【第16回】天幻地在バトルマリオネット
タイトル:天幻地在バトルマリオネット
発売日:207055
発売元:&・'-'・&(スマイルハート)
世界のあらゆる低評価なゲームをレビューしていくレビューサイト「The video game with no name」、第十六回目となる今回は、2070年発売。熱いハートに不可能はない「天幻地在バトルマリオネット」の紹介です!
===
チンシルケイムが、真っ二つに割れました。
いや正しくは、チンシルケイム本体とその正式アカウント情報を保管していたディスクが、完全に真っ二つに割れました。チンシルケイムが動くPCは80年前の骨董品、ゲームの保管も今は亡きディスク媒体で細々と続けてきたのですが…。それも今や、途方に暮れた顔が映りこむだけの鏡となりました。
経年劣化とは言え、こうも綺麗に真っ二つに割れるとは。ゲームのデータだけならクラウドストレージに保管してはあるのですが、一度サーバーで認証された正式アカウントでないと起動が出来ません。改造等も出来なくはないのですが…、なにか、それはチンシルケイムに不義理な気がして。
ヒビが入る、カビる、擦れる。「レトロゲームとの付き合い」は「レトロゲームとの別れとの付き合い」でもあるのですが…、ここまで潔い死に方をしたゲームはこれが初めてです。手に取った瞬間…、まるで死期を悟ったかのように、真っ二つに割れました。見事、実に見事な散り際でした。
===
こうやって、薄ぼんやりとゲーム棚を眺めていると…。どれもこれも楽しそうなパッケージで、次から次へと楽しい思い出が蘇ってきます。しかし、ふと目を細めて眺めてみると。現実は経年劣化で色褪せており、みんな古ぼけていて、存在としての寿命が近づいている事に嫌でも気付かされます。
ゲームが劣化していく要因は、一つではありません。熱、衝撃、湿気、光。そしてなにより、時間。私がゲームを保管しているこの倉庫だって、そもそも普段は明かりがつくことはありません。もう何十年もずっと、温度湿度を一定に保ち続けています。それが、良いことなのか悪いことのか。正義なのか悪なのか。ゲームを大事にしたいと言い訳して、この暗い倉庫に幽閉しているんですよ。
この地球と言う星は、あまりにゲームを遊ぶのに向いてないんです。 あたりを見てください。 無限に漂うO2、無秩序に溢れるH2O、降り注ぐ太陽光。こんな馬鹿げた土地でどうやってゲームが遊べるっていうのか。 あ、賛同の声は結構ですよ。 口を開けばCO2が漏れるでしょう? 汗をかけばH2Oがまき散らされるでしょう? 私達は存在しているだけで、たんぱく質を排出するでしょう!?
人間と言う生き物は、ゲームを遊ぶのにあまりに向いてないんですよ。
===
まぁ、それでもゲームはまだマシな方です。ゲームとはデータであって、保存されている媒体が劣化しても他の媒体に移し替えられますから。しかし、フィギュアやオモチャとなると、そうもいきません。改めて倉庫の中を見渡してみましたが、こうして明かりの下にさらけ出してしまえば、現実とは悲惨なものです。ゼノサーガ エピソード2限定特典のKOS-MOSのフィギュアも、仙剣奇侠伝3超豪版の趙霊児のフィギュアも、今や見る影もなくヒビだらけに割れていました。
中でも一番劣化が酷かったのが…、「天幻地在バトルマリオネット」のマリオネット達だったというのが、ちょっと、堪えるものがありました。こいつらは当時からして安価な4Dプリンターで作られたオモチャ、その上ハデに飛んだり跳ねたりして戦ってましたから、とっくにボディは限界を超えていたのでしょう。そういうゲームだったとは言え、こいつらには色々無茶な戦いをさせてしまいましたから。
唯一無二のボクの相棒ガンバレルイーター。頼れるサブマリオネットだったプラネットジョーカー。公式大会でリーグ戦突破を果たしたラストリベリオン。手に取った瞬間に、かつてのような熱い手ごたえはなく。右手を持てば左手が、左足を持てば右足が。ボロボロボロボロと。この手の中で、脆くも崩れていきました。
こういう時、本当なら「お疲れさま」と言ってあげるべきなんでしょうが。
あいにく、ボクはそれを相棒に言ってやれるほど、まだ大人にはなってませんから。
===
ちょ…、ちょっと待ってください…?
き、キミ達。「天幻地在バトルマリオネット」をご存じないんですか!?
