【第9回】BEYOND THE INFINITE
タイトル:BEYOND THE INFINITE
発売日:2039/03/04
発売元:Ames Research Center
世界のあらゆる低評価なゲームをレビューしていくレビューサイト「The video game with no name」、第九回目となる今回は、2039年運用開始、夢見るコールドスリープ「BEYOND THE INFINITE」の紹介です。
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現在この記事を、旅先の広島から更新しています。
今私が滞在しているのは、広島県南部の呉市。瀬戸内海に面したのどかな町で、実に空気が澄んだ場所です。宿の人の話によれば、このあたりは昔は天体観測スポットだったそうで、今でも条件が合えば肉眼で月面都市の輝きが見れるんだとか。思い立ってふと夜空を見上げてみましたが…、月も見られる相手は選ぶのかもしれません。私には…四八(仮)にしか見えませんでした。(※)
夜空を眺めるなんて、性に合わないのだから仕方がありません。今こそこうして夜空を眺め、この地に生息しているヒバゴンに思いを馳せてはいますが…。オシャレで優雅な観光気分は、今日で終わりですよ。今回の旅の目的地は、広島市内にあるチベット仏教の僧院。明日からは僧侶の下で、瞑想の修行に励むことになります。夢見る夜も今宵が最後。まぁ、そんなムードでもありませんが。
しかし一体どういう事なんでしょう。旅の前はあれだけ心を痛めていた悩みも、こうして夜空を見つめていると…。陳腐な表現ではありますが、とても、小さく感じます。ちょっと格好をつけすぎましたか。でももしかしたら…、案外、この「無」に限りなく近い今の気持ちこそが、明日学べる「瞑想」の真理そのものかもしれない。瞑想ってのも、なかなか楽しみになってきたじゃありませんか。
※四八(仮)
2007年バンプレストより発売されたホラーアドベンチャー。夜闇に映える赤い月が非常に印象的なパッケージの一作、PS2レトロの中では芸術的価値も高い。
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私には、悩みがあります。
実は私には、人生においてただ一本だけ、いまだに正しく遊べないゲームがあるのです。自分のことながら、実に格好の悪い話ですよ。ゲームなんてモノは本来、身の丈に合った難易度と時間で、お気楽に遊ぶだけで良いもののはず。大の男が意固地になって、ゲームのために努力だなんて。たかだか一本のゲームを遊ぶために仏陀の力を借りようなんざ、まったく、格好悪いったらありゃしません。
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そのゲームの名前は、BEYOND THE INFINITE。2039年運用開始。開発したのは…アメリカ航空宇宙局NASA。一般的には、人類が始めて火星に到達するその瞬間に遊んでいたゲームとして、その名がよく知られています。
今でこそ星空なんて誰も見上げはしませんが。かつて人類は、火星有人飛行という夢を見ていました。当時の最先端技術をもってしても、航行にかかった日数は…実に180日。それは現実離れした夢物語。狭くて小さい棺桶みたいな宇宙船の中、見渡す限り何も存在しない退屈な宇宙空間に、半年以上も滞在しなければいけなかった!
人類は頭を抱えました。一体我々は、どうやって長い航行時間を過ごしたらいいのか? 一体我々は、何をして火星まで行けばいいのか!? しかし悩みぬいた末の2039年、人類はついに画期的な「解答」にたどり着くことになります。おそらくは賢明な読者の皆さんも、すぐにピンと来られたでしょう?
ゲームを遊んでいれば、半年なんてすぐ過ぎ去っていくじゃありませんか。
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人類がはじめて火星に到達したのは、陰謀論がお好きな皆さんの脳内を除けば、ヒューストンの時間で2039/10/02の事だったとされています。NASAによる有人火星飛行計画は当初から2030年代の完遂を目標にしていましたから、予定期間内の成功と言えば成功なのですが…。その道筋は、決して洒落たものではありませんでした。
準備期間の大半を費やした作業は、予算を巡る綱引き。共和党も民主党も政権が変わるたびに宇宙開発事業をお荷物扱い。結局、最後にモノを言うのは「面子」ですよ。2039年の発射は結局、2030年代中盤に入ってからはじまった「体面を保つ為だけの突貫工事」で基礎が作られたと言われているんですから。
記念すべき「火星への方舟」オリオン3号が地球を離れたのは2039/03/04の事ですから…、火星までの実航行時間は…200日程度。この人類初の偉大なるスペース・ミッションに対し、機長であり「初めて火星に降り立った人類」であるジョナサン・イングラム飛行士は、後年下記のような言葉を残しています。
That's one long journey for man, one long history for mankind.
