【第22回】¡Querer es poder! (ケレル・エス・ポデル!)

タイトル:¡Querer es poder!

発売日:2054/9/30

発売元:Holografia


世界のあらゆる低評価なゲームをレビューしていくレビューサイト「The video game with no name」、第二十二回目となる今回は、2054年発売、今はもう忘れられた浪漫「¡Querer es poder!」の紹介です。


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落ち着いて、私の話を聞いてください。


歴史に残る大ニュースを、お伝えしなくてはなりません。私の記憶の限りでは…、これはかれこれ四半世紀ぶりくらいの出来事だと思います。おそらく今後の人類の歴史において、二度と同じことは起こらないでしょう。現在進行形で、いくつものゲーム関連サイトが上書きを迫られています。私たちは今、歴史の目撃者となりました…。


LinkageAuctionに、幻のゲーム機「Holografia Stone」が出品!それも箱・説明書完品!これだけのマイナーハードが発掘されただけでも奇跡的だと言うのに、今回はなんと…、中米向けパッケージソフト全35本も見つかったと言うのですから開いた口が塞がりません…。数が出回った北米版ならまだしも!まさかのまさか!大半が「存在自体が疑わしい」とさえ言われた中南米版が全作揃って出品されるとは…!!


いや、なかなかに、心臓に悪いニュースを見てしまいました。


おそらく今日の夢にも見るでしょう。そしてそれは間違いなく、悪夢となって私を苦しめるでしょう。私は何も、「幻のゲーム機が売りに出された」というニュースを皆さんにお伝えしたかったんじゃないんです。ようは、「なんでこのタイミングで幻のゲーム機が売りに出されたか」を皆さんにお伝えしたかったんです。年寄りの経験上、これはもう間違いがありませんから。


これだけのコレクションを保管してきたマニアが、また一人、死んだんでしょう。


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「喜びの時と友の死は、いつも一緒にやってくる」


レトロゲームとは過去に作られたゲーム。その数には必ず限りがあり、欲しい人間全員に行き渡ることはありません。皮肉なもんでしょう。同じ浪漫を追いかけた人間は、本来「友」と呼ぶべき存在なのにも関わらず。私達は同じ浪漫を追いかけたがゆえに、「敵」と限られたゲームを奪い合わなければならない。


The戦車。惑星ウッドストック。ジーコサッカー…。かつてはワンコインで売られていたワゴンの帝王たちも、今となってはみんなショーケースの中で眠っています。ましてやマニア垂涎のマイナーゲームともなれば、市場に流通している商品なんて一つも残ってはいません。全ては私達の誰かが、「死ぬまで」保管しているのですから。


喜びの時と友の死は、いつも一緒にやってくる。


友の誰かが死んだ時だけ、欲しかったゲームは市場に流出し、生き残った者の手に移る。私達がお目当てのゲームを手に入れて喜べる時は…、いつも決まって友が死んだ時。こうして考えてみると、歳をとったマニアのコレクションなんて縁起でもありませんよ。ようは「誰かの遺品」を大事に保管しているようなものなのですから。


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2054年のあの日、Holografia Stoneの先行予約を見送ってしまった日から。私はずっと、後悔を続けてきました。「いつでも取り寄せは可能だろう」、その甘さが、後悔の始まりだったんです。当時は電子麻薬戦争がはじまった直後で、南米はテロも頻発。円高傾向も目に見えていました。「どうせ販売はこれからも続くんだし、もう少し待てばお得に買えるのでは」という甘い考えが、私の邪魔をしたのです。


甘い私をあざ笑うかのように、Stoneは販売開始からまったく売れませんでした。関連サービスは半年で終了。見る見るうちに市場から姿を消していき…、誰もが存在を忘れてしまい。気づいた時にはいつの間にか、都市伝説の中の存在にすらなっていました。世間は、私が予想していたよりよほど世知辛かった。いやむしろ浪漫の方が、私が想像したよりよほど贅沢品だったのかもしれませんが。


