【第15回】城隍大战(チェンファンダーヅァン)

タイトル:城隍大战

運営開始日:2034/9/30

運営元:七贤


世界のあらゆる低評価なゲームをレビューしていくレビューサイト「The video game with no name」、第十五回目となる今回は、2034年サービス開始、拡張現実の三国志演義「城隍大战」の紹介です。


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三日後、北京時間の7/27 0:00、北斗衛星導航系統のver2が停波するそうです。20年前に中国政府が衛星測位システムの更新を発表した時から、下位互換の問題は度たび取りざたされていましたが、北斗ver2については新世代では対応を打ち切るというのが既定路線でした。ver2が運用開始されたのは2026年、むしろ、よくここまで働いてくれたと労うべきでしょう。旧世代の人工衛星達は、順に大気圏再突入によって焼却処分されるのだそうで。人工衛星も、「火葬」されるわけですか。


ver2を利用している電子機器などもう世の中には出回っていないでしょうから、当然と言えば当然でしょう。老いた人工衛星の訃報は、世間にはまるで知られていないようです。私だって、偉そうには言えません。入院で夜空を眺める機会が多かったから、たまたま昔話を思い出しただけの話。運よく死期に気づいてあげられた、ただそれだけの話です。全ての物は時が経てば忘れられ、やがてひっそりと消え去っていく。これが、宿命ってやつなのかもしれません。


いやしかし、感傷に浸っているような場合じゃありませんよ。正直言って、停波なんかされちゃ困る、困るんです。 確かにほとんど絶滅しているようなものですが、この世にはまだ北斗の下で戦い続けている者がいる。例えば、私の愛しいレトロな位置情報ゲーム達は、一体どうなってしまうんですか。困るんですよ。老いてもまだ彼らは必要とされている。停波したら、もう遊べなくなってしまうじゃありませんか。


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何を言っても時代は進んでいくもので、今更何を言ったところで北斗ver2は停波されてしまう。時間は巻き戻せない、その事実は変えられません。


年寄りは年寄りらしく、せめてゲームの最期を遊びながら見届けてあげたいとは思うのですが…。なにせこの当時の中国の位置情報ゲームは、中国国内でしか遊べないものばかり。私も私で老体も老体、いつ倒れてもおかしくない病み上がりのこの身体で渡航するというのは…、正直言って厳しいところではあります。


とは言え、衛星の最期を看取るのに、方法がないわけではありません。今回ご紹介する「城隍大战」は、2034年に七贤から発売された位置情報法ゲーム。衛星測位システム「北斗」を利用し、広い中国大陸を舞台に争いあう戦略シミュレーション。…実は私、このゲームの「門外不出の攻略法」ってのを知ってましてね。世に出回っていない裏技ですよ。なんと…日本でも少しだけ遊べるんです、このゲームは。


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そもそも「北斗衛星導航系統」とは、中国国家航天局によって開発された全地球測位システムの事です。「全地球測位システム」と言ってしまうと聞き慣れないかもしれませんが、要は我々もよく知る人工衛星による緯度経度の測位システム。アメリカのGPSはご存知でしょう? あとは…ロシアが旧ソ連から引き継いだGLONASSとか、あるいはEUのGalileo等々が有名なところでしょうか。


「地球上のどこにいても場所が分かる」という全地球測位システムは、冷戦当時の宇宙開発競争と結びついた、非常に軍事色の強い技術でした。冷戦の終了後、ソ連崩壊に伴いGLONASSのシステムがダウンすると、世界には衛星測位システムがGPSしかないという時代が始まり、GPSは民生用にも開放されるようになります。しかしGPSが軍事転用される事を恐れたアメリカ政府は、その精度を故意に低く設定して世界に公開しました。「正確な位置情報」という貴重な軍事データは、アメリカ政府に独占されてしまった、という訳です。


中国政府は当初から、アメリカの管理下にある位置情報システムを利用することを、非常に強く警戒していました。その焦りもあったのかもしれません。2007年4月14日に人工衛星「Compass-M1」が長征で軌道投入されたのを皮切りに、2010年代に入ってからは数か月に一機という驚異的なペースで人工衛星を打ち上げ、瞬く間に独自の全地球測位システム「北斗」を作り上げていきました。2026年の全世界運用開始の時点で、その精度はGPSを抜いて世界最高水準を達成。赤い星はあの日、宇宙に煌々と輝いたのです。


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古き良き時代ですよ。この時代にはまだ、中国社会に宇宙に対する憧れが残っていた。当時はまだ月上のヘリウム3が手つかずの状態でしたし、それに引き換え地球上じゃあ周辺各国との領土対立も抱えていましたからね…。地上の諍いとは無縁の宇宙が、どれほど彼らに夢を与えたことか。単なる一個人でさえ、あの時代にはクラウドファンディングで宇宙旅行を目指したんですよ。国中から投資と任務を募って、中国人は宇宙へと飛び立った! まさに、宇宙は中華民族の新天地だった!


