5 魔法使いは休めない ②

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 その後もウィザード先輩と話そうとしたり、勉強会を再開しようとするたび誰かしらが部室を訪ねてきた。部活禁止なのを知らないわけじゃないだろうに……と思ったら、どうやらみんなウィザード先輩目当てらしい。愚痴聞きだったり、占いだったり、単なる世間話だったり……。

「今日みたいに部活のない日は部室を借りて友だちの話を聞いてるんだ。プーちゃんにも許可はもらってるよ。噂から色んな情報が手に入るし、ビーくん風に言えばwin-winだよね」

 それにしたっていくらなんでも来すぎじゃ……入れ替わり立ち代わり、ひっきりなしにもほどがある。

「うん、ちょっと今日は数が多いかな……普段ならさすがにここまでじゃないんだけど。本当ごめんね? 約束してたのに」

 と、申し訳なさそうに言われてしまえばお願いしているこちらとしては何も言えない。そもそもウィザード先輩にわざわざ時間を割いてもらっているのはわたしも同じだ。

「わたしこそ、忙しいのにすみません……」

「い、いやいや、気にしないで? オレも好きでやってることだからさ」

「さすが、もっともらしく言うのが上手いな、きみは」

 いきなり聞こえてきた声にぎょっとする――なんのことはない、また誰か訪ねてきただけだけれど。優しそうな垂れ目とくせっ毛は見覚えがある、確か……演劇部の部長さんだったっけ?

城戸きどくん……一体なんの用かな」

 心なしかこわばった表情で言うウィザード先輩に部長さん――城戸先輩は肩をすくめた。

「ここなら小角くんとサシで話せるって聞いたから来たんだ。けど……邪魔しちゃった感じかな?」

 と言ってわたしを見る城戸先輩――優しそうな垂れ目がじい、と見つめてくる。目と目を合わせて……なんだろう、この、変な感じ。

 眼球の裏を透かし見られているような。

「きみはこないだの……いつもウチの紅蓮がお世話になってるね。大変だろ? あの噛みつき屋の相手は」

「は、はあ……」

 にこにこ笑う城戸先輩はあくまで優しそうで、特になにかしてくるわけでもなく普通に話しかけてくる。なのに、なんだろう、変な居心地の悪さを感じる……背筋を指で撫でられているような。

「きみもなかなか可愛い顔してるね。どう? 一度舞台ステージに立ってみない?」

「え、えーと……」

「城戸くん」

 がたり、と音を立ててウィザード先輩が立ち上がる。

「シンちゃんはうちの大切な部員だよ。部長の許可もなく、勝手に勧誘はやめてくれるかな」

 笑顔だった。あくまでやんわりと相手をたしなめる優しい笑み。しかし不思議と、その顔でウィザード先輩が怒っていることを直感した。

「……冗談。そんなに怒るなよ」

 と、苦笑して再び肩をすくめる城戸先輩に、「それで、なんの用?」と追撃するウィザード先輩。

「だから、きみと話がしたかったのさ」

「見ての通り取り込み中だよ。悪いけど、また今度にしてくれないかな」

「それはつまり『今度』はちゃんと話してくれる、ってことでいいのかい?」

 口調こそ穏やかだけど、城戸先輩に対するウィザード先輩の態度は他の『友達』とは明らかに違っているように見えた。というか、先輩らしくもなく他人を拒んでいるような……。

「…………まあ、いつか、ね」

「ははっ、話好きのきみらしくないな。ちゃんとそういうカオもできるんじゃないか。安心したよ、ぼくに対してもあんな風に薄っぺらいカオで誤魔化すのかと思ってた」

「……どういう意味、それ?」

「きみはどう思う?」

 城戸先輩がわたしに話を向けてきた。えっ、と返事に悩む暇もなく、城戸先輩は言葉を紡ぐ。

「大した見返りもほとんどないのに甲斐甲斐しく他人の世話を焼いて、いくら迷惑かけられても『自分の好きでやってることだから』なんて笑う奴、きみは本気で信用できる?」

「え…………」

「いやいや、良い奴だと思うよ? 小角くんのことは。けどね、不思議に思ったことはないかい? 『この人に対して自分はなにもしていないのに、どうしてこんなに良くしてくれるんだろう』って。『彼はいったいなにが目的でここまでしてくれるんだろうって』」