バトマリと言えば、2070年代じゃ知らない人なんて誰もいやしなかった、完全無欠のロボットバトルホビーですよ!? マリオネットと呼ばれるロボットを遠隔操作し、色んな戦術を駆使してバトルする、タクティカル・マリオネット・バトル! うーん!今思い出しても胸が熱くなりますよ!
ほ、ほんとうに、遊んだ事がない…? 世界中どこを探したって、マリオネットマスターを目指していない子供なんかいませんでしたよ…? 風の噂に聞いた話じゃ、大企業や政府機関まで、当時はバトマリで社会が変わるだなんて考えていたとか…。 と、ともかく!こんなの常識ですよ!
===
その様子じゃ、まさか全キッズの必携アイテムだったサモンポッドもご存じない…?
仕方ないな…。マリオネット博士と呼ばれているボクが、手取り足取り説明してあげましょう! 「サモンポッド」とは、スマイルハート社が開発したキッズ向けの軽量・小型・超かっこいい4Dプリンターのことですよ。マリオネットは本来素体と呼ばれる骨組みしかないロボットですが、色々なパーツの図面データをサイバーネットからダウンロードし、手元のポッドで作り出すことが出来るんです!
機動力を決定づける足パーツ、攻撃力を決定づける腕パーツ、守備力を決定づける胴体パーツ。サイバーネットには他のマリオネッターのカスタマイズも公開されてますから、それを参考にしてみてもOKですよ!うーん…、初心者にオススメなのはやっぱりバランス型かな…、でも機動重視の方が面白さは伝えやすいかな…。おっと、カスタムに悩むこの感じ!悩んでる時間こそが、バトマリの一番面白い時間ですね!
ま、もし仮に、キミが頭を使うのがイヤってタイプなら…、実は悩まなくて済む方法もありますよ。 そんな時はこれ、「マリオネットキャンバス」! これはマリオネットのパーツの図面を作るソフトなんです。 これで図面を描きさえすれば…、実物がサモンポッドからすぐに作成できる! カスタムに悩まなくたって、自分で考えたオリジナルのパーツが作れちゃうってわけですよ!
ほら、ボクのガンバレルイーターの腕パーツは、錐みたいな形にしてあるでしょう!? フフーン、分かりますか? ま、これも距離をとって戦う為の、タクティカル・カスタムの結果ってヤツなんです! ま、まぁ…、ボクはどちらかと言えばバトマリは頭脳プレイ中心で、カスタムをアドバイスしたり新型パーツを作る事はあっても、バトル自体はあんまり強くなかったんですけど…。
あ、ど、同情はやめてくださいよ!これが、これこそがボクのバトマリ道なんです!
「熱いプレイとクールな戦略、決してあきらめるな」
「バトマリの道は一日にしてならず、バトマリに終わり無し」
「バトマリの楽しみ方は人それぞれ、相手を尊重しよう」
それが、マリオネッター三ヶ条って決められてるんですから!
===
バトマリは、本当に高度なテクノロジーの結晶なんですよ。 バトマリが売り出された2070年代は、日本は人口減少社会の真っただ中。2020年代から政府が続けてきた介護医療事業への集中投資が、ついに花開いた時期だったんです。
政府が主に投資を行っていたのは、「サイバネティクス」と「ロボティクス」と呼ばれる二大産業。サイバネティクスは、人間の体のパーツを機械と取り換えちゃう技術ですね。ボクも全身ほとんど、このサイバネです。一方ロボティクスは、ロボットを利用して外部から人間を強化する技術の総称。歩行補助器とか、パワーアーマーとか、精密機動支援外骨格とか、そういうものがこの中に含まれるわけです。
バトマリが出来るより大分前、有名な大学病院が「BMIを通して脳で考えた通りにロボットの四肢が動く」っていうシステムの開発に成功しました。ロボットの外骨格を装着するだけで、どんなお年寄りでも、考えただけで身体を自由自在に動かせるようになったんですよ。 凄いでしょう? でも本当に凄いのはここから。 バトマリの開発者であるスマイルハート社のドクターマリオネットは、外骨格をつけて動くお年寄りの笑顔を見て、ある画期的なアイディアをひらめいたんです。
自分の動きに合わせて、まったく同じように動く小型のロボット。それをバトルさせることが出来たら…、今度はこの技術で子供たちの笑顔も見れるんじゃないか。
そうして出来上がったのが…「天幻地在バトルマリオネット」なんです!!