現在のお値段は…200,000ドル。高い。いや、安い。安すぎる。これは単なるゲームじゃない。死んでしまったどこかのマニアが、人生を捧げたコレクションなんです。言ってみれば…これは友の人生そのものじゃありませんか。その人生を受け継ぐのに、たったの200,000ドル。同じゲームを愛した者として、友の人生に200,000ドルしかつけてあげられないんじゃ。あまりに、不義理な話だとは思いませんか。


自分の人生にだって、いつかは値段をつけられる日が来るんですよ。


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実は…、私は既に一台、Holografia Stoneを持っているんです。

まぁ、持っているというよりは、「借りている」だけなんですが。


先ほどの話と同じですよ。私が持っているHolografia Stoneも、実のところ、死んだ友人から借りたものでしてね。「自分はもうすぐ死ぬだろうから、自分の持っていたゲームを引き継いでもらいたい」と言われて…、渋々「借りるという形なら預かっても良い」って事で借りたはずのものだったんですが。私がウッカリしている内に、彼は病気でポックリ死んで。返すタイミングは、永久に失われてしまいました。


「形見」と言えば聞こえはいいですが、ようは借りパクです。借りパクしたまま…、返すはずの相手は死んでしまった。持っているゲームも彼から借りた一本しかありません。今回ご紹介するゲームは2054年に発売された「¡Querer es poder!」。史上最高のゲーム機であるHolografia Stoneでしか遊べない、幻のダンスゲームです。


本当は…このサイトでは自分で買ったゲームしか紹介しないつもりでいたんですけどね。なんでしょう、イライラするな。生前の彼はこのゲームを遊ぶと、決まって「このゲームの楽しさを誰かに伝えたい」ばかり言ってましたから。まるで彼の人生を引き継いでレビューしているかのようで…なんだか、無性に腹がたつ。


一度は存在すら忘れ去れてしまったはずのゲームなんです。まるで、ゲームが忘れて欲しくなかったみたいじゃありませんか。


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Holografia Stoneは、2054年に発売されたゲーム機の名前です。正確には、Holografiaが販売していた会社名、Stoneがゲーム機本体の名前。まぁStoneだけじゃ通りが悪いので、ブランド名もくっつけて呼ばれる事が多いんです。いや…、失礼。決して「多く」はないかもしれません。なにせ販売台数は測定不能、おおよそ2万台くらいだとは言われていますが…、プレイヤーの人数自体多くはありませんでしたから。


Stoneはその名のとおり、七個の石のような機械を床に並べることで遊ぶゲーム機です。六個の小さい石を丸く並べてから、中央に大きい石を設置する。その光景はさながら魔方陣!おあつらえ向きに部屋を暗くしてから、「Game Start」と呪文を唱えてみてください。六個の石は小さく光り、円の中心部に向かって光を放ちはじめます。バラバラだった光はやがて一つとなり…、徐々に中心部に凝縮されていき…、何もないはずの空中に、立体的な映像を描き始めます。


拡張現実ではありませんよ。裸眼で見ても、そこにはちゃんと映像が浮かんで見えるはずです。触ってみても結構です。若干ながら、触れた感触もあるはずです。不思議な光でしょう? 枯れた技術とは言え侮るなかれ、宙に浮かぶ光の幻想を見つめていれば、「それは魔法だ」としか思えなくなってくることでしょう。まぁ、種明かしをしてしまえばもちろん魔法なんて大したものではありません。これは科学的に描かれている立体的な蜃気楼でしかありませんから。


Holografia Stoneは、史上唯一の「ホログラム」を空中投影するゲーム機なのです。


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まぁ…、「ホログラム」と大層な大見得をきってはみましたが。若い人にはあまり食いつきは良くないのかもしれませんね…。ホログラムに浪漫を感じるような時代は、とうの昔に終わってしまいましたから。これを読んでいる皆さんは、もしかすると「ホログラム」という言葉すら聞いたことがないのかもしれません。いや、申し訳ない。分からなくて当然。年寄りの郷愁だと思って聞いてやってください。


そもそもホログラムとは、「空中投影された立体映像」を意味する言葉です。今でこそ色褪せてしまいましたが…、かつてはホログラムと言えば、名作と呼ばれるSFには決まって登場した技術でした。夢見る少年だった私にとって…、ホログラムは理想の未来像だったんです。平たい画面でしかゲームを遊んだことがない少年に、ゲームの中にしか存在しないホログラムの光が、どれほど輝いて見えた事か…!


