第6話『もう決めたから』
なんとか雫から逃げ出そうとしたが、何故かヤツの力は非常に強く、執念めいた物がヤツの皮膚から俺の皮膚に染み込んでくるようでもあった。
苦労しながら、なんとかそれを振りほどいて、俺は唇を拭った。
なにしてんだ、お前。そう怒鳴りたくなったが、気持ちは理解できないが、想像することはできる。
だがそれでも、その気持ちを受け入れるわけにはいかなかった。
雫からしたら、不本意で、皮肉な結果かもしれないけれど、俺はこのキスで、気持ちが固まったと言ってもよかった。
「悪い……雫。俺、お前の気持ちは受け入れられない」
目に見えて、雫の目から光が消えた。
この目をできるだけさせたくなくて、今までは行動や言動を選んできたのだが、しかし、自分の気持ちが決まった今となっては、雫にもそれを受け入れてもらうしかなかった。
「なぁ……俺は、お前に恋愛感情はないんだ。お前だって、本当にそれは恋愛感情なのか? 俺達、最後に会ったのは小学生の頃だし、お前はただ、俺に拒絶されたことを気にしてるだけで――」
「そんなことないッ!!」
雫は、勢いよく立ち上がって、俺を見下ろしながら怒鳴った。拳を握って、今にもそれを振り下ろしそうだったが、きっと雫はそんなことしないのだろう。
「私はずっと、志郎ちゃんの事が好きで、ずっと見てきたの! 志郎ちゃんに好きになってもらえるように……努力もしてきて……」
それなに、どうして。
そこから先もずっと、何かを小さな声で呟いていたが、雫はふらふらとした足取りで、屋上から出ていった。
追いかけて何か言うべきだったのかと考えもしたが、やめた。
言うべき事が見つからず、これ以上雫に何か言って、気を持たせるようなことをするほうがダメなんじゃないかと思ったから。
なんだか何も目に入れたくなくなって、思わず空を見上げた。
辛い、そう思ってしまう自分が嫌だった。雫の傷ついた顔を見るのがとても辛い。
だが、きっと、雫の方が辛いはずだ。俺が辛いなんて考えるのは、誰に言うでもないが――同情を引いているようで、悲劇のヒーローぶっているようで、嫌だった。
■
しばらくしてから屋上を降りた俺は、なんだか肩の重荷がより明確に重さを増したような気がして、猫背気味になっていた。
教室に戻って、席に座り、途中で買ってきたカフェオレを飲んでいると、千尋とシバケンがやってきた。
「どこ行ってたんだよ来島ぁ。もう飯なら済ませちまったぞー」
まるで、待っててくれと頼んだくせにおせーよ、みたいな言い方をするシバケン。
「別にいいだろ。野暮用があったんだっての」
「それにしちゃあ元気ないけどなぁ。ま、なんでもいいけど」
シバケンが本当に興味のなさそうな顔をして、「そいでさぁー」なんて言いながら違う話をしようとしていた。
聞かれたくないことだし、流してくれる分にはありがたいけどさ。
そうこうしていると、次の授業が始まった。
けだるい授業を聞き流しながら、机の下でスマホを操作し、梢にメッセージを飛ばした。
『今日の放課後、遊ぼうぜ』
すぐに梢はそれに気づいて、こっちを見た。驚いたように目を見開いていたもんだから、俺は軽く手を振ってみた。
『いいけど、今度はキスじゃ済まないよ』
という返事の後に、ハートマークのスタンプが飛んできた。
もうここまで来ると笑うしかなく、俺は『恥ずかしくないの?』と返した後、すぐにスマホの電源を切った。
梢がほんのり顔を赤くしてこっちを睨んだので、窓の外に目を向ける。
うーん、やっぱ梢をからかうのは面白い。
最近ちょっと良い所無しだったからな。これくらいの逆転は許されるだろう。
■
放課後になると、今までは静かだったクラスもなかなかの喧騒に包まれる。
俺も伸びをしていると、梢がソッと俺の机に手をついて、微笑みながら空いた方の手で俺の顔を掴んだ。
「恥ずかしいに決まってんでしょー? 冗談をあんな真面目に返されたらぁー」
おほほほほ、と、なんだか育ちのいいお嬢様みたいな笑い方をする梢。まあ、本当に育ちの良い人間がそんな笑い方をするのか、俺にはちょっとよくわからない。
友達に育ちのいい人間が少ないもんでね。
「バツとして、後でなんかおごりなさいよ」
「安いモンならな」
そこまで話をすると、梢はキョロキョロと辺りを見回してから、小さな声で
「っていうか、いいの? 山桜先輩は」
「ん、あぁ……。雫のことはいいんだよ。ちゃんとしたからさ」