===
物は試しですから、一戦やってみましょう!まずは素体に各パーツを…装着します。装着が完了したら、一メートル四方くらいの平らな場所にマリオネットを置いてください。そしたら、スマートレンズからバトマリを起動して…、「マリオネットアクティベーション!」って叫んでください! 叫ばなくても別に遊べるんですけど、叫んでください! それが公式ルールなんで! よし、それが終わったらちょっと腕をグルグル動かしてみてください。…ホラ、マリオネットも同じように腕を動かしてるでしょ? 今日からそいつが、キミの相棒ってワケですよ!
バトマリの凄いところは、ちゃんと物としてのマリオネットを戦わせるホビーでありながら、バーチャル空間で戦うゲームでもあるってところ。やっぱり、ロボットはちゃんと飾った時にカッコよくないダメでしょう? それでいて、ロボットバトルは派手じゃなきゃダメでしょう?
スマートレンズを通してマリオネットを見てみてください。拡張現実の中で、マリオネットがバトルアリーナに立っているように見えるでしょ? オンラインマッチが成立すれば、地球上のどこかにいるマリオネッターとのバトルがスタート。 拡張現実にも、敵の姿が浮かび上がってきます。
拡張現実の中でマリオネットが殴られれば、実際にそこにおいてあるマリオネットも吹っ飛ぶ! 拡張現実の中でマリオネットが突進すれば、実際にそこにおいてあるマリオネットも突っ走る! もちろん…ダメージを受ければ壊れてしまう事だってある!ちゃんと、ロボットに傷がつく! この傷が、飾った時にカッコいい!
拡張現実のど派手なバトル!現実に巻き起こるリアルファイト!
分かりますか!? これが、マリオネット・ロボット・バトルなんですよ!
===
フフフ…!どうやら、キミもようやくバトマリスピリットが分かってきたみたいですね…! ただ、今キミが考えていることは簡単に分かりますよ。確かにバトマリは面白そうだけど、ロボットホビーとしては重要な見せどころが抜けているし、ロボットバトルゲームとしても重要な戦術が抜けている、そう思っているでしょう? フフフ…そうでしょうそうでしょう。今そう思ってるキミ、そこのキミ!マリオネッターの素質があるみたいですね!
ロボットホビーなら、やっぱり変形させて飾りたいですよね?
ロボットバトルなら、やっぱり変形技で最後の一撃を放ちたいですよね?
バトマリは…、変形するロボットなんですよ!
===
分かりやすく説明しましょう!マリオネットのパーツを作るサモンポッドは、一般的には「4Dプリンター」と呼ばれている機械なんです。4Dプリンターとは、3Dプリンターが立体物を印刷するプリンターなのに対し、そこにもう一次元「時間経過による変化」まで加えちゃうっていうガジェットのこと。生み出した立体物に、ある条件下で決められた形にトランスフォームするようプログラム出来るんです。
熱、衝撃、湿気、光、時間…。ちょっとした条件で、単なる板から自動で組みあがる機械があったら…、凄い便利でしょう? と言うか、キミの今座っている椅子だって、おそらく箱から出したら光を感知して勝手に組みあがったんじゃないですか? それと同じ仕組みで、マリオネットも変形、トランスフォームするんです。…人呼んで、「マリオネット・トランスフォームド」! マリオネット・究極進化です!
とくにバトマリでは、トランスフォームは最重要戦術。ゲーム序盤は大型の斧で接近戦をするマリオネットでも、時間の経過とともに斧を槍にトランスフォームし遠距離戦を始めることもある。一方的に攻められて不利に陥った時に、トランスミストを…あ、ごめんなさい、水をしゅっと吹きかけると、胸パーツが展開して一気に防御フォームに変形することもある。熱、衝撃、湿気、光、時間の5つの変形条件は、そのままそのマリオネットの属性ってワケですね。
ちなみに、ボクの相棒ガンバレルイーターは光属性。序盤は錐のような腕パーツで攻撃し、終盤は光を当てて鎌のようなパーツに変形します。錐の懐に潜り込んで攻撃しようと考えている相手を…鎌でズバッと刈りとる光の戦士ってワケ!
「熱いプレイとクールな戦略、決してあきらめるな」
マリオネッター三ヶ条第一、忘れてはいけませんよ?
