4 雪の女王とはだかの王 ②

 3



「楽土様! お久しぶりでございますわ、お会いしとうございました!」

「おう、雪那せつな! 久しぶりだな、少し見ないうちに胸が大きくなったか!?」

「いやだ、楽土様ったら……貴方に会えない寂しさと恋しさが胸の裡で膨らんでしまっただけですわ」

「ならば今日は俺たちの愛で胸を膨らませていけ!」

「もう、楽土様ったら!」

 なんだこれ。

 キング先輩に抱きつき、歯がぐいぐい浮き上がるようないちゃつきっぷりを見せる女子生徒――漫画みたいな口調もさることながら、見た目もなかなかものすごい。あちこちをカールさせたつやつやのロングヘア、お姫様のドレスみたいに膨らんだスカートやパフスリーブのブレザー(ていうか、改造制服だ!?)……アニメや漫画から抜け出してきたみたいなTHE・お嬢様って感じだ。

氷女宮雪那ひめみやせつなちゃん。二年C組。楽土の婚約者……というか、許嫁ってところかな」

「こ、婚約者!? 許嫁!?」

 なんだその時代劇みたいな……それも、あのキング先輩の? あまりに寝耳に水すぎて驚きのあまり大声を出してしまう。

「だって、あの超お嬢様って感じの超お嬢様って名前な子が!? 変態裸族先輩と!?」

「僕たちだって信じられませんよ。あの厚顔無恥で馬鹿で阿呆で変態で意味不明で馬鹿で変態な黄堂先輩が日本有数の大企業の御曹司だなんて」

「ええええええええええええええ!?」

 大企業!? 御曹司!? あのキング先輩が!? そういえば前にちらっと聞いたことがあるような気はするけど、あまりにありえない話すぎて聞き間違いかなにかだと思ってたのに!

「神はいない。あるいは、とんでもない馬鹿だ」

 ぼそりと呟くスワン先輩に心底同意してしまう。

「ま、まあ、意外だってのはよくわかるけどさ……」

「なにをしているの、小角」

 口々に不思議がるわたしたちに苦笑いしていたウィザード先輩に、突如氷女宮先輩がいちゃつきの手を止め冷たい目つきで訊ねる。

「貴方、自分の立場というものがわかって? 早くすべきことをなさい?」

「ああっ、はいはいただ今!」

 と、ウィザード先輩は慌てたように氷女宮先輩から渡されためちゃくちゃ高そうなデジカメを構え、キング先輩たちのいちゃつき姿を写真に収める。

「……ふう! これで今季の『ノルマ』は達成ですわね!」

 ウィザード先輩が無事に写真を撮り終えたのを確認すると、氷女宮先輩は先程までのデレデレとした笑顔を消して氷のように冷たい表情になり、さっさとキング先輩から離れてしまった。許嫁の豹変にキング先輩もさして驚いた様子もなく、抱きつかれたときに乱れたシャツの襟をいじっていた。

「さ、見せてご覧なさい? ……ふむ、あたくしの美しさに変わりはありませんわね。結構ですわ」

「ひ、氷女宮くんはいつでも何があろうと雪のように美しいぞ……?」

「ちょっ、プーちゃん!」

 デジカメのモニターを見つめながらナルシスティックな発言をする氷女宮先輩の機嫌を窺うようにおずおずと言うプリンス先輩。なぜかウィザード先輩が焦って引き留めたが、氷女宮先輩の「まあ!」という声にかき消されてしまった。

「幸邦様! 幸邦様ではありませんか! お姿が見あたらないと思ったらそんなところにいらしたのですね!?」

「私は最初からここにいたのだが……」

「あたくしの想いを知りながらなんて意地の悪い……! ああっ、でもそんな意地悪な幸邦様を大変お可愛らしゅうございますわ……!」

「わ、私は美しいんだ! 可愛くなんかないぞ!? ええい、抱きつくな、離してくれえっ!」

「ああ、なんて可愛いの……野蛮で粗野な楽土様とは大違いですわ……」

 なんだこれ。

 さっきとは打って変わって今度はプリンス先輩に抱きつく氷女宮先輩――許嫁であるはずのキング先輩も、他の部員たちもまったく驚いた様子なく、氷女宮先輩に抱きつかれてじたばたもがいているプリンス先輩を気の毒そうに見ているだけだった。ど、どういうこと……?

