【第23回】Evolution

タイトル:Evolution

発売日:2049/12/12

発売元:Intelligent design


世界のあらゆる低評価なゲームをレビューしていくレビューサイト「The video game with no name」、第二十三回目となる今回は、2049年発売、人間が評価を下すことは出来ないゲーム「Evolution」の紹介です。


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人間を辞めようと思ったのは、一度や二度ではありません。


我が家では、一匹の犬を飼っているんです。嫁も子供もいない独り身の私にとって、我が子のように可愛がってきたはずの犬でした。老いた私は体調が優れず、入院の為に家を離れることも珍しくありません。家に残した愛犬の孤独を思うと…、いつも胸が張り裂けそうになって。ロボットの犬とは言え、彼が寂しくないようにと。入院で家を空ける時はいつも、愛犬が遊ぶゲームを用意してから家を出ているのです。


ところが今日、ゲームのプレイ記録を確認していて、愕然としました。私が入院している間、彼はただの一度として、私が用意したゲームを遊んではいなかった。無限に遊べる椅子の脚齧りも、遠吠えを疑似体験できる遠吠えVRも、現実を忘れて遊べる、と説明書に書いてある砂場のバーチャル穴掘りゲームも。私が選んだゲームを、愛犬は一本として遊んでくれてはいなかった。


涙など流せないはずサイバネの眼から、涙がポロポロと零れ落ちました。これらのゲームは犬専用のゲーム。どれだけ遊びたくても、人間である私には遊べないゲーム達なのです。妬む気持ちをグッとこらえて、彼の為に用意したというのに…。彼はそんな思いのこもったゲームを、遊ぼうとさえしなかった。遊びたくても遊べないゲームを、目の前で遊ばずに放置される。これが、落ち着いていられますか…!?


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皆さんは気にもされていないかもしれませんが。「人間が遊べないゲーム」は、今も着々とその数を増やしています。現代社会に生きている知的生命体は、なにも人間だけではありません。犬、猫、イルカに馬、場合によってはハムスターだって、立派に知的活動を行う生命体。ゲームに対する彼らの旺盛な消費欲求は、こうしている間も増加の一途を辿っています。ビデオゲームは既に、霊長類が独占出来る娯楽では無くなってしまったと言えるでしょう。


それは決して、悪い事ではありません。ゲーマーの多様化は、ゲーム文化の多様化にもつながります。しかし種族を超えたゲーマーの多様化は…、同時に「人間が遊べないゲーム」の増加も招いてしまいかねない。これまでの歴史上、動物であるというだけで遊べないゲームが平然と売られていたように。これからの歴史では、人間であるというだけで遊べないゲームが増えていく事態を、招きかねないのです。私は決して、伊達や酔狂でこんなことを言っているわけではありません。


例えば…、2016年発売のゲーム機「CleverPet」をご存知ですか。これは歴史上はじめて犬専用に開発されたビデオゲーム機で、ビデオゲームカルチャーを霊長類の独占的支配から解放した、革命記念碑とも呼べる一作です。エノコログサの生態系が衰退する中で、デジタルアプリに取り替わられた「猫じゃらし」の存在も忘れてはいけません。スコアアタックを搭載した新世代のAR猫じゃらしアプリの流行は、猫玩具における文明開化と呼ぶべき潮流でしたから。


悪いことは言いません。万物の霊長であるという驕りは、この際捨ててしまいましょう。一匹の動物として素直な気持ちで歴史を振り返れば…、これまで自分が目もむけなかった社会の陰で、「人間が遊べないゲーム」が勢いを増している事実に気付くことが出来るはずです。犬や、猫や、イルカに馬が。自分の知らないところで、自分が遊べないゲームを遊んでいた。自らの権利が知らず知らずのうちに制限されていた事実について…、皆さんは、お気づきになっていましたか。


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「動物にゲームを遊ばせるな」と、差別的な主張をしているわけではありません。むしろ動物がゲーマーの仲間に加わることを、私は人間として心から歓迎しています。しかし私は人間である前に、ゲーマーでもありますから。どうしても、不安を拭うことが出来ない。皆さんだったら、どうされますか? 犬や、猫や、イルカに馬が、自分に遊べないゲームを遊んでいる。もしもそれが、私たちの人生で遊んだどんなゲームよりも、面白いゲームだったとしたら…?