しかしどんな技術であっても、一度世に出てしまえば、もう真面目腐ったテクノロジーでなんかいられるわけがありません。軍事・工業・医療、どれをとっても所詮は本格利用のための実験台に過ぎませんよ。全ての技術は最終的に、人間の暇つぶしの為に面白く遊ばれてしまう運命にある。


国家の威信をかけた人工衛星もまた、その例に漏れる事はありませんでしたから。


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北斗ver2の民生利用開始からすぐ、この技術に目をつけたのは中国のゲーム業界でした。彼らはそれを、位置情報ゲームのメインシステムに利用しようとしたのです。


当時からして、人工衛星の位置情報を利用するゲームは、特段珍しかった訳ではありません。Ingress、犬わんグランプリと言った位置情報ゲームが世界的に流行したのは2010年代。しかし中国は、諸外国とは多少事情が異なります。そもそもGoogle等の企業が規制されていた中国では、海外で人気の位置情報ゲームがリリースされることはあまり多くはありませんでした。もちろん似たようなアプリは大量にリリースされたのですが…、どれも潮流を生み出すには及ばす。


しかし、北斗の存在は、中国社会を一変させました。


国産ウェアラブル端末によって、国産人工衛星を利用した、国産位置情報ゲームを販売出来るようになった。今や政府のお墨付きのもとで、堂々と中国国内で位置情報ゲームをリリースできるようになった。これでゲームを出さないなんて…、むしろ愛国心が疑われるというものでしょう?


世界に遅れること十年。位置情報ゲームの春が、中国にもやってきたという訳です。


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この当時の中国の位置情報ゲームはどれも、途方もないゲームばかりでした。


かつてのシルクロードに沿ってジオタグを配置し、プレイヤーを中東の紛争地帯に送り込んだ「楼蘭」。玄奘三蔵の天竺への旅行を再現するため、リレー形式でインドまでARのデータを運ばせた「完美西遊」。そして何より…、この当時中国全土を最も熱くさせた「城隍大战」と言う戦略ゲームを、忘れるわけにはいかないでしょう。


「城隍」とは、道教における「土地の守護神」を意味する言葉です。古来中国では、人々の住む街や村に、その土地を守る神が住んでいると信じられていました。全ての神々は玉皇大帝という最高神によって任命されており、広大な中国の大地を官僚制で治めているのだと、人々は世界をそう解釈したのです。しかしながら時代は移り変わり、文化大革命による規制を経て、中国人の信仰の形も変わっていきました。故郷の土地が神に守られている事など、人々は忘れてしまったのです。


中国人が神の存在を再び思い出したのは、2034年の出来事でした。人工衛星から取得した位置情報に基づき、その土地に設定された「城隍」を拡張現実に描写する…。そんな内容のゲームが、リリースされたのです。グラスを通して故郷の街を見渡せば、田舎のあぜ道に、寂れた駅前に、古びた役場の前に、何もないはずの見慣れた場所に、その土地を守り続けていた神<城隍>が見えるようになっている。ある日突然、自分達が神に守られていたことを思い出してしまった。


遥か宇宙から位置情報として降り注ぎ、拡張現実に描写されたキャラの姿は。遥か天から降り立ち、土地の守護者に任命されたはずの神とは。まぁ、ちょっとだけ実情は異なったかもしれませんが。


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城隍大战のシステムは、難しいものではありません。本作では、広大な中国の領土は細かくエリアに分けて管理され、そのエリア一つ一つに対しに守護神である「城隍」が設定されています。城隍の姿は天女キャラから仙人キャラまで実に様々、強いものから弱いものまで能力もバラバラ。五行思想によって属性も分けられており、川辺には水の城隍、工業地帯には火の城隍と、「城隍」の能力によってその土地柄を表現してある…、とでも言えば分かりやすいでしょうか。


各プレイヤーは、城隍の目の届く緯度経度に赴いた上で「礼拝コマンド」を実行すると、その城隍からの加護を受けることが出来るようになります。もちろん何度も何度もその土地に通って礼拝を繰り返した者には、城隍はより多くの加護を与えるようになります。土地の守護神から強力な加護を得られるようになれば…、後は簡単ですよ。神の加護を信じて、他の土地へ戦いを仕掛ける。勝てば、侵攻先の土地の神の加護を獲得。負ければ…、こちらの神の加護は失われる。