「氷女宮先輩ってキング先輩の許嫁のはずじゃ……」

「許嫁でもなければ誰があんな男なんかと!」

 わたしの疑問に氷女宮先輩本人が答える。

「あたくしの大嫌いな『3A』そのもの! 触れ合うどころか顔を見るのも御免ですのに!」

「3A?」

「厚かましい・暑苦しい・浅はか、ですわ! 殿方と認めるのもおこがましい最悪の人種ですことよ!」

「ハハハ、そんなに俺が嫌いだったか。お前は胸以上に懐が大きいな、雪那!」

 吐き気を堪えるような表情で見つめてくる氷女宮先輩に思いっきりdisられたキング先輩は、しかしなぜか楽しそうに笑っている。その様子に氷女宮先輩はますます嫌そうに「ふん!」と鼻を鳴らした。

「おまけに頭が悪くていつまでも子供じみていて……本当に、どうしてこんな男なんかと。いくら氷女宮家のためとはいえ、今すぐにでも憤死してしまいそうですわ」

「いわゆる政略結婚って奴だよ」

 プリンス先輩に抱きついたまま頬を膨らませる氷女宮先輩に聞こえないよう、ウィザード先輩がひそひそ声で教えてくれる。

「黄堂家も氷女宮家も財閥の流れをくむ名家でさ。大企業を経営する黄堂家と財政界の名門氷女宮家。色んなところで縁がある家柄だから、両家の仲を円満にするために、二人が生まれる前から婚約が決められてたらしいよ」

「へ、へえ……」

 話があまりにぶっ飛びすぎててついていけない……本当にとことん漫画の中の世界だ。本当にあるんだなあ、そんな世界……。

「でも、今時そんな時代錯誤な話流行らないでしょう? 生まれる前から、本人の意向も無視で婚約してたなんてマスコミに掴まれたらスキャンダルになりかねない。そこであのお嬢様がこうやって定期的に黄堂先輩の元へ来ていちゃついて、『二人は学生時代から相思相愛の恋人関係だった』って証拠を作ってるんです。わざわざこんなことを仕組んでくれた家のために……まったく、実に献身的なお嬢様ですよ」

 こちらにはいい迷惑ですけどね、と言わんばかりに溜め息をつくビースト先輩。さっぱり理解できないけど、お嬢様も色々大変なんだな……。

「なにか言ったかしら、宍上さん?」

「いいえ、なんにも」

 噂話を聞きつけた氷女宮先輩ににらまれたビースト先輩はすぐさまイケメンスマイルを浮かべてみせる。そしてイケメンモードのまま、氷女宮先輩の腕の中でぐったりしているプリンス先輩を指差した。

「そろそろうちの部長を返していただけませんか? 活動が滞ってしまいますし……それに、こんな散らかった室内に氷女宮家のご令嬢をいつまでも居させていたと知られたら……」

「あら、さっさとおいとましろとおっしゃるの? あいにく、そんなわけにはいきませんわ」

「どうして?」

「今日は楽土様の件だけで参ったわけではありませんの。あたくし、貴方がたに『依頼』があってよ」

「なんだって!?」

 抱きつぶされてしおれていたプリンス先輩がその言葉にぎょっとしたように顔を上げた。

「きみにはどんな悩みでも解決できる権力や財力があるじゃないか!? 今更我が美学部に頼らなければいけないことなんて……むぎゅ!?」

「まあ! 幸邦様ったら、あたくしのことを信頼してくださっているのね! けれど違うのですわ、確かに氷女宮家は高貴な家系ですけれど、その力をむやみに濫用するのは美しくないことでしょう?」

 氷女宮先輩にまたもぎゅうっと抱きしめられ、プリンス先輩はいよいよ本当に潰されそうになっている。さすがに見かねたのか、スワン先輩が声をかけた。

「……おい、その辺にしろ。様、様って、青星のことをなんだと思っている」

「幸邦様は幸邦様ですわ。世界一可愛らしい愛しの王子様です。……ああ、貴方、ちょうどいいときにいらしたわね。ちょっとこのテーブル、低すぎてお茶が取りづらいと思っていましたの」

 と、氷女宮先輩はスワン先輩の腕を引き、戸惑う先輩に無理矢理両手を床につかせる。

「お、おい……何を」

「そうね、これでぴったりの高さ。ちょっと貴方、テーブルになってくださる?」

 まったく悪気も疑問もない氷女宮先輩にわたしは気づいた。この人、お嬢様じゃなくて女王様だ。

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