第2話『トライアングル』
正直言って、本当にシバケンと千尋が協力してくれるとは思っていなかった。だから、保険くらいの気持ちで提案したのだが、こうなってくると頼りがいがある。
さすが、俺の生涯の友達である。
そんなわけで、俺は少し軽くなった肩の荷を実感しながら、午前中の授業を受けた。しかし、その肩の荷も、こないだキスしてしまった梢が教室にいるから、だんだんと重さを取り戻していく気がした。
不意にキスされるってよくフィクションで見るけど、それ見る度に「躱せよ」なんて思ってきたが、躱せないもんだねあれ……。
そんな事をいろいろ考えながら授業を終えて、時間は昼休み。
「はぁ……。なんだか胃がいてぇぜ」
独り言みたいに呟きながら、腹を撫でる。まだ決意して一日目なんだけど、それでこんな調子じゃあ不安ばかりが募る。
「志郎ー」
ビクリ、と、その声で肩が跳ねた。
梢の声である。あんなことがあったのに、普通に話しかけてこれる梢がちょっと怖い。
やつが手を振りながら近寄ってくるのを、俺はなんでもない風を装って手を振り返す。すると、教室のドアが結構な勢いで開き、そこから雫が入ってきた。
「志郎ちゃーんっ」
すげえ嬉しそうな声と、いつもみたいに弁当箱を持った雫が教室に入ってきて、俺の席に向かってきた。
――つまり、雫と梢が並んで、俺の席を前にしたのだった。
やっべえ――なんだこれぇ……。
俺って前世ですげえ悪い事したんじゃねえの?
「……えと、渋谷さん、だっけ?」
「……ええ、そうですけど?」
雫はあくまで普通の対応をしていたのが、俺にとって意外だった。反対に、梢は不機嫌そうに雫を見上げていた(雫の方が身長が高いから)。
「志郎ちゃんに何か用があるのかな? 私、待つ?」
……もしかして、この間結構いい雰囲気だったから、雫の機嫌がいいのだろうか。だとしたら、このままそれが続いてほしいな。
「ええ、そうしてもらえます?」
梢の所為でかなり難しいが……。
なんで逆に、梢はこんな不機嫌なんだよ。もしかして、キスしたときに拒んだりしたから?
「うっ、うん……」
さすがに面食らった雫は、一歩下がって、梢に場を譲った。
意外と押しに弱いんだな、雫さん。
「え、えとー……なんの用だ? 梢」
「今日、放課後ちょっと付き合ってくんない?」
「はぁ?」
俺は思わず、顔をしかめた。俺の彼女とされている人間が後ろにいるんですけど!
よくそんなこと言えるな!
「ちょっ、ちょっと渋谷さん?」
できるだけ笑顔を崩さないように、梢の肩に手を置く雫。だが、どうも内心は大荒れらしく、口の端がピクピクと動いていた。
「なんですか? 私は友達とちょっと遊びに行こうって誘っただけなんですけど……」
「う、うん、それはそうかもなんだけどね? 一応、彼女が後ろにいるのに、それはどうなのかなあって思ってね?」
困惑している雫。
そりゃそうだろうな、俺も困惑してるもん。
なんでそんなことを、教室で、雫の前で堂々と宣告できるんだろうって思ってるし。
「えぇ~? それはちょっと、彼氏の事信用してなさすぎじゃないですかぁせんぱぁーい。私は志郎とは何年来の友達なんですから、今更そんなことありえないですよ?」
ね? と、梢は俺を見た。
いや『ね?』じゃねえよ。こないだキスしてきたの忘れてねえからな。何年来の友達から愛情芽生えたお前が言うんじゃねえよ。
「えー、いや、えー……と……、しっ、雫は昼飯か?」
困った俺は、 雫の手元にある大きな弁当箱を見た。
「そ、そうだけど……」
困惑している雫は、ゆっくりと頷く。ここだと周囲に迷惑がかかるというか、俺が視線に耐えられる気がしない。
なので、俺は「んじゃあ、ちょっと飯食いながら話そうか!」と言って、二人の手を引いて、教室から脱出した。雫は困惑していたが、梢はされるがままに着いてきたのが、なんだかちょっとこの状況まで計算尽くって感じで、少し怖かった。
■
屋上に入れるっていうのは、実のところそんなに知られていない。だって、屋上の鍵を開けられるようにしたの俺だし。
シバケンと千尋と梢くらいしか知らないので、憩いの場所になっている。
そんな場所に、ついに雫を招き入れた。
嫌な思い出のある場所にしてしまいたくはない。だから、慎重に発言しなくては。
俺達は真っ昼間の屋上、そのど真ん中で輪になって座り、三人で飯を食べながら、話をすることにした。
「えー、と、改めて……俺の幼馴染、山桜雫と、中学からの友達、渋谷梢です」
にこやかに、俺は会話の口火を切った。
二人が穏やかじゃない表情で「よろしく」とお互いを睨み合っているが、俺は気にしない。というより、気にしていては俺の身が持たない。
「まあそのぉ、知ってるとは思うんですけど、雫と俺は付き合ってます」
気にしていないとはいえ、やはり怖いので、自然と敬語になってしまう。なんだこれ? 恋人の父親に結婚報告しにいく時か?
