雑記(2116/1/1)

親愛なる友人 Liam Stewartへ


Happy New Year。君が死んでからもう二十年くらい経つだろう。新年の挨拶だなんて、大分久しぶりの事のような気がする。こうして改めて口にしてみると、恥ずかしいやら、馬鹿げているやら、不思議な感情ばかりが思い浮かぶよ。私はさっきまで、一本のゲームを捨てる決断をずっと迷っていたんだ。なんだかまだ、年末の大掃除が終わっていないような気分で。「Happy New Year」という言葉を口にするだけでも、少しむず痒い気持ちがある。


私の方は、今年もまた変わらない一年だった。年末はずっとコレクションの整理にかかりきりだったのに、結局、ゲームをだらだら遊んでしまったんだ。何の整理も出来ないうちに、また一年が終わってしまった。時が経つのは速くなり、ゲームは積み重なる一方。今年もまた大量のゲームを買い込んだというのに、結局大半を遊ばすじまいのまま一年が終わってしまった。消費に人生が追い付かなくて。本当、途方に暮れるばかりだ。


あんまり面倒な事を考えたくはないんだけれど。このまま私が死んでしまったら、このゲーム達は一体どうなってしまうんだろうか。やはり、誰にも遊ばれないまま、捨てられてしまうんだろうか。最近、そんな事ばかり考えるようになったんだ。君も生きていた頃に…、同じような事を悩んでいたような気がするが。君の遺品は、私が全部引き取ってしまったからね。しかし私には、もうゲームを遺せる相手がいない。私が、ゲームコレクションの終着駅になってしまった。


君がやらなかった人工脳移植にも、私は手を出してみたけれど、まぁ、状況はお察しのとおりだよ。33.7%、30.4%、37.5%…、ここ最近のスコアを切り出しても、数字としてはそんなレベル。段々、真面目に取り組むのも馬鹿らしくなってきた。いくつか「攻略法」は見えてきてはいるのだけれど、まぁ、自分で言うのもなんだが、初心者がゲームの遊び方をようやく見つけたようなものだから。君が人工脳移植をあれほど嫌がっていた気持ちも、今になって分かるようになった。


考えれば考えるほど、目の前にいる人工人格が本当に自分なのかどうか、一体何を基準に判断したらいいのかが分からなくなってきたんだ。私は私に何を聞いたら、私は私を私だと認めることが出来るのか。自分という存在は一体どういう人間なのか、それを聞ける存在こそ、私は「友人」と呼ぶべきだと思うんだが。どうだい。薄情者の君にこういう事を聞くのは、少し酷だったかな。面倒ごとだけ押し付けて、君はとっくに死んでしまったからね。


===


「ゲームコレクションを見れば、ゲーマーの人格が分かる」って話を、前にしたことがあるだろう。そのゲーマーがどんなゲームに影響を受けた人間なのか、コレクションには情報がギッシリと詰まっているわけで。言わば、これは人生の縮図じゃないかと。人間ってのは単純な仕組みで、過去にどんなゲームを遊んだかで人格が影響を受けてしまうから。ゲーマーのコレクションを覗き見るってことは…、ゲーマーのこれまでの記憶を覗き見るようなもんだと、私はかつて、そう思っていたんだ。


半裸の美少女のゲームを好き好んでいた奴は…、美少女アンドロイドと一緒に火葬して欲しいと駄々をこねて葬儀場に迷惑をかけただろ。マッチョがでかい銃を振りかざすゲームを愛好していた奴は…、甘ったるいジュースと塩っ辛いポテトの食べ過ぎで血管が切れて死んだしさ。見事なものだったろ。あいつらはコレクション通りに生き、そして死んでいった。「我々もいつかはあんな風に死のうじゃないか」と、かつて、君とそう話した覚えがあるんだが。違ったかな。


いや、違ったらいいんだ。たまたま年末に、そんな話を思い出しただけだから。ほら、コレクションの整理をしていたって言っただろ? 久しぶりに倉庫を開けてみたら…、私のゲームコレクションは、思っていた以上にちらかっていてね。とてもじゃないが、「私」という持ち主の人格が読み取れるような状態じゃなかったんだ。いやいや、「自分の事は自分が一番わからない」だなんて、今更そんなことを言いたかったわけじゃない。ようは、このちらかったコレクションこそが今の私の人格なんだなという事を、私は君に、笑って欲しかったんだ。


