちょいと強い酒だがお前ならまぁ大丈夫だろ」

 アンジェは嬉々とウィルからビン酒を受け取る。ウィルは次々に紙袋から各地で買ってきたおみやげを皆に配り始めました。

「じいさんにはカナダのコーヒ豆、あの国は良い豆が集まってくるからな。んでシャルにはサーラムで買ってきた陶器だ。紅茶入れるにはいいと思ってな」

 先程まで不服そうだったシャルも彼から土産物を受け取るとまんざらそうでも顔をする。ウィルは社交性に長けており同僚の趣味や好みの物もしっかりと覚えている。そういうところが彼のいいところなのでしょう。

「んでルルにはこいつだ」

 紙袋から取り出し手渡されたのはおかしな顔をした木製の人形でした。

「なんですかこれは……」

「なにってこけしだ。しらんのか」

「存じていますが、どうしてこのチョイスなんですか。皆にはちゃんとしたものを買ってきたのに、どうしてわたしだけこんな仕打ちを!」

 正直、彼のおみやげを少し期待していたのですが、裏切られた気分でした。

「お前を作った親って確か出身が日本だっただろ。生統ユニメント体制になってからは暁國ジペンドっていわれるよになったが、今でもこういう伝統工芸品はちゃんと手作りされているようだ。サムライソードにしようかと思ったが、このちんちくりんな人形を見たらお前のことを思い出してな。どうだ、少しは懐かし気分になったか」

「なりませんよ……。わたし暁國ジペンドにはいったことありませんし。メアリーも特に故郷について話ことはありませんでしたし。どんなとこだったんです?」

 おみやげに満足できなかったわたしは、みやげ話をウィルに催促することにしました。

「いやーやっぱすごかったぜ。高層ビルが軒並み立っててまるで都市が一つの要塞のようでSFの世界だったよ。さすがトロン社会を世界に普及させた生統ユニメントだけはある。それにヒュネクストの発祥元ともあってヒュネクストもそこらへんにいて社会貢献度も世界一を誇っている。アイドルをやってるやつだっていたぞ」

 アンジェが察したような顔をする。

「なんというか相変わらずね。あそこは……」

「世界で最もはやく不気味の谷を乗り越えたやつらだからな。あの国は人種差別も宗教対立も比較的少なかったから、だからヒュネクスト開発にも慣用的で機械に生活を委ねることに対しても反発は少なかったらしい。半世紀前まで落ちぶれたくせに、今や世界の最先端だ。とは言ったものレポートに詳細は書いたが、幸福係数はユーフォリアよりも低かった。個人的な考えだがあの民族は常に幸福になるための模索し、幸福に貪欲になりすぎてそのせいでに幸福になれないんだと思う。やっぱりあいつらはエコノミックアニマルって言葉が似合っているよ」

 ウィルは皮肉を交えて褒めているようでした。

 彼の話しを聴いたからではないのですが、わたしもメアリーの故郷に行ってみたいと思いました。VR《ヴァーチャル・リアリティ》なら擬似的に各地を歩き回れるのですが、やはり匂いや空気感は再現できませんし、それに住む人々と接しなければその地の事を理解できないでしょう。そう考えるとウィルが長期にわたって世界を歩き渡りたかったという気持ちもわからなくもありませんでした。

「各地でもいろいろな問題を抱えているのですね。そういえばウィルがいない間にユーフォリアの今の現状について話し合ってとある企画を立ち上げまして、フィリアの誕生日を祝してユーフォリア設立記念の祝典をあげようと進めているのですけど、ウィルには頑張ってもらうつもりなのでよろしくお願いします」

 そうわたしが彼に告げると仕方なさそうな態度で了承する。

「これまた面倒なことを思いついたもんだな。まぁいいぜ、久しぶりにユーフォリアに帰ってきたんだし街の様子を見るついでに外回りは任せとけ」

 ルーズな性格な彼ですが顔が広いく社交性が高いので彼の人脈には期待できるものがありました。

 ウィルが戻ってきたことにより職場は賑やかになり、彼の土産話しに花が咲くが話の腰を折るようにシャルが両手を軽く叩き合わせる。

「はいはい。盛り上がる気持ちはわかりますが、もう始業時間はとっくに過ぎてますから、みなさん各々業務に取り組んでください」

 シャルの言葉に従うように、みんな席につき今日も福音監査課の業務は始まりました。

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