私が愛犬のために用意したゲームは、動物専用ゲームでも随一の評判を誇るゲームです。「ID Evolution」で検索していただければ、皆さんにもその評判の良さが分かってもらえるでしょう。「遊んだ犬が尻尾を振っています!」、「ウチの猫はこのゲームに病みつきです!」、読んでいるだけでも遊びたくなってくるレビューが、一体どれほど出てくることか!…しかし皆さんには、このゲームは遊べません。人間の権利は、既に制限されつつあるからです。


ペットのオモチャに嫉妬をするという行為に、抵抗を感じる方もいるかもしれません。しかしそれこそが、驕りの生み出す甘い毒…!考えてもみてください。恥ずかしさと、ゲームを遊ぶ権利と、一体どちらが重要なのですか? 人間だからペット専用ゲームを遊んではいけないだなんて…、これはレイシズムに他ならない。自らの権利を守るために、私たちは今こそ声をあげるべきなのです。「ペット専用ゲームを、人間が遊んでもいい社会を作るべきだ」と!


今でこそこんな主張する人間は少なくなってしまいましたが、私と同じような嫉妬を覚えた人間は、当時は珍しくもありませんでした。「human」とでも語句を追加して検索してみてください。無理矢理このゲームを遊ぼうとした人間達の、嘆きの声を聞くことが出来ます。おそらくは…、人間の身体で無理に本作を遊ぼうとしても、うまくは遊べなかったんでしょう。この世で唯一人間だけが、「このゲームはつまらない!」と、本作に低評価をつけていますから。


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本日ご紹介する「Evolution」は2049年発売。オーストラリアの「Intelligent design」というオモチャ会社から発売された、ペット専用のウェアラブルゲーム機です。オモチャ会社とは言いましたが…、彼らはオーストラリアのペットフード業界を牛耳っていた大資本「NATURALISM」社の社内ベンチャー。つまりはオモチャ会社と言っても、ペット専用のオモチャを開発するプロ集団だったわけです。


ペットフード会社がオモチャを販売していた理由は単純明快です。ペットを遊ばせてカロリーを消費させ、自社のペットフードを消費させたいがため。典型的な、大衆堕落志向の市場戦略でしょう。しかし従来のペット専用オモチャは飼い主に遊んでもらう必要があり、飼い主不在の時間帯にペットが暇を潰すには向かない娯楽とも言えました。そこでIntelligent designは、「ビデオゲーム」に目を付けたわけです。


2045年、ペット専用ゲームの研究を開始したIntelligent designは、翌2046年にはモルモット専用のウェアラブルグラスの開発に成功。2047年にはげっ歯類向けのゲーム開発に突入し、ゴーグルを装着したハムスターに仮想現実のヒマワリの種を見せて、興奮を促すソフトウェアの開発に成功しました。真実の程は定かではありませんが…開発段階とは言え、げっ歯類の満足度は95%を超えていたと言われています。


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Evolutionは「ペット専用のゲーム機」ですが、実際には「ゲーム機のブランド」という方が正しい商品かもしれません。ゲーム機と一口に言っても、2049年の販売開始の時点で、犬用、猫用、馬用、イルカ用、爬虫類用に鳥用と、サイズもデザインも種族毎にバリエーションはさまざま。後年に販売された山羊用、げっ歯類用、猛禽類用等々も合わせれば、全体で85種類程度のバリエーションがあったとされていますから。唯一、差別的な事に。「人間用」だけが存在しなかったのですが。


本作は動物にあわせてデザインされたウェアラブルグラスであるため、げっ歯類用やイルカ用は根本的に人間では装着することが出来ません。その上ゲームは動物の感覚器にあわせた調整が施されているため、無理に装着したところで人間には内容すら理解が出来ません。イルカ用のゲームのBGMは周波数が130kHz以上、人間の耳にはゲーム音すら聞くことが出来ませんし。猛禽類用や爬虫類用は赤外線や紫外線でグラフィックが描かれるため、人間にはゲームを始める事すら出来ません。