 ……考えたこともなかったけれど、言われてみればそうだった。毎日のお茶に始まり、色んなサポートや今日の勉強会。いろいろなことをやってもらっているのに、彼からなにか要求されたことは一度もない。親切と言えば、そうなのだろうけど。

「たとえば……散々恩を着せておいてあとからその恩を理由にいろんなものを要求する、とかだったら僕的には納得するけどね」

「ウィザード先輩はそんなひどいことする人じゃ……」

「きみにはそう見えるかい? でもどうだろうね、顔の皮膚と筋肉があれば誰にだって『マトモ』な表情カオは作れるんだぜ」

 そんなはずない、と言いかけるも、ふと横目で先程からずっと黙っているウィザード先輩の顔を見てしまった。さっきまではこわばってはいるものの笑みを浮かべていたはずの先輩の顔は青ざめ、急所を突かれたかのように唇を噛んでいる。

「一番怖いのは目的がそれですらなかったときだ。見返りのない厚意がいつまでも続くわけがない。なのに、なにか欲しがるわけでもなく奉仕を続ける……機械にだって動力源は必要だろう? そんなことをしてられる奴を本当に『人間』って呼んでいいのかな」

「………………」

「どうなんだ、小角くん。言ってみろよ」

 怖い。――確かに抱いたその感情がいったい誰に対してのものなのか、今のわたしにはわからなかった。突き刺すようにウィザード先輩を見つめる城戸先輩か、それともウィザード先輩自身に対してか。

「……誤解だよ」

 しばらくしてウィザード先輩が口を開き、城戸先輩が興味深げに片眉を上げた。

「誤解?」

「オレにはオレの都合があるんだ。それを勝手にきみの定規で測って奉仕とか厚意とか定義されても困る。オレの幸せをきみが決めないでくれるかな」

「……ふうん」

 城戸先輩はつまらなそうに口をすぼめる。それと同時に、場を覆っていた嫌な空気はなくなった。

「気は済んだ? いいかげん、大事な後輩の約束を果たしてあげたいんだけどな」

「つれないな。じゃあ、続きはまた

 と、城戸先輩はちょっとキザに片手を振って出口へ向かう。そして、やっと帰ってくれるんだ、となぜか安心してしまったのを見透かされたように「そうだ、灰庭かがりちゃん」と扉の前で振り返られ思わずどきっとしてしまう。……あれ? わたしの名前教えたっけ?

「演劇部はいつでも部員募集中だ。舞台に立ちたくなったら是非来ると良い。歓迎するよ」

「え、は、はあ……」

「城戸くん」

「おっと、怖い怖い」

 ウィザード先輩ににらまれ笑いながら去っていく城戸先輩。部室に残ったのはわたしとウィザード先輩と、どこか気まずい沈黙。

「……勉強、再開しよっか」

 おずおずと口を開いたウィザード先輩に、わたしは黙って頷いた。



 6



 おかしなもので、さっきまでうんざりするほど来ていたお客は城戸先輩が立ち去ってからはぱったり来なくなってしまった。もちろん、おかげで勉強ははかどるのだが……城戸先輩がしていた話が心に引っ掛かり気まずさが消えない。

「因数分解、ちょっと苦手?」

「たすき掛けがよくわからなくて……」

「確かに言葉で説明してもあんまりぴんとこないかもね……ええと、まずこのxの係数が……あ、ごめん」

 と、ウィザード先輩がスマホを取り出す。なにかメッセージが届いたらしい。

「あはは……」

「どうしたんですか?」

「ビーくんが『合コンのメンバーが足りないから来ないか』って。今、シンちゃんと勉強会してるから、また今度ね、っと……」

 苦笑しながら返信を打つウィザード先輩。試験準備期間なのにいったいなにやってるんだろう、ビースト先輩……でも確かにウィザード先輩なら合コンでも上手く取り仕切れそうだ。