===
バトマリのルールは単純明快、だからこそに奥が深い。ドクターマリオネットのお言葉通り、世界中の子供たちは発売してすぐにマリオネットの虜になりました。
最初のうちはみんな、性能度外視のでっかいハンマー作ったり、何の意味もない見た目重視の羽パーツ作ったり…。お遊び半分の人ばかりだったんですけど。バトマリが全国的に熱狂を見せるにつれ、みんな勝ちパーツにこだわるようになっていきました。コマのように回転できる脚パーツを自作したロマン派もいれば、さすまたと盾のような実践的な暴漢対策をバトマリに持ち込む理論派もいた。皆それぞれの知恵を振り絞って、自分の相棒を強化していきました。
バトマリの教本を読む限り…、昔のオモチャは大変だったらしいじゃありませんか。オモチャのカスタムをしようにも、たくさんあるパーツを買って揃えなくちゃいけなくて、子供のお小遣いじゃどうやったって足りなかった。でもマリオネットなら、自分でいくらでもパーツを作り出すことが出来る!必要なのは「マリオネットソイル」、つまりポッドに入れるパーツの材料だけ!これは分かりやすく言うとPLA樹脂っていう素材で、当時からして全然高くありませんでした。学校帰りにソイル数キロを背負って帰る小学生だって、当時は珍しくなかったんですよ!
===
ただ…そんなバトマリの事を、大人はあんまり、良い目では見てくれませんでした。いや…、大人のほとんどはバトマリの事を、激しく嫌っていました。
マリオネットキャンバスは「オモチャを設計するツール」である以上、武器パーツを作るソフトとは言え、極度に鋭いパーツを作ることは出来ません。サモンポッドだって「オモチャを作り出す4Dプリンター」である以上、安全対策の為に使える素材には制限がかかっているんです。ボク達マリオネッターには、ルールの中でオモチャを遊んでいるという誇りがある。 スマイルハート社は、安全対策にはバッチリ配慮していてくれたんですよ。
でも、大人のほとんどは、そんな事分かってくれやしませんでした。マリオネッターはみんな、バトマリの遊びすぎで親に叱られていました。どれだけバトマリが素晴らしくても、大人の目にはボク達が「武器」を作っているようにしか見えなかった。日本全国の小学校ではもちろんバトマリ禁止、公園で遊べば拡張現実にバトマリ禁止メッセージが強制表示。あいつら、バトマリを遊びすぎて馬鹿になるのと、ボク達がもともとバトマリ馬鹿なのと、その違いすら分かってないんですもん。
いつの事だったかな。ボクがサイバーバトルアリーナで戦ってるとき、相手のマリオネットが突如空を飛ぶことがあったんです。白熱したバトルの途中で、急に1mくらい上にひょいっと飛び上がる。ずーっと、バトマリには不思議な事も起きるもんだなって思ってたんですけど。改めて考えれば何の不思議もありませんよ。あれこそまさに、この地球のどこかのいるマリオネッターが、親に叱られてマリオネットを取り上げられた瞬間…だったんでしょうからね。
===
「仮想とはいえ、子供に武器を製造させるのはあまりに教育に悪い」
大人たちがそう心配したのには、実は理由があるんです。むかーしむかーしそのまたむかし、大人たちがまだ子供だったころ。その頃の子供たちは、「3Dプリンター」で遊んでいたんです。無限にオモチャが作り出せる3Dプリンターは、その当時の子供たちにとって夢の技術で、みんなこぞって3Dプリンターで遊んでいました。大人たちもまだ子供だった頃は…、プリンターをオモチャとして遊べたんですよ。
でも、3Dプリンターで子供が遊べた時代は、そんなに長くはありませんでした。世界には、これを悪用しようとする大人たちがたくさんいた。アメリカのストアから銃をダウンロードし、乱射するような悪者があらわれた。もちろん、子供たちが使うような簡素な3Dプリンターには、そんなものを作れるほどの機能はなかったんですけど。大人たちは3Dプリンターを全部ひとまとめに「危ないもの」として、子供たちから取り上げてしまいました。
バトマリを取り上げようとした大人たちは、むかーし3Dプリンターを大人にとりあげられちゃった可哀想な子供たち。もしかすると…4Dプリンターで遊べる子供たちを羨ましく思ったのかもしれませんけど、ボクたちからすればいい迷惑ですよ!
===
大人たちの監視の目が光る状況でしたから、遊ぶだけでも一苦労。バトマリのトップランカーは、当時はみんなのヒーローでした。
バトマリはオリジナルパーツを自由に作れる、とは説明しましたよね? でも実はこれ、制限があるんです。はじめて作ったパーツの図面データは「試作品」扱いで、サイバーネットには登録できず、その一つしか作れない。サイバーネットに登録して、みんなに使ってもらえるよう公開したり、壊れてもすぐに量産できるようにするには…、「完成品」扱いにしなきゃいけなかった。
じゃあどうやったら完成品扱いになるかと言うと…、そのパーツを装着した状態で50戦以上して7割5分以上の勝率をあげる必要があったんです。本当に、本当にこのハードルが高いんですよ…!この完成品ルールは、エッチな形のパーツや耐久性の低すぎるパーツを実体化させないための絶対の決まり。大人にサモンポッドを取り上げられないために、スマイルハート社がマリオネッターに課したルールでした。みんなそれは分かっていたから、誰も文句は言わなかった。
完成品の自作パーツは、7割5分の勝率を達成したトップマリオネッターの証。まぁ、そんなの持ってる奴は、大人の言う事を聞かない劣等生の証でもあったんですけど…。それでも、みんなの憧れだったんです!