当然、本作をペットに買い与えた飼い主の大半も、このゲームの何が面白いのかはサッパリ分かってはいませんでした。しかし、それを問題視するような人は、ハッキリ言って少数派でした。本作を遊んだペットたちは、飼い主から見れば十分楽しんでいるように見えましたし。動物の価値観を人間が理解出来ないのは当たり前の話ですから。ペットが喜んでいる光景を見て…、「このゲームはペットにとっては面白いゲームなのだろう」と、人々は評価を下したのです。


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一方で、少数派ながら。自分で遊んでいないゲームの評価を、素直に受け止められない人々もいました。ペットが見ている映像を外部出力する機能もあったのですが…、プレイ動画など見せられたところで、ゲームの楽しさは遊んでみないと理解できるわけがない。愛するペットが楽しんでいるゲームを、自分も理解してあげられるようになりたいと。無理な願望を持ってしまう飼い主も、少なくはありませんでした。


ペットの遊び過ぎを防ぐために、ハードの側面に「疲労度」が表示されるメーターが備え付けられていたのも…、結果的には良くなかったのかもしれません。飼い主のほとんどは、これを「ペットの元気さ」が表示されるメーターくらいにしかとらえていませんでしたから。この数値が上下する様を見てしまうと…、飼い主はペットが何を一喜一憂しているのかを、ますます知りたくなってしまったのです。


実のところ…、いくつかのバージョンに限定すれば、本作は人間が遊ぶ事も不可能ではありません。たとえば、人間とサイズが近しい大型犬用のEvolutionであれば、無理やり装着して遊ぶことも不可能ではないのです。しかしそれは無理矢理遊ぼうとすれば遊ぶことが出来るというだけの話であって…、人間が犬の気持ちを正しく理解できないことに変わりはありません。つまりこんな方法で本作を遊んだところで…、このゲームの楽しさを理解することは、人間には不可能なのです。


ただ、それを頭では分かっていたとしても…、嫉妬心に抗うのは難しいことでした。ウェアラブルグラスを装着し、四つん這いになって舌を出していれば、とりあえずは人間である自分にも本作を遊ぶことが出来る。人間である身分を隠して、犬のフリをしていられるのであれば、差別にも抜け道があると言われたときに…。それに反発できる人間など存在しますか? 私には、もちろん出来ませんでした。すぐに四つん這いになりました。当然、他の飼い主達も。


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大型犬用Evolutionで遊べるゲームは、当然ながら大型犬用に調整されたゲームしかありません。私も遊んだうえでゲームレビューしてはいますが、正直に言って、犬がこのゲームの何を楽しんでいるのかは…、分かってはいません。犬のフリは出来ても、犬そのものになることは出来ない。まぁ私が持っているEvolution用ゲームは、どれも公式ストアの人気ランキングで上位に入っていたゲームばかりですから、犬からの評判の良さは信じていただいて問題ないでしょう。


まず最初にご紹介すべきは…やはり人気第一位の「齧れる椅子」でしょうね。仮想現実に表示された椅子の脚を齧るという内容のゲームで、もちろん実体が無いのでいつまでも空中を齧り続けることが出来ます。ゲームルールは単純明快で、椅子を齧って破壊すると、部屋に新たに椅子が供給され、それを延々破壊し続けるという内容。一噛みで豪快に椅子が破壊される演出を見ていると…、犬は秘められた野性を思い出さずにはいられない…!のだろうと、おそらくは思います。


しかし残念ながら…、私たち人間にはこのゲームを正しい形で楽しむことは出来ません。まず第一に、このゲームはプレイ中「破壊衝動を誘発する」臭いを常時発生させているそうなのですが、犬の数万分の一の嗅覚しかない人間には何の臭いも感じることができません。そして第二に、BGMが聞こえない。プレイ中は犬の緊張感を高めるような高音が響いているらしいのですが、犬の三分の一の聴覚しかない人間にとっては本作は無音のゲームでしかありません。