まぁ、戦略は説明するまでもないでしょう。味方を作り、敵を作り、手を取り合って、裏を切りあって、互いの陣地を守りあう。「勢力争い」…。中国の歴史上何度も繰り返されてきた、最もポピュラーなゲームですしね。


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これが実際の神であれば…、祈る人間には全員平等に加護が与えられるのかもしれませんが。城隍大战はゲームであるがゆえに、一体の城隍がプレイヤーに分配できる加護の総量には上限があります。実際にその土地に住み、毎日毎日祈りを捧げた者にのみ、城隍は味方する。「その土地が生み出せる神の加護に限りがある」とは、実に面白い仕様でしょう? これはつまるところ、本作の面白さの核心が、その土地の「既得権益」の守り合いのゲームだったという事を意味しているわけですから。


リリース直後のプレイヤー達の動きと言ったら、それは見事なものでした。中国全土の各町々ではプレイヤーによる互助組織が自然発生し、その町ごとに既得権益を守る掟が生まれた。一つの組織が別の組織と同盟を結べば、それに対抗するために更に大きな組織が生まれた。リリースからたった数日、いや場所によっては一日もかからなかったかもしれません。瞬きする間もなく、中国全土は分割されていきました。


歴史上幾度となく起こってきたのと全く同じ、群雄割拠の世の幕開けでした。


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現代を生きる我々にとっては…、この当時の中国の熱狂ぶりは、ちょっと度が過ぎているように見えるかもしれませんね。何を思って熱狂したかだなんて、遊んでいる当の本人達ですらよく分かってはいなかったでしょう。


一つ…、心当たりがあるとするなら。2034年当時、中国には未だ「農村戸籍」と「都市戸籍」という特殊な戸籍制度が残っていた事があるかもしれません。これは1949年の中華人民共和国設立当時、食糧生産を確保するために、農村と都市の人々の戸籍を分ける事を定めた制度です。農村戸籍の人は農村に住む。都市戸籍の人は都市に住む。当初こそ移動すら許されない厳しいルールでしたが、移動に対する制限が有名無実と化した後も、戸籍制度としては残り続けました。まぁ端的に言えば、国民が住む場所を国家が限定しようとした、その名残という訳です。


2020年代にはほとんど形骸化していた制度ではあったのですが、共和国成立100周年の2049年に統一されるまでは、中国社会にある種の「格差」を作り続けた制度でした。大昔の話をすれば、農村戸籍の人々は進学が不利になったり社会福祉で差をつけられたりと、そこには明確な格差がありました。しかし経済成長期に突入すると、今度は都市戸籍の人々が田舎の土地の高騰や税金の安さを羨むようになり、そこには別種の格差が生まれる事になりました。


格差の質は時と共に変わってはいきましたが…、結局のところ、「生まれた土地」による格差は何らかの形で中国社会に残り続けた、とは言えるでしょう。まぁ、ちょっと考えすぎかもしれません。これは別に中国に限った話でもありませんからね。


世界中どこにだってよくあるでしょう、「人は生まれた土地によって人生が左右されてしまう」という、どうにもならない類の嘆きは。


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この地球上には、「故郷」という土地が広がっているじゃありませんか。どう足掻いても抜け出せないと思いながら、そんな土地で生きていくしかない人々がいる。


このゲームの中でなら、どんな土地に生まれたとしても、その土地に住んでいる事そのものが価値となる。このゲームは、平等に、公平に、全ての土地に、生きて暮らしているだけで唯一無二の価値を与えてくれる。


誰だって、自分の人生には、何か価値があるものと思いたいものですから。


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本作がリリースされてからの中国は、まさに戦乱の世でした。


いやあ、思い出しますね、当時の熱い戦いを。 私も一度中国で痛い目にあいましたよ。公衆トイレに城隍がいるっていうんで入ろうとしたら、出入り口に婆さんが立っていて、「ここに入ったら50元」ってお金を要求されたんですよ。いやだいやだとは言ったけど、結局払わさせられた。後で他のプレイヤーに聞いたら、外国人観光客だとバレてたら更に5倍吹っ掛けられててもおかしくなかったとか。まぁこんなの、現地のプレイヤーに言わせれば初歩も初歩の攻略なんでしょうけどね。


当時の微博では365日を通して、各地の戦いのニュースが流れ続けていました。町と町との喧嘩沙汰は当たり前。みんな知恵を振り絞って攻略法を考えたんでしょう。物乞いにお金を払ってゲームを遊ばせようとしたら端末も金も持ち逃げされたという馬鹿げた戦法から、八歳の子供に毎日山の頂上までアクセスボーナス稼ぎに登山させていたという苛烈な戦法まで。地域地域で生み出されたプレイスタイルは「門外不出の攻略法」として、その土地の既得権益を守る秘密となりました。


