第8話『変わる物、変わらない物』

「……ん? えっ、うそぉ!?」


 俺は先程、自分が何を言ったのか忘れるほど驚いた。ジャックポッド、高一の時死ぬほどゲーセン通いしたのに出なかったジャックポッドが、俺の前の前でビカビカと光って、プッシャーにメダルが滝の様に落ちてくる。


「うおぉぉッ!? やっべえぞ梢! これしばらくゲーセンで金使わなくていいんじゃねえの!?」


 梢の肩をバンバン叩き、下皿に溜まっていくメダルを掌で大雑把に掬ってみる。なんだか金持ちになった気分だ……。千円で五百枚という値段のメダルなので、まあ値段にすると金持ちというのは子供の金銭感覚で、という話になってしまうのだが。


「あとはよぉ、このメダルをスロットとかでトロトロ増やしてこうぜ!」

「えっ、あ……えと……あれぇ?」


 梢は、顔を真っ赤にしたまま首を傾げる。

 なんだ、あまりにも大量のメダルを前に、テンションの置き所がわからなくなってしまったのだろうか。


「どうしたんだよ梢。お前も喜べよぉ。俺のおごりで当てたメダルとはいえ、いいもんだろ?」


 もちろんお前から千円分のメダルは回収するけどなぁ! と、俺の分のカップにメダルをたくさん詰め込む。


「いや……あの、志郎? 嬉しいんだろう気持ちは、わからなくもないんだけど……それよりも大事なことがあるんじゃ……?」

「ん……?」


 あれ、なんだっけ。

 と、メダルを店員さんが持ってきてくれた大きめの箱に入れながら、思い出す。

 まだ数分しか経っていないので、覚えてないわけがなかった。


「あぁ……恋人になってくれってやつ?」

「そっ、それ、それ!」


 何度も力強く頷く梢。

 顔も赤いしヘッドバンキングみたいだし、メタルバンドのライブに来たバンギャかよ。


「なに!? なんで急に?」

「別に急じゃねえよ。雫の事が気がかりで、返事できなかったけど。でも、もういいんだ。俺はお前が好きだし」


 ……雫を傷つけてしまったからこそ、俺は雫の傷をなんとか癒やしてやろうと思ったのだが、しかし、先程の会話でわかった。俺が離れないとダメだと。

 もし、一緒にいるのなら、俺が雫に恋愛感情を持っていなくてはきっと上手くは行かない。


 でも俺は今、梢が好きなのだ。


「ええッ!? ちょ、だって、今までそんな感じじゃなかったじゃん!」

「まあな。俺ってそういうの表に出すタイプじゃねえし」

「そんなんで済むの!?」


 納得が行かない、と頭を抱える梢。

 そんなこと言われてもなぁ……。


「だっ、だいたい、ここゲーセンだし! メダルゲームやってるとこだし! もっとタイミングとかなかったの!? 煙草臭いのよここ!」

「めんどくせえなぁ……」


 いいじゃんか煙草の匂い。俺は好きだぞ。吸ったことないけど。


「それに! すぐジャックポッドに夢中になってさぁ!」

「だって去年一年からやってて初めてだし」

「もっ、もうちょっとなんか、返事を待つみたいなのがあっても……」

「え? だってお前俺に告白したじゃん。俺からも言っとかないと、みたいな通過儀礼だから、別にいいかなって」


 さっきまで困惑で落ち着いていた顔が、段々とまた真っ赤になってくきて、拳を握った。

 ――あっ、やっべ。確かに俺も悪いんだけど、だってそうじゃないか!? 結果わかってて言ったんだもん! 正直緊張もなかったし!


「こんのっ! こっちがどれだけ覚悟決めて告白したと思ってんのよぉ!」


 と、思いっきり鼻にグーパンを叩き込まれ、俺は椅子から落ちた。

 散らばるメダルを見上げながら「あぁ、これ片付けて店員さんに謝らないとなぁ……」なんて、小さくため息を吐いた。



  ■



 なんと鼻血まで出た。

 店員さんがおしぼりを持ってきてくれて、それで鼻血を押さえながら、梢が必死に「すいませんすいません」と謝りながら、店員さんと共にメダルを拾っているのを眺めていたのだが、それが終わると、そのメダルを預けて、いつでも引き出せる状態にして、俺と梢はゲーセンを出た。


「くそったれ。いい年こいて鼻血出しちゃったぜ……」


 殴ることねえだろ、と、夕暮れの道で隣を歩く梢を睨んだ。


「ご、ごめんってば。その件に関しては謝るけど、でも悪いのは志郎じゃん!」

「いや、まあ、多少無神経だったかもしれんが――」


 そこまで言って、言い訳を続けても仕方ないと諦め、周囲を見渡す。ここはもう家から徒歩五分圏内なので、たまーに散歩をする公園があるのを見つけた。


「――悪かったよ。ちゃんと言う」


 俺は、梢の手を優しく取って、ゆっくり公園へと引っ張っていく。急ごしらえ感がするけど、梢がこだわれというのだし、そもそも道の真ん中で告白できるほど、俺は厚顔無恥ではないつもりだ。


「えっ、ちょ、志郎?」


 困惑しながら、手を握り返してくる梢。なんかこういうの、いいなぁ、と思いながらも、公園の真ん中くらいまで来て、周囲に人影が無いことを確認してから、梢の肩に手を置いて、まっすぐ目を見た。


 いざこうしてみると、なんだか酷く緊張してきた。


 答はわかっている。梢がなんて返してくれるのか、もうわかっているのに、足に力が入らないし、口の中がが乾いてくる。 


 潤んだ目をした梢と、十秒ほど見つめ合った後、俺は、梢を待たせる事のほうが嫌になって、意を決して言った。


「俺は梢の事が好きだ。だから、俺と付き合ってほしい……」


 絞り出すように、口から出てきた言葉。

 俺は今まで、こんなに真摯に言葉を口にした事があっただろうか、と無意識に思い出そうとしてしまう。


 しかしそれは、中断された。


 梢が、泣いていたから。


「っぐ……ひくっ……!」

「ええッ!? なんで泣いてんだよ!? 笑ってくれよ!」


 まさか告白して泣かれると思わなかった。

 したことないから、こうなるとは思わなかったので、俺は思わず梢の肩を揺さぶって、壊れた蛇口を直そうとするみたいに軽く叩いたりもした。


「だってぇ……! 中学からずっと片思いしてて……それが高校でいきなり知らない女に取られたと思っててぇ……!」


 確かに梢目線からすると、そういうことになるのか……。俺からすると、梢のしたこともかなりいきなりだったが……。


「だから、取り返そうと、いろいろして……でも、それでも上手く行かなったらどうしようって思っでぇ……! ぐずっ……」


 しゃくりあげながら泣く梢に、俺はどうしたらいいのか、おろおろして迷うだけだった。俺の想像していたリアクションとあまりにも違う。

 俺の中の梢は『それでいいのよ! 最初っからそうしなさいよね!』と言いながら、俺の肩を叩く女だったのだが。


 そんなことを考えていたら、目をこすっていた梢が、いきなり手を差し出してきた。


「……ん?」


 なんだろう、と、手を乗せてみると、それが思いっきり弾かれた。


「痛っ!? なにすんだ!?」

「こういう時はハンカチの一つでも差し出すのが男でしょ!」

「わ、わりぃ、ハンカチ持ってねえ……」


 頭を掻いて、愛想笑いしてみる。

 すると、梢はまるで俺の頭突するような勢いで、俺の胸に頭を埋める。


「だったら、ここ貸しなさい……」


 そう言われて、俺は「お、おう……」と、頷く。どうしたらいいんだろう、と、まだ状況についていけてない俺は、手持ち無沙汰だったので、梢を抱きしめて、髪をそっと指で梳いた。


「お前、髪さらさらだなぁ」


 俺の髪とはわけがちげえや。同じ人間なのにな。男女の差かな?

 梢からの返事はなく、ただ、肩をたまにしゃくりあげて、声を抑えるように泣いていた。


 空が暗くなって、やっと梢が俺から離れる。


 胸元が涼しくなってしまった。梢が離れたという物寂しさだけでなく、単純に、胸元が梢の涙でめちゃくちゃ濡れてる。


「お前……泣きすぎだろ……」


 俺は梢の涙がついた部分を摘んで、持ち上げる。ちょっと下の肌も濡れちゃってるし、涼し気な風が通り抜けると、そこだけ寒く感じるようだ。


「かれこれ五年分くらいの涙だと思って」


 と、俺から目を逸らして笑う梢。顔がまだ若干赤いのは、多分割りと本気で泣いてしまった恥ずかしさからだろう。


「なんか、悪かったな。あんなに泣かせるくらい待たせてさ」

「べっ、別にいいって。冷静になって考えると、そもそも私が言わなかったのも、まあ、一割くらい悪いかなって思うし……」


 頬を掻く梢。そうしていると、ヤツの腹が鳴った。


「泣いてカロリー消費したか」

「う、うう、うっさいわ! 聞かなかったフリしてよ!」

「なんか食いに行くか。おごるぜ、待たせた詫びに」

「マジで? んじゃー焼肉!」

「よし、別れようぜ梢」

「調子乗んなよ志郎ぉ!」


 バシン、と、力強く背中を叩かれる俺。

 痛い、が、なんだか嬉しく思えた。関係が変わると、していることは変わらないのに、このやりとりがとても尊い物だと思えるようだった。

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