一応最低限の演出は見れば分かりますから、ゲームを遊び続けることも出来なくはないのですが…。ゲームをクリアしたとしても、喜ぶのが非常に難しい。魅力的で、性的で、艶めかしい犬が!ゲームクリアと同時にプレイヤーを称賛に出てきてくれるんですが…!これは人間である私が勝手に「おそらく犬にとっては艶めかしく見える犬が、おそらくプレイヤーを褒めているんだろうな」という想像しているだけであって、どう喜んでいいのかが、よく分からないからです。


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他のゲームについても説明は可能ですが…、「犬にとっては楽しいんだろうな」という想像をするのが精いっぱいで、真実は犬にしか分かりません。


マニア人気が高かった「孤独」は、犬専用のミュージックゲームかつ疑似的SNSのようなゲームです。高度密集社会に住んでいる文明化された犬たちは、互いの遠吠えを聞く機会がありません。そこで本作は疑似的な遠吠えをプレイヤーに聞かせて、それに対して返答の遠吠えをさせるという内容のゲーム。正しく遠吠えを返して仲間と連帯感を高めるのと同時に、リズムよく吠える事で遠吠えの反響をより大きなものにするというゲームシステムを採用しています。


しかし遠吠えは複雑なコミュニケーションです。悲しい時にも嬉しい時にも犬は遠吠えを行いますが、人間には二つの遠吠えを区別することが出来ません。その上人間の叫び声はどうにも犬の癪に障るようで、私たちがいくら声を張り上げても正しい遠吠えだとは認識してもらえません。そもそも「大きい声を出すと孤独が癒される」という概念が人間には理解が難しすぎるため、このゲームをどういった気持ちで楽しめばいいのかは、人間には一生分かることは無いでしょう。


逆にカジュアル人気が高かった「ファッション」は、犬専用の推理ゲームといったところでしょうか。まずは獲物となる敵の臭いが表示されるので、その臭いを記憶したらゲームスタート。スタート地点から一定範囲内に「生ゴミのような臭い」や「干からびたミミズのような臭い」がするスポットがあるので、そこで好みの悪臭を身体になすりつけます。この臭いはプレイヤーしか感知できない仮想の臭いですから、飼い主の皆さんも思う存分悪臭を楽しんでください。


正解の悪臭を身体になすりつけていれば、獲物に気付かれずに接近できる。不正解の悪臭を身体になすりつけていれば、獲物に気付かれて逃げられてしまう。ルールとしては人間にも理解が出来るゲームだとは思うのですが…、残念ながら「干からびたミミズのような臭い」を楽しめるほどの嗅覚が、人間には存在しませんから。「これは犬にとっては素晴らしい臭いなんだろう」と、出来る限り無心になってゲームを楽しむより他に方法はありません。


唯一人間の私にも楽しさが理解できたのは…、「使命」というゲームくらいですね。仮想現実の砂場に、とにかく穴を掘るという内容のゲームです。掘っても掘っても砂が減らない!その上何処にだって穴が掘れる!仮想現実の砂は身体を汚すこともありません!もちろん掘った穴は記録して、続きから掘り直すことも出来ます!面白すぎますよ…!恐らく他のゲームも、犬となって遊べばこのゲームぐらい面白いのだろうと、要らぬ嫉妬をさせてしまうくらいには!


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どうにもならない差別を前に、心の底から相手が羨ましいと思った時。人間は自分が嫉妬に狂ってしまう前に、心に自衛策をとろうとします。


そうした場合、私はすぐに自分に非を認めてしまう事が少なくありません。絶対に人間には楽しく遊べないゲームを、無理やり自分が遊ぼうとしていたのですから。それが楽しめないのは、人間に生まれてきた自分が悪いのだと認めてしまう事で、自分の嫉妬心を癒そうとするのです。言わば、嫉妬心の「受容派」ですね。


しかし無理矢理ゲームを遊んだ飼い主の大半は、人間の身で犬のゲームを遊ぼうとした、自分の非を認めようとはしませんでした。自分が人間だからこのゲームが楽しめないのではなく、単純にこのゲームがつまらないのだと思い込むことで、自身の嫉妬心を癒そうとしたのです。いわゆる「抗議派」と呼ばれる人々の主張ですよ。