上海の御令嬢たちが四川のド田舎まで押し寄せ、空家を買い占めて城隍を独占しようとした話は、お粗末な攻略法としてお馴染みのものでしょう。高級ショッピング街である王府井のレストランに、田舎者の集団が何時間も居座って従業員と乱闘沙汰になったという話、これも…「従業員と揉めない飲食店での居座り方」なんて技術が流通するほど、世間にバレてしまった攻略法の一つですね。


信憑性もない噂じゃ、開発元には中国全土から毎日陳情者が集まっていた、なんてのもありましたよ。田舎の党のお偉いさんが、「愛する郷土の活性化の為に、どうか人気の城隍を設置してもらいたい」とかなんとか言って、村一番から村十八番くらいまでの美人を引き連れて接待に来ていたそうで。本当にこのゲームで勝ちたいのなら、課金するより開発に直接金を渡すべき…だなんて。まぁこれは流石に、妬み交じりの宣伝工作かもしれませんが、それも一つの攻略法ですから!


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ただ…いつ頃の事だったのかは、ちょっと覚えがありませんが。あれほどまでに中国を狂わせたはずの城隍大战の評価は、徐々に「白熱するほど面白い勢力争いゲーム」ではなくなっていきました。


そもそもこのゲーム、確かに流行したゲームではあるのですが、決して後の世に高い評価で語り継がれているゲームという訳でもないのです。いやむしろ…、結果としては悪評ばかりが残っているゲームと言った方がいいでしょう。


いつの頃からの事だったでしょうか。「人は生まれた土地によってゲームの結果まで左右される」、人々がそんな事を嘆きだしたのは。


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中国のゲームには、「VIPシステム」と呼ばれる課金制度が存在します。VIPとはすなわち、特権階級のこと。中国のゲームではよくよく、課金の累計額に応じて全プレイヤーが階級分けされ、それぞれその階級に見合った権利をゲーム内で付与されることがあるのです。これは言わば…、プレイヤーのゲーム内での序列を決めるという階級制度。階級が一つ上がれば多くの特権が得られ、下の階級のプレイヤーには絶対に負けないようになる。お金で買える階級と思えば、実に良心的な話でしょう?


お金を多く払った者が、多くの見返りを得られるのは当たり前。課金プレイヤーはお金の見返りとして強さを手に入れ、無課金プレイヤーは課金プレイヤーに倒される雑魚役としての役目を演じなくてはならない。この世のほとんどのゲームは…、そのあたりをうまくごまかしてはいますがね。中国のゲームは、とても正直ですよ。お金を払った事に対する見返りを、「階級」という形で露骨に示しているわけですから。


本作においても、その姿勢は変わってはいません。階級の高いプレイヤーは、一体の城隍から多くの加護を受けることが出来る。お布施と言う形の課金を行えば、地元の城隍の性能そのものを強化することだって可能です。富める者は優遇される、それは現実でもゲームでも変わりはありません。


しかしただ一点だけ…、本作には、他のゲームとは違う部分がありました。このゲームにおける階級が、プレイヤーが住んでいる土地の価値にあまりに強く結びついていた、という事です。


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「都市のプレイヤーはあまりに優遇されている」


最初に不満の声を挙げたのは、都市郊外に住む田舎のプレイヤー達でした。


都市に設置されている城隍は、基本性能が田舎に比べてとても高い。そもそも都市には天女や竜が配置されている事が多いのに対し、田舎の城隍はどこに行っても仙人のジジイばかり。都市では特別なイベントキャラが追加で設置されることも多く、イベントなど開催してもらえない田舎との差は開く一方。都市に住んでいる人間は「都市に住んでいる」というだけでゲーム内で優遇されている。


こんな不平等があってたまるかと、怒りの声でSNSを埋め尽くしたのです。


実際のところを言えば…、都市のプレイヤーは確かに、優遇されてはいました。農村と都市じゃあ、そもそも平均収入が違います。その結果として、都市にはトップクラスの課金者が集まっている。運営は露骨なまでに課金者の多い地域を贔屓し、基本性能の高い城隍が出現するように設定していました。そうなれば当然、城隍を奪い合うための課金争いはさらに激化する。そうなれば更に、運営は課金を呼び込む強い新キャラをリリースする。前提となる環境が、あまりに違い過ぎるのです。


