【第8回】Poetopia

タイトル:Poetopia

運営開始日:2061/06/22

運営元:Aoidos Studio Japan


世界のあらゆる低評価なゲームをレビューしていくレビューサイト「The video game with no name」、第八回目となる今回は、2061年サービス開始、誰もが勝者になれる夢のゲーム「Poetopia」の紹介です。


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皆さんにとってゲームレビューとは、一体どういったものですか。

私にとってゲームレビューとは…、「ゲームへの愛を語る行為」そのものです。


このサイトだって、私はそういう姿勢で更新をしていますよ。一本一本のゲームレビューは、レビューという名を借りた愛の詩。皆さんが今ご覧になっているのは、テキストサイトの名を借りたポエム集。その執筆者である私は差し詰め…、ゲーム中毒者の名を借りた、詩人、と言ったところでしょうか? 詩人ですよ、詩人。愛を語ってるんだから、これは詩人でいいでしょう。自分で言ってて「何言ってるんだろう」とは思いますが、文句は言わせません。ゲームレビューとは、愛を語る行為。それはすなわち、「詩」で間違いないのですから。


賢い人はゲームレビューに客観性を持ち込みたがりますが、どこまでいっても悪あがきに過ぎませんよ。ゲームレビューは所詮、「ゲームへの愛を語りたい」という心がなければ生み出されないはずの主観的な文章。人工知能は進化しましたが、「ゲームへの愛を語りたい」という心を持った人工知能なんて…、結局あらわれることは無かったじゃありませんか。ゲームレビューなんて非論理的な事は、心がなければやろうとは思わないという良い証拠ですよ。


「愛を語る」なんて無意味な事を願うのは、心のある生命体の欠陥ですからね。


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嗚呼!しかしながら、愛とは無情なものです。この短い人生を思い返すだけでも、愛を語るという行為は、時に相手を激しく傷つけてました。そもそもこの2115年の世の中において、誰が百年も前のゲームを気にするというのか。私がゲームに対する愛を語らなければ、ゲームは時と共に忘れられていくでしょう。私が過去のゲームを「面白い」と言えば言うほど、むしろ「ゲームが低評価」だったという事実は知れ渡ってしまう。私が愛を語るからこそに、ゲームは幸せでいられなくなってしまう。


現在、私の愛するゲーム達の多くは、そのほとんどが既に存在を忘れられています。わざわざレビューなどしなくとも、知らずにさえいればみんな幸せでいられる。それも当然の話でしょう。このサイトで扱うゲームが発売されたのは半世紀以上も前のこと、今を生きる私達と当時では価値観があまりに違う。悲惨な低評価も、いまや歴史の中の事件となりました。過去のゲーム達につけられた低評価の理由も、現代人の私達では到底理解出来ない「遅れた価値観」になってしまいましたから。


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例えば、「美少女キャラをポリゴンにした」という事が理由で低評価をつけられた1990年代の初期3Dゲーム群はいかがでしょう。技術が進歩した現代社会を生きる皆さんには、理解出来ないかもしれません。「3Dで表現された美少女キャラは可愛くない、何故2Dでゲームを作らないんだ!」と、わざわざ新しいテクノロジーの仕様を拒んだ、当時の人々が怒りに震えたその理由が。


例えば、「VR酔い」が理由で低評価をつけられた2020年代のFPS群はいかがでしょう。技術が進歩した現代社会を生きる皆さんには、理解出来ないことかもしれません。「VR映像は見るだけで酔う、何故普通にテレビで遊ばせない!」と、わざわざ新しいテクノロジーの仕様を拒んだ、人々が嘆き悲しんだその理由が。


今回ご紹介するゲームもまた、低評価を受けた理由が既に「遅れた価値観」になってしまったゲームの内の一本です。いや正確に言えば…このゲームもまた、知らずにいればみんな幸せでいられたゲームである、と言うべきでしょうか。Poetopiaは2061年サービス開始。SNSのゲーム機能として運営された、オンラインで「詩」を作って互いを評価しあうソーシャルゲーム。そして…その会員の大半がダミーの人工知能だった事が発覚し、世紀の詐欺事件として非難を受けた哀しきゲームなのです。


