第10話『こんな日々が続くのだろう』
その返事はすぐに来た。
『いいけど、なに観るの?』
『映画行く前に少し茶でもしながら考えようぜ。そんで、一八時くらいのやつ見て解散でどうだよ』
すると『OK』という意味のうさぎスタンプが送られてきて、俺はスマホをポケットにしまった。
デート、という意味合いで梢と出かけるのは初めてだな、そういえば。
なんだか緊張してきてしまい、俺は柄にもなく、飯を食うのが億劫になってしまった。
いや、ちゃんと食べたんだけどね。
■
そんなわけで、放課後になった。
俺と梢は、二人して教室から出ようとすると、友達連中にものすごく冷やかされ、ほんのり顔を赤くしながら飛び出したのだ。
それから、駅近くのカフェに入って、お互いにコーヒーとココアを頼んでから、やっと梢が口を開いた。
「……彼氏できたって、言うんじゃなかった」
まったく同感である。俺も、彼女できたって言うんじゃなかったよ。
――いや、相手が梢じゃなかったら、ここまでいじられなかったんだろう。梢も、相手が俺じゃなかったらあそこまでいじられなかったろう。
「もう、みんな恋バナ好きすぎなんだって」
ふてくされたように、アイスココアを啜る梢を見て、俺は「まったくだな」と頷いた。
「どうして高校生ってのは、恋愛が好きなのかね。思春期ってのは理解に苦しむぜ」
「思春期のあんたに言われたくないと思うんだけど」
「バカ言うな、誰が思春期だ」
女子の思春期ならともかく、男の思春期ってなんかいやらしいっつうかゲスっぽいんだよな。
「……そういえば、前から聞いてみたかったんだけど」
「あん? なんだよ」
梢が、指先を絡ませてテーブルに置いて、少し身を乗り出し、俺の目をジッと見つめてくる。
「志郎、あんたの初恋っていつ?」
「……お前、初めては私じゃないと認めないとか、めんどくさい男みたいなこと言い出すつもりじゃないよね?」
「んなわけないでしょうが!」
まるで熟年漫才師のように、音は出るが痛くないように頭を叩かれる俺。
だとしたら、なぜそんなことを聞いてくるのか、俺にはよくわからんのだが。
「だって、志郎ってそういう話、滅多にしないじゃん。私も付き合う前は、そういうの訊くと、意識してるってバレるのいやだったし」
……まあ、確かに、俺はそもそもデリカシーとか恋愛とか、そういう言葉とは無縁に生きてきたし、恋愛小説も「さっさと告白しろよ」とか「もっとハリウッド映画みたいにテンションでキスしたら?」とか考えて、あんまり楽しめるタイプじゃないんだよね。
初恋したことあるくせにこの感想かよ、とかは言わないでほしい。そこら辺が人間の心の複雑なところなのだ。
「別に言ってもいいけど、そんな面白い話じゃねえぞ」
「いいのいいの、面白いかどうかは私が決めるし。……でも」
「でも?」
「山桜先輩とか言い出したら別れるから」
「おいおい……」
茶化そうとしたのだが、梢の目が大変マジだったので、俺は何も言わず、話始めることにした。
と、言っても、まじで大層な話じゃないんだけどさ。
「雫じゃねえよ。あー、俺が今でも行ってる古本屋があるんだけど、そこのお姉さん」
名前は言わねえ。茶化されそうだし、俺も普段「お姉さん」って呼んでるし。
「へえ、常連の古本屋の店主ってこと?」
「そう、綺麗な人でな、その人と話を合わせたくて読書してたんだよ。今となっちゃマジで読書は好きだけど、俺が通い始めた頃からいた彼氏と婚約して、失恋。まあ、いい思い出かな。告白したわけじゃねえから、向こうは何も知らねえし、今でも仲良くしてるし」
梢と初めて会話した時も、読んでたのはお姉さんから勧められた本だっけか。
「ふぅん……志郎はそれでいいの?」
「いいさ、別に後悔もしてねえし、正直叶うと思ったことは一回もねえし、憧れに近い感じだったな」
言ってて自分で強がりに聞こえないこともないが、しかし、マジで強がりでもなんでもないので、他にはなんとも言えない。
「誰にも言った事ぁないが、これが俺の初恋だな」
「ふぅん……いい話が聞けちゃった」
「お前も好きなんじゃねえか、恋バナ。さっきまで文句言ってたくせに」
「あはははっ。まあ、これでも女子なんで」
女子がみんな恋バナ好きってわけではないと思うが、というより、男でも結構好きなやついるし。
……どんな物語にも、大なり小なり恋愛、男女関係のエピソードがあったりするが、俺としては結構邪魔だった。
けど、作家自身も興味があるのかもしれない。なんて思って、俺はまた恋愛系の話にチャレンジしてみようかな、なんて気になった。
「……んで、梢さんよ。まさかとは思うが、俺にだけ話させて、自分は話さない、なんてことねえよなぁ?」
自分でもちょっと笑いすぎか、と思うくらいにいやらしく笑い、俺は梢のように、ちょっと体を前に押し出した。
すると、梢が俺のそんな鼻の頭を、人差し指で押した。
「あんた」
「……お前、不意打ちで恥ずかしいこと言って、俺が恥ずかしがるの狙ってるだろ?」
「バレた?」
あははー、と照れくさそうに頭を掻く梢。
「でも、ホントだからしかたないって」
俺は、この一言がさっきの一言よりも、ずっと恥ずかしかった。
でも、梢の言動に踊らされっぱなしなのも悔しかったから、何も言わずスマホを取り出し、行く予定の映画館のホームページを開く。
「馬鹿な事言ってねえで、行く映画調べんぞ」
「はいはい、志郎ってば照れちゃって」
「照れてねえ!」
「そういうとこがガキっぽいんだから」
付き合う前は、同等のレベルだったはずなのに、なんで付き合いだしてから梢が妙に大人びて見えるのだろうか。
「んで? 志郎は何が見たいの? あたしねえ、こっちのゾンビと爆発がたくさん出てくるっぽいやつ」
俺のスマホを覗き込み、笑いながら答える梢。
……こういう趣味はガキっぽくて、男子高校生感あるのにな。
■
時間まで茶を飲みながら適当な話をして、映画を見て、帰りながら感想を言い合う。
していることは普段と変わらない、でも、俺達の間で確かに変わったことがあって、笑いながら手を振って別れる。
きっと、こういう日々が、これから続いていく。
恋人と過ごして、バカみたいな話をして……。
「俺はさ、そういうふうに過ごしてほしいと思ってるんだよ」
夜の道を一人で歩きながら、そう呟いた。
これが本心なんだ。だって、俺にとっては彼女も大事だから。
「……なあ、雫」
振り返ったそこには、夜の闇には不釣り合いの、山桜雫が立っていた。
泣き腫らした目で、俺を、いや、俺の方を見ていた。
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