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「田舎のプレイヤーこそ優遇されている」


しかし、都市のプレイヤーには都市のプレイヤーの言い分がありました。


人口の多い都市でのゲームプレイは、田舎に比べてあまりに競争相手が多い。最低何万元も課金しなければ、争いに加わる事すら出来ません。それに比べて田舎でのゲームプレイは気楽なもので、安い課金で多くの城隍の加護を得ることも可能。これだけでも大きなハンデだというのに、田舎の連中は観光だの仕事だので大挙して都市を訪れ、連日連夜自分たちの城隍に攻撃を仕掛けてくる。田舎に住んでいる人間は「田舎に住んでいる」というだけでゲーム内で優遇されている。


お前らこそ不平等の温床だと、更なる怒りの声でSNSを埋め尽くしたのです。


実際のところを言えば…、田舎のプレイヤーは確かに、遊びやすい環境にはありました。現実社会でわざわざ片田舎まで出かける人間が少ないように、田舎を拠点にしているプレイヤーが攻撃を仕掛けられることは、ほとんどありませんでした。たった一人で、地域にいる何体もの城隍を独占できた。一方で、大都市には中国全土から人が詰めかけてくる。ただでさえ限られた利益を都市の人間同士で争っているところへ、田舎者まで奪いに来る。前提となる環境が、あまりに違い過ぎるのです。


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誤解を恐れず言うならば、位置情報ゲームにおいて「地域格差」は特段珍しいものではありません。不満を言う人もいましたが、これまでどのゲームでも大きく問題視されるほどの事はありませんでした。だってそんなの、仕方がない事だからです。


しかし、本作は少し事情が異なりました。中国はこの世でも珍しい、移動の自由が長く制限されてきた大国。住む場所で「地域格差」が生まれる事は、人々の潜在意識として、仕方がないでは済まされなかった、という事です。


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城隍大战というゲームの中で、中国は次第に大きく三分されていきました。


都市と田舎では、平均収入が異なる。

平均収入が異なれば、ゲーム内での階級が異なる。

ゲーム内での階級が異なれば、そこに連帯と対立が生まれる。


広大な中国の覇権を狙う第一勢力となったのは、都市に住むプレイヤー達。

そんな彼らの覇権に異を唱える第二勢力は、都市郊外の田舎に住むプレイヤー達。


そして第三勢力となったのは…、都市に住んでいても恩恵を受けられるわけではない、田舎に住んでいても恩恵を受けられるわけではない、中国全土に広く存在していた、その他大勢の貧乏な無課金プレイヤー達。


ここに中国は、再びの「三国志」を演じることになったわけです。


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1800年ぶりの三国志は、醜い戦いでした。


最初に大規模な攻勢が発覚したのは、都市のプレイヤー側から。田舎に住むプレイヤーの基盤を攻めるために、職のない田舎の若者を雇って現地でゲームを遊ばせていたことが発覚したのです。当然田舎のプレイヤーは「こんなのルール違反だろ」と怒り狂いましたが、開発元としては課金上位者のアカウントを削除なんてする訳がなく、「友達にプレイしてもらう範疇だ」と我関せずの対応。ネットオークションには、「ゲームを一緒に遊んでくれる友達」という隠喩で、城隍大战の代理プレイ権がずらりと販売される事になりました。


対する田舎のプレイヤー側の反撃も、負けてはいません。田舎のプレイヤー達は、地方地方で一致団結。人海戦術で上位プレイヤーの素性を人肉検索すると、24時間体制で彼らのSNSを監視。動きがあろうものなら地元の有力者に連絡が回り、都市にいる同郷のプレイヤー達を妨害に向かわせました。当然都市のプレイヤーは「こんなのルール違反だろ」と怒り狂いましたが、開発元としては地域の市場を丸ごと失う訳にはいかず、「ゲーム外の騒動は関知しません」と我関せずの対応。都市には、ストーカー集団が暗躍することになりました。


可哀想なのは…、彼らの争いの巻き添えを受けた無課金プレイヤー達でしょう。彼らは彼らで連帯はしていたとは言え、二大勢力ほど団結力があるわけではありません。一か月に一回のペースで余所者に地元の城隍を奪われ、それをまた一か月をかけて無課金プレイの範疇で回復していく、そんな報われないゲームが続くばかり。運営の「見せしめ」で、アカウントが停止される事も少なくありませんでした。


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城隍大战が「社会問題」と言われるまでに社会に対立を生んでしまった背景には、開発元の七贤が「顧客をとても大事にする企業であった」という事があるのは、間違いないでしょう。


顧客を大事にしていたからこそ、お金を払ったプレイヤーを優遇した。お金を払っていた地域は、当然に優遇された。だってそうでしょう。お金を払ったのに優遇されないなんて、それこそ不公平な話じゃありませんか。