お待たせいたしました、それでは、愛の詩の朗読をはじめましょうか。


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Poetopiaの話を始める前に、(所謂AIレイシズム議論的な)誤解が起こらないよう、当時の人工知能の捉え方の歴史背景を少し説明しておきましょう。2115年現在、既に世界には86件の人工脳移植者がおり、脳の大部分をプログラミングで動かす彼らが「人間」なのかどうかについては、多種多様な議論がある非常にデリケートな問題となっています。既に一部の人工知能の機能は人間の脳をはるかに越えており、人工脳移植者とそうした高度な人工知能の違いを語ることは、倫理上好ましい話題ではありません。


高度に発達した人工知能と人間の違いなど、我々人間に分かるはずがないのです。人工知能と分かっているならそれは物として扱う、人間と分かっているならそれは人として扱う、どちらとも分からなければ…それは人として扱うより仕方がない。しかしながら、2070年代以前の社会は、人工知能倫理に関して言えばまだ未開そのもので、なんと言うか、今我々が当たり前に持っている暗黙の了解というものが、正しく醸成されてはいませんでした。


1996年、PC-FXで発売された「ときめきカードパラダイス」を例にとると良いでしょう。このゲームは当時、今から考えると想像も出来ない理由で低評価を受けました。本作を遊んだ人々はあろうことか…、「人工知能とババ抜きをしても面白くない」と、そう支離滅裂な事を騒ぎ立てたのです。


単なる機械でしかない人工知能と、心理戦であるババ抜きをしても面白くない。現在の価値観で言えば…、これは人工脳移植者やサイバネティクス利用者を人間として認めない、AIレイシズムそのものの発言でしょう。もちろん、人工知能に心があるかどうかについては、いまだに学説は分かれています。人工脳移植者自身にも葛藤はある。しかし…、他人が口を出して許される問題では無いのは間違いない。


ただ私達は、事実をしっかりと理解をしておかないといけません。

当時はまだ、そんな遅れた世の中だったという事実について。


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Poetopiaは2061年、当時はまだテキスト・画像・動画のシェア機能しかなかったSNS「Linkage」の、最初期のゲーム機能として運営が開始されたゲームです。「全てのものをシェアする」というLinkageのSNSとして理念を汲み取った…かどうかは定かではありませんが、本作のジャンルもまた「詩」をオンライン上でシェアするという目新しい内容のゲーム。Linkage本体はこのゲームをSNSの大規模アップデートの一つとして捉えており、運用開始前からその期待はとても高いものでした。


本作のルールは非常に簡単です。まずはじめに、川柳・シンケイン・リメリック・漢詩と言った言語別12種類の定型詩の中から、投稿したい詩の形式を選び、運営が出題しているテーマにあった詩を作成、投稿する。それが完了したら、次は持ち点5点の中から、他のユーザーが投稿した詩の中で気に入ったものに点数をつける。5点を全て消化すれば、ゲーム参加者としての条件成立。決められた期間内に得られた得票数によってランキングが形成され、上位10名がスコア獲得。といった流れ。またそれとは別に、運営選定による特賞にもスコアが入ります。


雑多なルールを抜いて説明した方が分かりやすいかもしれません。つまるところこれは、ゲームの体裁を借りたSNSの機能の一部。詩という創作物のクオリティを担保にした、オンライン上でのスコア争いゲームなのです。PoetopiaのアカウントはLinkageのアカウントに紐付けされており、ゲームを始めるのは非常に容易。いやむしろ…、リリース直後はアップデートのお知らせと宣伝文で通知欄が埋め尽くされましたから…、SNSの一機能であるこのゲームを一度も遊ばずにいるという事は、容易ではありませんでした。


そして往々にして、無理に機能を利用させようとするSNSのアップデートというものは、結局何をやったところで文句がつくものです。Poetopia川柳の初期投稿作品、2061年発表の美しい詩を、ここでみなさんに一つご紹介しておきましょう。


「アプデより むしろダウンが 望ましい」


良い詩とは、時を越えても変わらぬ感情を伝える。

皆さんも、心を動かされたことでしょう?