こうして思い出すだけでも、懐かしい未来想像図にため息が漏れますよ。


光が輝くサイバーシティ!夜闇に消える怪しいプリズム!あの日私たちが憧れた、無感情で無機質だからこそ美しかったホログラム…!光の中で初音ミクを躍らせたライブみたいに!映画のファイナルファンタジーで腕から映像を出してたみたいに!Tiger R Zoneのテレビコマーシャルみたいに!科学の作った幻が、浮いて、喋って、光って、消えて!


いつの日か、そんな浪漫に溢れた未来がやってくると!私は、思いこんでいました!


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しかし私達が生きている世の中は、浪漫に溢れた世界ではありません。拡張現実のインフラがこれだけ整備された世の中で、わざわざホログラムを空中投影なんかしなくても、ウェアラブル端末から立体映像を視認できるようにした方がはるかに安上がり。便利で安全でお手軽で、それになにより開発が容易。現実的判断という正しい理屈は、浪漫という間違ってばかりの理屈を、理解してはくれませんでした。


用途を絞って利用していくならまだしも、ホログラムが日常生活に溢れるサイバーパンクな社会なんて、どう考えたって不便で暮らし辛すぎる。浪漫は語るだけなら、誰にだって出来るんです。しかしそれを現実にしようと思ったら、その開発費は誰が出すのか。誰が生産して誰が流通して誰が営業して、誰が浪漫の責任を負うのか。SFは所詮は虚構の科学。真面目に考えられたような未来像じゃありません。


理想の未来は、いつでも現実の未来からは程遠い。


浪漫に溢れるサイバーライフは、現実には訪れませんでした。空中投影という技術すらも、最近じゃあまり見かけなくなりました。ホログラムに未来を託したゲーム機はあっというまに忘れられて、今じゃ都市伝説上の存在です。


来なかった未来だからこそ、未だに幻滅していないのかもしれませんが。


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忘れられたゲーム機であるHolografia Stone、そしてそのゲームソフトである¡Querer es poder!は現在、インターネットのありとあらゆるところで笑いものにされています。ホログラムという技術自体がほとんど忘れられたような存在なのですから、それを利用したゲーム機の末路など…、それは悲惨なものですよ。


失われた歴史の話というのは、さぞや人々の浪漫をくすぐるのでしょう。「史上最低の売り上げのゲーム機」というタイトルが読み上げられ、「失敗してしまったロストテクノロジー」という面白おかしい物語が紹介される。それらの多くはでっちあげ。誰も彼もが歴史家気取りで、浪漫に溢れる嘘ねつ造の物語を想像し、遊んだこともないゲームの「失敗してしまった理由」を語ろうとするのです。


今インターネットに溢れている本作の低評価に、真実は一つも無いと言っていいくらいでしょう。なにせStoneは既に世間から忘れられていて、嘘が蔓延したところで困る人間は一人もいない。面白おかしく飾られたゲームの悪評が、人から人へと伝わるうちに、いつの間にやら事実だったことにされてしまう。いや、もっと言えば、このゲームの悪評が事実かどうかなんて、誰も気にしていないのかもしれません。


真実はどうだっていいんです。世知辛い話ばかりで面白くもなんともない。

「大失敗したゲーム機」の浪漫に溢れる物語が、存在していてほしいだけですから。


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例えば、そもそも本作が発売された経緯でさえ、今世に出ている情報は正確ではありません。「倒産した会社の倉庫が暴徒に暴かれて、中に残されていた試作品が人知れず南米の闇市場に流出した」という嘘は確かに浪漫があって嫌いじゃありませんが、¡Querer es poder!は2054年発売、ハードの発売元であるHolografiaはそもそもブラジルのおもちゃ会社です。結果的には北米版の方が数が多く残っていますが、最初に売り出されたのはむしろ中南米版の方でした。


「当時のホログラムはまだ可視範囲が狭く、正しい幻を見るためには闇の中で精神統一をする鍛錬が必要であった」というハードの評価も、想像するだけで格好いいですが正確ではありません。本作を遊ぶには、まず映像投影用の石を円形にセット。その円の中に自分が立ちます。六個の石に囲まれた範囲内であれば、何処に移動しても正しくゲームを遊ぶことが出来ます。円の外側に立っていたとしても、操作ができないだけでホログラムが見えないわけではありません。


よくよく言われる「ホログラムは幻の光、触れるとその場で淡く崩れ去ってしまう、ゲームとしては遊べない儚いテクノロジーだった…」なんて、ここまでくると文句にかこつけたポエムでしょう。本作はそもそも、オンライン上でシェアされている他プレイヤーのダンスムービーと、一緒になって踊る事がコンセプトのダンスゲームなんです。そもそもが、ホログラムをパートナーにして踊ろうというゲームなんですよ?


ダンスのパートナーが触れただけで消えてしまう事を憂いているだなんて…ちょっとお話に浪漫がありすぎるんじゃありませんか? 浪漫が無くて申し訳ありませんが、もちろん、このゲームのホログラムは触れても消えることはありません。むしろ立体映像には若干の触感さえあります。まぁ光には人間と違って「実体」がありませんから、存在しない女性に触れることが出来ないのは間違いありませんが。


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誤解はしないでください。¡Querer es poder!はかつては、本当に浪漫に溢れたゲームだったんです。現在の世の中で語られているような、嘘っぱちで膨らませたような浪漫ではなく、正真正銘の浪漫に溢れたゲームでした。


自分のホログラムと踊るプラクティスモードは、ホログラムの機能面が効果的に活かされたモードでした。自分のダンスを立体映像で確認し、直観的に癖を修正することが出来た利便性。宙に浮かんだガイドライン用のホログラムに重なるようにして手足を動かしていた時間は、いつか夢見た「架空の未来」そのもので。このゲームを遊んでいる間だけは、まるで未来に生きているような気さえしました。


他人のホログラムと踊るタッグダンスモードは、ホログラムの演出面が効果的に活かされたモードでした。狭くて汚い自室にホログラムが描き出してくれたのは、光によって彩られた近未来的なダンスホール。ホログラムで描かれた半透明のパートナーがダンスに誘ってくれる時間は、いつか夢見た「空想な未来」そのもので。このゲームを遊んでいる間だけは、現実に生きていることを忘れさせてくれました。


何をとってもこのゲームは、「開発者は作っていて楽しかったんだろうな」ということを、こちらに悟らせるのです。システムメニューを選ぶだけで、身体の周りをプリズムが煌めく。音量調節をしているだけで、ホログラムから滲みだす光も強弱が変わる。セーブデータファイル一つですら、空中に浮かぶクリスタルとして表示され、クリスタルの中にはゲームを遊ぶ過去の自分の姿がうっすらと浮かび上がっている。


このゲームは本気で、ホログラムを社会の標準にしてやろうと目論んでいました。それは、遊んでいるだけでもよく伝わってきました。押しつけがましいほどの作りこみが「ホログラムって素晴らしいでしょ!?」と訴えかけてきて。無駄で無意味で情熱のこもった手間暇ばかりが、浪漫の名の元にギュウギュウに押し込まれていましたから。


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残念ながら、浪漫に溢れるような理由で、ゲームは低評価にはなりません。ゲームが低評価をつけられる時は必ず、もっと理不尽で、もっと矮小で、もっと世知辛くて、浪漫の欠片もない理由ばかりが並ぶものなのだと、歴史が決めているのです。そして、そんな世知辛くて面白くもない話は、誰も他人に語りたがらない。


もし仮に友人が生きていたとしても…、彼はこのゲームが低評価になった理由を、人に語ろうとはしないでしょう。生前の彼はこのゲームを遊ぶと、決まって「このゲームの楽しさを誰かに伝えたい」ばかり言ってました。ただ、このゲームを自分がどう遊んでいたかという事は、人にはまったく言おうとはしませんでした。


今でも思い出しますよ。一番最初、友人がこのゲームを抱えて家に来た日の事を。


よほど新しいゲームを自慢したかったんでしょう。こっちの許可もとらずに、勝手にゲームのセットしはじめて。ホログラムの素晴らしさ、Stoneの素晴らしさ、¡Querer es poder!の素晴らしさ。それを一から十まで語っていって、最後の最後、このダンスゲームの最も素晴らしい部分を、一言で簡潔に説明してくれたんです。


「このゲームはすごい!ホログラムは立体映像だから、パンツが覗けるぞ!」


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何時頃からだったでしょうか。理想の未来が現実の未来に変わってしまったのは。


リリースから二週間後には既に。本作のシェアムービーの検索結果は、「這いつくばる男」の動画で埋め尽くされていました。「シェアムービーを使ってゲームを遊ぶと自分の動画もシェアされる」というシステムが分かっていなかった、馬鹿な男たちの映像が流出したのでしょう。動画を再生した瞬間、ホログラムがその場で倒れこんだかと思えば、必死に四つん這いになって空中を見上げているのです。


誰の目から見ても、女性プレイヤーのシェアしたダンスムービーを再生し、パンツを覗き込んでいるのは疑いようがありませんでした。顔が、ニヤついていたので。


堂々と覗き込んでいた男たちは、潔いだけマシなもの。踊りながら横目で胸元を覗きこんでいた男達に至っては、本人が気付かれていないと思っている分…、より一層の醜さがありました。その哀れな姿には、「自分も同じような事をしているのかもしれない」と思わるだけの説得力がありました。憧れの未来技術を、自分たちはこうやって消費するしかないんだという世知辛さが、そこには蠢いていましたから。


昔から不思議だったんです。なぜSFの中の人は、誰も立体映像のパンツを覗こうとしないのか。結果的に言えば…現実の人間は覗きました。パンツを。それは想像した通り、虚しくて仕方がない行為だったのですが。それでも私たちは現実に生きていますから、虚しい事をしていると分かってはいても、浪漫に溢れるサイバーな世界の住人ではいられませんでした。


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「不適切な立体映像が流出してしまう」という問題は、実のところ当時はさして珍しい話でもありませんでした。なにせ立体映像は情報量が多い。少女が笑顔で立っているだけの映像も、背後から見ればナイフを隠し持っているかもしれない。立体映像を隅から隅までチェックすることは…、並大抵の労力ではありません。見えないパンツの流出を防ぐのは、当時の技術ではそう簡単な話ではなかったのです。


何億人もの利用者がいたVR動画のシェアサイトは、多額の資金を投入して立体映像から不適切な映像を解析するAIを開発していましたが…。それでもパンツの映像は、ネットに流出し続けました。一方、我らがStoneはそもそもの出荷台数が2万台。大金をかけてホログラムムービーを解析する専用AIを開発したところで、その先に未来がないことは、誰にだって分かっていました。


結果、現実的判断として。本作からアップロードされたホログラムムービーは全て、人間が「人力」でチェックを行うことになりました。出来る限り安い賃金でオフショアされた人材たちが、朝から晩までホログラムの股下に頭を突っ込んでは、映像が不適切かどうかをチェックする。浪漫を支えるためには、世知辛い重労働を24時間体制で文句も言わずやってのける、都合の良い人材が必要だったのです。


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人間の行う動画解析など雑なもので、サービス開始早々に不満は続出しました。解析作業に当たっていたのはフィリピンのスタジオだと言われていますが、詳細は分かりません。まぁいずれにせよ、重労働に見合う対価は発生していなかったでしょう。世知辛い話ですが、浪漫を見れるほどのお金はこの市場には存在しなかったんです。人材も足りない。技術開発も足りない。それだけの売り上げが見込めない。


スカートの中から垂れ下がるようにモザイクがはみでたり、そうかと思えば胸の谷間にだけモザイクがかけられていたり、その修正範囲は時と場合によっていつもバラバラでした。顔にだけモザイクがかけられてパンツが丸出しだった人もいれば、下半身をまるごとモザイクで包み込まれ、怒ったおばあちゃんが運営を説教するだけのホログラムを何十個もアップしたりもしていました。


修正の範囲がバラバラなら修正の基準もバラバラで、半裸の男が御咎めなしで検閲を通り抜けてしまう一方で、腕に傷のあるプレイヤーが「自傷行為」として全身にモザイクをかけられてしまうこともありました。次々とアップされる動画の数に対して、人間が一日に確認できる動画の数なんてたかがしれていますから。人間の力によるチェック体制というシステム自体が、最初から、破綻していたのでしょう。


修正が難しいのであれば単純に動画を公開停止にしてしまえばいいはずなのですが…、このゲームに限って言えば、それもまた難しい選択だったのかもしれません。他人とダンスを踊る事がウリのゲームであるにもかかわらず、プレイヤー人口が少なすぎてまともなダンスムービーは数が少ない。公開停止措置を繰り返していたら…、スコアランキング上位の動画がごっそり消える可能性もありましたから。


とは言えモザイクをかけたところで、見えないパンツの影響は無かったわけではありません。パートナーにかけられたモザイクの量が、ダンスの難易度を左右したんです。下半身にかけられたモザイクは高難易度、ステップのタイミングを覚えておかなければ相手の足を踏んでしまいかねません。腕にモザイクがかかっていたら…文句なしの超難易度。ダンスのために、手を握る事すらできませんからね。


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悪質なユーザーへの対応に手を焼く開発を見て、まともな女性プレイヤーは即刻本作を見捨てました。まともな男性プレイヤーも、それにあわせて本作を見捨てていきました。まともで正しい人間達は、得体のしれない他のプレイヤーや無能な運営に、「見張られている」気持ち悪さを感じたのです。シェアされていたダンスムービーの大半は、彼らが去るとともに削除されました。


二か月がすぎた頃には、本作はもうダンスホールとしての機能を失っていました。


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本作に落ち度があったとすれば…、やはりホログラムの解析作業を人力で行った事でしょう。とは言え、この言い方だと「人力」そのものが悪いように聞こえますが、そうではないのです。寂れてしまったダンスホールに良くない輩が集まってくるように。稚拙な作業内容によって、人力で動画解析をしている事実がバレてしまい。寂れてしまった本作にも…、その後、良くない輩が集まってしまったのです。


人間は普通、見張られている事への気持ち悪さを感じるものです。インターネットに自らの情報が流出すれば、誰だって他人の視線を感じずにはいられないでしょう。しかし世の中には、そうでない人種ももちろんいます。いつも自分が世界から忘れられているような感覚を味わっていて、誰でもいいから自分の事を見つけてほしいといつも願っている、私の友人を含む、そんな寂しい人達が。


当時だって今と変わらず、精神科の相談ダイアルは良くできた人工知能が対応をしてくれました。誰か人間に話を聞いてもらいたいと思ったところで、簡易な受け付けはどこも機械が務めていましたし、市役所の窓口は経費削減のあおりをうけてモニターくらいしか置いていない、風俗街ですらVR風俗が幅を利かせているではありませんか。何処に行っても、自分の話を聞いてくれる人間なんていない。


想像してもみてください。もし仮に、世の中に自分の話を聞いてもらいたい人がたくさんいるとして。「どこかの知らない誰かが、自分の話を絶対に聞かなくてはならない仕事に就いた」ことを知った時、一体どういう事が起きるのか、という事を。


それはもちろん、浪漫が終わる、ですよ。


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本作のシェアムービーの検索結果には、徐々に「中年が踊りもせずにただひたすら私的な悩みを話し続けている」という動画が散見されるようになりました。最初の数本が出てしまえば、もう後は止まらない。私も話を聞いてほしい。私の話も聞いてほしい。現実世界の世知辛さが、終わった浪漫に一気に押し寄せ。本作のダンス機能は完全に麻痺。ボタンを押した瞬間に、どこかの誰かのホログラムが自動で愚痴をしゃべりだす機能に生まれ変わりました。


リストカット痕を見せつけてくる女くらいなら可愛いものですよ。電子麻薬で震えが止まらないイカれた男が出てきたかと思えば、全身に政治的なプロパガンダが書かれた怒れる男も出てくる。半裸の男はしつこく動画をあげ続けたし、むしろそんな人間たちの心の弱さをつけ狙って、宗教勧誘をしてくる女も出てくる始末。愚痴、説教、不平不満、話し相手の見つからない話を垂れ流すホログラムは、リリースから日を追うごとに加速度的に増えていきました。


