第13話『ジカクナシ』

 そして、もう一つ。

 シバケンと千尋と知り合ってから、やばいと思ったことがあるとのこと。

 それを梢から聞かされ、俺は正直言って叫び出したかった。


 もうやめてくれ。そう叫びたかったけれど、梢は苦しそうにする俺を無視して話し続ける。


 そのエピソードは、俺が高校に入学してすぐのことだった。


 俺やシバケン、千尋というのはヤンキーでもなければ問題児というほどでもない普通の少年だが、それなりに不真面目だ。

 それを許さない人間も、当然いる。


 一年生の時の、クラス委員長だ。


 まさに真面目で女子の委員長を絵に描くとああなるんじゃないか、というくらいのテンプレだった。で、どうもその子は俺らみたいに品の無いタイプは、部屋の中の虫と同じ類に見えていたらしい。


 かなりキツい、上司だったらパワハラ扱いになりかけるような扱いだった。


 しかし、言い方がかなりドキツイだけで、まあ言っていることは正しい。だからこそ、俺たちは正しさ故に反論できず、苛立ちを募らせていたのだ。


 女子には基本優しい千尋でさえ「ちょっとあの態度はないよね」と言っていたし、シバケンも「女子じゃなかったらぶん殴ってる」とさえ言っていた。


 で……ある日。

 俺とシバケンと千尋の三人が、そろそろ暗くなってきて、晩飯時になってきたので帰ろうかという話しをしていた時である。


 駅前の広場で帰りを惜しむようにくっちゃべっていた時だった。

 もう三人でどういう話をしていたのかは覚えていないものの……その後に起こったことはよく覚えている。


「だからよぉー。そのババアがふらついたのがいけねえんだろうが!」


 と、衆目の面前であることは明らかに意識から吹っ飛んだような声が聞こえてきた。

 周囲の視線と同時に、俺たちの視線もその声がした方向へと向けられる。そこにいたのは、我らがクラスの委員長。生真面目そうな視線を怒りと怯えに歪めながらも、あからさまに品と常識のなさそうな男に向けていた。


 その委員長は、背中に怯えてオロオロしているおばあさんを背負っているし、目の前には怒鳴っている社会的な信用にかけるファッションのお方となにか口論をしていた。


 後に「腰の悪いおばあちゃんが高そうな革靴を踏んでしまったので一方的に叫ばれていたところを、委員長が持ち前の正義感で割って入った」と聞いたのだが、それにしたって委員長の無鉄砲さにはびっくりする。


 このままではニュースになるような事件になるのでは? 

 しかもそれが目の前で、俺の知ってる女の子が被害者になる。


 俺がそう考えたのは、一瞬のことだった。

 一瞬のことだったけれど、行動を移すには十分だ。


 俺はシバケンと千尋のことを脳みそから追い出し、委員長の元に向かって走った。


「ちょっとちょっとお兄さん。怒鳴ってどうしたんすか。よくないすよ、こんなとこで」


 と、委員長をかばうように、二人の間に立つ俺。


「く、来島くん?」


 驚いたような、戸惑うようなそんな声が背後から聞こえてくる。俺はちらりと背後に振り返り、唇だけで「行け」と伝えた。

 だが、それで行ってくれるのは小説やらフィクションやらの中だけだったようで、委員長は俺の唇が意味を伝えていたのか、それがわかっていたのかも怪しい。


 しかし伝わってほしくないほうにはばっちり伝わっており、危ないお兄さんが


「てめえ何かっこつけてシャシャッてんだコラァッ!」


 怒鳴り声と同時に、思い切りフルスイングで俺の頬を右から左へと弾いた。

 さすがに手が出れば周囲の対応も変わってくれるし、何より俺には親愛なるダチがいる。俺が胸ぐらを掴まれて怒鳴られていると、シバケンと千尋が警官を呼んできてくれた。


 そんなわけで、俺は自分のことが嫌いな女の子のために殴られ、シバケンと千尋からは。


「お前バカじゃねえの!? せめて俺らに相談しろ! いくらなんでもあんな突然に無謀な行動取られちゃ、チームプレイはできねえぞ!」

「志郎さ……そういうの、いいとこだとは思うけど。でも、やりかたはもっと考えた方がいいよ。自分の身ぃ危険に晒すのはよくないって」



 と、友人二人にしっかり目に怒られた。

 どうやらこれが、二人が俺のことを「おかしい」と思い始めたきっかけであるらしい。もちろん、これだけではなく、日頃の行いの端々など、いろいろと積み重なってその印象が完成したそうだった。