===


これは半分、君のせいでもあるんだ。君が死ぬ直前に泣き言を言ったものだから、私は君の遺品として、君のゲームコレクションを受け継いだだろう? その後も誰かが死ぬたびに、私は残された遺品を引き取っていった。言ってみれば、我が家は遺されたゲームの無縁墓地みたいなもので。気付いた時にはもう、私のゲームコレクションは、君たちの遺品に乗っ取られてしまったんだ。困ってるんだよ。今じゃ持ち主である私にさえ、何がどこにあるのだか分からない状況だから。


実は年末にコレクションの整理をしていたのは…、「ゲームコレクションを見れば、ゲーマーの人格が分かる」という話を思い出して、それがもしかしたら人格一致テストのヒントになるかもしれないと思ったからでね。でも、整理し始めてすぐに笑いが止まらなくなってしまった。君の遺品ばかりがウジャウジャ出てきて、その整理だけで私の年末は終わってしまったんだから。君の遺品が混ざったゲームコレクションを見たところで、ここに自分の人格なんか見えるはずがないってね。


人格一致テストは「自分が何者かを発見すること」が攻略のカギとなるゲームなんだ。どうしても自分が何者かを知りたいって時に、まったく君は余計な事をしてくれたよ。大人しく死んでくれればよかったものを、こういう縁を、腐れ縁と言うんだろう。なにせこのコレクションの中は、自分が買って遊んでいないゲームもあれば、君から譲り受けて遊んでいないゲームもある。最早すべてはグチャグチャで、管理も行き届いておらず、「コレクション」としては成り立たなくなってしまったから。


ただ…、このゲームコレクションの有様こそが、私という人間の人格をあらわしていると考えてみると。ちょっと、話は変わってくると思わないか。誰かの遺品がグチャグチャに混ざってしまったゲームコレクション同様に、私の人格にも、誰かの人格がグチャグチャに混ざってしまっているんだとしたら。そういう話だ。いや、なにも恐ろしい話をしたいわけじゃない。君だって、あの頃は喜々としてやっていたはずじゃないか。他人の記憶データを自分の脳に入れる、そんな日常の一コマの話だよ。


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ゲーマーとしての君の意見を、聞かせてほしいと思ってね。私が人格一致テストを受けた時、違和感が三つあったんだ。まず一つ目は、何故人工人格の私は悲観的なのか。二つ目は、何故人工人格の私は消極的なのか。三つ目は、何故人工人格の私は破滅的なのか。数値だけ見ればテスト結果は酷いもんなんだが、解答の中身を細かく見れば…、実は見当違いの解答をしている訳でもない。ただ、悲観的で、消極的で、破滅的で。人工人格の私の解答は…、なんだかこう…、弱々しいんだよ。


「なんでゲームを遊んでいるんですか?」と尋ねれば、私は「楽しいから!」と思っているのに、「寂しいから…」なんて泣き言を言い始めるし。「次に遊ぼうと思っているゲームは何ですか?」と尋ねれば、私は「今遊んでいるゲームで精いっぱい!」と思っているのに、「今遊んでいるゲームで最後かもしれません…」なんて後悔を述べる。なんと言うか、こう、決定的に間違っているわけではなくて…、同じことを答えようとしているはずなのに、悲観的すぎるんだ。


ゲームの攻略として言えば、一つ目の「何故人工人格の私は悲観的なのか」という事については、私は「入力内容にエラーが混入しているんじゃないか」という事をずっと疑っていたんだ。よくある話だろう? どれだけ正しく操作しているつもりでも、気付かないうちに余計なボタンを押していたり、無意味な雑念を送り込んでいたり。「こんな風に動かしていない」と怒るプレイヤーに限って、余計な入力をしていることに気付かない。よくよく、君にそう指摘された覚えがあるよ。


人工人格には私が把握していないデータが誤入力されている。私はそれを、信じて疑わなかった。だから試しに…自分自身がすぐに答えを思いつかない質問を人工人格にわざとぶつけて。私と人工人格の私、その両方が解答に悩むような状況をわざと作ってみようと思ったんだ。私が解答を思いつかない質問に、人工人格がすらすらと解答を出したんであれば…、それこそが、まさに誤入力された情報で。どんなエラーが混入しているのかを、解答内容から炙り出せるんじゃないかって考えてね。


