第7話『大当たり』
敵と相対したとき、その力量をおおよそ察することができるのは、戦う者にとって大事な才能の一つである。
初めて梢とエアホッケーをやった時から、俺は梢の力量を察することができた。
やつは強い。天性の勘を持っているのか、本人曰く『適当に腕を振ってりゃ当たる』と言っている。俺はやつに勝てたことがないが、それでも梢に挑戦し続けた。
俺は諦めが良い方で、結構めんどくさがりなのだが、遊びとなれば話は違う。遊びを諦めるわけにはいかない。
いつか梢に勝つ日の為に――。
「シバケンや千尋を相手に鍛えた実力で、お前を倒すぜ」
俺はスマッシャー(円盤弾くやつ)を軽く握り、振るう。体がキレてるぜ。今日こそ勝てるかもしれん。
「あの二人に勝てた程度でいい気になられてもなぁー」
にやにや笑う梢。確かに、千尋は運動神経あんまりないし、シバケンは反射神経がちょっとダメなので、実力で言えばそんなにはないのだが、しかし実戦経験というのは大事だ。
「――行くぞ! 今日こそ貴様を倒す!」
「えっ、なにそのノリ」
円盤が俺の手元へ滑ってくる。
俺は察したのだ。こういうことに小細工は無駄。だから、ゆっくりとこちらへ向かってくる円盤を、思い切りスマッシャーで殴った。
弾丸のような一閃が、梢のゴールに向かって放たれる。
奇襲。しかし、これがいるのだ。まずは一点取って、流れを掴む。
「甘いっ」
だが、さすがは梢、というべきか。やつはそれを、カウンター気味に叩いて返し、逆に円盤が俺のゴールに突き刺さった。
「――なんっ、だと……?」
愕然として、俺は自分の手元に戻ってくる円盤をスマッシャーと台で挟み、梢を見た。
「その程度で勝てる女と思わないことね」
「へっ――それでこそ、俺の目標となる女よ」
「さっきからなんなのそのノリ?」
ちょっと乗っちゃったけど、と言いながら素振りをする梢。
今しかない! と、俺は思い切り円盤を、壁にワンバウンドさせて、梢のゴールを狙った。
素振りで伸び切った腕とは逆方向。すぐには反応できまい! と思ったのだが、梢はなんと、手首のスナップでスマッシャーを投げ、円盤を弾き、ゆっくりとしたスピードではあるが、俺の手元へと返してきた。
まさか返されると思っておらず、動揺した俺は咄嗟の判断ができずに、ゴールを許してしまった。
ちょっと引くくらい梢がエアホッケー上手いんですけど。
■
俺の、最初にやった作戦がほとんど奇襲だった事からわかると思うが、俺が梢に勝つための戦略は奇襲しかなかったので、もう最初がダメだったので、結果負けてしまった。
野生の獣並と言われても信じられそうな梢の勘に振り回されてしまい、俺は泣く泣く敗北を飲み込む事となった。
「ふふん。んじゃ、いつもの通り、志郎」
「ちっ。しゃーねーなぁ」
俺と梢は二階に上がって、メダルゲームのコーナーへ。
そこで、千円分のメダルを買って、梢に渡してやる。
健全な高校生なので、現金で賭けなんてしないのだ。
やりたいゲームをお互いに付き合い、そしてそれに飽きたらメダルゲームでトロトロメダルを増やしたり減らしたりして、時間を費やす。
無為な時間。しかし、俺と梢は――いや、きっと、千尋とシバケンも、こういう時間が好きなのだ。
ビールを飲むのではなく、ビールかけをするような。そういう時間の使い方。
どうせ来年には受験だし、高校生が一番面白いのは二年生だ。一年の時は学校に不慣れで勉強もしなくっちゃならない。三年生は進路のあれこれ。
二年生というのは肉まんに例えると、ちょうど肉の部分。
俺と梢は、大きなメダルゲームに座る。メダルを投入し、中のメダルを落とし、ボールを落としてルーレットを回し、見事ジャックポッドに入れば大量ゲット、というシンプルなモノ。
「おい、狭いぞ梢。もうちょい端寄れねえか?」
「いやいや、志郎の方が体積でかいじゃん」
「言葉が大げさすぎんぞオイ」
俺達は、互いに左右の投入口を使って、協力してメダルを落としていく。
軽い話をしながら、来るはずもないジャックポッドを目指し続ける。
同じところをグルグル回っている様な感覚になってくるが、しかししれでも心地の良い感覚があった。
永遠に続くんじゃないか、と思える、勉強ってめんどくせえなぁなんてぼやきながら遊び呆ける日々。
永遠に続く訳がないとわかってはいても、それでも――心の奥底で、本当は続くんじゃないか、なんて思ったりしていた。
そして、いざ土壇場に立つと――具体的には三年の後半、卒業が現実味を持ってくると、焦るんだろうなぁ。
「……なあ梢」
「なにぃ?」
俺から巻き上げたメダルだからって、景気良くドバドバとゲームに注ぎ込んでいく梢。
あげたメダルだからいいんだけど、ちょっと腹立つな。もっと大事に使え。
「お前、進路とか考えてんの?」
いきなり、梢は俺の足を踏んだ。
「イッテぇ! なんだオイ!?」
「遊んでる時に現実思い出させんなっての。進路なんて、高二の段階で考えてる方が稀だって。志郎は考えてるわけ?」
「まぁー、考えてねえんだけどよ」
なんとなく、進学かなぁーくらいに思っている。遅刻もしてないし素行不良というわけでもなく、成績も悪くないから、大学のレベルによっちゃあ推薦取れるかもしれねえし。
「そんなもんでしょ、みんな。あーあー……ずっと遊んでたいなぁ。大学行ったら、あと四年間は遊んでられるかな?」
「そりゃいいな。合コンに明け暮れてえ」
「ははっ、志郎はそういうの向いてるキャラじゃないよ」
その言葉は少し不服だった。俺だってやろうと思えばできるのだ、と言ってやりたいのだが、梢はまだまだ言葉を続ける。
「ののっち、にっしーが遊びに来ると、ちょっと緊張してるでしょ。昔っから、あんまり女の子得意じゃないよね」
野々村、西岡か。
俺は以前、ファミレスで六人揃って飯を食った事を思い出した。
――確かに、梢や雫と、それ以外の女性では、接し方が変わるのは、なんとなく自分でもわかっている。
「別に得意じゃないってわけじゃないさ。どう接していいかわからないだけで」
「……それ得意じゃない、っていうんだって。別に、男も女もそう大して変わりゃしないんだから、普通に接しなよ」
そうかぁ?
だいぶ違うと思うぞ?
「まあ……別にそういうのも、聞く必要はもうねえけどなぁ」
「へえ? こういうのは知っといた方がいいと思うけどぉ?」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる梢。
俺はそれを気にせず、ゲーム機にメダルを投入。ボールが落ちて、ルーレットが回転した。
「なあ、梢」
回転するルーレットを見ながら、俺は小さく溜息を吐いてから、言った。
「俺の恋人になってほしいんだけど」
ルーレットが止まる。
ジャックポッド。
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