第12話『ザクロ』
「……いろいろ、ツッコみたいことがあるな」
俺はまだひりひりする口で、なんとかしっかりと言葉にすることができた。
二人にとって、俺が理解できないだと? 何を言っているんだか…俺にとっては女心のほうが複雑怪奇。俺みたいな男を好きと言ってくれるのもそうだが、そこにかける執念も理解ができない。
もちろん大事な二人だから、理解こそできないが、尊重したいとは思っている。
だというのに、俺のほうがおかしいみたいに言われるのは正直言って心外だ。
「どう考えても、俺は普通だ。他人からおかしいと言われたことは今が初めてと言ってもいいし、なによりお前らだって今まで言ってこなかったろ?」
俺は薄ら笑いを浮かべてそう言いながら、たこ焼きを一つ口に放り込んだ。
どうやらさっきのような激辛味は一つだけだったらしく(ってことは、あれ一発で引いたの?)普通の味でとてもありがたかったし、美味しい。
そうやって、俺がさっさと流そうとしているにも関わらず、しかし二人の表情は変わらなかった。
どころか、何か目配せをしている。二人がわかりあえているような光景が、ほんの少しうれしいものの…こういう状況では素直に喜べない。
そんな目配せが終わったかと思いきや、雫が口を開く。
「……実はね、志郎ちゃんが私達二人を仲良くしようとしてたこと、柴くんと小倉くんから聞いてたの」
「な、なに?」
え、まだやろうとしてから一週間経ってないんだよ?
なのになんで俺の大作戦をサクッとバラしてんの?
俺は愛すべき友人達の口の軽さに呆れ返りそうだった。というか、事実かなり呆れていたのだが、その考えは続いての梢の言葉でかき消された。
「ずっと違和感があった。あんた、ちょっと度が過ぎてるところがある、って。女の子が泣いてたり困ってたりすると、自分がどんな状況でも、後先考えないことがよくあった。あたしらが言うのもなんだけど……こんな関係の女子二人いるのに、新しい女の子に声かけてるって時点で、結構ネジ外れてるからね?」
「そ、それはまあ、俺もそう思うけど……」
あまりのド正論に、俺はごにょごにょと言葉を濁してしまう。
しなくていい心配かもしれないし、自意識過剰かもしれないが、愛美ちゃんとの交流によって二人を刺激することは充分に考えられたことだ。
しかし梢の言う通り、俺は目の前で女の子が泣いてたり、困ってたりするのを見過ごしてはおけない。だからこそ愛美ちゃんとの交流をやめられなかったわけだが(それに、趣味を理解しあえる人間がいない寂しさというのも、理解しているつもりだし)。
「志郎ちゃんと親しい人は……ずっと、そのことが気になってたみたいなの」
つい最近までは疎遠だったからだろう。
又聞きのような言い方になっている雫。
「へ……? 千尋とか、シバケンとか、梢とか?」
俺はそんなこと、一切知らなかったが……。
って、本人に言うようなことではねえよな、そりゃ。
あまりにも受け止め方のわからない情報だったので、俺は思わずハニワのような間抜けな表情をしていた。
雫と梢は、まるで「こいつコトの重大さわかってんのか?」と言いたげな表情をしていたが、俺にはそんなもんさっぱりわからないので、二人の話に耳を傾けるしかなかった。
■
改めて、周囲の人間から自分の印象を聞く機会というのはないだろう。
貴重な機会ではあるが、正直言って俺は品行方正ではないし、聖人君子でもない。自分の嫌いなところも、二つ三つは上げられる。
そんなわけで、聞く勇気はあまりないのだが、こうなってしまうと聞かざるを得ない状態だろう。
そんなわけで、俺は聞きたくもない自分の、それも自分で直視したくない部分を、梢から突きつけられることになってしまった。
梢とは中学時代から。千尋とシバケンとは高校からの付き合いだが、そんな中でも、俺に対して「なんだこいつ」と思ったことがいくつかあるらしい。
それを俺に言うのってどうなの? と、今まさに俺が思っているのだが…
とにかく梢は、時系列順に俺の、梢曰く奇行を上げていった。
最初は、中学二年の頃。
当時俺は、梢と共に図書委員会に所属する帰宅部であり、キヌさんに恋するマセガキだった。
割りと一般的な少年だったはずなのだが……。
どうにも梢から見ると違っていたらしい。
当時、俺のクラスメイトの女子がストーカー被害に遭っていた。スマホで下劣な写真が送られたり、帰り道に跡をつけられたりという、中学生の内から将来が心配になる凶行の数々。
だが、そのストーカーは同じクラスの成績優秀者であり、外面もいい。教師からは信頼されているし、親もまあまあ高い社会的地位を持っているという、悪っぽい設定の三倍満というきめ細やかさを持っていた。
彼女は梢の友達でもあり、クラスでも中心人物だが、素行がちょいと悪かったし、成績もよくはない。
やることをしっかりやっているやつを信用するというのは、教師という仕事の性質上仕方のない面もあるだろうが、日々やつれていく彼女の姿に、俺は心を痛めた。
というか、胃が痛かった。
彼女はクラスメイトではあるが、友達の友達。
俺と喋ったことはほぼないし、向こうも俺に対しての印象は「ずっと本を読んでる目つきの悪そう人」程度だっただろう。
だが俺は、昔からどうにも女の子が困っていたり悲しんでいるところを見ていられない性分がある。男であってもなんとかしてやりたいとは思うのだが、使命感のようなものが湧いて出てくるのも、実際体に異常が出てくるのも、女の子の場合だけなのである。
つまり、俺もある意味ではストーカー被害を被っていたわけで。
どうにかしたい、と思うのは当然の成り行きだろう。
だから俺は、なんとかすることにした。
手間を惜しんはいられない。
俺にできる最大限をする必要があり、徹底してストーカーのことを逆ストーカーしたのだ。
証拠を掴むためにも、これが一番手っ取り早いと思っていた。手間がかかるから誰もやりたがらないが、俺は自分の時間を削ってでも、クラスメイトの彼女に笑顔になってほしかった。
彼女のことは好きでもなければ嫌いでもないが、俺は必死にストーキングの証拠を集め、そして充分集まった頃に、写真や行動スケジュールを彼の親に渡した。
と、言っても。俺はポストに入れておいただけで、別にそれ以上何かをしたわけではない。
ただその後、ストーカーはぴたりと止まったし、その彼が、それ以上何かすることもなかった。きっと親に怒られでもしたのだろう。
結果、卒業まで何もなし。
万事解決ということになったのだった。
そしてそのことは、彼女に伝えていないし、梢が知っているのも、証拠集めのために遊びなどを断っていた俺を訝しんでいたから、仕方なく説明しただけだしね。
……果たして、これがそんなにおかしいことなのだろうか?
我慢できなかったから、頑張っただけのことだ。
俺は梢から過去のことを聞かされても、それは俺にとって当たり前の行動なので、なぜ改めて言われているのか、まったく理解できなかった。
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