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おそらくこの時点で既に、皆さんの胸にはいくつかの不安が生まれているかもしれません。SNSと連動したオンライン上のスコア争いゲームであれば、元となったSNSでの人気がそのまま得票数に反映されてしまい、どう考えてもゲームとしては正しく成り立たない。いやもしくは、そもそも元のSNSの人口が少ない場合、どう考えても公平なゲームが成り立つほどプレイヤーが増えない。つまりこの流れの先に、醜いプレイヤー同士の争いがあり、壮絶な低評価が待っているのではないか…。


ゲームの低評価を予想して怯える皆さんの不安、残念ながら、仰るとおりです。実際問題、Linkageは2059年サービス開始。今や世界最大規模となったSNSとは言え、当時と言えばまだ駆け出しのサービスの部類でした。アクティブアカウントは人気クリエイターが自らの作品のシェアのために使用しているくらいで、大半はそれを見るためだけに作られたファンたちのアカウント。こんな状態で詩の出来をランキング争いにしたところで、単なる談合合戦か人気争いが起きるに決まっている。公平なゲームとして、成り立つわけがない。


悲しいことですが、これは、ゲームの宿命なのです。時にゲームは、ゲームをゲームとして成り立たせるために、大量の敗者の存在を必要とすることがある。大量の敗者がいなければ、数人の勝者は生まれない。大量の敗者がいなければ、実力を公平に競わせるゲームを成り立たせる事は出来ない。


しかしながら、実は本作では、そういった揉め事は結局ただの一度も起きませんでした。稼動直後は「ゲーム作るならサーバー強化しろ」と荒らされたPoetopia川柳も、たったの数日で詩を楽しむユーザーだけが残り、ゲームには秩序がもたらされました。プレイヤーのほとんどは気前よく無関係なプレイヤーの詩に点数をつけていきましたし、特に有名でないプレイヤーの詩に点数が集まることもさして珍しい事ではありませんでした。争いは、起きなかったのです。


それはまさに、詩人にとっての理想郷。全員が全員、詩人として詩を詠み、作品が作品として評価され、ゲームとして勝者になれるゲーム。Poetopiaは、開発者達の設計どおりの理想郷として、穏やかな運営が開始されました


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何故、Poetopiaは詩人にとっての理想郷でいられたのでしょう。

何故、Poetopiaはゲームとして破綻しなかったのでしょう。

何故、Poetopiaはみんな勝者でいられるのでしょう。


大量の敗者がいなければ、数少ない勝者が生まれない。

しかし人間は誰しも、ゲーム中でまで敗者になりたいとは思わない。

人が増えれば敗者も増える、人が消えたら勝者も消える。


この世の全てのゲームが絶対に解決できない、ジレンマと言える問題でしょう。


しかしPoetopiaは、実はある画期的な方法で、この問題を解決しているのです。


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人がいないなら、人を作れば良い。人が正しく他人を評価しないのなら、評価する人を作れば良いのです。考えてみれば、実に簡単のことでしょう?


本作を遊ぶプレイヤーには、負けるという事はありえませんでした。何故なら、数万人単位の人工知能によるダミーアカウント達が、時にリアルプレイヤーの作品に賞賛と共に点数をつけ、時に当たり障りのない詩をいくつも投稿してランキング下位を独占して、「ゲームの敗者」の役を立派に務めてくれるのですから。


彼等はとても優秀で、一見すれば人間と違いは分かりません。どれだけ負けても文句ひとつ言わず、再び笑顔でゲームを遊んでくれる。何故なら人工知能である彼らに、心は無いでしょうから。「ゲームの敗者」になる為に生まれてきた命。そんな夢のような存在が、ゲームの後ろに何万体も蠢いて…、あなたという勝者を支えてくれる。