===
大人たちは、いつも子供たちが武器を作ることを心配していました。
でも普通に考えれば、子供たちは武器なんか作るわけがないんです。
だって武器なんかより、オモチャを作った方が面白いに決まってるから。
武器を作るのは、いつだってオモチャを忘れてしまった大人でしょう?
かつて3Dプリンターが流行した時も、結局武器を作ったのは大人だけでした。
4Dプリンターにも、悪い大人の魔の手は迫っていました。
子供のオモチャで世界を変えてやろうなんて考える悪党は、いつも大人ですよ。
===
いつの頃からか。マリオネッターの間で、おかしな噂が流れるようになりました。
サイバーバトルアリーナに、名前が英数字のランダム配置、全身黒ずくめのマリオネットの集団が、姿を現すようになったって言うんです。奴らはどいつも不慣れな動きではあるけれど、深夜の人が少ない時間帯にプレイして、お互いに潰しあってる。観戦モードで見るその試合は完全に八百長で、何が面白いのか分からないけど、ずーっと朝までそんな事を続けてるっていうんですよ。
ボクもある日、たまたまそいつらのうちの一体とマッチしたことがありました。試合開始すぐから、こちらの様子を窺うようにユラユラと体を揺らす黒いマリオネット。なんだか…その光景が不気味で、ボクはすぐに試合を終わらせたくなって、一気にカタをつけることにしたんです。ライトで光を当てて鎌スタイルに変形すると、相手の胸にめがけて突進。攻撃は綺麗に決まり、相手は吹き飛びました。
でも、おかしかったのは、そこからなんです。攻撃を受けた相手のマリオネットは、おそらく「衝撃」で変形するタイプだったのかもしれません。その場にダラリと横たわったまま、相手はトランスフォームをはじめました。胸のパーツが展開し、頭のパーツが歪み、グネグネグネグネと動くマリオネット。最終的に、身体の全パーツが長い一本の棒のようになり、当然、相手はその場で動けなくなりました。
そこで試合が決まってしまったからなのかもしれません。相手は棒のようになった自機をつかんでリングアウトさせると、そのまま接続を遮断し、反則負けで試合を終わらせました。まるで…バケモノが正体をあらわしたような…。そんな一戦でしたね。
===
それからですよ。「なんだか怖い連中が現れた」と、噂が蔓延し始めたのは。急所に大きな攻撃を与えると、まるでロボットとは言えないような歪な姿を現す、正体不明の謎のマリオネット。サイバーバトルアリーナにあらわれた、黒ずくめの集団。明確な証拠なんて誰も持ってないっていうのに、みんながみんな、そいつらの存在をすぐに「悪」だって決めつけていました。
ボクは…、当時一緒に遊んでいた子供たちと比べると大分年上でしたから、実は、そいつらの正体には、少し見覚えがありました。数十年前にも一度、同じようなものを見た覚えがあったんです。あの棒のような姿の正体…。あれは、おそらくは砲身で…。いやもっと正確に言えば、あれは…間違いなく「レール」だった。他のマリオネッターの話を聞く限り…、もう奴らの正体は疑いようがありませんでした。
バトマリ博士のボクの見立てでは、奴らは間違いなく「電磁投射砲」の一部です。
===
4Dプリンターで電磁投射砲(レールガン)が作れる事は、何もそんなに驚く事じゃありません。導電性フィラメントを使ったレール、強固なプラスチック樹脂を使ったガンボディ。それは大人たちがまだ子供だった頃、3Dプリンターの時代から、作ることは可能だと知られていました。ただ、当時はまだコンデンサの力も弱く、当時としては大きな電力も必要で、原始的な銃に比べて携帯には向かないものでした。
ただ、それはもはや昔の話です、今や携帯できる電源でも電磁投射砲は十二分に起動できる。電気の力で弾を打ち出す電磁投射砲は、弾薬を気にする必要がありません。その上構造自体は単純だというのに、破壊力はレーザー兵器に勝るとも劣らない。そんな恐ろしい武器が、日本中どこのオモチャ屋でも売っているサモンポッドで、安価に、そして大量に生産できてしまうとしたら。