 しかしこれを梢から聞かされている俺は、どうしてもよくわからない。

 たしかに、ちょっとやりすぎなのは認める。

 けれど俺の中にあるなにかが、目の前の女の子を放っておくことを許さないのだ。この衝動を止めることは、俺にはできない。だから、俺が殴られようが刺されようが、女の子の涙が止まるならそれでいいんじゃないかと思う。


 だって、女の子の涙は、それ以上に俺を傷つける。


  ■



「どう? 他人から聞いたあんたの話。志郎ってさ…女の涙に弱いとか、そういうレベルじゃないのよ。女の涙が流れるくらいなら、自分の身を切り刻まれた方がマシ。そういうことを平気で言い出しそうなの」


 梢はそう言って、まるで腹が痛くなってきたかのように顔を歪めている。その隣で雫も、俺と梢の顔を交互に見比べながら、なにかを言おうと口を小さく開いたり、閉じたりしていた。

 そして、何も言えずに居た俺の代わりに、やっと口を開いた。


「さ、さすがの志郎ちゃんも、そこまでは言わない……よね?」

「あ、当たり前じゃん」

「どもってるし……」


 梢の言葉に、俺の心がきゅっと締め付けられる。いや、もちろん俺だって女の子が泣くくらいなら身を切り刻まれる、だなんて……そんなキザったらしいこと言い出さないけど。


「いやいや、俺だってそんな」

「「女の子が泣くくらいなら身を刻まれた方がいい。なんて言い出すわけないじゃん。そんなキザったらしいこと」とか思ってない?」


 あまりにもピンポイントすぎる梢の読みに、俺は思わず勢いよく首を振った。


「思ってません思ってません!」

「思ってるよこれ。志郎ちゃん、動揺すると敬語になる癖があるから」


 女の勘で鋭く追求してくる梢と、類まれなる推理力と俺の癖を熟知した幼馴染でストーカーの雫。この二人の前で隠し事をしようというのが無理なのかもしれないが……。

 俺にも隠したいことくらいあるしなぁ……好きな官能小説とか。


「志郎ちゃんね、小学生くらいの時に観てたドラマで出てた刑事ドラマの詐欺師を「かっこいい」ってハマって。その詐欺師の癖の「嘘吐く時に敬語になる」を真似した結果、今でもその癖が抜けないんだよね」


 かわいいよねえ、と顔を綻ばせる雫に、俺は無性に照れくさい気持ちになった。こうして呼び捨てにしているし、かつては俺の後ろをマジで四六時中ついてきた女だ。

 小さい頃から連綿と続いている、俺の「原始的な癖」みたいなものには一日の長がある。


「へぇー……ほぉー、ふぅーん。雫先輩って、今二人で協力して志郎を矯正しようっていう時なのに、そういう幼馴染マウント取っちゃうんだ? いいよねぇー。志郎のちっちゃい背中見てきたんだもんねえー。え、もしかして同じ布団で寝たとか、一緒にお風呂入ったとかあります? キレちゃいますよ私」


「な、ないよぉ梢ちゃん! 私もわかってるってば! ただ口から出ちゃっただけで」

「そ、そうそう。そんなこと無いですよ。雫と? 同じ布団で一緒に風呂? そんなんないですよ」


「志郎! 敬語!」

「志郎ちゃんってば、今言ったばっかりなのに!」

「あぁぁぁぁぁ!! 俺のバカ!」


 頭を抱えて、俺は自分のバカさ加減に思わず嘆きの叫びで喉を鳴らした。

 まあ、癖ってそんな簡単に治らないから癖なんだけど。

 無くて七癖、なんて言うしね……。


 いや、確かに雫とは同じ布団の寝たこともあるし、一緒に風呂も入ったことあるよ。でもそれをあーだこーだ言うのは違うじゃないのよ……。

 幼い頃のことなので、他意とかあるわけないし。その頃から、同年代の女児に劣情を抱いたのなら、俺はもう性犯罪者の才能がある。いや、ないよ……。


「いや、というか……俺を矯正って。元々それ、俺のアイデアだからね。俺が、お前ら二人を、なんというか、もうちょっと手心加えてもらうようにしてもらうためのアイデアで」


「あのさぁ……志郎? ここまで言ってまだわからないようなら、私達からも言うけどさ」

「うん、志郎ちゃん。私達ね」


 ここからは、どっちの声だったかわからない。

 もしかしたら両方の声だったのかもしれない。


 でも、俺の心に、深く刻み込まれた。


「志郎はさぁ、多分……私らのことを頭おかしい。くらいに思ってたのかもしれない」

「私も……うん、そう思われることをしてた自覚は今ならある。でもね?」


 二人は、同時に、俺の心を的確に、根本から崩す発言をしてくれた。




「一番病んでるのは、志郎ちゃんアンタなんだよ」




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