9 カエルの王子は見栄っ張り ③
6
加恵さんに嘘を見抜かれてしまったこと以外は、特に大きなトラブルもないままデートが続いた。
「あっ! 可愛い!」
「本当、可愛らしいワンちゃんねえ。圭ちゃん、かがりさんに買ってあげたら?」
「学生のデートで犬なんてそうそう買わないよ! いくらすると思ってるんだい!?」
ペットショップを覗いたり。
「色んな味のポップコーンがあるのねえ。どれが一番美味しいのかしら?」
「抹茶味ですよ!」「カレーに決まってるさ」
「「………………」」
「あらあら……じゃあ、どっちも注文して食べてみましょう」
話題のポップコーン屋さんで色んな味のポップコーンを食べてみたり。
「あら、若い子たちが踊ってるわ。圭ちゃんも踊ってきたら?」
「あれはミニライブだよ……第一、ぼくがダンスなんかできると思う?」
「そうだったわねぇ」
「そこは嘘でも否定しろよ!?」
ホールで行われていたダンスライブを見学したり。
『なんだか普通にデートしちゃってますねえ』
信じられないくらい順調に進んでいる。インカムの先のビースト先輩も放心したようだった。
『このままつつがなくデートが終われば依頼完遂だね。お母さんもああ言ってるし、バレちゃったことは公沼くんには内緒にしておこっか』
『しかし、それでは公沼くんを騙しているようで申し訳ないな……』
『知らないほうが幸せなこともあるでしょう。それに元はと言えば、自分の母親を騙そうとした彼が悪いんです』
先輩たちはなんだか勝手なことを言ってるけど、わたしとしては早く終わらせてハイヒールを脱ぎたい。背筋はがちがちだし足は棒みたいだし、明日は筋肉痛間違いなしだ。
「ごめん、ちょっといいかい」
デート開始から三時間――ショッピングモールをほぼ歩き尽くした頃、公沼先輩が言った。
「なんですか?」
「用を足しに行きたいのさ。……きみは?」
首を振る。加恵さんも大丈夫なようだった。
「待ってるから行ってきなさい? 大丈夫よ、置いてったりはしないから」
「デートなのに置いてかれてたまるかよ!?」
悪態をつきながらトイレに向かう公沼先輩。なんとなく、公沼先輩が嫌味ったらしくなった理由がわかった気がする。
「……遅いわねぇ」
『彼がお手洗いに行ってからもう十五分ですよ。いくらなんでも長すぎます』
待てど暮らせど公沼先輩が戻ってこない。大きいほう、にしたってこんなに時間かかる?
「緊張してお腹が下っちゃったのかしら、あの子、昔からお腹弱かったし……」
「わたし、ちょっと見てきます」
なんだか嫌な予感がしてトイレに向かう。案の定、こういうときの悪い予感は当たるもので。
「どいてくれよ。通れないだろ?」
「あ? なんだとォ?」
公沼先輩はあからさまにガラの悪い三人組の男たちに絡まれていた。
「人に肩ぶつけといてなに言ってんだコラァ!? テメエのせいで田口くんめちゃくちゃ痛がってんだろうが!」
「あいたたたたたた。折れた、これは折れたよー」
「どうしてくれんだァ? 病院行かなきゃいけないよなァ?」
「わざとじゃないって言ってるだろ……」
どうやら相当たちの悪い輩に捕まってしまったらしい。まずい……あの減らず口ばかり叩いてる公沼先輩だ、早く止めないと大変なことになる……!
「お金かい。悪いけどさっき沢山使わされてろくに手持ちがないのさ。カツアゲなら他の奴にやってくれよ」
「んだとコラァ!?」
「知ってるよ? きみ、良いとこのおぼっちゃまくんなんでしょ? カードくらい持ってるよね? それとも、お父さんお母さんに相談する?」
「っ、ふざけんな!」
「――やめてください!」
今にも不良に殴り掛かりそうな公沼先輩を止めるため慌てて割り込む。わたしを見た不良の一人が嫌な笑みを浮かべた。
「なにきみ、彼のカノジョ?」
「か、彼女は違う!」
「へえ、可愛いじゃん。どうしてもお金が出せないって言うなら、この子と遊ばせてくれる? 今日はそれでチャラにしてあげるよ
「きゃっ!?」
不良に腕を掴まれ、とっさに逃げようとした瞬間右足のヒールが折れた。もつれた足が変に捻って着地し、鋭い痛みが足首に走る。
「つっ……!」
「かがり!?」
「どーすんだよ彼氏クン!? 早く出すもんだせよォ!?」
右足首が痛く、立っているのも辛い。もしかしたら捻挫したかもしれない。やっぱりハイヒールなんて履くんじゃなかった……!