その正体が電磁投射砲であれば…、奴らが大きな衝撃で正体を現すと言われていたのも、不思議はありません。電磁投射砲はその構造上、発射時に砲身が熱を発するんです。もちろん水分も蒸発するでしょうし、光も発生するでしょう。持ち運びの利便性を考えれば、時間とともに変形する銃なんて扱い辛くて仕方ないでしょう。となれば…、ゲームとしての戦いやすさは二の次にしても、「衝撃を加えた時のみ武器」として組みあがるマリオネットを作るのは必然。
普段はオモチャの形に偽装されながら、衝撃を加えるだけで組みあがる電磁投射砲。
サイバーバトルアリーナに突如現れた黒ずくめのマリオネット達が、その電磁投射砲の何十ものパーツの一つ一つだとするなら。
数十年前、子供達からオモチャを奪い去った悪の組織が蘇った。
またしても大人たちは、子供のオモチャで悪の計画を立てやがったんですよ。
===
マリオネッターに緊張が走りました。サイバーネットには違法なパーツを削除する監視機能はあったのですが、その精度が緩くてオッパイとかウンコの形のパーツくらいしか削除できていないことはよく知られていました。バトマリのパーツは変形システムを備えているので、人工知能にはチェック自体が難しかったのかもしれません。
その上、奴らは悪知恵が働くんです。全部揃えば危険な電磁投射砲が組みあがるとしても、その一つ一つを見れば無害な部品でしかない。無害な部品を何個も何個も違反通報してたら、こっちがイタズラ違反通報の常習者としてスマイルハート社に睨まれるに決まってる。それに、やぶれかぶれに違反通報したんじゃ、ボク達が作った他の似たようなパーツも巻き添えで削除される可能性もある。
なにより、スマイルハート社にこのことが盛大にばれてしまったら…、大人たちは「言わんこっちゃない」とバトマリを規制しようとすることでしょう。そうなれば、バトマリは終わってしまう。奴らが実体化して事件を起こしたらバトマリは終わってしまうし、ボクらが大人に助けを求めてもバトマリは終わってしまう。
===
でもね、考えてみれば簡単な話だったんですよ。
バトマリには、「パーツを量産するには50戦以上して7割5分以上勝率をあげる」という、ルールがある。
ボク達のバトマリで世界の平和を乱すなんて、そんなことは絶対に許さない。
ボク達マリオネッターがバトマリを守らなきゃ、誰もバトマリは守れない。
マリオネッターに出来ることは、最初からバトマリ以外になかったんですから!
===
最初のうちは、苦戦苦戦の毎日でした。だって奴らは大人なんです。バトマリを遊んでいても、平気で大人げない手を使ってきやがる。
悪の組織が勝ちを重ねるにつれ、奴らは「A2」という隠語で呼ばれるようになりました。A2の特徴は、まず黒ずくめであること。電磁投射砲のパーツという正体を持っている以上、変形して戦うことが出来ないこと。だからこそ、一度急所を突くことが出来れば降参させられること。つまりボク達には、そんな奴らの行動特性を逆手に取ったカスタムが求められていました。このまま、負けっぱなしじゃ許されない。そうして生まれたのが対A2専用戦闘カスタム、「ガンイーターカスタム」です。
ガンイーターカスタムは、闇のマリオネッターA2に対し、まさに光で戦うマリオネッターのカスタム!普通は、マリオネットが素早くパンチを当てるだけじゃあ威力が低すぎて、A2をぶっとばすほどの衝撃は与えられないでしょう? そこで、パンチが当たる瞬間にライトで光を当てて、トランスフォームを起こすんです! 光が当たった拳先は、錐のようなフォルムに変形する。マリオネット自身が持っている突進力に、トランスフォームによって更なる破壊力が追加される!
相手の急所に攻撃を当てるには、どうしてもリーチの短い武器じゃないと駄目。でもそれだと威力が低すぎて、当たっても相手に衝撃を与えられない。その二つを一挙に解決する「闇を切り裂く光の刃」、それが、ガンイーターカスタムなんです!
===
ガンイーターカスタムを手に入れたマリオネッターたちは、バッタバッタとA2を打ち倒していきました。ボクもみんなほどじゃないですけど、頼れる相棒ガンバレルイーターで何人ものA2をぶっ倒しましたから!