みんな、自分の存在を忘れられたくなかったんでしょう。寂しいんです。誰にも聞いてもらえなかった話だって、このゲームで垂れ流せばきっと誰かが見つけてくれる。誰かが見つけられなくても、運営は必ず見つけてくれる。答えが返ってこなくても、聞いてもらえるだけでそれでいい。寂れたダンスホールの片隅で、はみ出し者たちが独り言を喋り続けているみたいに。このゲームは徐々に、人々の心の弱さの「掃きだめ」となっていきました。


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そういう意味では、終了間際の本作は…、非常に暖かい雰囲気に包まれていました。


当初は運営も、「ダンスムービーとは無関係の動画をアップすることは規約違反」として、無関係な動画を徹底的に削除する姿勢を見せていました。しかしそもそも「無関係な動画が削除された」ということは、それが無関係な動画だと分かるまで人間が見てくれたことに他ならないわけで。自分の話を聞いてほしい人間たちからしてみれば、これほどまでにうれしい話もなかったことでしょう。


実際、削除しようとすればするほど、ホログラムはどんどん増えていきました。現実から忘れられた人々は!真っ暗な部屋の中でサイバーの輝きに包まれて!安酒を片手に不平不満を叫びあげ!自らのホログラムをサイバースペースへ送りこんだ!それは…、ちょっと想像した通りではなかったんですけど。まぁ十分に、かつて私たちが憧れたはずの、「浪漫に溢れたホログラムのある未来」の姿に、私には思えました。


運営もほどなくして、動画を削除することをやめました。削除しなくなったというよりは…ほとんど手放しに近い状況で、修正も全くしなくなりました。ダンスゲームなのに、誰もダンスの動画を投稿しなくなった。誰もが誰も、このままでは遅かれ早かれゲームがサービスを終了するしかなくなる事は、はっきりと分かっていたはずなのに。もう運営ですら、それを止めようともしませんでした。


もしかすると、皆が浪漫を感じていたのかもしれないと、私には思えました。

いやそれは、私にそう見えていただけの話なのですが。


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破綻は、起きるべくして起きました。


ゲームにとどめが刺されたのは、サービス開始から五か月後。中米系の軍事ニュースサイトにより、本作のバッシングが行われた日の事です。本作のホログラムシェア機能が、当時まだ始まったばかりの電子麻薬戦争において、テロリスト同士の通信に使われていた事が発覚したのです。それもはっきり堂々と、国際指名手配中のテロリストが動画に顔を出していたのに、運営はそれに気付くことが出来なかったと。


テロリストから見れば、本作は機密情報をやり取りするのに適したプラットフォームだったのかもしれません。なにせ売り上げ台数は世界累計2万台、各国のメディアですら存在をよく理解していない子供のオモチャ。立体映像で不特定多数に情報を発信出来て、その上動画の解析は人力という貧弱さと来ている。誰もの主張を受け入れる優しい本作の雰囲気は、そのまま、侵入者を引き入れる穴となりました。


中米のメディアはこぞって、本作の動画解析システムを手厳しく非難しました。


「¡Querer es poder!では、一切の動画が削除されている様子が無い」

「¡Querer es poder!では、様々なプロパガンダ動画が野放しにされている」

「¡Querer es poder!では、誰も動画の内容をチェックなどしていない」


浪漫は、終わりました。現実が、あまりに強すぎたからです。集中砲火を浴びた日のHolografiaの対応は、私の知る限り最も早い仕事でした。ゲーム開始時の華やかなホログラム演出に、いつもとは少し違った、無感情で無機質だからこそ美しいホログラムのメッセージを表示することで、世界にお詫びの意を示したのです。


「本作¡Querer es poder!では、コンテンツモデレーションスタジオとの契約期間満了に伴い、先日より一切の動画解析及び修正作業を行っておりませんでした。現状の体制ではホログラム・ムービーのシェア機能は継続困難と判断し、一か月の期間を置きまして、本作のホログラム・ムービーのシェア機能を停止させていただきます。大変多くの皆様にご迷惑をおかけし、大変申し訳ありませんでした」


===


残り一か月を迎えた時点での本作を、皆さんに遊んでもらえないこと。それが、このレビューの唯一の心残りです。友人も生きていたら、同じことを言ったでしょう。


残り一か月となった本作には、正真正銘の「みんなが憧れたホログラムの未来」がありました。もしかしたら自分たちは、ダンスと無縁の動画をアップし続けて、このゲームの寿命を削り取ったのかもしれない。自分たちは、このゲームを殺してしまったのかもしれない。残ったプレイヤー達は最後の悪あがきとして、このゲームは正しくダンスゲームとして必要とされているのだと、運営に訴えようとしたのです。


ホログラムには触感はあっても触れられない。パートナーの手はとれないのがこのゲームであるはずなのに。みんながみんな手を取り合って、一心不乱に踊り続けました。ホログラムは立体映像しかシェアできない。パートナーの呼吸音なんか聞こえないのがこのゲームであるはずなのに。みんながみんな息を合わせて、一心不乱に踊り続けました。ちゃんとみんな、正しくゲームを遊んでいました。


パンツを覗こうとする人は、この一か月にはあらわれませんでした。


楽しかった。本当に、¡Querer es poder!は楽しいゲームでした。そこにはホログラムの夢の全てがつまっていました。遠く離れたどこかの誰かがホログラムになって自室に現れて、まるでそこに存在するかのように一緒に踊ることが出来ました。部屋の明かりを消してしまえば、そこにはサイバー・ダンス・ホールが浮かび上がって。まるで自分たちが現実に生きていないみたいな、浪漫の世界が広がっていました。


まぁ、もちろん浪漫なんかあったって何の意味も無いのですから、一ヶ月後には当然、ゲームはプッツリ終わってしまったんですが。


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本作には…実は、過去のプレイムービーを保管しておくオートセーブ機能がありましてね。オンライン上にシェアされている・されていないを問わず、本作を遊ぶ自分の姿は全て、ハードの中にちゃんと記録されているのです。


このゲームは、これまで自分を遊んでくれた人の姿を、いつまでたっても忘れずにいてくれる…とでも言えば面白いでしょうか。持ち主が死んで忘れられた後でさえも…。唯一ゲームだけは律儀にも、過去の主人の姿を忘れずにいてくれている、という訳です。記事の冒頭、私は本作を購入する事を「他人の人生を引き継ぐ」と表現しましたけど、説明を聞いてみれば、あながち大げさな話でもないでしょう?


特に…、このゲームのデータは、曲者ですから。ご存知の通り、本作を遊んでいたプレイヤーは、誰にも聞いてもらえない話をホログラムの姿でぶちまける人間が多かったんです。今LinkageAuctionに出品されているマシンに残されているのは…、パンツを覗こうとする男の姿か、あるいはリストカットする女の姿か。いずれにせよ…、死んだ持ち主にとっては、もう見られたくないはずの姿でしょう。


友の人生を引き継いであげるために。払わなくてはいけないお金が…200,000ドル。いや、ごめんなさい。今見たら210,000ドルに値上がりしていました。恐ろしい。これだからレトロゲームのオークションは恐ろしい。おそらく最高値を付けている人間は…、私と同じ、本作を遊んだ経験のある人間の一人でしょう。同じ浪漫を追いかける敵とは、争わなくてはならないのがレトロゲームマニアの呪いですから。


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私が預かっている一台にも、もちろん過去の友人の姿が記録されていますよ。


最初の映像は、踊っている途中でパンツを覗けることに気が付いた彼の姿。

最後の映像は、脳停止で死ぬ直前に「楽しい」と呟いて立ち尽くしている彼の姿。


おそらく、今出品されているマシンに残されている映像も、これと大差はないでしょう。同じゲームを愛した人間の人生が、他人の手に渡るかもしれないって時に。210,000ドルすらも出せないんじゃ…、不義理な話だとは思いませんか。


ごめんなさい、今私が入札したので、230,000ドルになりました。


2115/11/13 (Article written by Alamogordo)


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