「……金は出せないよ。本当に手持ちがないんだ」
公沼先輩は悔しげに顔をゆがめ、火にあぶられているみたいに汗をかいている。
「じゃあ……」
「だからって彼女を差し出せるわけないだろ!」
と――公沼先輩は不良のひとりを殴りつけた。
「なっ……」
「不良が怖くて彼女を差し出したなんて恥晒しもいいところだ! 金積んで頼まれたってそんなことしてやるかよ!」
叫びながらファイティングポーズを取る公沼先輩。実の親にも呆れられるくらい見栄っ張りの彼らしい言葉だった。
そして――
「ハハハ、よく言った! ならば俺も加勢しよう!」
高笑いと共にどこからともなく現れた金色の影――あまりに唐突な闖入者に不良たちも困惑する。
「な、なんだお前!?」
「弱きを助け、悪しきを挫く。正義の忍者だ」
キング先輩だった。
「ふざけてんのかァ!?」
「大真面目さ。ふざけているのはお前たちのほうだろう? くだらないことで人を脅して金をせびろうなどとは言語道断。その根性、身体ごと叩きのめしてやる」
「お前……」
呆然としている公沼先輩にキング先輩がウインクする。
「なあに、荒事は俺に任せておけ。お前は早く戻って親孝行してやれよ」
「意味わかんねえこと言ってんじゃねえぞ変態野郎!」
「おっと」
殴り掛かってきた不良の拳を軽やかに避けると、キング先輩はまっすぐに伸ばした手のひら(手刀って言うんだっけ?)を不良の後ろ首に叩きつける。
「うげっ!」
「安心しろ、峰打ちだ!」
「手刀に峰もなにもあるかあ!」
最小限の動きで攻撃をかわし、次々と不良を気絶させていくキング先輩。前にも見たことあるけど、やっぱりこの人めちゃくちゃ強い……!
「と、とにかく今のうちに逃げましょう……痛っ!」
「かがり! きみ、足が……!」
走りかけた矢先、再び足に痛みが走り止まることを余儀なくされる。そうこうしているうちに、ぱたぱたと誰かが駆けてきた。
「……な、なんですかこの騒ぎは!?」
「母さん……」
加恵さんがわたしたちや倒れている不良たちに驚いて目を剥く。キング先輩は空気を読んでかいつの間にか姿を消していた。
「……不良に絡まれたのさ。ぼくは無事だけど、ごたごたでかがりが足を挫いちゃったみたいで……」
「じゃ、じゃあ、この人たちは!?」
「通りすがりの人がやっつけてくれたんだよ。おかげでカツアゲされずにすんだんだ」
苦しい言い訳だけど、それ以外に言いようがないから仕方がない。まさか忍者の格好の変態の馬鹿がやってきたなんて言えないし……。
「圭ちゃん……」
「ごめん、母さん」
困惑している加恵さんに、公沼先輩が頭を下げた。
「嘘ついてたんだ。かがりさんは本当は彼女じゃない。お見合いするのが嫌で、見栄を張りたくて、彼女の振りをしてもらってたんだ」
「………………」
加恵さんはとっくに見抜いていたことだったけど、静かに続きを促した。
「だけど、そのせいで彼女に怪我をさせてしまった。彼氏役失格だよ。ぼくがこんなつまんない見栄張ったから……」
「公沼先輩……」
「……圭ちゃん、正直に言ってくれて嬉しいわ」
加恵さんの穏やかな微笑みに、なぜだか公沼先輩は辛そうに顔をしかめた。
「だけど、謝るのなら相手が違うんじゃないかしら? わざわざ時間を使って、文字通り骨を折ってくれたかがりさんにするべきでしょう?」
「っ……ごめん!」
わたしに向かって勢いよく頭を下げる公沼先輩。散々心の中で罵っていた手前、今更謝られるとなんだか気まずく、わたしはとっさに加恵さんに言った。
「あ、あのっ! 公沼先輩はそこまで悪い人じゃないと思います!」
「かがりさん?」
「確かにだいぶ意地っ張りだし、かなり手に負えないですけど……でも、ちゃんとするべきことやしちゃいけないことはわかってる人です。きっと、本当の彼女だってすぐにできますよ! だから……」
だから……なんだろう。なにを言おうとしているのか自分でもわからないまま続きを紡ごうとしたとき。
「シンデレラっ! 無事か!?」
「灰庭……!」
「ぷ、プリンス先輩!? スワン先輩!?」
半泣きでやってきたのはスワン先輩におんぶされたプリンス先輩だった。
「き、きみたちが不良に襲われてっ……シンデレラが足を挫いたって……! 大丈夫か!? 今私たちが…………あれ?」
「……どうやら、一足遅かったようだな」
ぽかんとしている公沼先輩と加恵さんにスワン先輩が呟く。大慌てで後を追ってきたらしいウィザード先輩がため息まじりに笑った。
