12 白い絵本といないきみ ②
3
「えー、小角先輩いないの? せっかく適当に理由つけて美味しいお茶とお菓子貰おうと思ってたのに」
「申し訳ないがここは喫茶店じゃあないんだぞ……?」
「あ、ペットのお茶ならあるのね。いただいてくわよー」
「勝手に取らないでくれっ!?」
……本当に、なにしに来たんだろう、この人。勝手に冷蔵庫を漁りソファに座り込むマチルダ先輩はまさに『傍若無人』という言葉が似合う気ままぶりだった。
「ほら、こないだの復活ライブでのお礼がまだできてなかったでしょ? ちょうど暇だったから挨拶しに来たの」
「適当に理由をつけて美味しいお茶をどうとか言っていなかったか?」
「え? 空耳じゃない?」
すっとぼけながらペットボトルのミルクティーをごくごく飲むマチルダ先輩。図太い人だ……。
「うーん、午後ティーも不味くはないけどやっぱり小角先輩の方が美味しいわねー。どうしたのあの人? 暇な時も暇じゃない時もいつも部室にいるのに」
「体調不良で今日は休んでいる。味が気に入らないなら出て行ってくれても構わないのだぞ?」
「てか、お客にお茶菓子も出してくれないの? クッキーとかマカロンとか出してよ」
「用がないなら出て行ってくれても構わないんだぞ!」
徹底的にかみ合わない二人の会話。プリンス先輩がこうまで塩対応する相手はマチルダ先輩くらいのものだろう。
「そも、お礼というならきみのほうがなにか持ってくるべきじゃあないのか? 挨拶に手ぶらで来るとは何事かね!?」
「あー、そういえば忘れてたわね。じゃあこれ、アタシが今度出した新曲CD」
「いらないぞ!? 体よく押し付けに来ただけじゃないのか!?」
「なによ、アタシの歌には一文の価値もないっての?」
「そ、そうは言わないが……確かにきみの歌には一聴の価値はあると思っているが……」
「じゃあいいわよね! 遠慮なく受け取りなさい!」
「そういう問題ではないのだが!」
押し問答の末、結局紙袋いっぱいに詰まったCDを押し付けられる羽目になってしまった。踏んだり蹴ったりというか、やられたい放題というか。
「じゃ、他の部員さんにもよろしく言っといてよね。今度のライブも頼むから!」
「お願いだからもう来ないでくれっ……!」
散々好き放題してさっさと帰っていくマチルダ先輩はまるで嵐のようだった。テーブルに置かれた紙袋を前に、プリンス先輩とふたりため息をつく。
「なんだろうな、彼女は決して悪い人ではないのだが……」
「悪意はなくとも甚大な実害が出てますよね……」
どうしよう、この大量のCD。全部同じ曲みたいだし。友達や家族にでも配れ、というつもりなんだろうか。マルチかなにかじゃあるまいし……返品できないかなあ……頭を抱えながらCDをチェックしている最中、それの存在に気づいた。
「…………これ、って」
「うん? どうした、シンデレラ?」
不思議と、それがどういう代物なのか確かめる前に直感でわかった。ああ、これがそうなんだ――自分でも違和感を覚えてしまうほどにゆるぎない確信。急に動きを止めたわたしが気になったのか、プリンス先輩もこちらを覗き込み、それを目にして絶句する。
「――――どうして、これが」
揺籃学園七不思議その四。白い絵本。絵も文もないただただ真っ白なページが束ねられた
◆
「顔色、悪いよねえ」
ジルドレ――もとい演劇部部長
「……すみません。ちょっと心配事があって……」
「ちょっと、しっかりしなさいよ。主役のあんたがぼうっとしてたら話になんないじゃない」
「まあまあ。紅蓮ちゃんも普段は真面目なんだから少しくらいは大目に見てあげよ?」
しかめっ面でビーストを睨む
「うーん……わたし的には、真面目な宍上くんが考え込んじゃうくらいに大変な心配事ってのが気になるなあ。いったい、なにかあったの?」
と、副部長の
「ちょっと進路のことで……」
「えー? センパイってもうデビューして事務所に所属してるんでしょ? 卒業したらそのまま復帰するんじゃないんですかぁ?」
わざとらしく驚いたのは相変わらず女装して周りを騙している森屋日向。いつのまに調べたのか、本当に逆鱗に触りたがるのが好きな男だ。
「うそー! 宍上先輩ってプロの人なの!?」
「有名な話じゃん。ほら、少し前にやってた『教室革命』ってドラマにも出てたし」
「マジでぇ!? やば、帰りタツヤ寄らないと!」
「こらこら、私語はつつしんで」
途端に色めき立つ宍上紅蓮ファンクラブ会員たち。だからその手の話をするのは面倒なのだ。横目で森屋を睨むが、涼しい顔で口笛を吹いている。
「きみの進路はまあ、きみ自身が考えることだとして。そんな心配なことなら、今日は無理していなくていいよ?」
ジルドレがどうでも良さそうな顔で部長らしいことを言う。
「コンディションが悪いのに無理させたって効率は上がらないし……あ、きみ今日用事あるんだったっけ? じゃあ尚更帰った方がいいんじゃない?」
「ちょっと、礼衛くん、その言い方……」
「やる気のない奴の為に気を使ってあげるほどウチは甘くないよ。そんな態度じゃ他の奴にも影響が出るし。心配事、すぐに片付くようなことならさっさと片付けて、それが無理そうなら役を降りて。いくら実力やキャリアがあろうが、きみの代わりがいないわけじゃないんだから」
「……わかりました」
辛辣だが、ジルドレの言葉は正論だ。席を立ち、周りに頭を下げつつ部室を出る。
「困ったことがあるなら言ってね。出来る限り相談に乗るから」
「あたしも紅蓮ちゃんの力になるよ! いつでも言ってね!」
「はは……ありがとうございます」
いつも思う。自分は好意を向けられるのに向いていない人間だと。廊下に出て、笑顔で凝り固まった顔をほぐしながらため息をつく。
「はあ……」
すぐに片付けろ、か。そうできたならどれだけいいか。ビーストは溜め息をつきながら鞄の中を覗き込んだ。
――白い絵本。
「そんなに簡単に解決できるなら、誰も……」
「あら」
不意に投げかけられた声に顔を上げる。そこに立っていたふたりにビーストは慌てて鞄を閉じた。生徒会書記で車椅子に乗った踊瀬花蓮と同じく生徒会で会計の笛吹歩。笛吹に車椅子を押してもらいながら踊瀬はビーストを見て目を細めた。
「宍上君。そんなところでなにをしているの?」
「少し考え事をしていただけですよ」
「そう。わたしたちを見た途端に慌てふためいて鞄の中身を隠すから、てっきりなにかやましいことでもしているのかと思ったわ」
トゲのある踊瀬の言葉に笛吹が反応する。
「校則に違反する物品を所持しているのですか。その鞄の中をあらためさせてください」
「まさか。冗談はやめてくださいよ」
ロボットのように迫ってくる笛吹に内心冷や汗をかく。幸い今は笛吹の目に咎められるような物は持っていないし、『白い絵本』もわざわざ取り上げられるような物ではないだろう。だが万が一没収されてしまったらなにが起こるかわからない。余裕の表情を保ちながらその場しのぎの言葉を紡ぐ。
「先生の許可もなく私物検査なんてちょっと横暴すぎませんか? 大体、そういうことは風紀委員の仕事でしょう」
「あら、仕方ないでしょう? ここのところ風紀がまともに仕事をしてくれないのだもの。風紀委員が生徒指導をしないのであれば、生徒の代表である生徒会がするしかないじゃない」
「風紀……?」
ちり、と脳の底が焦げるような妙な違和感を覚えた。いや、もっと正確に表現するのなら――――なにかを思い出しかけたような。
「ああ、本当にどうしてなのかしら。この間までしっかりと真面目に仕事をしていてくれたのに、急になにもしなくなってしまって……」
大袈裟に嘆いてみせる踊瀬に笛吹が不思議そうに(表情はまったくないままだが)訊ねた。
「お言葉ですが。私はあの副委員長がしっかりと自らの職務をこなしているところを拝見したことがありません。彼がいつ真面目に仕事をしたのでしょうか」
「わたしだってそんな姿一度も見たことないわ。わたしがしているのは副委員長の話じゃなくて…………あら?」
踊瀬が驚いたように目を見開いた。
「……委員長って、誰だったかしら?」
厭な汗が、吹きだす。
「――すみません、用事を思い出したので、これで」
「宍上君」
踊瀬たちの横を早足ですり抜ける。止めようとした笛吹を踊瀬が手振りで止めた。
「あんなに青い顔で。きっと凄く大事な用なんでしょう。放っておいてあげたら?」
「……これで、いいのですか」
「ええ」
踊瀬たちの視線の先――宍上紅蓮はいつのまにか足を速め、どこへとも知らぬほうへ走っていく。
「……くそッ……!」
奇妙なほどの確信があった。すべてを解決できるかもしれない方法も、この手にある。
だが――本当に、これを使っていいのか?
まるで鞄の中の白い絵本が質量を増しているかのように重くなっていく。答えのでない思考をひたすら続けながら、ビーストは彼女がいるはずの場所へと走った。
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