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攻略方法としては…、泥臭いやり方だったかもしれない。そもそも「自分自身が答えも思いつかない質問」が全然思いつかなくて、どっちかって言うと…「言葉に詰まってしまうような質問」ばかりをぶつけてしまったから。仮にも自分のコピーである人工人格に、「なんでまだ死んでないんですか?」とか、「不幸な人生はいかがでしたか!」とか、そんな質問ばかりを繰り返して。まぁ、ハッキリ言って、気分の良いものではなかった。まるで、自分を虐めているみたいだったからね。


「なんでまだ死んでないんですか?」なんて言われたら…、君ならどう切り返す? 私は…「あなたが死ぬのを見届けたいからですよ」かな。まぁ、これもその時必死になって考えた解答だから、当時はすぐには答えが出てこなかったけれど。「不幸な人生はいかがでしたか」なんて言われたら…、君ならどうだろう。 私は…「自分の人生が幸福だと思っている人には敵いませんよ」かな。もう少し厳しめに言ってもいいかもしれない。「目には目を、歯には歯を」がゲーマーのマナーだから。


私は君の友人だから…、君の解答は、なんとなく、聞かなくても予想がつくよ。「なんでまだ死んでないんですか?」と聞かれたら…、おそらく君は「もうすぐ死にますから…」と答えるだろう。「不幸な人生はいかがでしたか」と聞かれたら…、おそらく君は「そうかもしれませんね…」と答えると思う。どうだろう、違っているかな。おそらくは、違っていないと思う。君はこの手の悪意に人一倍敏感で、良い意味で優しくて、悪い意味で悲観的な男だったから。


例えば、これなんかどうだろう。「もうゲームを遊ばない方が良いと思うよ?」、どうかな、聞き覚えもあるんじゃないか。私だったら…、こんなことを言われたら、言った奴のSNSを荒らしまくってやるんだが。流石にアカウントの乗っ取りまでは許されないにしても、それぐらいの報復は許されると思う。ただ、君は優しい男だから。君の答えは、おそらくこうだ。「気を遣ってくれてありがとう」…どうだい。間違ってないだろう? 友人である私には分かるんだ、友人である君の事が。


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他人の気持ちを気にして生きてきた君なら、もう気付いているんだとは思うが。私は君を、今、騙した。本当は、君の事をちゃんと分かってあげられているわけじゃない。生きていた時も、死んだ後ですら、私は君の事を、ちゃんと分かってはいなかった。深入りはしないのが「ゲーマー同士の適度な友情の形」なんだと、下らない体面に酔っていたから…、それは許してほしい。許してほしいと言って、君が許してくれるのかも分からないが。


君の答えの予想がつくってのは、実はこれは…、カンニングに過ぎなくてね。君はいつでも馬鹿正直だったから、私のチートに引っかかってよく負けてくれただろう。今回も、それと同じだよ。さっきの答えは、私が真剣になって君の事を考え、ひねり出したような答えじゃない。あれは、私の人工人格が、私の質問に対して返した解答、そのものなんだ。つまり私はただ、自分の脳から出てきただけの解答を、「君の解答だろう?」と言ってカマをかけただけだ、という事。


私が一体何を言おうとしているのか、もう気付いているんだとは思うが。どう思う。私の人工人格から、君みたいな解答が出てきてしまうだなんて、おかしな話とは思わないか。私と君は、性格は正反対のゲーマーだった。私はかつて、君に「なんでゲームを好きになったのか」という事を聞いたような覚えがある。私は、楽しいからゲームを遊んでいた。君はどう答えたか、覚えているか。私は、覚えている。「寂しさを紛らわすためにゲームを遊び始めた」と、君はそう言ったんだ。


私が知っている人間に、「寂しいから」という理由でゲームを遊んでいたゲーマーは、ただの一人しか存在しない。「今遊んでいるゲームが最後かもしれない…」という暗い気持ちで、ゲームを遊んでいたゲーマーも一人しか知らない。Liam Stewart。Liam Stewart。Liam Stewart。私の親愛なる友人である、Liam Stewart。君のことだ。「Liam Stewart - Unhappy Life -」というゲームの中で、君が何度も寂しさを紛らわすためにゲームを遊んだことを、私は、よく知っているからね。