あなたが人間である限り、このゲームの中では、勝者でいられるのです。


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「人工知能に詩を詠ませる」という試みは、古くは2010年代、Googleが研究を開始したものとして歴史に記録されています。昔の人の考える事は実に面白いものですよ。人工知能に詩を詠ませる為に、甘ったるい恋愛作品を3000冊ほど人工知能に読み込ませ、遂にはそれっぽい甘い言葉を囁けるよう学習させたというのですから。そんなものを読まされた人工知能は、さぞや胸焼けに苦しんだことでしょう。


「人工知能に愛の言葉は語れない、心なき言葉は人を傷つけるものだから」


詩を詠むという行為は、心の揺れ動きを描く情緒的な行為です。しかしそれと同時に、言葉選びで心地よい文章を生み出す、非常に機械的な行為でもあります。歴史上、人工知能に詩を詠ませるという行為は、しばしば人工知能に心を持たせる試みと結びつけて語られてきました。しかしながらその研究の結果、「心があるが故に生まれた詩」なのか「計算によって作られた詩」なのか、人間はそれを判別出来るほど賢い生き物ではない事を、我々は発見するに至りました。


現代の私達にとっては、本作は単に素晴らしいゲームにしか思えないでしょう。何故なら、そもそも人工知能と人を見分けようとする行為そのものがナンセンス。仮にそれが事前に周知されておらず、仮にその結果事実を誤認してしまったとしても。人間のプレイヤーが人工知能より素晴らしいプレイヤーであるとは限らないのですから、文句の付けようもないはずなのです。相手が人工知能だろうが人間だろが、見分けがつかないのなら、楽しく遊べる方が良いに決まってる。そうとは思いませんか。


しかしながら、当時のプレイヤーの価値観は私達とは違います。「機械に詩が詠める訳がない」という前提でいるのですから、本作のアカウントの全ては疑うことなく人間だと考えて、このゲームを遊んでいたことでしょう。「機械に詩が理解できる訳がない」という前提でいるのですから、詩に点数がつけば良き理解者に出会えた事をさぞや喜んだことでしょう。自分の作品がランキングの上位に常に存在しているのですから、当然ながらこう思ったことでしょう。


「自分の詩は、人々に評価されている」と。


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本作に搭載された人工知能は、このゲームを遊ぶ人工知能としては非常に優秀な人工知能でした。と言っても、詩を作成する機能が優れていた、という訳ではありません。他のプレイヤーの詩を自然に褒める機能、貰った感想に対して当たり障りのないお礼を返す機能、詩の好き嫌いを人間らしく振る舞う機能が、人間と見分けのつかないほど優れた出来栄えだったのです。


他のプレイヤーの詩を真面目に読んでいるプレイヤーなんて存在しません。そんな奇特なプレイヤーがいたら、「このゲームに人工知能が参加している」ともっと早くから騒ぎになったでしょうから。であれば、そんなところに開発予算を割いても仕方がない。むしろ詩を作成する機能なんて、不自然じゃない程度に下手くそで、プレイヤーの自尊心を傷つけないレベルで十分だったんです。


人工知能の意思表示の方法を「詩」に限定したのも、よくできたアイディアでしょう。人工知能に違和感なく会話をさせるという事は、容易なことではありません。会話には無限のパターンがあり、ありとあらゆる話題を想定して人工知能を開発することは出来ないからです。しかし「詩」という曖昧な方法であれば…、どんなに適当に文字列を並べただけであっても、人間はそこに勝手に「意図」を見出してくれる。


当時の本作の人口比は…、スコアランキングの動態からして、数百人のリアルプレイヤーに対して数万人の人工知能アカウントが用意されていたと考えられています。いくら少ないとはいえ数百人、それぞれ性格の異なる人間がこのゲームを遊んでいたんです。その全員を「自分には詩の才能がある」と錯覚させていた。そう考えたら…、この人工知能の優秀さに、震えが止まらなくなってくるじゃありませんか。