「人の多い場所はあんまり好きじゃないんだけどね……おっと」

 スマホをポケットにしまおうとした途端、またメッセージが来たらしい。再び画面を見るウィザード先輩。

「プーちゃんとスーくんからだ」

「あの人たちスマホ使えたんですか!?」

 いや、まあ、高校生だし、使っていても全然おかしくはないんだけど。イメージと合わなくてちょっと戸惑う。

「『部室に忘れ物をしてしまった。まだ学校にいるのなら、良かったら探すのを手伝ってくれないか』と、『カブ太郎に餌を頼む』だってさ。しょうがないなあ……」

 困ったように笑っていつものようにトレードマークの帽子をいじって立ち上がるウィザード先輩。二人の頼みを聞いてあげる気らしい。……それにしても。

「……本当に、誰の頼みでも聞いてあげてるんですね」

「え? そりゃプーちゃんは部長だし友だちだから……まさか、さっきの城戸くんの話気にしてる?」

 気にならないわけがない。さすがに城戸先輩の言うようなことはないだろうけど、誰にでも親切にしてくれるウィザード先輩は見ていてなんだか、ちょっと不安だ。

「だから、誤解だって……オレもちゃんと、『見返り』? もらえてるって思ってるよ? ビーくんにはいろいろ頼み事聞いてもらってるし、プーちゃんにはいつも元気を分けてもらってる。シンちゃんはほら……オレたちができてなかった部室の掃除をやってくれてるの、すごく助かってるよ? やろうやろうとは思ってたけど全然できなくて……」

 先輩は気を遣ったように言ってくれるけど、言われれば言われるほど気を遣われたことが申し訳なくなってくる。ウィザード先輩の親切心に甘えて無理をさせているんじゃないかと思うと……。

「そんなに気にしなくていいよ。友だちの頼みを聞くのは当たり前のことでしょ?」

「………………」

「……シンちゃん?」

「先輩に無理をさせたり、困らせるのが友だちなら、わたし……先輩の友だちにはなりたくないです」

「!」

 ウィザード先輩の顔が驚愕に歪む。こんな顔をさせたいわけじゃなかった。でも……どうしたらいいのか、そもそもわたしはどうしたいのか、わからない。いったいどうしたら、てらいも屈託もない気持ちで先輩と一緒にいれるのか。

「ち、違うよシンちゃん! 聞いて……!」

 焦ったような顔でウィザード先輩がわたしの肩を掴んだ。しかしその続きが先輩の口から紡がれるのを拒んだかのように、部室の扉ががらりと開いた。

「待たせたなウィザード、シンデレラ! さあ、パーティーを始めようじゃな……い、か……?」

 カラフルなパーティー帽子を被ったプリンス先輩の浮かれ切った表情がわたしたちを見て凍りつく。その後ろで同じくパーティー帽子を被ったビースト先輩がなにか箱を持ちながら呆れた顔で言った。

「……痴話喧嘩ですか?」

 違うと思います。



 7



「つまり……その……なんだ……最近、ウィザードに頼りっきりだったからな……」

「……小角先輩をサプライズで労おうとした。おれたちで」

 すっかりしどろもどろなプリンス先輩に代わってスワン先輩が事情を説明してくれようとするが、やっぱりよくわからなかった。

「だから言ったじゃないですか。サプライズなんて余程上手くやらないと相手の顰蹙を買うだけだって。ま、まさかお二方が僕らに内緒でこういう関係に発展していたとは思いませんでしたがね」

「だ、だから誤解なんだって……」

 慌てて事情を説明しようとするウィザード先輩をニヤニヤとした顔で見つめるビースト先輩。絶対わかっててやってる。というか、合コンはどうしたんだ。

「黄堂先輩の家でやる予定でしたから、僕が呼び出し役を買ってたんですよ。部室にいるらしいとわかったので計画を変えましたが」

「まさかシンデレラまで一緒にいるとは……パーティー前にはきちんと説明するつもりだったのだが、やむなくこうなってしまった。本当にすまない」

 深々と頭を下げたせいで帽子を落っことすプリンス先輩。スワン先輩が無言で帽子を頭に戻してあげている。ま、まあ別にいいんだけど……なぜ今パーティーを? 様子を見るに、別にウィザード先輩の誕生日ってわけでもなさそうなのに。