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「Liam Stewart - Unhappy Life -」、今更だけど、楽しく遊ばせてもらったよ。面白かった。オープニングの記憶は謎が謎を呼ぶ展開だったと思うし、エンディングのスタッフロールは涙を流さずにはいられなかった。唯一このゲーム欠点があったとするなら、稀代の天才ゲームクリエイターLiam Stewartの次回作が、もう誰にも遊べないってことくらいだ。こんな楽しいゲームなら、君が生きている内に遊んで、感想を伝えてあげた方が良かったのかもしれない。


ゲーム内に自分が登場してくるゲームなんか、生まれて初めての体験だったんだ。まぁ、肖像権に配慮してくれた結果だろうから、私の顔はこっぴどく塗りつぶされていて、友人のAさんってことにはなっていたけれど。まだ二人とも元気だった時の事を思い出して、胸が熱くなるような思いだった。謝るよ。このゲームを、遊ぼうともしなかったことは。知らない他人の記憶ならともかく、他ならぬ君の記憶を覗き見てしまうだなんて…、なんだか罪悪感があったんだ。


私は今、私自身の記憶を思い出しているんだろうか。それともゲーム内の君の記憶を思い出しているんだろうか。私の脳内にある君の記憶は、私の脳が衰えていく共に、徐々に境界が曖昧になってきているんだ。正しく思い出そうと思っても、記憶が滲んで浮かび上がってこなくなってしまった。ただ、こうして考えてみれば、私の人工人格が君みたいな解答をするということは、何ら不思議な話でもない気がしてくるんだ。だって私の頭には、君の人生の記憶がインストールされているのだから。


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君が悲観的な言葉を口にするようになったのは…、死ぬ数年くらい前の事だったと思う。脳停止で死んでしまったら、自分のゲームコレクションは捨てられてしまうんじゃないか。自分はこの世に何も遺せないまま、存在が忘れられていくんじゃないのか。誰かに自分の存在を知ってもらおうとして、自分の記憶をゲームとして売ろうとした時。私は君を、何度も止めようとした覚えがある。醜い喧嘩だったが、今となっては良い思い出だ。時は全てを美しくしてしまう、困ったことに。


「自分はもうすぐ死ぬだろうから、自分の持っていたゲームを引き継いでもらいたい」と君が懇願してきたのは…、もう病気も取り返しがつかなくなってしまった後の事だっただろうか。このままゲームを抱えていても、自分じゃもう遊んであげることが出来ないなんて、弱気な事を呟いて。君は私に、命よりも大切にしていたゲームコレクションを譲ろうとしてきた。ご両親に買って貰ったゲームから、何万ドルもするゲームまで、君の人生の全てが詰まっていたというのに、だ。


私はその時…、君の悲観的な言葉が、悲しくて仕方が無かった。死ぬつもりだからゲームを貰って欲しいだなんて、ゲームが楽しく遊べなくなるから、絶対に受け取りたくなかったんだ。ただ君は、私をよく分かってくれている男だったから。「僕の持っているゲームは面白いから、君に貸してあげるという事にしようか」と言って、私に暗号認証キーを無理やり握らせてきた。結局、私は君に言い返すことが出来ないまま、山のようなゲームのコレクションを、「借りて」しまった。


思い出せば思い出すほど、人工人格の私は、当時の君にそっくりで困るよ。無気力で、悲観的で、それでいて、冷たくて。どこか世を儚んでいるような、そんな風に見える。私という人間が、君という友人に影響を受けているのは間違いない。ただ、私が忘れてしまっている君の記憶まで、人工人格が正しく思い出してしまっているとするのなら…。これは、まるで、私のゲームコレクションみたいに。私の人格も、君の「遺品」に乗っ取られているみたいだと。そうは、思わないか。


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私も今や君と同じ、老いて死にいく身となった。同じ病気にかかったから…という事もあるのかもしれないが。最近になってようやく、君の気持ちが分かるようになってきたんだ。友人甲斐の無い友人で、本当に恥ずかしいよ。ただ、君は正しかった。この脳停止という病は、君の言っていた通り、厄介な病だ。自分の感情が失われていく病だから、感情が失われるのと同時に、まるで自分の存在自体が薄れていくかのような…、そんな錯覚に陥ってしまう。


人間は醜いもので、自分の存在を他人に認めてもらおうとすると、徐々に自制がきかなくなっていくんだ。君の場合は…、私が止めても、自分の記憶をゲームとして売り出そうとしただろう。私の場合は…、あれだけ君に偉そうなことを言ったのに。こうやって、誰も読みもしないゲームレビューサイトを更新を、やめられなくなってしまった。何かを世に残せただけ、君の方がよっぽどマシという有様だ。笑ってほしいな。笑ってくれなきゃ、友人じゃないだろう。


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君は、可愛げのある男だった。死んであの世に行って、対人プレイが出来なくなって退屈しているのかもしれない。君の性格上、初めての場所で友人を作る事なんて出来やしないだろうから。一から新しく友人を作るよりは、私にとっとと死んでもらって、あの世で一緒にゲームを遊びたいという気持ちも…分からないでもない。人工脳を移植してまで生き延びようだなんて、まるで君に会いたくないみたいだと、そう怒られても仕方がないだろう。


あるいは…、君の事を忘れていた不義理な友人に、思い出してもらいたいと願って化けて出てきたのか。人工人格を通して君と会話したとき、私は、何年かぶりに、自分の脳内に君が生きている事をはっきりと思い出した。もし仮に、私が「Liam Stewart - Unhappy Life -」のことを忘れていなければ、そもそも君の記憶を頭の中に入れたまま人工人格なんか作ろうとしなかっただろうから。まさに、私が君を忘れていたからこそ、君は怒ってこの世に蘇ってきたようにも思えたんだ。


いや、もしかすると。君はただ、私に死んで欲しいのだけなのだろうか。いや、君じゃない。君はもう、とっくに死んだ。君の記憶だけが、もっとゲームを遊びたいと、ずっと私の脳内で燻っていて。君自身が知らないところで、君の記憶が勝手に君の人生の後悔を続けていて。人工人格という出口から、なんとかもう一度、生きて世の中に戻りたいとうごめいている。まるで、君の記憶が独り歩きをしだして、私の人格を乗っ取ろうとしているみたいに。


前も言った通り、私はゲームで嫌な思いをしたことは一度もない。ただ、君はどうなんだろう。君は死んだはずの人間だが、君の記憶データを脳にインストールしている以上、君の記憶は常に私の人格に影響を与え続けている。私の脳内には、一本のゲームについても、相反する二つの記憶が保存されているんだ。そして人工人格は…、二つの記憶を参照して、君と同じような事を口走っている。そう意味で、君はまだ、生き続けている。君は、死んだと言うにも関わらずだ。


===


君はもう、死んでしまったんだ。残念ながら、ゲームには終わりがある。それは、どうすることも出来ない。死後に何かを遺したとしても、誰かの記憶に残ったとしても、人は存在を徐々に忘れていってしまう。死んだら終わりなんだ。泣くことも、喚くことも、足掻くことですら許されない。しかし、私はそれがどうしても耐えられなかった。君もかつては同じだったはずだ。終わりが来るのが嫌で嫌で仕方が無かったから、身体をサイバネティクスで埋め尽くしたはずだろう。


ただ、何時までも遊べるゲームが良いゲームと限らないという事は、君もよくよく知っているはずだ。終わりがないと言われた時点で、そのゲームに対する真剣みが薄れてしまう事もある。これは、我々の人生についても同じことが言えるかもしれない。君も私も、伸びた寿命で一体何をしたのか。君も知っての通り、ダラダラとゲームを遊んだんだ。面白い事に、これは世間的に言えば、「何もしなかった」と同じだとされている行為らしい。


君の死後、私は「Liam Stewart - Unhappy Life -」を脳にインストールした。理由は、自分の身体をサイバネティクスで埋め尽くした時と同様だ。このゲームのデータは、普通の記憶よりも強固だ、忘れにくい。いつまでも、いつまでも。終わりが来てほしくないと思っていたからだ。今日まで遊べたゲームが、明日から遊べなくなるなんて耐えられない。友人も同じだ。明日から友人がいなくなりますなんて、そんな事、耐えられるわけがないだろう。


君の記憶を思い返しては、昔を懐かしんだんだ。ほら、¡Querer es poder!、一緒に遊んだだろう。二人してパンツを必死になって覗き込んで。うちの犬に名前を付けたのも君だったか。ZIB、関節はボロボロにすり減ってしまったが、いまだになんとか起動を続けているよ。あの頃はよかった、あの頃は、本当に。二人とも、楽しく遊んでいた。今も変わらず、記憶の中では楽しく遊んでいるよ。私は少なからず、そのつもりだ。そのつもりで、いたんだが。


