第3話『アピール』

 自分から提案しておいてなんだが、どういう思惑があったのか、二人は三人で出かける事を了承してくれた。

 ほんと、言っておいてなんだが、どういうつもりだよと言いたかった。


 ――いや、まあ、きっと、それは二人こそ言いたい事だったんだろうけど。


 これで二人がお互いの事を知って「あぁ、なんだ、こいついいやつじゃん」とか思ってくれりゃいいんだけどな。



『それは甘いんじゃないの?』


 これは、俺が雫や梢と一緒に出かけると、授業中にスマホのメッセージアプリで千尋とシバケンの三人で会話していた時、千尋から届いたメッセージである。


『甘々だな。女子がインスタに上げるパンケーキより甘い』


 これはシバケンである。


『お前、女子のインスタ覗いてんの?』


 俺がそう打ち込むと、シバケンが忌々しそうな顔でちらりとこっちを見た。


『バカか。そういうイメージだよ!』

『女子ってマジでインスタにパンケーキ上げてんの?』


 見た目に反して女子との接点が薄い千尋は、純粋な疑問をぶつけてきた。


『俺が知るかよ』


 と、シバケンは、アニメキャラがそっぽ向いたスタンプを押す。


『さすがに、この一回でそう事が上手く運ぶわけないって。もし言ったら、志郎の事、尊敬通りこして逆に軽蔑する』

『スケコマシの才能がでかすぎる』


 千尋とシバケンがめちゃくちゃ勝手な事言ってきやがる。

 いやまあ……多分、そういう才能がないと、俺がやろうとしてることって、実現不可能なんだろうけど。


 そんな風に、三人でトークしていると、今度は梢からメッセージが飛んできたので、開いた。


『マジでマドンナ先輩と三人で行くの? やばくない?』


 まったくである。そんなの、俺が一番やばいと思ってるからね。


『いい機会だから、梢も雫と仲良くしてみようぜ。人間仲良しが一番!』


 まあ、そうだとは思うんだけど、自分で言ってるとは思えないほど胡散臭い言葉だ。こういうのってシラフで言うセリフじゃねえって。


『まあ……行くって言ったし、行くけどさ。行かないっってなったら、志郎とマドンナ先輩で行くんでしょ? んなの見過ごせないし』


 そうなるでしょうね。

 俺は『まあ、そうなるね』とだけ返して、スマホをポケットに突っ込んだ。


 放課後にならないでほしいが、ならないと前に進まない。

 なんか最近、こういう気持ちばかりだなぁ……。



  ■



 最近気づいたのだが、勉強って、現実逃避にはちょうどいい。無心で授業を聞いてると、いま俺が置かれている状況とか、そういうのが全部どうでもよくなってきて、成績もよくなるという一石二鳥。


 おかげで、最近小テストの点がいい。


 胃の調子はよくないが。


 来週小テストがあると担任から言われた帰りのHRが終わり、クラスの連中が帰り支度を始めたり、だべったりしている中、梢が俺の席にやってきた。


「放課後になっちゃったわねえ志郎」


 と、意地の悪い笑顔を見せる。


「なにがですか? 可愛い女の子と出かける、いい話じゃないですか」


 胃がキリキリしてきた。

 ちょっと胃薬がほしい。胃薬飲んだこと無いのが、俺の小さな自慢だったのだが。


「なんで敬語よ。あんたも、やばいと思ってんじゃないの? どういう思惑があるのか知らないけど」

「思惑なんてないっすよぉ」


 俺の思惑なんて、マジで今の所は『雫と梢が仲良くなってくれりゃあ、多少現状がマシになるんじゃねえかな』くらいしかないし。


「志郎ちゃん」


 と、いつの間にか近くに来ていた雫が、梢の隣に立った。


「ほんとに来るんだ……」


 どうやら、まだ梢が一緒に出かける事を信じていなかったらしい雫が、梢に訝しげな視線を向けていた。やめなさい、そういうの。これから仲良くなってもらいたいんだから。


「来ますよそりゃ。こっちもおんなじ気持ちなんですから」

「ウダウダ言ってねえで、ほら、行こうぜ」


 俺はカバンを持って立ち上がり、そそくさと教室から出る。


 見知った連中に、女の子二人、しかも一人は学園のマドンナで、もう一人はクラスでも隠れファンの多い女の子と話している所を見られるのは、どうにも変な恨みを買いそうだし、なんだか恥ずかしい。


 下駄箱で靴を履き替えて、俺達はとりあえず、駅前に向かった。


 ウチの学校は比較的駅から近くて、そこからそれぞれの地元に向かってもいいし、その駅周辺が結構栄えているので、そこで遊んでもいいという、とりあえず起点に動けるいいスポットなのだ。


 ウチの高校の生徒は、放課後遊ぶとなったらとりあえず駅前の円形広場に一旦集まるのだ。


 なので、今回も俺達三人は、駅前に居た。


 中心の噴水を囲むように配置されたパイプ型ベンチに、俺真ん中で二人がサイドに座った状態で、これからどうするかを相談していた。


「さて……どこ行くよ? 俺は――」

「本屋と」

「CDショップでしょ」


 俺の提案が、雫と梢に先回りされた。

 相談していたわけでもないのに、綺麗な連携ができたので、二人が俺を挟んで、ちょっと笑っていた。おぉ、いい雰囲気じゃないの。


 初々しいカップルを見ているおっさんみたいな感想が飛び出してきた俺は「いいじゃんか別に。とりあえずチェックしたいんだっつーの」と、少し不貞腐れた様に言った。


 俺、ちょっと老けたのかな?


「こないだデートした時に、ジョーさんのCD出てたから、もうないでしょ?」


 と、暗に雫がデートしていたということをアピールしたので、梢さんが少し怒りのオーラを放ったので、左半身がなんだか寒い。


 怖いから触れないけどな!


「いや、別に、俺は音楽はジョーしか聞かないってわけじゃないからな。最近だと邦楽にも結構いいバンドはいるし、ブラッキィってバンドとか」

「私、音楽聞かないから知らない……」

「あたしは結構邦楽は聞いてるけど、知らない」


 そりゃそうだ。今までインディースで、今年メジャーデビューしたばかりだし。

 でも、今どきの邦楽には珍しい、ファンクのエッセンスを詰め込んだ、いいバンドなんだよな。


「他にも、結構店によってプッシュしてるバンドが違うから、視聴コーナーで曲視聴するのも楽しいんだよな。本屋も似たようなもんで、平詰みしてある本を手に取って、中身を見ないで買うとかもいいんだよなぁ」

「中学時代、その買い方してひっどいのに当たってちょっと不機嫌だったことあるじゃないの」


 と、梢が苦笑する。

 今度は、自分の知らない中学時代のことをアピールされて、雫が怒りを覗かせていた。


 え、このアピール合戦続くの?


 デート中ずっと?

 心折れちゃうよ。


「あたし、カラオケ行きたいな、服も見たいし」


 元々、デートの予定を持ち出してきた梢がそう言うと、まるで追いかけるみたいに、雫も口を開く。


「わ、私はとりあえず、えと……」


 しかし、雫は行きたいところが特にないらしく、そのまま目を泳がせて考えていた。

 何を考えたのか、梢はそんな雫を見て、いきなり立ち上がると、雫の手を取って「んじゃ、遊びながら考えましょっ。ほら志郎、行くよ」と言って、雫を引っ張っていった。


「ちょっ、え、待って、待って」


 慌てるような雫が妙に印象的で、俺は一瞬呆けてしまい、置いていかれかけてしまった。

 一体何考えてんだ梢のやつ。急に乗り気になったみたいな感じだけど。


 まあ、乗り気になってくれたなら、それ自体はありがたいが……。


 人間ってやつぁ、何考えてるかさっぱりわからん。

 そんな事を考えながら、俺も二人を小走りで追いかけた。

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