ただ、A2側も指をくわえて負け続けてくれたわけじゃありません。ガンイーターカスタムは、「A2の使うマリオネットは衝撃を与えると電磁投射砲のパーツに変形してしまって無力化する」っていう前提のもとに作られたカスタムでしょう? A2側も、自分たちの弱点はよくよく理解していたんでしょう。ガンイーターカスタムの流行によって、一時は完全に戦いの場から駆逐されてしまった奴らは、すぐに進化してバトルアリーナに舞い戻ってきました。
「レールガンアーツ」…、電磁投射砲のパーツそのものを振りかざして戦う、そんな技術を生み出していたんですよ。両手を電磁投射砲の長い砲身にしたまま、その砲身を振りかざしてこちらに襲い掛かってくる! 尋常じゃないほどのリーチと重量を生かし、薙ぎ払うようにして軽量化したマリオネットを叩き潰す!一度倒したと思っても復活し、身体の一部が歪に歪んだままで襲い掛かるA2のマリオネットは、まさに異形の怪物でした。
でもマリオネッターはみんな、そんなの恐れませんでした。だってそれは、相手が目先の勝利につられて、やぶれかぶれの戦法をとってきている良い証拠でしたから。粘り強く戦えば、いつかはそんな付け焼刃の戦法は封じれるようになると、みんながみんなそう確信していましたからね。
「バトマリの道は一日にしてならず、バトマリに終わり無し」
マリオネッター三ヶ条第二、いつだって、忘れた日はありませんから。
===
ボク達は、正義のココロで悪の組織とのマリオネットバトルを戦い続けました。
いくらオモチャで簡単に電磁投射砲が作れる利点があるとはいえ、こうも何十戦も子供が抵抗してくるんじゃ、高価な4Dプリンターを購入して電磁投射砲を作った方が大分マシ。A2の連中も、ようやくそれに気が付いたのでしょう。
バトルアリーナからは徐々に、A2と思われる連中は姿を消していきました。もちろんしつこく残り続けた連中もいたのですが、おそらく度重なる敗北にイライラしていたんでしょう。何度も何度も接続切断で逃げたり反則プレイを犯したりして、武器製造とは全く関係なくアカウント停止されていきました。
ボク達はあの日確かに、悪の計画を、阻止したんです。
===
ただ…、ボク達は勝ちましたが、じゃあ奴らからバトマリを守れたかと言うと…、実はそうではありません。ボク達には、バトマリを守ることは出来ませんでした。
よく大人は物知り顔で言うでしょう? 正義の反対は、また別の正義だって。そんなこと子供だってちゃんと知ってるっていうのに、あいつら平気な顔でそんなことを説教してくる。A2が本当は悪の組織じゃないかもなんて、ボク達にだって分かってた、分かっていたんですよ。
ボク達はただ、自分たちを正義だと思っていたし、今でもなお自分たちは正義だと思っているだけなんです。それを否定して、ボク達も悪かったなんて妥協するのが大人になるってことなら、ボクは大人になんかならなくたって構わない。
===
A2の正体ってなんだったんだと思います? 結局、本当のところは分からないんですよ。でもおそらく…、みんな、おおよその予測は付いていた。まあ名前が付いた段階で、子供心に、相手の正体を察してはいたんでしょうからね。
===
規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、市民が武器を保有し、また携帯する権利は、これを侵してはならない。
— アメリカ合衆国憲法修正条項第2条
===
A2。Second Amendment to the United States Constitution。合衆国憲法修正第2条。
人民の武装権、ですよ。
===
A2のアカウントが軒並み停止処分を受けてからというもの、スマイルハート社は徐々に名指しで批判を受けるようになりました。中でも急先鋒だったのは、オープンソースソフトウェアの支持者の団体。「スマイルハート社は、レールガンやコイルガンと言った一部の物品の図面データを、故意にインターネットから排除している」と、そう文句がついたんです。
簡単に言えば、「自由利用」が原則の4Dプリンターのマーケットにおいて、スマイルハート社は自社の独善的な基準で市場を管理しており、インターネットのスタンダードに逆行し、政府や犯罪者による技術の独占を助長していると批判されたわけ。サモンポッドは当時世界で一番売れていた4Dプリンターですから。子供のオモチャで何言ってんだって、ボクはそういう話だと思うんですけど。
ただ、当時はまだ「ローレンツ力で物体を加速する」という仕組みの電磁投射砲が「銃器」に当たるかどうかはアメリカ各州でも判断が分かれるところで、ちょうど議論が過熱していた最中でした。その上、4Dプリンターの利用も3Dプリンターで燻った議論が再燃している真っただ中で、プリンタの使用制限が表現の自由の規制に当たるのかどうか、それも議論が過熱していた最中でした。