私と彼らの考え方、一体どちらが理性的であると、皆さんには感じられますか。


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抗議派は本作を、しきりに「つまらないゲームである」と主張します。


「椅子の脚を齧る」という行為がそもそも面白くないという批判から始まり、仮に齧るにしても椅子は齧る魅力に欠けた対象で、椅子を齧っていてもゲームとしての目的が感じられないと不平不満を並べ立てるのです。それは…あなた方が人間だから、椅子を齧る魅力が理解出来ないだけの話で、犬であればそこにはゲーム性が十分に存在する…と思われるのですが、彼らは原理主義者であり、そうした都合の悪い主張はまったく聞き入れようとはしません。


嫉妬で理性を失っている彼らは、Evolutionがつまらないという前提でしか話をすることが出来ないのです。これまでの歴史上、犬は暇潰しの為に嫌々ながらも椅子を齧っていただけで、本当はつまらないと思っていたに違いない。どうせ齧るなら牛や羊の脚の方が齧りがいがある。それは種族的価値観を超えた事実であるのだと、彼らは頑なに主張を曲げません。まぁ…、私が犬の価値観を理解しているかと言うと、そうではないのですが…。彼らの話は、犬も同意しないとは思います。


遠吠えを誘発する「孤独」などは、暗闇の彼方から悲しげな鳴き声が響いてきて、とてもじゃないが楽しく遊ぶ気にはなれない。犬も本作が楽しいと思っているわけではなく、あまりにつまらなくて悲鳴をあげているだけなのだと、彼らは妄想で批判します。しかし四足歩行ですらない彼らに、一体どうして犬の遠吠えが「悲鳴」だと判断が出来るのか。彼らは犬の代弁者を気取っているつもりかもしれませんが…、犬からすれば遠吠えを勝手に翻訳されるのはよい迷惑なのではありませんか?


「ファッション」については…、もう反論する気にもなれませんね。抗議派から言わせれば、犬が悪臭を好むという発想自体が、犬に「文明化されていない動物」というレッテルを貼る行為であり、広義の差別に値するのだそうで。ゲームと称して悪臭を嗅がせる行為は、人間のエゴなのだと彼らは主張します。人間の鼻では「生ごみ」と「干からびたミミズ」の区別もつかない事を棚に上げて…、全ての臭いを悪臭だと一括りにするエゴイズム。むしろこの主張こそ、レッテル貼りの産物でしょう。


唯一「使命」だけは、抗議派も楽しいゲームだと認めてはいましたが。


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犬の価値観は人間には理解できない。抗議派はそれを無視して本作を語ろうとするから、主張が支離滅裂になってしまうんですよ。


本作のプレイヤーはあくまで犬。ゲームデザイン一つとっても、本作は犬にだけ心地良いように設計がされています。もちろん犬は本作をとても気に入っていましたから、当時のSNSは「うちの愛犬も喜んで遊んでいます!」というコメントで持ち切りだったのです!しかし当然、「犬にとっての心地良さ」なんて人間が理解出来るものではありませんから。人間の感覚でそれを判断しようとしてしまえば…、心地良さが不快に感じられる事だっていくらでも起こりうるでしょう。


最も分かりやすいのが、臭いに関する演出です。本作を遊んでいると、たまに鼻先に「湿気た合成肉」のような臭いが漂ってくることがあるんですよ。それもゲームがクリアに近づく爽快感にあわせて…、合成肉の湿気た異臭が鼻いっぱいに広がってくる。もちろん人間からしてみれば、爽快感も吹き飛ぶほどの嗚咽に襲われるのですが…。犬の身になって考えてみれば、これはおそらく素晴らしい演出なのかもしれないと。皆さんも、想像してしまうのではありませんか?