首を傾げた梢だったが、何をどう考えたのか「ま、いいけど」と、やっと俺の顔から手を離した。
やっと立ち上がれるようになったので、俺は立ち上がってカバンを持ち、梢の背中を叩いた。
「ほいじゃあ行こうぜ。ゲーセンでいいか?」
「んー……この間は私が付き合わせちゃったし、別にいいよ」
まず行く所だけ決めて、俺達は学校を出た。遊ぶ時は深く考えず、テンションに身を任せる。これさえできれば楽しい一日になる。
■
俺はそんなにゲームをやる方ではないのだが(友達との話題合わせでソシャゲを触るくらい)、ゲーセンは好きだった。
なんだかうるさくてお祭りみたいだし、メダルゲームなんて上手くやれば数百円でかなり遊べる。
そんな俺、いきつけのゲーセンは、駅近くにある『遊戯中心』という名前のゲーセン。なんだか廃ビルみたいな見た目をしているが、中は最新ゲーム機から、ちょっと珍しいレトロゲームまで置いてある幅広さ。
体感ゲームが多いのも魅力的。
俺はガンシューティングが好きで、もういくつもシリーズが出ている名作ガンシューティングに百円を投入した。
そうしていたら、梢がいきなり後ろで大声を出した。
「うぉい! 二人プレイするゲームなのに「やろうぜ」とかの相談も無しかい!」
「いや、だって俺はゲーセンに来たらこれをやらないと気がすまなくって。お前がやらないって言ったってやるぜ」
「ちぇっ。しょうがないなぁ」
梢は、ピンクのつるつるとした素材で出来た財布から、百円を取り出して投入する。
「これ、銃重いんだもんなぁ」
と、2P側に立った梢は、コードでつながれたハンドガンを持つ。女子としても若干小柄な梢が銃なんて持つと、持て余してる感がすごい。
男が考えてるよりも、女性ってのはかなり筋力が無いもんで、梢も雫も、その腕の細さには驚いたもんだ。
……まあ、雫は妙に力が強かったけど。
イカンイカン。俺は、もう雫の事を気にしないと決めたんだ。
忘れる、というか、今は端に置いておこう。
ゲームが始まり、二人プレイで兵士を撃ち殺していく。
慣れると敵がどのタイミングで銃を撃ってくるのかよくわかるので、躱してカウンター気味に弾丸をぶち込む。
現実だと絶対に無理なんだろうけど、俺はそういういかにもB級アクション映画の主人公みたいな動きができるところが好きだった。
「あーっ! 死ぬっ! 死ぬよ私!? いいのかな志郎くん! 相棒が死にそうですよ!」
妙にテンパる梢。何やってんだこいつ、と思いながら、仕方ないので銃をショットガンに変えて、広範囲を攻撃し敵を一層。
ちらりと梢の方の画面を見れば、まだステージ一の序盤だってのにライフが一しかなかった。初期四だったのにもう三も食らってやがる。
「正直、梢が死んだところで、俺はワンクレでクリアできるしなぁ」
「する気!? 私が死んでも続ける気なのかな!? 後ろで興味ないゲーム見てるほど暇じゃないよ私は!」
「しょうがねえなぁ……」
仕方ないので、先に進むことよりも、梢を生き残らせる事に集中することにした。
そうすると、やっぱり下手な人間をかばいながらだといつもの調子が出ないらしく、いつもなら平均でワンクレ四ステージくらいなのに、二ステージで死んでしまった。
「ちっ。戦場で足を引っ張られたぜ」
「何をかっこつけてんだか……」
ホルダーに銃を戻すと、梢は「なんか腕が疲れちゃったよ」と、二の腕を揉んでいた。
それを見て、俺はふとした情報を思い出す。
「――なぁ、一つ訊きたいことあんだけど」
「ん? なにさ」
「二の腕とおっぱいが同じ柔らかさってマジ?」
一瞬、何言ってんだこいつ、みたいに表情が険しくなったので、俺は「言わなきゃよかったなぁ」と軽く後悔したのだが、梢は二の腕と自分の胸を交互に触ってから
「……そもそも人によるんじゃないの?」
肉の付き方とかあるし、なんて言い出した。なんて夢もへったくれもない話だ、と思ったのだが、なんだか女の子が自分で胸を揉むシーンが軽くエロかったので、俺は梢に手を合わせて頭を下げた。
「ありがとう梢」
「なんかすっごい腹立つなぁ……。ま、いいや。次はあれやんない? エアホッケー! 久しぶりにさ」
「おぉ、いいぞ」
なんだか久しぶりに、ちょっとした安らぎの時間を過ごせている気がする。
心が決まるまでは、梢と一緒にいるのも心がバーナーで炙られているような気分がしていたのに。今はなんとも晴れやかだった。
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