「作戦失敗……みたいだね?」
7
病院で見てもらったところ、幸い右足首の怪我は大したものではないようで、一週間ほど気を付けていれば問題ないようだった。
「ぼくのせいの怪我だからね。治療費くらいは出させてくれよ」
「あら駄目よ圭ちゃん。嫁入り前の娘さんに怪我させちゃったんだから、そんなはした金程度じゃすまないわ」
「で、でも依頼は失敗しちゃったわけだし……」
「「いいから!」」
というわけでわたしの怪我の治療費込みで美学部にはそこそこのお値段の謝礼金が支払われた。こ、これだからブルジョワジーは……。
「いいんですかね? 学生の部活なのにこんなにお金受け取っちゃって……」
「うーん、あとでオレがなんとか説得して治療費以外は返しておくよ。後々で変なトラブルになったら怖いしね」
「うむ、これで我々が金のために動く美しくない集団だと思われたら困るからな!」
というわけで、とりあえずお金の心配は今はしなくてよさそうだ。
「……本当に悪かったよ」
そしてあのあと、再び公沼先輩に頭を下げられた。
「いいですって。半分自分のせいだし……」
「いいから謝らせてくれよ。後輩に彼女役を頼んでおいてさらに怪我させたってあんまり格好がつかなすぎるから」
あっ、やっぱりそういう理由なんだ。
「謝っただけで済む借りじゃないことはわかってるよ。ちゃんと覚えておくから、なにかあったらぼくに返させてくれ。金と権威で解決する問題ならなんとかしてあげるさ」
「そんなトラブルに関わらないことを祈りたいです……」
最後まで見栄っ張りで家の力でなんとかしようとする公沼先輩だった。
「大丈夫、シンちゃん? 足は痛まない?」
「ええ、まあ……ゆっくりとなら歩いても大丈夫だって言われましたし……」
病院から戻り、最初に集まった公園で反省会を行う。湿布とサポーターももらえたし、体育を休めばそれほど支障はなさそうだ。
「それにしてもあんな大根演技にハイヒールを折るなんて……灰庭さん、貴女あの三日間で何を学んだんですか?」
「ま、まあまあ! シンデレラは頑張ったじゃないか! 初めてにしては上出来だ! なあ、キング?」
「………………」
「……キング?」
同意を求められたはずのキング先輩は木にもたれたまままるで魂を抜かれたかのようにぼうっとしていた。
「……ん、すまん。どうかしたか?」
「なんだ、考え事でもしていたのか? 放心しているなんてきみらしくないな!」
「ちょっと頭がぼんやりしてな……ハハハ、緑の風邪が移ったかもだな!」
「それはないでしょう。馬鹿の概念が服を着て……もとい、全裸で歩いているような貴方が風邪をひくはずありません」
「それは、単なる馬鹿の概念だ」
「ハハハ、今日は色々頭を使ったからな、知恵熱だろ!」
周りから散々に言われているくせにキング先輩は鷹揚に笑っている。ここまでくると、心が広いを二周ほど通り越してやっぱり馬鹿に見える。
「なんだ、かがりの足か? どれ、こうすればいい!」
「わっ!?」
と、キング先輩はわたしを担ぎ上げる。お姫様抱っこなんて言えばお上品に聞こえるかもしれないが、実際やられてみるとダンボール箱と同じ扱いされているようにしか感じない。
「ちょっと、なにするんですか!? 降ろしてください!」
「怪我人を歩かせるわけにはいかんだろ。家はどっちだ? 送ってやる」
「やめてください! 歩けますって!」
「楽土……」
いくら暴れてもキング先輩は一向に離してくれない。本気で家まで送るつもりなのだろうか。お母さんや姉さんたちに変なふうに思われたらどうしよう……!?
「まったく、またそんなことをして……氷女宮さんに誤解されても知りませんからね」
「そのときは緑を頼るさ。なあ?」
「もう、しょうがないなあ……」
ウィザード先輩は苦笑するだけで止める気はないらしい。すごく恥ずかしいんだけど……。
「今回は失敗という形に終わってしまったが、この経験はきっと次に役立つことだろう。今日はみんなよく頑張った! ありがとう!」
相変わらず今日も何もしなかったプリンス先輩が部長として締めの挨拶をする。
「では、そろそろ帰ろう! 早く帰らないとトロイメライが鳴ってしまうからな!」
「ああ」「はいはい」「おう!」「そうだね」「はい……」
そうしてその日も
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