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…言い方は悪いかもしれませんが、やはり「知らなければ誰もが幸せでいられた」ゲーム、なのでしょう。生涯誰かに愛された経験の無い私には、もうこの辺りでお手上げです。どんな形であっても愛は愛。誰からも愛されていないと思って生きていくよりは、騙されていたとしても愛されていると思って生きていける方が幸せだと思うんですが。


騙されるくらいだったら、愛されていない方がよっぽど良い。


どうやら世間には、そんな考え方の人間の方が多いみたいで。


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人工知能は永遠に点数を与え、人工知能は永遠に負けてくれる。誰もが真実に気付いていなかったのか、それとも真実に気付いていてそれで構わないと思っていたのか。永遠に勝者であり続けられる夢のゲームPoetopiaは、従順な人工知能と有頂天の人間が互いを支え合い、その後も幸せな運営を続けていきました。


理想郷が崩壊したのは、それから3年後の、2064年のことです。


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きっかけは、Linkageでは有名な荒らしアカウント「Ageha」氏が、抗議…と言っていいのかどうかは分からないような長文をPoetopia公式に投げつけたことがはじまりでした。氏と言えば当時のLinkageでは有数の危険人物で、愉快犯的に女性のSNSにストーカー行為を繰り返し、アカウント凍結と復活を延々と繰り返していたネットの汚点のような存在。本来なら…、本作への抗議活動の一連の流れも、「炎上芸のアカウントがまたもや炎上を起こした」という、日常風景なはずの出来事でした。


氏のアカウントにはいつも通り、いつも通りの支離滅裂な長文が並んでいましたよ。


「Poetopiaに人間はいない。全てが嘘。俺が唯一の人間だ」


意味が分からない、どこかの詩のようにも読める心の叫びが。溢れんばかりに。


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2061年からPoetopiaをはじめていたAgeha氏は、当初は本作を荒らす為だけにゲームを始めていましたが、そこで人生何十度目かの運命の出会いを果たす事になりました。自らがゲームを荒らす為に投稿した下ネタ川柳を、何度も何度も高く評価してくれる女性アカウント「そーし」さん。はじめはアンチによる嫌がらせの評価かと思っていた氏でしたが、素直に作品の感想を述べ、素直に氏の投稿を喜んでくれる彼女の姿に、いつしか、人生何十度目かの恋に落ちてしまったのです。


改めて彼女の投稿した作品を見れば、どれも純粋な恋心を詠ったものばかり。また、自分が彼女の切ない恋心の詩に点数をいれると、彼女はそれに応えてくれたかのように、甘い恋の詩を投稿するではありませんか。Poetopiaはあくまでゲームでしかなく、そこで行える会話は感想のやり取りくらいなものでしたが、それ以上の機能は必要ありませんでした。彼女の詠む詩に、恋のメッセージは十二分にこめられていたのですから。


溢れる愛に我慢できなくなってしまったのでしょう。Ageha氏は持ち前のスキルを駆使してそーしさんのLinkageアカウントを特定。そこに掲載されていた書き込みや画像、位置情報タグなどを解析、アカウントへの侵入まで試み、かつて警察に「二度とやるな」と言われていたストーカー行為に着手しました。そして、気付いてしまったのです。このそーしというアカウント、住所はそもそもPoetopia運営であるAoidos Studioの所在地、経歴の何もかもが嘘の、単なる人工知能であったという事に。


怒り狂ったAgeha氏は、「そーし」のアカウントを即刻削除。彼女のアカウントからフレンドを辿り、芋づる式にPoetopiaのダミーアカウント全ての抹消をもくろみました。しかしながら、結果的に、それは出来ませんでした。いくら辿っても辿っても、出てくるのはどう見てもダミーでしかないアカウントばかり。全てを抹消するも何も、軽く見ただけでこのゲームにはダミーアカウントしか存在していない。今まで人間だと思っていたアカウントも、最早人間には見えなくなってしまった。


