第4話『エラー』

「山桜先輩って、何を基準に服買ってるんですか? ファッション誌とか、参考にしてたりします?」

「えっ、うん……してる、けど……」

「値段とか重視してます? あたし、バイトもしてない身だし、結構カツカツだから、服にお金割けなくってー」

「私は……そもそも、服にしかお金は使ってない、かな……」

「ええ? 山桜先輩、肌キレイじゃないですか。スキンケアとか、どうしてるんです」

「水で顔を洗って、化粧水と保湿クリームだけ……」

「えぇっ! それだけですか!?」


 と、梢が雫から、いろいろ聞き出している光景を見ながら、俺はヒジョーに居心地の悪さを感じていた。だってここは、レディースファッションの店。若者に人気のあるブティック? らしい。


 俺は梢から「ブティック行くよ!」と言われた時、ブティックの意味がわからなかったので検索したほど、こういう店とは縁がない。(女性用の服や小物が売ってる店、って意味らしい)


 それに加え、俺が、二人のかわいい女の子を連れている、というのは、すごく視線を集める事だ。


 周囲に居るのは、一人で服を見に来ている女性、あるいは、友達と来ている数人の女性、もしくは、デートで来ているカップル、である。


 もちろん、友達だというのが、周囲の人間が思う、俺達三人の関係性であろう。

 俺だって、そう見られているのが一番いい。


 しかし……。


「とは言っても、あたしの肌だって結構キレイでしょ? ねえ志郎」

「ん? あ、あぁ……」

「し、志郎ちゃんは、そんなの全然関係ないもんね」

「べ、別に、不潔だなぁ、って感じがなきゃ、全然いいけど」


 と、なんだか二人が、どう見ても小競り合いしているので、俺が二人を毒牙にかけているような感じに見えてしまっている(まあ、やろうとしてることは近いんだけど……)。


 俺が周囲の人間の立場にあれば、まず間違いなく『こいつ、自分を好きな女の子二人、侍らしてんのかよ』と思い当たるに違いない。間違っていないが、こっちにだって苦労があるのだ。それも慮ってほしいものだ。無理な話ではあるが……。


「山桜先輩、お気に入りのブランドとかあります?」

「えっ、ううん……家にある服に合う物を買ってるだけだけど……」

「そこら辺はあたしと一緒かぁ……。ねえ、先輩、あたしの服、選んでくださいよ。あたしも、先輩の服選びますから!」

「なっ、なんで私があなたの服を……」

「いいから、いいから。女二人いれば、こういうことしてもいいじゃないですか。志郎に、いつものイメージと違う自分を見せるのもいいですし」


 梢の言葉に、雫は一瞬だけ動きが完全に止めた。そして頷くと「まあ、そういうのもいいかもね」と言って、互いに服を取っては、互いの体にあてがったりしていた。


「志郎っ、あんたもアドバイス、ちょうだいよ。あんたの為の服選びでもあるんだからね」


 なにが俺の為なのかさっぱりわからないが、まあいい。俺は結構、女性が服を選んでいるところを見るのが好きだし。


 昔から、母さんと出かけると、おしゃれ好きな母さんは服を選んでは、俺に「どうこれ? 似合う?」と訊いてきた。それに満足できる対応をすると、わかりやすくごきげんになるので、なんだかそれを見るのが楽しくなってしまったのだ。


「山桜先輩、背が結構大きめだから、パンツ似合いそう」

「うーん……渋谷さんは、意外とフェミニン系似合うかも……」


 そう言って、二人は、意外と楽しそうに話しながら、互いの服を選んでいた。俺も合間、合間に意見を聞かれたので、答えたりする。


 うーん……。二人にも仲良くなって貰おう作戦、意外と上手くいってるんじゃないか、これ?

 俺にはスケコマシの才能があった……?(あっても嬉しくねえけど!)