プレイヤーは誰も、七贤を責めることはありませんでした。だってそれがゲームの公平なルールでしたから。


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しかし、永遠に続くと思われていた中国国内での争いは、ある日突然終わりを迎えました。かつてどれほど中国を混乱に陥れた争いも、結局は外敵の侵入によって終わりを迎えたように、このゲーム内にもまた「第四の勢力」があらわれたのです。


2036年1月28日、明朝。中国全土は、突如大規模な攻撃を受けました。最初に攻撃を受けたのは上海。強力なプレイヤー達によって電撃的に強襲された横沙島の城隍は、地元プレイヤー達が寝ている間に完全に陥落。目を覚ました時には既に、現場には誰の姿もありませんでした。


続いて二分後、二度目の攻撃を受けたのは武漢の山中。上海の一報が中国全土に回る寸前の爆撃でした。少数のプレイヤーで手広くエリアをカバーしていた田舎だけに、電撃的な攻撃には全く対応できず瞬く間に陥落。全国マップを見守っていたプレイヤー達は、突如山中が攻撃を受けた事実に驚愕しました。


続いて五分後、三度目の攻撃を受けたのは重慶。続いて七分後、四度目の攻撃を受けたのは甘孜。続いて九分後、五度目の攻撃を受けたのはラサ。戦局は突如として動かされ、各陣営は一触即発の状態に陥りました。


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しかし、一触即発にはなったのですが…、あと一歩、どちらの陣営も大戦争までの引き金を引くことは、ありませんでした。


今回の攻撃は、何かがおかしかったのです。攻撃は数分間での電撃的なものでしたが、どの陣営も等しく一斉に被害を受けている。被害を受けた場所もバラバラで、一貫性がない。そしてなにより、今回の攻撃で一番大きく被害を被ったのは、ほとんど無課金プレイヤーばかりのヒマラヤ山脈のエリア。この攻撃、誰も得しないのです。


どこかの陣営がカモフラージュの為に自分達の陣地をやらせで攻撃した? いやそれにしたってヒマラヤの山中を同時に一斉に攻めて何の意味がある? 上海・武漢・重慶・ラサという土地に何か因果関係が? 敵は長江流域を爆撃しているのか?


誰もが混乱の中にいるままに、第一波から三時間後、攻撃の第二波がはじまりました。続いての攻撃は黄河流域。臨沂、鄭州、西安、そして海西モンゴル族チベット族自治州。あまりに速過ぎる攻勢に敵を迎撃出来ず、各地の拠点はなす術もなく陥落。そして続く第三波、今度は大胆不敵にも首都北京を直撃し、その後はモンゴルをかすめてタクラマカン砂漠を何度も何度も爆撃していきました。


中国全土の要所は、たったの数時間で焦土と化しました。


まるで何者かが、天から地上を焼き払ったかのように。


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プレイヤー達は、天にいる神に祈りを捧げたことでしょう。


もしかすると…、たまには神にも祈ってみるものだと、彼らはそう思ったかもしれません。おそらく天に祈りを捧げなければ、真の敵が何者なのかを知ることは出来なかったでしょうから。


宇宙に浮かんで中国を見つめる人工衛星。その近くに浮かぶもう一つの光…宇宙ステーションもまた、中国を見ているのだと。


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2036年当時は、民間人による宇宙旅行ビジネスが徐々に花を開かせていた頃でした。2030年に星間インターネットの規格が作成されたことを皮切りに、ロシアの会社がこぞって宿泊用宇宙ステーションを打ち上げていました。今でこそラグランジュポイントで20万円、月で50万円と言った旅行費ですが、当時の相場は…ソユーズを利用した打ち上げで大体700万元ほど。まぁ、お金持ちの娯楽と言うことですね。


宇宙ステーションなんて言いはしましたが、当時の設備なんて原始的なものですから、ネット回線付きのカプセルが宇宙に浮かんでるくらいのイメージが正しいでしょう。それでもなお当時からすれば、これは画期的な発明だったんですよ。宇宙に行ってもTwitterができる、宇宙に行ってYoutubeが見れる。これで人間本来の営みが宇宙でも可能になると、世界中からもてはやされたんですから。


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これまで地球上で争いを続け、ようやく今ある地盤を固めてきたのに。突如、自分たちの全てを凌ぐ大金持ちが、一泊700万元を費やして宇宙から星間攻撃を仕掛けてきた。宇宙空間で不正な位置座標を取得し、ゲームの仕様の隙を突いてきた。中国には、天から焼かれた時速30,000 kmの爪痕が残った。


中国社会は、戦慄しました。


プレイヤー達は総力を挙げ「星間攻撃を仕掛けてきたプレイヤー達」が住んでいる地域の絞り込みに臨みましたが、まるでこの世の何処にも存在していないかのように、いつまでたっても目撃情報が出てこない。