「……知ってるけど? 前に聞いたし」
「……私は、渋谷さんのこと、あんまり知らないなぁ。志郎ちゃんと、どれくらい仲いいのかなぁ」
どれくらい?
……そういうのって、どう言語化したらいいのか、よくわからねえなぁ。
腕を組んで、どう答えたモンかと考えていたら、梢が笑顔で先手を取った。
「キスしろ、って言われたらしてもいいくらい仲いいよね? 志郎」
「へぁ!?」
慌てて、思わずちょっと飛び上がってしまった。ちょっと雫を見れない。
怒ってる気配が視界の外から針山みたいに俺の肌を刺してくる。食べてた弁当を朝飯ごと吐き出しちゃいそう……。
「しろ、って言われたら、ですよ? 山桜先輩。なんの後腐れもなく、気にしないでいられる程度には気を許してるって意味ですよぉ」
にやにや笑いながら、雫の肩を叩く梢。
いやお前、それってなんかお互いに好き合ってるみたいじゃない?
「それは、つまり……」
どんどん雫の目から光が消えていく。あぁ、やばい、やばいぞ。俺の頭の中でサイレンが鳴ってる。選択肢ミスったのか? 確かに無貌な挑戦だたけれど、まさか開始第一歩で躓くとは。
「ええ。私は志郎のこと、好きですよ」
梢がそう宣言した時、知っていたのに、背後からハンマーで頭を叩かれた様な衝撃を感じた。思えば、こうして直線的な言葉で好きだと聞くのは初めてだった。
「……ふぅん、やっぱり、そうなんだ」
「あら、やっぱり察してたんですか?」
「志郎ちゃんの近くにいる泥棒猫だから、警戒くらいしてたよ」
「泥棒猫とか、昼ドラ以外で初めて聞いたぁー」
昼ドラそんな見たことないけど、と、朗らかに笑いながら自分の弁当を食べている梢。お前なんでそんな余裕なの? 俺は胃が縮んだんじゃないかってくらい食欲湧かないよ?
「そんなに怖い顔しないでくださいよ、山桜先輩。仲良くしましょうよ、おんなじ男の子好きになった仲じゃないですか」
「……あなたが志郎ちゃんを諦める、っていうなら、そうしてもいい」
こいつら、何をこっ恥ずかしい話してんだ。主に梢。
俺は人に好かれるほど、上等な人間なんだろうか、と、思わず考え込んでしまう。せめて、どっちか一人だけなら、俺はその子の事だけ考えてりゃよかったのに。
それが「どっちも大切だから、どっちも傷つけない方法を探す」なんて。
俺ぁ一体何をやってんだか。
「あははっ、そりゃ無理。こっちも中学時代から温めてた恋だもんで」
「私は幼稚園時代から」
「時間は関係ないですよ、山桜先輩」
「先に言い出したのはあなたじゃない!」
なんだか、梢が雫をからかっているような構図になっていた。このやり取りを見ていて思ったのは、もしかして、梢の方が雫より精神年齢が上なのではないか、という事だった。
見た目とか年齢とかで、雫の方が大人だと思っていたが。
「ま、まあ待てって二人共! とりあえず落ち着こうぜ! なっ、梢、今日出かけるつもりっつってたろ!?」
「なに、行ってくれるの?」
「……行くつもりなの?」
嬉しそうな梢と、寂しそうな雫。正反対の表情が、俺の胸をざわつかせる。
一体俺が向かう先はどこへなるのかわからないまま、口を開いた。
「三人で出かけようぜ! 二人にも仲良くなってもらいたいし、な?」
二人の表情がシンクロした。
それは、呆れているような、あるいは、怒っているような。とにかく、あまりその顔を向けてほしくないと言いたくなるような顔だった。
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