これは人間にとっては長い旅だが、人類にとっても長い歴史だ。
なかなかどうして、洒落たセリフじゃありませんか。これは間違いなく1969/07/20、「初めて月に降り立った人類」アポロ11号のニール・アームストロング機長が残した言葉のもじりでしょう。
That's one small step for man, one giant leap for mankind.
これは人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍だ。
「200日という航行期間は人間にとっては長い旅だが、それに至るまでの技術的発展は人類の歴史にとっても長い歴史であった」ニール・アームストロングが月に降り立った時、そこには火星に続く発言が生まれた。アポロ11号が月に降り立った時、そこには火星に続くテクノロジーが生まれた。憎たらしいほどに、洒落たセリフを教科書に刻まれてしまったものです。
ただ、改めてこの発言を見ていると…、少し「違和感」があるのも確かです。何故ならこの航行中、オリオン3号の乗組員はコールドスリープをした状態で半年を過ごしていました。つまり彼らは…、旅のほとんどを「寝て過ごしていた」はずなのです。グッスリグーグー寝ていたら、火星の近くで目が覚めた。「長い旅だった」という実感が、寝ていた人間達にあるとは思えないじゃありませんか。
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人類の火星到達までの間、障害となった技術的問題は少なくはありません。長期間航行を可能とする燃料、無重力における筋力低下、デブリに対する危機管理、ソフトクリームをどうやって固形化するか、エトセトラエトセトラ。幾多の苦労と微々たる予算で全てを乗り越えた人類に、最後の課題、言わばラスボスとして立ちはだかったのは、「長い航行時間の暇をどうやって潰すのか」という問題でした。
人間は暇だと碌な事をしません。暇だとお腹が減るそうで、大量の食料を宇宙船に積まなくてはならない。暇だと身体が鈍るそうで、広い空間を宇宙船に作らないといけない。それでもご機嫌ナナメな時は、オモチャも与えてあげなきゃいけない。動いていたならもちろん迷惑、起きてるだけでいい迷惑。いっそこんな連中、ずーっと寝てればまだ世の中はマシでいられるのに!
…誤解無きよう言っておきますが、皆さんを傷つける意図はありませんよ?
実際問題、NASAの科学者だって結局は、宇宙飛行士を半年もお守りし続けるベビ-シッティング計画には、早々に匙を投げました。赤ん坊だってそうです、ワガママな赤ん坊は寝かしつけるのが一番!長い航行期間に起きるであろう全ての不都合は…、宇宙飛行士を「コールドスリープ」で寝かしつけてしまう力技で、強引に解決されてしまったわけですから。
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ここで改めて、当時用いられたコールドスリープ技術について、軽く説明をしておきましょう。この技術の発端は1980年代、医療目的で研究が開始された「人工冬眠」理論に基づいています。人体を急速に低温状態にすることで代謝を低下させ、仮死状態を人工的に作り出す。代謝が低下した人体は生理現象の進行が大幅に遅れ、それによって人体を長期間保存しておける、というもの。現在でも延命治療等に用いられている技術ですから、そこまで縁遠い話ではないはずでしょう?