もちろん臭いだけではありません。音も、映像も、何もかもが犬にとって心地良いようにだけ本作は調整されていますから。犬にとって耳触りの良いメロディは人間にとっては超音波でしかなく、頭が痛くなるようなノイズが耳に響き続けるだとか。犬にとって目に優しい光度調整は、人間の目には暗すぎて視神経に痛みがほとばしるだとか。生まれついての種族の差で、本作が心地良く遊べない理由ならば。残念ながら、いくらでも例を挙げる事が出来てしまうのです。


人間は犬にはなれないんですから、犬専用ゲームの価値は犬の遊んでいる姿を見て判断するしかないでしょう。人間はゲームを正しく遊べない以上、このゲームに評価を下す主体にはなれません。このゲームを遊んだ犬たちは、みんなこのゲームに夢中になっていました。それが事実です。ゲームを遊んだことのないプレイヤーは、ゲームに評価を下すことは出来ない。それがルールです。ゲームを遊んだ犬の評価に、ゲームを遊べない人間が、異論を差し込むことは出来ないのですよ。


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しかし抗議派は本作を、どうにも「遊ぶ価値がないゲームである」と主張します。


ま、まぁ…。隠していたわけではないのですが…、本作が「ご褒美要素」と称して犬に嗅がせていた人工肉の臭いは、実はNATURALISM社が当時販売していたペットフードの臭いなんですよ。いや、おかしな話ではありませんからね? 抗議派が必要以上に騒ぎ立てていただけの話で、これは些細な「お遊び」のようなものでしかなく…。ジャンクフードを販売する大資本が、本作を通して犬の趣味趣向を洗脳しようとしているのだと、彼らは本気でそう主張していたのです。


自社ブランド内の商品をゲーム内でアピールする事なんて、ゲームの歴史上そこまで珍しい話でもないでしょう? それを陰謀論かのように騒ぎ立てて、自分が満足に遊んでもいないゲームを洗脳呼ばわりだなんて…。いや確かに開発元のIntelligent designは、親会社の商品を「ご褒美」としてゲーム内に仕込んでいますとは、一切公表はしませんでしたが…。これは…あれですよ、あの、「ファンにだけ分かる隠し要素」のようなものでしょう? 怪しむような話ではありませんよ!


確かに…、本作を遊んだ犬は食欲が旺盛になるようで。NATURALISM社が販売するペットフードをよく食べるようになったという報告は、SNSでもよく見かけました。しかしそれは単に…、遊んでお腹が減っただけの話で…。百歩譲っても、プロダクトプレイスメントという広告の影響にすぎません。だいたい、愛するペットがゲームを楽しんで、「あのペットフードを食べたいよ!」と望んでいるのに、それに対して「お前は洗脳されている」と説教をするのが…愛情表現ですか?


嘘をついても仕方がないから断言しますが。音も、映像も、何もかも…、まぁハッキリ言って、当時NATURALISM社が展開していた商品と本作が似通っていたのは…、疑いようもない事実です。人間には聞こえないゲームクリア時の音楽が、系列企業の犬用スパにも流用されていたとか。ゲーム内で敵が襲ってこなかった安全地帯の床と、全く同じ柄の毛布をIntelligent designが販売していたとか…。そういう話を掘ろうとすれば、まぁ確かに、いくらでも出てきますよ。


しかしそれは…間違っても洗脳とかそういう物騒な話ではなく…、単にゲームを楽しんでいただけの話で…。人気のゲームのサントラやグッズが発売されて、ファンがそれを欲しがるのは…洗脳ですか!? いや確かに考えようによってはこれぞまさしく洗脳なのかもしれませんが…、そういう話ではなく…!「人間には犬の価値観は理解できない」のですから…。当事者である犬が喜んでいるのに、部外者である人間が陰謀論を騒ぎ立てて…。一体何がどうなるって言うんです!?


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抗議派の主張には、確たる証拠が一つもありません。全ては、自分たちが遊べないゲームを、妄想に基づいて批判しているだけの主張です。私も、動物の価値観は理解できません。彼らも、動物の価値観は理解できないでしょう。しかし少なくとも、私は動物の気持ちを理解しようとはしている!私たち人間が本作について分かる事実は、そもそもたった一つしかありません。本作を遊んでいる動物たちは、とても楽しそうに本作を遊んでいたということ。ただ、それだけです。