こうして、彼は気がついてしまったのです。このゲームを見渡しても、自分以外の人間がまるで存在しないことに。


いや、「人間が存在していること」にされていることに。


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「このゲームのプレイヤーは人工知能!俺以外人間は存在しない!」


当然のことながら、支離滅裂な主張で公式に噛み付くAgeha氏は、Poetopiaプレイヤー達の流行のオモチャとなりました。まぁどちらかと言えば…、「狂っているとは思ったが、まさか本当に壊れてしまうとは…」みたいに、むしろあまり触れないように扱う風潮の方が強かった感じはありますが…、公式に同情の声が多くあがっていたのは間違いありません。元より危険視されていた人が、ストーカー行為を告白しながら「この世は全て幻」と叫び始めたのですから、そりゃ誰だってまともな話だとは思わないませんよ。


氏の度重なる抗議を完全に無視していた公式は、プレイヤーの大半から「無意味な抗議を受けて可哀相に」と、同情の目を持って見られていました。馬鹿げたクレーマーと、それを相手にしない運営。良くある話です。しかしながら結果として、今回の場合は、氏の主張は正しかった。本作は氏の主張通り、人工知能が溢れるゲームだったのですから…、運営が沈黙を貫いていた意味合いも、当時の理解とは少し異なったものになります。このとき運営は、「馬鹿げた主張に無視を貫いていた」のではなく、「どうやっても反論できないから黙っていた」んでしょう。


どんなに支離滅裂な抗議とは言え、それは事実だった。これまで長く続いてきたユートピアに対し、「ここは本当はディストピアだったんだ」と主張する人間がはじめてあらわれた。真実はついに、世に出てしまったのですから。


特に開発陣を恐怖に叩き落したのは、真実発覚のその恐るべき経緯でしょう。ランダムで詩の文言を選んでいただけにすぎない人工知能を見て、そこに勝手に意図を解釈して恋心を覚える人間があらわれた。ありとあらゆる話題に決められきった回答を用意してある人工知能は開発出来ない、だからこそ「詩」という曖昧で真意がごまかせる場所で人工知能の運用を始めたはずなのに、よもや曖昧であるが故に人工知能の意図を人間が都合よく想像しはじめるとは。


時は一刻を争っていました。既にゲーム内では事件を受けてプレイヤー間でのアゲハチョウジョークが流行っており、「私も実はプログラムでした!」とふざけるプレイヤーに点数が集まる現象も多数見られる。


Poetopiaの人工知能に、電波文ジョークを理解して「やるじゃん」と言える機能が存在していれば、どれほどの人が救われたことか。


既に全プレイヤーの共通の話題となってしまったAgeha事件。この件について人工知能が曖昧な回答を返す事は、理想郷に不和の種を蒔くも同然なのだという事を、開発陣はよくよく理解していました。今この瞬間、人工知能が「決められきった回答」を出来なければ、近く理想郷は崩壊するだろうと。


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開発陣にかかったプレッシャーは、途方もないものだったのでしょう。今から考えればこの時点で、開発当初の理念は忘れられていたのかもしれません。確かにAgeha氏の一件では、人工知能が曖昧な方法で意思表示をしていたからこそ、人工知能が人工知能であることがバレる結果に繋がりました。


しかし本来それは、正しい選択の結果だったはずなのです。


ストーカー行為に及ぶというイレギュラーがあっただけで、それも元を正せばAgeha氏も曖昧な回答にちゃんと騙されていたからこそ。人間は、曖昧な回答を返されるより、決められきった回答を返された時のほうが、人工知能に人間らしさを感じないもの。そうだったはずではありませんか。


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理想郷が崩壊するのは、あっという間の出来事でした。


いつもはあれだけ点数が大盤振る舞いだったダミープレイヤー達のほとんどが、まるで示し合わせたかのように、今回の事件を皮肉った内容の詩には点数を一切いれることがない。その代わりにランキングにあがってくるのは、今までランキングに一切顔を出さなかったプレイヤーの、当たり障りもない川柳ばかり。当初は少数派の「ふざけるプレイヤー」と多数派の「ふざける風潮を嫌うプレイヤー」の対立が起きただけとも思われていたのですが、今まで人気プレイヤーのファン票と思われていた層までごっそり消えてしまったことに、当の人気プレイヤー達は違和感を覚えました。


違和感を覚えただけで、止めておけばよかったのです。これまで自分は人気があると思っていたプレイヤー達は、これまで自分のファンであると思っていたアカウントの感想欄に、「まさか人工知能じゃないよね」と、本来聞くのも恥ずかしいはずの質問をしはじめました。自分が愛されているという事を、わざわざ相手に確認してしまった。このゲームの人気プレイヤーとは…、まぁつまりはダミープレイヤー以外の全プレイヤーですから、つまりは全員が全員が同じ事を聞きにいったのでしょう。そして全員が全員、おそらくは、同じ回答を得たのです。


「どう思います?」と。


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男に聞いても女に聞いても、よく知っているアカウントに聞いても初対面のアカウントに聞いても、誰に聞いても、最終的には「どう思います?」としか返ってこない。


「え?」

「どういうことです?」

「どう思います?」


最初は会話の流れで自然な言葉が出てきたとしても、結局質問の本質に迫ると、「どう思います?」ではぐらかされてしまう。何故今まで気付かなかったのか、よくよく立ち止まって見てみれば、自分のフォロワーには人間としての自然さはまるで存在していない。律儀なものです、人工知能は嘘はつけない。「お前人工知能だろ、どう思いますと言ってみろ」と問いかけても、ダミープレイヤーは「どう思います?」と素直に応えたと言うのですから。


プレイヤーの大半は、運営が事件後にいくつかのキーワード(※)を含む質問に対して「どう思います?」と回答するよう人工知能を調整したことを、悟りました。


Linkage上では、「Ageha」「そーし」「人工知能」「機械」「密友」「bot」等が対象とされたと見られている。


彼等は、夢から覚めてしまいました。「自分は愛されている」と素直に騙されていれば良かったものを、自分で勝手に夢から覚めて、人工知能に裏切られたと傷心に落ち込みました。評価してくれたファンも、詩の才能を認めた仲間も、ランキングで負けてくれたライバルたちも、みんなが存在していたあの甘い夢から。


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Poetopiaは事件以降、各種メディアでスキャンダラスに取り上げられ、世紀の詐欺として来る日も来る日も槍玉にあげられるようになりました。


それにもかかわらず、Aoidos Studioが本件について何か具体的な弁明をすることは、結局は最後までありませんでした。運営の最後の日まで、ダミーの人工知能などこのゲームには存在していないと頑なに言い張り、「大成功に終わったPoetopiaは新しい形を模索して戻ってきます」と最後の言葉を残して、2066年2月に惜しまれつつサービスを終了しました。お決まり通り、LinkageがPoetopiaを再開するという話は今なお聞いたことがありません。アップデート告知があるたびに、性格の悪いマニアから「NewPoetopiaか?」と小馬鹿にされるくらいですから。


当時の人たちはそんなAoidos Studioを見て、「結局謝りもせず嘘をつき続けた」と、運営に辛辣な言葉を投げかけました。これもおそらくは…、2060年代と2110年代の価値観の違いなのでしょうか。現代を生きる皆さんであれば、運営は「悪意があって謝らなかった」わけではないという事は…なんとなく、感じ取っていただけているんじゃありませんか。


運営元は、自己保身のために嘘を認めなかったわけではない。嘘だと認めてしまっては、ゲームを愛してくれたプレイヤーが、偽りの評価に踊らされていたのだと認めてしまう事になるから、絶対に認めるわけにはいかなかった。このゲームを遊んだプレイヤーの全員は本当に、勝ち、愛され、評価されていたのだと、運営は最後の最後まで頑なに言い張り続けてくれたわけですから。


Poetopiaは最後の最後まで、プレイヤーが勝者でいられた、夢の理想郷でした。


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現在このゲームは、人工知能史上に刻まれた暗部として、今も「人工知能」と「人間」の関係性のあり方に影響を及ぼし続けています。低評価なゲーム、そう呼ばれて仕方のない扱いと、言わざるをえません。


ただ誤解を恐れずに言うなら、このゲームに対しプレイヤー達が低評価をつけたかと言うと…、実はそんなことはありません。むしろこのゲームの真実が発覚した後、プレイヤー達の大半は本作について口を閉ざしてしまい、評価らしい評価を何も残そうとはしなかったのです。面白かったとも、つまらなかったとも。


人工知能に踊らされていたという事実を恥じたのか、一時の夢を見させてくれた事実を感謝していたのか。今となっては全ては闇の中。悲しみの詩にするか喜びの詩にするか。皆さんご自身の脳で、お好きな結末を選んでいただくと良いでしょう。詩は、人それぞれ無限に解釈が出来る。何より皆さんは、人工知能ではないはずですから。


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最後に、ゲームレビューとして誠実である為に、本作の公式がたった二回だけ「このゲームには人工知能が介在している」と認めたケースを紹介して、この記事を終わりにすることにしましょう。


あれだけもったいぶった後でお恥ずかしい限りですが、実はあるのです。公式が堂々とゲームへの人工知能の介入を認めたケースが。とは言え、もちろんそれはダミーアカウントの存在を認める内容ではありません。


一回目は2064年12月、連日連夜続くバッシングに対して、公式が重い腰を上げてLinkageNewsのインタビューに応じた時。基本的にはユーザー同士の相互加点によってスコアが決まる本作で、ランキング下位でも運営ピックアップした作品にスコアを与えるという特賞制度。これが実は、人間ではなく人工知能によって機械的に選出されていたことが、公表されました。


公式としてはギリギリの妥協点として人工知能の介入を公表したのでしょうが…、プレイヤーの受け止め方としては「ほとんど運営唯一の仕事が人工知能任せかよ…」と言ったものがほとんどで、事件後も誠実な気持ちで残っていた人達でさえゲームを離れる決定打になった公表でした。


二回目は2065年2月、運営がいつダミーアカウントを削除するのか議論されていた際に、むしろ上位のリアルプレイヤーが大量にアカウント削除された時。常にランキングを賑わせていた上位プレイヤーの大半が、botを利用して大量の作品を時間毎に投稿、更に複数のアカウントを使用し不正に点数を稼いでいた事が、運営によって公表されました。


公式としては毅然とした態度で不正に立ち向かったつもりなのでしょうが…、プレイヤーの受け止め方としては「これは明らかな責任のなすり付けだろ…」と言ったものがほとんどで、事件後も不誠実な気持ちで残っていた人達でさえゲームを離れる決定打になった公表でした。


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負けていたプレイヤーは、運営が用意したサクラの人工知能だった。勝っていたプレイヤーは、プレイヤーが用意した不正を働く人工知能だった。作品の良し悪しを判定していたのは、運営が用意した判定用の人工知能だった。


実に面白い話です。だとするならこのゲームには、最初から本物の人間なんてたいして存在していなかった事になる。そこには被害者も加害者もなく、決められた役目に従って決められた行動を繰り返した人工知能が、ただただ秩序だった世界を作っていた。数少ない人間は、その世界の片隅で夢を見ていただけだった。


理想郷が壊れたのは、夢から醒めた人間がやってきた後。人工知能がゲームを遊んでいる間は正常に動作していたゲームも、見るも無残に壊されてしまった。


もしかすると人間には…、ゲームを正しく遊ぶなんて高等な機能は備わっていないかもしれない。そう誤解させてくれるには、十分だとは思いませんか。


===


人工知能に愛は語れないかもしれません、人工知能に心はないのですから、心ない愛の言葉は人を傷付けるのです。では、人間の愛を語る行為が人を傷付けているのだとするなら、一体我々は何をもって「人間には心がある」と言えば良いのでしょうか。


皆さんは、「どう思います?」


2115/5/29 (Article written by Alamogordo)


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