火星行きの際に用いられたのは、その発展系ともいえる「ライノチルシステム」。薬品によって睡眠状態になった患者に対し、鼻から冷却ジェルを流し込むことによって体内から徐々に体温を低下させる。排泄や食事はチューブを通して行われ、地球でグッスリ眠ってみれば、あっという間に火星に到着!…という夢の技術だったわけです。まぁこの当時のコールドスリープの限界日数は90日間だったそうなので、実際は数日の起床時間を経てローテーションで眠っていたそうなのですが。
ただ、夢の技術コールドスリープにも一つ問題がありました。
それは、コールドスリープ中でも人は夢を見てしまう、ということ。
人間は、無謀を承知で火星を目指してしまうような、無知で愚かな生き物でしょう。コールドスリープは、技術が発展すればいつかは可能になる。しかし馬鹿な夢を見るなと人に言って聞かせることは…、どれだけ技術が発展しても不可能です。
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ライノチルシステムによるコールドスリープは、一般的な誤解の中のコールドスリープとは違い、リス等による「冬眠」とは多少仕組みが異なるものです。動物による冬眠は、どちらかと言えばノンレム睡眠(深い睡眠)に近いもので、その期間中の脳にはほとんど動きがありません。かわりに短いスパンで起床して覚醒期を迎え、わざわざ冬眠とは別にレム睡眠(浅い睡眠)をとる必要があります。
一方ライノチルシステムによるコールドスリープは、最短90日間は目覚める必要がありません。その代わりとして、長期間の活動停止で脳に異常が発生しないように、スリープ中でもノンレム睡眠とレム睡眠が繰り返されるよう、常に電気信号が脳に送られています。つまり、実際の睡眠の脳波を機械的に再現している。本来思考が停止してもおかしくない低温状態でのスリープ中に、あえて「夢を見やすい時間」を人為的に作っているというわけです。
ちょうど今読んでいた文献に(と言ってもwikipediaなんですけど)、面白い小噺が載っていた紹介しておきましょう。コールドスリープ中の人間が夢を見る事実は、実は研究当初から既に予見はされていたそうです。ただし、それが引き起こす事態についてまでは…、どうやら誰も想像がついてはいなかった。ですから研究当初は、あれやこれやのイザコザも尽きなかったのだそうで。
2031年、ライノチルシステムの被験者グループ第一陣が30日間のスリープから目覚めた時のことだったそうです。研究の目的は、高ストレス下でのコールドスリープが人体に与える影響について。さぞや夢見が悪かったんでしょう。彼等は目覚めて一番、「モーニングコーヒーはいかがですか」と歩み寄った科学者達の顔面に、グッドモーニング代わりのパンチを見舞ったんだそうです。
「こんな環境で眠ったら悪夢を見るに決まっているし、コールドスリープなんだからいつまでたっても起きられないに決まってるだろ!」と。
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火星までのコールドスリープの基礎研究を完了していたNASAにとって、180日という長い時間の暇潰しは、火星に行くまでの最後の技術的障害となりました。どれほどテクノロジーが発展しても、最後の最後は「暇つぶしのセンス」が問われる事になる。コールドスリープ試験に参加した宇宙飛行士は誰も彼も、「怖い夢を見なくても済むように、眠る前には楽しい話を聞かせてほしい」とねだったのです。
我々ゲーマーから見れば、当時のNASAはずいぶん単純な事を悩んでいたように見えるかもしれません。だって「暇を潰したい」という欲求があるなら、解決策は一つしかありえないでしょう? 人類の歴史において、暇を潰すのにゲーム以上に素晴らしい娯楽はありえない。 暇を潰す必要があるならゲーム、ゲームを遊べばよい!悩む必要なんかない!皆さんも、そう思っているんじゃありませんか?
しかしながら、NASAという機関を侮ってはいけません。宇宙開発で超一流たるNASAは、エンターテイメントの分野でもまた超一流。なにせ当時NASAには既に…、多種多様なゲーム開発の実績があったのですから。
2010年、NASAは「Moonbase Alpha」というゲームをsteamに公開。月を目指す若者に月面シムを無料配布しました。2013年には、歴史上はじめてE3に出展。「MarsRoverLanding」という火星着陸シムを公開しました。そうそう、忘れてはいけない「Astronaut」もあります。「無料で開発してくれるスタジオを募集」と告知したまま、いまだに消息が分からな…まぁ、これは忘れてもいいでしょう。
ユーザーである我々が言うまでもなく、「ゲーム開発会社」であるNASAは、暇潰しにおけるゲームの重要性を理解していました。本問題における最終解決案も、皆さんのご想像通りです。「面白いゲームの開発」ですよ。
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人間が火星を目指すには、180日間もの暇を潰す必要があるんです。それもコールドスリープ中の、睡眠時の暇を潰す必要がある。人類が一度も遊んだことのないような、「夢の中」で遊べるゲームを開発しなくてはならない。それも楽しくて夢から覚めたくなくなってしまうような、無限の暇を潰せるゲームを開発しなくてはならない!