犬用、馬用、イルカ用、爬虫類用に鳥用まで。Evolutionにはいくつものバージョンがありましたが、「遊んでいる動物が人間の目から見て楽しそうだった」という事だけは、どのバージョンも必ず共通しています。本作を遊んだ犬達はみんな尻尾をちぎれんばかりに振っていましたし、アメリカで人気だった馬用なんかは喜びのあまり失禁することもあったと聞いています。まぁ…、正直に言えば。猫用だけはあんまり評判が良くなかったとは聞いていますが…、それは例外中の例外ですから。


本作を楽しそうに遊ぶペットを見て、ゲームを買い与えた飼い主たちは大いに喜びました。本作の発売によりNATURALISM社のペットフードは売り上げが大幅アップしたと言われていますから、本作を楽しそうに遊ぶペットを見て、ゲームを開発した製作者たちも大いに喜んだことでしょう。もちろん本作を遊んだペットたち自身も…、楽しいゲームを遊んで好きな餌をお腹いっぱい食べることが出来たわけですから、彼らも当然大いに喜んだ。と、気持ちを想像するしかないでしょう。


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しかし抗議派は本作を、あくまで「誰も楽しめないゲームである」と主張します。


ゲームの低評価もここまで原理主義的になってしまっては…、最早プロパガンダと言った方が良いのではないかと思うのですが…。抗議派の皆さんは、本作を楽しそうに遊ぶペットたちの姿を見ても、それを信じようとはしませんでした。ペットたちは本作をまったく楽しんでいない、むしろペットたちはこのゲームを苦痛とさえ思っているとさえ、主張されました。彼らは…、「ペットは飼い主に気を遣って、楽しんでいるフリをしているのだ」と、そう現実を捉えているのです。


本当に馬鹿馬鹿しい主張なのですが…。抗議派の主張にも…、実は何の論拠も無いわけではありません。私は最初に、本作にはペットの「疲労度」が表示されるメーターがついていたと…、そう説明しましたよね? 本作を遊ぶペットの大半は、確かに見た目はものすごく楽しそうにこのゲームを遊んではいたんですが…。表示されている疲労度の数値だけを信用した場合…、ペットたちはゲーム開始直後すぐに、ゲームに「疲れ果てている」事になってしまうのですよ…。


ゲームを開始するとすぐ、疲労度のメーターは上限近くまでグーンと上昇する!ゲームを中断すると元の数値に戻りますから、メーターがバグっているというわけではないと思うのですが…。ペットたちはあんなに楽しそうにゲームを遊んでいるというのに、数値の上だけなら、ゲームに疲れ切っていることになってしまう…。いやいやいやいや。ほら、疲労という感覚は、ゲームが面白い時に感じることもありますから!この数値が高いからと言って、ゲームがつまらないと…判断出来ません。


大体この数値は、抗議派の皆さんが散々「信用ならない」と言ってきた、ゲームが表示している数値の一つなんです。都合の悪い数字だけならゲーム内の数字を信じるというのは…、ちょっと都合が良すぎるでしょう? それにこの数値を除いて、抗議派の皆さんの主張を補足するような証拠は他に何もないんですよ!? せいぜい、「猫は人間に気を遣えないから、猫用Evolutionの評判は良くないのではないか」という推測程度。こんなもの、猫に対する差別発言ではありませんか!


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抗議派の主張は一見論理的にも見えますが、つまりはこういう主張に過ぎません。


ゲームの開発者は、ペットの気持ちを理解出来ないのにゲームを作っている。ゲームを買った飼い主たちも、ペットの気持ちを理解出来ないのにゲームを買い与えている。ペットは飼い主のために、つまらないゲームを楽しんでいるフリをしている。飼い主が喜んでくれるから、好きでもない餌を好きになったフリをしている。そんな光景を見た開発者は、ますますペットの為につまらないゲームを作ろうとする。こうして、誰も楽しさが分からないゲームばかりが生み出されていく。


私達は善意で行動しているはずなのに、結果として、何一つ他者の為にはなっていない。自分が遊んでも楽しさが理解できないようなゲームを、「動物にとっては面白いのかもしれない」と都合よく解釈し、それを押し付けた相手に気を遣われている事にも気づかず、まるで相手の気持ちを理解しているかのようにのうのうと生きているのだと。抗議派の皆さんは、社会が本作を楽しく遊んでいる事実を知っていていて。それをどうしても、認めたくないだけなのです。


いやまったく、笑える屁理屈だとは思いませんか。自分たちが遊べないゲームを「つまらないゲーム」だと思い込みたいがために、自分達以外の全員が他者の気持ちを理解出来ていなくて、このゲームの全てが偽りだったということにしたいだなんて…。そんなこと…、現実的に考えてありえるわけがないでしょう。いや、ありえたら…困るでしょう? そんな、何も信じられないような世の中…。常識的に考えて、存在して欲しいと思いますか…?