「頭の良いウィザードのことだ、誕生日にやったらすぐに計画がバレてしまいそうだからな。不意を突いて心から驚かせてあげたかったのだ!」

 そうだ、この人馬鹿だった。

「気持ちは嬉しいけど、こういうことはもうやめてくれるかな……自分の知らないところで気を遣われるって、結構しんどいよ」

「それはこっちの台詞だぞ、ウィザード!」

 びし! とプリンス先輩に指差されきょとんとするウィザード先輩。

「きみは優しい。常日頃から私たちのことを気遣ってくれて、おかげでとても助かっている。……だが、同じ志を共にする仲間として、きみにばかり気を遣わせるのは美しくないと思うのだ。信頼とは信じて頼ると書き、信じられて頼られるとも読む。私たちはきみに頼るばかりでなく、頼られる関係になりたいと思っているんだぞ!」

 プリンス先輩の真っ直ぐな言葉にウィザード先輩は呆気にとられたように口を開けていた。その後ろで二人して仏頂面をしているスワン先輩とビースト先輩がどう思っているのかちょっと疑問に思うところがあるが。

「そうだな、緑。お前はちょっと隙がなさすぎる」

「楽土……なにそのカッコ」

 パーティーをどう勘違いしたのか、サンタのコスプレをしたキング先輩が入ってくる。裸ジャケットで腰パンなサンタルックをサンタルックとして認めるのは結構な抵抗があるけれど……とにかく変態チックなエセサンタルックのキング先輩はそのままウィザード先輩の後ろに回ると、ウィザード先輩の被っていた帽子を取り上げて代わりに自分のサンタ帽を被せた。

「わ、ちょっ!?」

「今日はお前が主役だ! 散々わがままを言って俺たちを振り回せ! どんな願いもなんなりと叶えてやるぞ!」

 サンタというかランプの魔神みたいな態度だった。

「そうだウィザード! 今日はめいっぱい羽目を外してくれ! きみが望むなら犬の真似だってしてみせよう、ワンワン!」

「あ、はは……まったく、プーちゃんたちには敵わないなあ……」

 サイズの大きいサンタ帽を被り直しながら困った笑みを浮かべるウィザード先輩。そしてそっとわたしに目配せする。

「……ね。オレはちゃんと、こんなにたくさん『見返り』をもらってるよ? オレのことを心から考えてくれる『友だち』が、こんなにいる」

「先輩……」

「シンちゃんも、返してくれるのはいつかそのうち、今度でいいから。だからそのときまでは、オレの好きにさせてほしいな」

 ウィザード先輩の普段通りの優しい笑み。だけどその顔の中に、先程まで感じていた後ろめたさはなくなっていた。

「……はい」

「ほら、今日はケーキも用意したんだぞ! 切り分けるから食べてくれ!」

「あなたが切ったら絶対手まで切るでしょう、僕がやります」

 と、ビースト先輩が持っていた箱からケーキが出てくる。白いクリームで飾られたホールケーキの上には、美学部の部員をかたどったらしい可愛いマジパン細工が載っていた。

「わ、可愛い……どこの店で作ってもらったんですか?」

「ふふん、凄いだろう凄いだろう! これは全部スワンが作ったんだぞ!」

「ええっ!?」

 思わず見ると、スワン先輩は照れたようにぷいっとそっぽを向いてしまった。手先が器用なのは知ってたけど、お菓子作りもできたんだ……。

「ハハッ、場が温まってきたな! 裸踊りでもしてやろうか!?」

「やめろ馬鹿! こんなときに!」

「そうだぞ! きみの肉体は無駄がなさすぎて裸踊りをしても愉快さはあまり感じられないぞ!」

「そういう問題じゃないでしょう」

「あはは……もう、しょうがないなあ……」

 結局いつもの馬鹿騒ぎになり、勉強会どころではなくなってしまった。部活禁止なのに結局いつものメンバーで集まっちゃってるし……まあ、でも、ウィザード先輩が楽しそうだから、いいのかな?

 数日後、やっぱり勉強不足でテスト前夜に必死で数学を復習するはめになるんだけど、それはまた別の話ということで。

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