「お前の陣営が実行犯を匿っているだろう」と形だけの口論は続いていましたが、そんなこと言うだけ無駄なのだと、全プレイヤーは自分たちが置かれている現状をよくよく理解していました。星間攻撃が今後常態化するなら…、都市から農村まで一致団結して防衛しなければ中国全土が破滅することは、誰の目にも明らかでしたから。


宇宙からやってきた第四の勢力に対し、中国全土が一致団結するまで、そう長くはかかりませんでした。いや…ちょっと格好良く表現し過ぎたかな。一致団結したと言うよりは…、一致団結しなかった奴はゲーム社会から即刻「排除」されましたから。


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人民は、外敵に対して果敢に戦い、手を取り合いました。


そんな強固な団結を見て、「第四の勢力」も恐れをなしたかもしれません。


結局、宇宙からの攻撃は、それ以降二度とやってくることはありませんでした。


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戦いは、終わりました。


しかし、人民の怒りは収まることはありませんでした。あれほどまでに分裂していた中国は今や一致団結しているのですから、最早ゲーム内に彼らに勝てる敵などいないはずなのに。戦うために団結した以上、この争いの責任を取らせる敵の存在が、彼らにはどうしても必要だったのかもしれません。


とは言え、宇宙から攻撃を仕掛けてきた謎の金持ちプレイヤーは、結局何時まで経っても見つかりませんでした。時間がたてばたつほど、プレイヤー達のいら立ちは募りました。そもそも何故こんな事態に陥ったのか。そもそも誰がこんな事態を招いた責任者としてふさわしいのか。一体誰が、全ての責任を取るべきなのか。


そして…、おあつらえ向きの悪役として、開発元である七贤が、名誉ある「中華民族共通の公共の敵」に選ばれたわけです。


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「どう考えても宇宙ステーションからの攻撃を許しているのはゲームの不具合」

「責任を取って失われたゲーム内財産の全ての補償をしろ」

「国产垃圾」(国産のゴミ)


時間が経つにつれ、七贤の公式サイトはプレイヤー達の不満が燻る火薬庫と化していきました。新展開の告知から単なる挨拶まで、全ての言動に対して「早く回答しろ」の批難が何千も連なる。当初は知らぬ存ぜぬで押し通そうとしていたのでしょうが、なにしろ相手は自分達が城隍大战で育ててきた歴戦のゲームプレイヤーです。本社ビルの周りには不審な男達がうろつくようになり、社長から新入社員に至るまで、全従業員のSNSは24時間体制で監視されるようになりました。


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結局のところ…七贤は、顧客をとても大事にする企業でした。


顧客を大事にしていたからこそ、お金を払ったプレイヤーを優遇した。お金を払っていた地域は、当然に優遇された。だってそうでしょう。お金を払ったのに優遇されないなんて、それこそ不義理な話じゃありませんか。


七贤は集中する非難に対して、きわめて事務的に、きわめてルールに公平に。これまでプレイヤーがそれを良しとしてきたはずの、いつも通りの対応を行いました。いつの世も、お金を払った人間が一番偉いのですから。


「仮に宇宙からの攻撃があったとしても、ルールの範囲内のゲームプレイです」


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中国人民の大半よりも、「宇宙から攻撃を行ってきた」金持ちの肩を持ったことに、中国全土は怒りの声をあげました。住んでいる場所で勝ち目がなくなるなんてゲームとして許されない。ましてや所有している財産で勝ち目がなくなるなんて、ゲームであってはならない。何故ならそれは、不公平なルールだから。そんな当たり前のことも分からないのかと、七贤には中国中からのバッシングが集中したのです。


微博は炎上。公式サイトはサーバーダウン。ゲームの不買運動さえ始まる始末。開発陣の個人情報がインターネット中にばらまかれると、七贤は逃げるようにしてオフィスの移転を繰り返しました。しかし中国広しと言えど、どこへ行っても安心できる逃げ場は存在しません。なにせ城隍大战があまりに強固なゲーマーコミュニティを築いてしまったがばかりに…、自分たちに恨みを持つ集団が、中国全土に存在していましたからね。


中国全土を巡る逃避行は、生きた心地のしない旅だったと思いますよ。上海、武漢、重慶、ラサ、臨沂、鄭州、西安、首都北京。結局何処へ行こうとも、敵意を持ったプレイヤーがこちらを監視している可能性は否定できないんです。全てを諦めて天を仰いでみたとしても、そこには広大な宇宙が広がっている。城隍大战を遊んでいるプレイヤーが乗っているはずの、宇宙ステーションが飛び交っている。