  ■



 そんな、楽しい楽しい(梢の腹に何か企みがありそうではあったが)お買い物を終えて、俺達は近くの喫茶店に来ていた。


 俺が座っている対面で、雫と梢が座っていて、雫はアイスカフェラテとプリン・アラモード、梢がいちごサンデーとコーヒーを頼んでいた。


 俺はコーヒーだけ。ここで余計な飯を食べると、帰ってから母さんの飯が食えなくなる。母さんは元料理人なので、料理がめちゃくちゃ美味しいのだ。


「梢ちゃんのコーデ、私の発想になくて新鮮だった。ありがと」


 そう言って、雫は先程、梢に勧められて買っていた深緑のキャスケット帽を取り出し、嬉しそうに被った。それは俺も非常に似合うと思っていて、梢はさすが、今どきの女子って感じだなぁ、なんて今更な事を改めて意識した。


 あと、雫って、やっぱめちゃくちゃ素材がいいんだなってことだ。


 幼馴染だったので、雫の顔がいいってのは、あんまり意識したことないが。

 雫がまだ、俺の幼馴染ではなく、マドンナ先輩だと思っていた頃は『すっげえ美人だなぁ』などと思っていたのだが、幼馴染の雫だったとわかると、なんだか美人だと思っていた自分がよくわからなくなってしまった。


 こういう経験、あんまり無いとは思うが、結構こんなモンだと思う。人の印象なんて、結構あっさり変わってしまうものだ。


「いいってこってすよ。私も、あのフレアスカート、今まで無いタイプで気に入ってますし」

「なんか……仲良くなったっぽくてよかったよ。話せばわかる、ってな」

「それ、わかってもらえなかった人のセリフじゃ……」


 雫の静かなツッコミは、聞かなかったことにする。

 いいんだよ、なかなか犬養首相の事を覚えてる高校生なんていないだろうし(ド偏見だけど)。


「今日で二人、お互いに、そう悪いやつじゃないってわかったろ?」


 雫と梢は、お互いに見つめ合い、互いにバツが悪そうな顔で頷いた。


「うん……まあ、ね」


 雫は、頭に被っていたキャスケット帽を胸に当て、うつむいた。


「悪い人じゃない、ってことくらいは、最初から知ってたし……」


 梢も、雫から目をそらした。

 俺の作戦は、半分くらい成功しているらしい。


 仲良くなって、情が芽生えれば、お互いに過激な事もできないだろうし。

 特に、雫への牽制の意味合いもあったのだが……。雫は今も昔も、どうも友人が少ないみたいだし、こういう風に、俺以外を知ってもいいだろう。


 梢だって、雫が実はどんなやつかを知れば、敵意だって薄れるだろうし。

 身長と反比例して、雫は意外と気が小さいし、梢は気が大きいんだよな。


 俺がそんな事を考えていると、近くの席から「きゃあっ!」と、小さな悲鳴が聞こえてきた。


 思わずそっちの方向を見ると、そこには、レジで支払いをしていたらしい、二〇歳そこそこくらいの女性が、バックの中身をぶちまけていた。財布でも探そうとして、手元が狂ったんだろうか?


 俺は彼女の元へ行って「大丈夫ですか?」と声をかけた。


「えっ、あ、はい……」

「手伝いますよ」


 彼女がぶちまけてしまったカバンの中身を、手早く拾って、彼女に返してあげた。


「す、すいません……ありがとうございます」

「なくなった物、ないですか?」


 カバンの中身を確認して、頷く女性。俺は、よかった、と微笑んで、軽く会釈してから席に戻った。


 戻った、のだが、なんだか……二人の目が怖い。


「……志郎ちゃん、なんだか妙に手慣れてたね」

「えっ」


 雫の、手慣れているという言葉が妙に刺々しい。俺、なんかしたかよ?


「昔っっっから、志郎ってそうだよね。困ってる女の子に弱いっていうか」


 梢もである。

 ……そういやあ、昔っから、梢は俺が女の子を助けているのを見る度、妙に機嫌が悪くなったっけな。言うのこっ恥ずかしいが、あれって、俺の事を好きだったから、なんだろうか……。マジで心の声とはいえ、恥ずかしい推測だが。


「……そう、なの?」


 雫が、意外そうに梢の顔を見ていた。

「……え? 山桜先輩だって、幼馴染なんだし、知ってるんじゃ」


 首を振る雫。


「小さい頃から優しかったけど、そんな、積極的に助けに行く、って感じじゃ……」


 そんな雫の言葉に、梢は、何かを考え込むみたいに口元を隠した。

 え? 俺って、昔からこういう性分だったと思うんだけど……。あれ?


 結局、その後は、梢の「私、そろそろ帰らなきゃ」という言葉から、解散となった。何を考えていたのか、言ってくれないまま。

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