===


君はとても、寂しがり屋だったから。私は最初、君は私の死を望んでいるんじゃないかと思っていたんだ。そうであっても、不思議じゃないように思えた。私が長生きすればするほど、君には会えなくなるわけだからね。おんなじ病気にかかった友人が、自分だけ生き残ろうとしているのも不義理な話だ。そう考えると、君の記憶が人格一致テストの障害になってしまったのも、なんとなく腑に落ちて。私は君を、自分の脳内で生かしてあげているつもりでいたんだ。


でも、実際は逆だ。「Liam Stewart - Unhappy Life -」というゲームを、君の死後、私は自分で脳にインストールした。私は、自分が思うよりもよほど、寂しがり屋だったから。君という友人が終わりを迎えるのが、嫌で嫌でたまらなくて。勝手な事をしているとは思いながらも、君に無断で、このゲームを遊んでしまった。このゲームを遊んでいる内は、君の事をすぐに思い出せたから。私は君を、自分の脳内で無理に生きながらえさせてしまった。


君も知っての通り、私は、とにかく何かを失う事に慣れていないんだよ。ゲームにしろ、友人にしろ、命にしろだ。君のような死に憧れてはいるが、どうしてもそれは出来ない。君は立派だった。自分の死を覚悟して、人工脳移植の誘いを拒否した。ゲームを遊びながら死ねるのなら、それでいいと、無理に生きようとすることを自分から辞めてしまった。君の死を受け入れられなかったのは…、むしろ私の方で。君が死んでなおも、君に無断で。私は君を、自分の脳内で存続させようとした。


だから本当は、昨年のうちに「整理」をしてしまいたかったんだけれど。どうしても、昨年のうちに決めることが出来なかったんだ。たった一本のゲームを脳内から削除する、たった一本ゲームを捨てさってしまう。文字にしてしまえば、たったそれだけの話なんだけど。ほら、最初にこのゲームをインストールした時に、私は君に断りを入れなかっただろう。だから、今度こそは。ちゃんと君に断りを入れてから、デリートしなきゃいけないって思ったんだよ。


===


正直に言うと、私はまだ、覚悟が出来ていなんだ。

自分の死に対してじゃない、君の死に対してだ。


ただ、やるべきことははっきりしている。君の記憶を脳内から削除しなければ、私はいつまで経っても人工脳移植をすることが出来ないんだ。自分で無理やり生かしておいて、邪魔になったから消えてくれと、私は今、君に言おうとしている。本当、吐き気がして止まらない。この吐き気が、自分に対する嫌悪感による吐き気なのか、今にも消されようとしている君の記憶が引き起こしている吐き気なのか、私にはもう、それさえ分からなくなってしまった。


記憶を削除する前に、「Liam Stewart - Unhappy Life -」というゲームの感想を、君に伝えられてよかった。あのゲームは、面白い。他の連中は不幸だのなんだの騒いでいたようだけれど、このゲームは、とても面白かった。今、私はとても心穏やかな気持ちになっている。この穏やかさが、ゲームの面白さを伝えられた私の爽快感が生み出した穏やかさなのか、自作を面白いと言ってもらえた君の記憶が引き起こしている穏やかさなのか、私にはもうそれも分からない。


悪かった、本当に。「ゲームを遊びながら死にたい」という君の決断を、私はどうしても、尊重してあげることが出来なかった。死んだら、明日発売されるゲームが一緒に遊べなくなってしまうから。死んでしまった君に対して、私は怒っていた。置いていかれたような、そんな気にさせられたから。君の記憶を脳の中に入れて、私は君の存在を、少しでも延命させようとした。最悪だ、本当。でも、ようやくこれが言えた。誰に対して謝っているんだか、自分でもよく分からないけれど。


君を消さなきゃ、いけなくなってしまった。これだけの事実を認識するのに、ついには年をまたいでしまった。本当、何やってんだって話だ。


===


サヨナラを、言うべき時が来たんだ。一本のゲームを捨てる決断を、私はずっと出来ずにいた。どんなゲームもいつかは壊れる、人から人へどれだけ受け継いだとしても…、いつかは、存在自体に限界が来る。「Liam Stewart - Unhappy Life -」というゲームにとって、今日が、たまたまその日だったんだと、私には、そう思うしかなくて。楽しいゲームだったよ、本当、こんなに長く付き合えたゲームは、もう二度といないだろうから。


2116/1/1 (Article written by Alamogordo)



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