私と彼らの考え方、一体どちらが理性的であると、皆さんには感じられましたか。


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私は抗議派の皆さんと価値観は違いますが…。そんな過激な主張に走ってしまった彼らの気持ちは、実は理解できないでもありません。ようは彼らも、私と同じ。人間に生まれてしまったがゆえに、ペット専用のゲームを遊べずに苦しんでいる。


歴史上、「ゲームを遊ぶ権利」は長らく人間が独占してきたはずの権利でした。しかし歴史は節目を迎え、権利は徐々に動物たちへ解放されつつあります。抗議派の皆さんは、ゲームの独占を守ろうとした、歴史上初めての人類だったと言えるわけです。


「人間が遊べないゲーム」は今も着々とその数を増やしていると、私は最初にそう言ったではありませんか。これからの未来、皆さんが彼らと同じように…、遊びたいゲームを人間だから遊べなくなってしまう可能性も、大いに存在している。


だからこそ私は、皆さんに声をあげてもらいたいのです。人間がゲームを独占するわけでもない。人間が遊べないゲームが増えるわけでもない。平和な未来の為に。今こそ、「ペット専用ゲームを、人間が遊んでもいい社会を作るべきだ」と。


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あ、改めて言うまでもないとは思うんですけど。


冗談ですからね。


だってこうでも話の流れを作っておかないと、ひくでしょ皆さん。私が純粋な知的好奇心で、「ペット専用ゲームを遊びたい」って言ったとしても。


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私もまた、ペットの気持ちが分かっていない人間だったのかもしれません。


どうしても、愛犬がこのゲームを遊ばないのが妬ましくて。彼が装着していたウェアラブルグラスをひっぺがし、自分の頭に無理やり装着して遊ぼうとしていたんですけど。残念ながらこのゲーム…、起動すらしなかったんですよ。いくら人間が無理矢理装着している状態とはいえ、起動すらしないというのは明らかにおかしい。「もしかして壊れてしまったのかな…」とも思っていたのですが…。問題は、もっと単純な話でした。私の余計な善意が、こんな結果を招いてしまったのです。


説明書を見たら、デカデカと書かれていました。「本作は、ロボットペットには遊ぶことが出来ません」と。それはもうデカデカと。私は全身サイバネティクスの年寄りですから…、Evolutionからしてみれば、既に機械と大差ない存在なのだと判断されてしまったのでしょう。身体を機械に置き換えていくごとに、こうしてまた一つまた一つと、ゲームは遊べなくなっていく。私の愛犬も…、ロボット犬ですから。彼も、私と同じように。最初から、このゲームは遊ぶことが出来なかった。


本当に、今は、申し訳ない気持ちで一杯です。私は愛犬の気持ちを、まったく理解してはいなかった。老いてゲームを遊べなくなっていく自分と、同じような寂しさを感じさせたくないと思っていたのに。愛犬には、楽しいゲームを遊んで欲しいと思っていただけなのに。彼の身体が、私と同じ機械の身体であるという事を忘れて。ゲームを遊べないという寂しさを、彼にも味あわせてしまった。良かれと思ってやっていた事が…、こんな結果を招くとは、思っていませんでしたから。


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誰かの為に何かをするって言うのは、なんでこうも難しいのでしょう?


愛犬の人工知能に、「他人を気遣う」ようなプログラムが存在しないことは、私も理解してはいるつもりなんですが。


彼の表情を見ていると…。どうにも、私に気を遣ってくれているように見えて。なんだか、いたたまれなくなってくるんです。


2115/12/5 (Article written by Alamogordo)


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