宇宙に行っても逃げ場がないなんて、考えただけで恐ろしすぎますから。


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城隍大战を巡る争いは、数十年も前に終わりを迎えました。


七贤のサーバーが撤去されて以来、城隍の姿を映し出す以外の機能は、このゲームからは失われてしまいましたから。お金を払うことも出来ず、ただ神に祈りを捧げる事しかできない。まぁこの説明も、すぐに無意味なものになりますよ。あと数日もすれば北斗ver2は停波してしまう、そうなればこのゲームには…、何も映らなくなりますから。


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ああ、そうだ。あとたった三日の話なんですが、最後に「このゲームを国内で遊ぶ」ための裏技を、皆さんに教えておきましょうか。本当だったら、皆さんにも教えてはいけないんですよ。これは私の属していた勢力の「門外不出の攻略法」でしたからね。まぁ、あと三日の事ですから、みんなも許してくれるでしょう。


このゲーム、確かに「中国国内」でしか遊べないゲームです。そもそも人工衛星から位置座標を読み取られてしまう以上、中国国内に行かなければ遊べないはずなんですよ。しかしこのゲーム、実際には日本を含む数か国では遊ぶことが出来てしまう。


何故か、という仕組みを説明することは簡単なんですが、皆さんには一度根本的なところに立ち返って考えてもらう事にしましょうか。つまるところ、「中国国内」とは一体どこなのか、という事です。


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中国本土のプレイヤーは、こんな事知りもしなかったでしょうけどね。


この当時、中国は周辺国家との領土対立をいくつも抱えていたでしょう? モンゴルの一部、東南アジアと争う南沙諸島、ブータン北部にインドのカシミール…、そして日本の尖閣諸島。中国にとってこれらの地域は中国国内ですから、当然これらの地域も…ゲームのサービスの範疇に含まれていました。


その上、北斗ver2は中国が民生利用に制限をかけていることもあり、意図的に少し精度を落としていることはよく知られていました。中国と領土対立を抱えていない国であっても、ロシア、パキスタン、ミャンマー等々の国境地帯では、問題なく本作が遊べることは当初から確認されていたのです。


日本で言えば、尖閣諸島を含む一部の海域では問題なく遊べます。まぁこれは流石に現実的ではありませんでしたが…、台湾との国境にあたる与那国島には、海岸線沿いに城隍が出現していました。日本における本作の聖地というわけですよ。


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思い出します。与那国島まで行って、国境に浮かぶ城隍に祈りを捧げた日々を。


ゲーム内性能で言えば本当に貧弱なキャラだったんですが、我々にとっては組織全体の象徴たる守り神でした。まぁ我々は中国国外に住んでいましたから、どうやっても越境プレイのハンデは乗り越えられないわけで。来る日も来る日も妬んでいましたよ、中国本土に住んでいるプレイヤー達は羨ましいなと。


中国国外のプレイヤー人口なんて、たかだか千人もいませんでしたから。中国のプレイヤー達は、おそらく私達の存在自体に気付いていなかったでしょうけどね。ロシア・フィリピン・インド。同じように「生まれた土地」を嘆いていた他国のプレイヤー達と連携して、組織を作り、掟を作り。私達「国外組プレイヤー」は、いつも中国本土に攻め込む攻略方法を議論していました。


国外組プレイヤーみんなで中国に旅行に行って、婆さんに50元とられて泣く泣く帰国したのも…、今となっては良い思い出です。


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「口外してはならない」とは、確かに言われていました。私達は小さな勢力ではありましたが、私達だって門外不出の攻略法を持っていた、私達だって中国の覇権を狙っていた勢力の一つだったんです。


ただ、既にゲームは終わりました。あと三日で、神の存在すらも消え、もう秘密を守る意味すら無くなる時代が訪れる。私達に、守るべき既得権益なんか残されてはいません。あの日の秘密を守る事が、戦いを続ける事なのだとするなら…、今が、戦いを終わらせるべき時なのでしょう。


私達国外組プレイヤーには、門外不出の攻略法が二つあったんですよ。一つは、今説明した国外からのプレイ方法。もう一つは…、国外からの攻撃方法。それは誰にも教えてはいけない私達の既得権益として、今日この日に至るまで、インターネットに漏らされることなく守られてきました。


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課金するより高いけど、旅行するより遥かに安い。このゲームを国外から遊ぶ、最適解の攻略法。クラウドファンディングで宇宙を目指す中国の若者に、宇宙でゲームを遊ぶよう依頼した30万元。私には、その内の3000元を負担した責任がある。


中国の覇権を狙っていた第四の勢力、中国に住めなかったプレイヤーの内の一人として、私にはかつて攻略法の秘密を守る責任があった。


もう、誰も覚えちゃいないでしょうが。


2115/7/24 (Article written by Alamogordo)


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