バトマリは突然、大人の議論の真っただ中に、引きずり出された形となりました。
===
大人はズルいんですよ。ボク達が存在を隠しながら戦っていたはずの秘密の相手は、自分たちから正体を明かして名乗り出てきた。
それも、正義を名乗ってね。
===
サモンポッドでレールガンを自作する動画が意気揚々と公開されると、公開者はすぐさまATF(アルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局)による捜査を受ける事になりました。それからですよ。論争に、一気に火が付いたのは。まず最初に火をつけたのは、国務省。彼らは貿易取引管理局を通し、一部のパーツの図面をサイバーネットから削除するようスマイルハート社に通達。疑わしきは、罰するべし。その巻き添えを食らって…、ボク達の自作パーツも大量に削除されました。
そんな光景に、規制撤廃派の人々が黙っていられるわけがありません。真っ先に反旗を翻したのは、全米第二位の市民団体である米国銃所有者協会。比較的穏健派であるはずの全米第一位の全米ライフル協会も、この件に関しては暗黙の内に批判の意を示しました。問題なのは自作された電磁投射砲を今後どのように管理していくかであって、そもそも作成自体に制限をかけるという事は間違っている。2008年7月、連邦最高裁判所はこの国の個人の武装権を認めたのだから、と。
ボク達にとっては夢のオモチャであるサモンポッドも、大人の目から見れば自由利用を制限された4Dプリンターでしかなかったんでしょう。
論争の中のバトマリは、「議論のテーマ」でしかありませんでした。こんなに面白いバトルや、手に汗握るルールや、トランスフォームの浪漫や、マリオネットのカッコよさは…、誰も見てくれませんでした。「4Dプリンターと武装権」という議論が白熱するにつれ、始まりがバトマリだった事を覚えている人はいなくなりました。
バトマリは…、「社会の不和の種」としてしか、後の世には記憶されませんでした。
===
スマイルハート社は、いつまでもボク達の味方だったんです。
論争の最中でも、「子供たちに武器を作らせない」と、堂々と宣言してくれました。
でも、大人はその発言の意味すらよく分かっていませんでした。
ある人は、「子供に武器を作らせる遊びを与えて、結果的に大人にまで兵器を作らせる事態に陥ってしまったのは、お前らの責任だろう」と、誤解を元に批判しましたし。ある人は、「子供たちに武器を作らせることが問題なのではなく、機械に制限をかけて大人からも権利を奪う事が問題なんだ」と、誤解を元に批判しました。
だから、その時が来ても、ボク達マリオネッターは一人も泣きませんでしたよ。
2073年、マリオネッターだった子供たちがオモチャを卒業してしまうより早く、論争に疲れたスマイルハート社は、天幻地在バトルマリオネットの展開を終了しました。たった3年の、熱い戦いでした。
===
こうして、ボロボロになってしまったマリオネットをテープで修復していると…、その傷の一つ一つに、過去の激戦をありありと思い出します。この傷はあの時の突進を受けた奴だ、この傷はあの時の一閃で受けた傷だってね。負けて悔しい思いをしたことの方が多いですから、傷を見ると思い出すことも多いんです。
当時のボクは、ボクが卒業する前に社会によってオモチャを取り上げられてしまったから、ボクは絶対にバトマリから卒業なんかしてやるもんかと、ずっと、そう意地になっていました。でも結局のところ、ボクはこいつらを倉庫に押し込んで、そんな熱い魂の事はすっかり忘れて、これまでの人生を生きてきました。
その結果が…、このボロボロのマリオネットですよ。
===
当時はあれだけ社会に対して怒っていたはずなのに、今は不思議と、怒りの感情は湧いてきません。ボクはもしかしたら…いつの間にか大人になってしまって。心のどこかで、自分と同じ大人たちを許してしまっているのかもしれません。
いや…、どうだろう。むしろ今のボクの方が、正しくバトマリスピリットを理解できるようになったから…、相手を尊重できるようになったのかな。
「バトマリの楽しみ方は人それぞれ、相手を尊重しよう」
マリオネッター三ヶ条第三。人にはいろいろな考え方があるってことを、ボクはバトマリから学びました。どんな相手でも許してあげようって、バトマリ公式ルールにはそう書いてありますから。どんな相手だって、許すしかないじゃありませんか。
大人は、分かってくれないんですけど。
2115731 (Article written by Alamogordo)
了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます