第11話『オヒトヨシ』

 俺をよく知る友達や親などから「お前はバカだ」と言われることが多々あった。

 しかし、友達は俺よりも成績がよくないし、なにより親から「バカ」と言われたらそりゃ反発もしたくなるので、俺は徹底して「俺はバカじゃないといううぬぼれがある」と頑なに言い続けてきた。


 ……最近ようやくわかった。俺はどうも、決定的な部分で、頭が足りていないようだ。


 女の子の連絡先が一つ増えた俺のスマホと、嬉しそうに去っていく愛美ちゃんの背を見ながら、俺は自分の認識を改めていた。


 人間、自分はバカだと思いながら生きていくくらいが丁度いい……のかもしれない。


「ち、違うんだよ」


 雫も梢も、まったく何も言っていなかったが、俺の口は止められなかった。人間の一生には、口を開けば開くだけ情けなくなり、しかし口を閉じていても勝手に情けなくなるという瞬間がやってくるが、今まさにそれだった。


 口を開くのにも才能がいるのだ。みんな、そんな意識ないけど……俺はそう思う。


「いや、違うとか言われてもさぁ……」


 困ったように、頭を描いて俺から目を反らす梢。傷ついた、というよりも、なんだか……そう、本当に「なんでこいつはこうなんだ」と呆れているようでもあった。


「志郎ちゃんって……「いい度胸してるな」って、言われるでしょ」


 雫は目から光が消えており、今にもカミソリ級の鋭さを発揮するビンタを放ってきてもおかしくなかった。


「いっ、いや。俺は、えーと……」


 こういう場合、なんて言うべきなんだ?

「俺は悪くない」とでも言うか? しかし、本当に悪くないのか。つーか、雫と梢が聞きたいのは、絶対そういう言葉じゃないと思う。それに、この言い方は愛美ちゃんにすべてを押し付けているようで、フェアじゃない。フェアじゃないのは嫌いだ。


「別に、弁解はしなくていいよ。でも、どうして志郎ちゃんって、なの?」


 そう、というのが、俺のどういう部分を差しているのかよくわからなかった。

 雫は俺に何かを考えさせたいのかもしれなかったが、俺は俺自身に、特別問題があるようには思えない。が、ないのであればこんな言い方はしないだろう。その程度の人を見る目は、俺にもあった。


「な、なんだろう……生まれつき、か?」


『親譲りの無鉄砲で、子供の時から損ばかりしている』とは、夏目漱石も書いていたが、俺が親から譲り受けたものというのは自覚している限りではあまりない。

 親父はなんか、工業用機械パーツの営業で日本全国を飛び回るサラリーマンだし。母ちゃんは元副料理長スー・シェフというなかなか無い肩書を持っているが、それでも普通の専業主婦だと思う。


 今この場で追求されていることが、親から受け継いだものでないことだけは確かだった。


「追求しても、仕方のないことだけどさぁ……いや」


 何かを言おうとした梢だったが、周囲を見渡す。だが、周囲に人影はなく、変わったところはない。何を言おうとしているのかわからなかったが、大事な話をしようとしていることだけはわかった。


「これ以上は、ここで話すのはやめときましょ。雫先輩、こないだできなかったタコパ、今日やりましょうよ」

「え? う、うん。いいけど」

「えっ、いや、俺は晩飯が……」

「あぁん?」


 梢の鋭い眼光に、俺は押し黙るしかなかった。カツアゲされる時は、きっとこうなるのだろう。今日の晩飯をたこ焼きにすることに決めた。俺の中でたこ焼きは『おやつ』のカテゴリなので、これを晩飯にすることは甚だ不服なのだ(酒が飲めれば違うのかもしれない)。


 しかし、俺は口を開く才能はなくとも口を閉じる才能はある。大事な時に黙っていられるのも、必要な才能だ。


 なので俺は、黙って二人の女の子についていくことにした。


 これからは、女性が活躍する時代なのだ。ウーマン・リヴ。



  ■



 たこ焼きの材料を買うのは、お世辞にも楽しいとは言えなかった。

 可愛い女の子二人、その子達の手料理を食べられるというのだから、もっとワクワクしてもいいもんだが、これから怒られるのがほぼ確定している食事会である。


 この世に嫌なものは数多くあれど、怒られるのがわかっていることほど、嫌なこともそうそうないだろう。


 向こうも「これから言ってやるぞ」としっかり意気込んでいるわけで、そんな相手と仲良く会話するわけもない。二人だけで盛り上がり、俺はその後ろでカゴを持たされ、次々に放り込まれるたこ焼きの材料を眺めながら虚無の只中にいた。


 そんなわけで……雫の家についた時には、俺の心は憔悴してしまっており、すでにたこ焼きが美味しかったらそれで今日はチャラという甘い考えは消えていた。


 三人で、しかもたこ焼きなどという匂いのするものを雫の部屋で食べるわけにはいかず。俺たち三人は山桜家のリビングに座っていた。


 ローテーブルには、たこ焼き器と具材が並んでおり、飲み物はコーラだった。


 女の子というのは体の中に花でもあるのだろうか。やたらといい匂いがする。しかし、最近この匂いが強い場所ではよくないことが起こるので、ちょっと嫌いになりかけている。


 俺の立ち回り方が間違っているだけな気もするし、八つ当たりの気持ちが大きい気がするんだよな……


「さて。たこ焼きにはコツがあります」


 すべての準備を終えた雫は、得意げにそう言って、千枚通しと油を塗るたこ坊主を構えて、ぺろりと唇を舐めた。


 たこ焼き器には、すでに生地が半ば焼けた状態で、すでにひっくり返すのを待つのみとなっている。


「たこ焼きは生地を九〇度ずつ回転させていく。この時、かなり早く固まっていくから、せわしなく、休みなくひっくり返していく。半分固まったあとは、徐々に中の生地で外壁を作るイメージで」


 そう言って、雫は綺麗に丸いたこ焼きを次々作り上げていく。さすがに料理が上手いっつーか、手先が器用っつーか。


「はえー。さすが、雫先輩、お上手」

「まあ、特技だって胸を張れるまで、頑張ったからね」


 女子二人がにこやかにしているが、俺との間には明確に壁がある。見えない壁が、はっきり見えた。

 まあ……俺を好きだという女子二人の前で、仕方なかったとはいえ連絡先の交換である。普通に考えて「バカ」なんだが、俺は一体何をどうミスったのだろうか。


「志郎」

「志郎ちゃん」


 二人からたこ焼きの乗った皿を受け取る。壁は作ってもたこ焼きはくれるのか。


「作ったのは雫先輩だけど、味付けはあたしだからね」


 と、つまらなさそうに言う梢。


「ありがとよ」


 礼を言いながら受け取り、たこ焼きを頬張る。熱っ!!

 つーか、辛っ!? 確認できる限り、タバスコとワサビが入ってやがる!!


 頭の皮膚が熱くて、鼻がつーんとするぞ!?


「みっ、水、水ぅ!?」

「水はないよ」


 言いながら、コーラを注ぐ雫。


「それでいいから!」


 と、コップに注がれたコーラを半ば無理やり奪い取り、一気飲みした。テレビで「ワサビの辛味はコーラで取れる」と見たことがあるが、結構辛味に効くもんだ。っていうか、痛くなって気にならなくなるっつーか……。


「な、なにすんだコノヤロー! 食べ物で遊ぶんじゃねえよ!」


 思わず怒鳴ってしまったが、雫と梢の「怒ってんのはこっちだ」という目で、一気に怒りのボルテージが下がってしまった。


「うっ……。まあ、その、怒ってるのはわかる。わかるんだけど、俺は愛美ちゃんとどうにかなるつもりは全然ないし。向こうだってそんな気はないはずなので、そこまで怒らなくても……」


「違うよ」


 と、雫は『なんで自分の言ってることが伝わらないんだろう』と、言いたそうに目を俺からそむけた。


 そして、歯の奥に何かが挟まっていて気になるような「あの、その」を二回ほど繰り返し、それにイライラした梢が、雫からセリフを奪った。


「あんたは多分、あたしらのことを『理解できない』って、思ってると思う」


 図星だった。咄嗟に何かを言い返すことができず、言葉を飲み込んだ。

 いわゆる絶句の状態だったが、それよりも、次に雫が発した言葉の方が、一番衝撃だった。


「私達にとっては……志郎ちゃんの方が……?」


 何を言っているんだろう……?

 俺は、だって、普通のことしかしていないのに。むしろ、ストーカーである雫と、それを挑発する梢のほうが、理解できないはずなのに。


 なんで二人は、俺のことを異常者みたいな目で見ているんだろう。



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