第12話『ひとやすみ』
シバケンの家から飛び出し、駅の方へ向かって走りながら電話を掛ける。休日も夕方になりそう、という時間だ。あのアクティブさの塊である梢なら、とっくに出かけている可能性がある。
何度かコールしている内に、梢がやっと出た。
『もしもーし?』
「こっ、梢か!」
立ち止まって、俺は「お前、いまどこにいる!?」と叫ぶ。
『うおっ……。電話で大声はやめてよ……。どこ、って、ほしいコスメがあったから、ちょっとショッピングに――』
「どっか喫茶店入って待ってろ! 好きなもん頼んでていいから!」
『はぁ……? まあいいや。そんなに言うなら、駅近くにある、ほら、なんかログハウスっぽい感じの見た目した喫茶店あるでしょ。あそこのフルーツサンド、すごい美味しいらしいから、そこ入ってるね』
「あぁ、なんでも食ってろ! 奢るから!」
電話を切って、駅へ向かって走り出した。
いくら雫でも、喫茶店で梢を襲うなんてことはしないだろう。とにかく、先に梢と合流して、家に送り届けないと。
いろいろな考えが頭を巡って、頭の内側が痒くなるような感覚に陥る。
俺は一体、何をどこでどう間違えたんだろう。
■
好きなもん頼め、なんて言わなきゃよかった。
喫茶店に着き(つーかここ、雫とデートで来たとこじゃねえか!)、店員さんに「待ち合わせです」と告げて、梢の待つ席を見つけて座ると、やつの前に尋常じゃないデカさのパフェがあった。
「……何食ってんだオメー」
「んー? スーパーメガジャンボパフェ。2000キロカロリー」
「二郎ラーメンかよ」
なんか……2Lコーラみたいなサイズ感だな……。
つか、フルーツサンドちゃうんかい!
奢りっつっても限度あるだろ!
「それ、お前で食いきれるのかよ。残すんじゃねえぞ、俺は食べ物粗末にするやつが大嫌いなんだから」
「だいじょぶ、じょぶ。今胃袋が一つ増えたから」
そう言うと、梢は顔を青くして、傍らに置いてあったアイスコーヒーをストローですする梢。
「お前バカだろ?」
「温かいコーヒーの方がよかったぁー……」
机に突っ伏す梢。俺は店員さんを呼び止め「ホットコーヒーと、パフェスプーン一つください」と注文する。
「俺、甘いもの好きじゃねえんだよ……」
卵焼きは甘めの方が好きなんだけど、どうにもお菓子とかは好きじゃないんだよな……。あれで腹いっぱいにしてもすぐ腹が減るし、甘いのよりも苦いとか辛いほうが腹に溜まるし。
「そんなこと言いながら食べてくれる志郎ってば、優しいー」
「アホ抜かせ。俺は飯を粗末にしたくないだけだ」
言いながら、パフェをスプーンで掬い、頬張る。
あら、おいし。
「ここ、フルーツと生クリームにこだわってるから、デザート系が美味しいんだよねえ」
「そんなとこで頼んだスーパーメガジャンボパフェ残そうとしてんじゃねえ。お前、飯を残そうとして母親にキレられたことねえのか」
「えっ……ない……」
えっ、ねえの!?
驚いて目を丸くして、梢を見ていると、やつはいちごを頬張った。
「だって残したら妹が食べたりお父さんが食べたりだったし、無理して食べなくてもよかったっていうか」
「甘やかされすぎなんだよおめえー!」
梢が頬張っていたいちごで頬が膨らんでいたので、俺はやつの頬を両手で挟んで、口の中のいちごを潰してやった。
「ゔぇーッ! いちごが歯の間に挟まったぁ!」
テーブルの端に置かれていた爪楊枝で、口元を隠しながら、歯の間を掃除していく梢。爪楊枝とかいう誰でも親父臭くするアイテム。
――こんなバカやってていいんだろうか、と思いつつ、実はちょっと安心していた。偶然とはいえ、まさか前に雫とデートしていた喫茶店にいるとは雫も思っていないだろうし、時間が立てば雫だって今日は諦めるかもしれない。
そうしたら、俺が雫を見つけて、説得すればいい。
「……ん? どしたの志郎。遠くを見るみたいな目しちゃって」
「別に、なんでもねえ。ただ、このパフェ美味いなと思ってよ」
「でしょー? 穴場的スポットなのよぉここ」
甘いもの好きじゃない俺でも食べられるくらい、品のある甘さだ。
俺が甘いもの好きじゃないってのは、なんか甘いモノって、品がない感じするんだよな。んでも、このパフェはそれがない。……まあ、量は下品だが。
「ところで、志郎はなんで急に電話してきて、しかも喫茶店で待ってろなんて言い出したの?」
「ん? あーっ、それはぁー……」
俺は一瞬迷って「ま、ちょいと会いたくなっただけだよ」と言った。
「ふうん……なんか、らしくないねえ」
まったくだ。
俺はそういうキャラじゃない。付き合いの長い梢ならよくわかってるだろう。
「急ぎの用事だったらこんなモノ頼んじゃってやばいなー、と思ったんだったら、もう少しゆっくりしてってもいいよねー」
「……そうだな」
雫が諦めるまで時間がいるだろう。
――もしかしたら今日の話じゃなかったのかもしれないけど。それでもいい。とにかく、今日は梢を送り届けないと。
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