火星の開発計画なんて、このゲームの開発計画と比べたらオマケのようなものですよ。遊んでいるうちに火星まで到着してしまうほど面白いゲームを作るだなんて、どう考えても火星に行くより難しいに決まっている。当時はみんな…口を揃えて言っていましたよ。これじゃ、ゲームを作るために火星を目指しているようなもんだなって。
その偉大なるゲームの名前を…、「BEYOND THE INFINITE」と呼びます。
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この壮大なるゲームの開発計画に白羽の矢が立ったのは、「Sector 33」(※)等のゲーム開発でゲーマーからも評判が高かったエイムズ研究センター。ゲーム開発の実績に加えて非侵襲式BMIの高度な技術も持っていた彼らは、「面白いゲーム」を開発し「それを脳に送り込む」事に関して言えば、世界で最も優秀な人材を揃えていた機関だったと言えるでしょう。
そしてその判断は、間違いではありませんでした。2039/03/04、人類の期待に応えて「偉大なるゲーム」の開発に成功したエイムズ研究センターは、合衆国中から6人の幸運なプレイヤーを選定し、「BEYOND THE INFINITE」の初回プレイを開始しました。ゲームの専用筐体は巨大も巨大、全長5m重量16.5t、オリオン型宇宙船(Orion Multi-Purpose Crew Vehicle)そのものだったのですから贅沢な話です。
打ち上げのカウントダウンの光景は…、ゲームのオープニングムービーとしてはなかなか良くできたものでした。わざわざ時の大統領までが出てきて、このゲームのスタートは華々しく宣言されたんです。わざわざ世界70億人が時間を作り、ゲームのスタートを見守ったゲーム。大層な言葉ですが、そうとしか表現ができません。
ロシアの宇宙飛行士アレクサンドル・セレブロフが、「宇宙空間でテトリスを遊ぶことに成功しました」と発表されたフライトが1993年なんです。それから40年も経った2039年に、「宇宙空間でBEYOND THE INFINITEを遊ぶことに成功しました」なんて発表に全世界が驚いたというのも…、今更な気もしなくもありませんが。
まぁ、こんな話は、火星旅行の浪漫の前じゃ「言うだけ野暮」ということでしょう。
※Sector 33
2012年、Android向けにリリースされた航空管制シミュレーターアプリ。天候気候を想定に入れて飛行機を誘導する硬派実直な一作。
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BEYOND THE INFINITEは、今から見ればそこまで技術的に複雑なゲームという訳ではありません。その根幹は、睡眠中の脳へ明晰夢を見るように外部から電気信号を与え、かつその明晰夢の内容が悪夢にならないようコントロールする。どこにでもありふれたオールド・テクノロジーによってのみ支えられたゲームです。
明晰夢とは、「自分が夢の中にいることを自覚して行動できる、意識はハッキリしているのに夢から覚める事が無い」という、不思議な不思議な夢のこと。皆さんにも経験はあるでしょう? 夢が夢だと分かっているのに目覚めることはない、荒唐無稽だけどどこか秩序だった…、そんな、ゲームみたいな夢を見たことが。
本作は、そんなゲームみたいな夢を本当にゲームにするための、言わば魔法。格好をつけずに言えば、単なる補助装置のようなものなのです。
本作を装着した状態で睡眠をすると、脳が夢を見る状態になった段階で、本作から「ゲームデータ」が脳内に送り込まれます。夢の中で「目覚めて」みれば、一体全体あら不思議。自分は夢を見ているはずなのに、いつの間にやらこのゲームのメニューマップ内に立っている。貴方が眠りについた時、その瞬間からがこの、BEYOND THE INFINITEという夢のゲームの開始というわけです。
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本作には特に決まったルールはありません。もちろん貴方は今夢を見ている訳ですから、当たり前と言えば当たり前の説明をしてしまったかもしれませんね。
ただルールが無い代わりに、選択の余地があるのが本作の特徴です。夢の中で目覚めて直ぐ、プレイヤーはマップ内にいくつかのゲートが存在している事に気が付くでしょう。ゲートの上には、「ファンタジー」「SF」「恋愛」といったジャンル名が記入されています。吸い寄せられるようにゲートに近づけば…、好きなようにそのジャンルの夢が見られる。というのが本作の基本システム。
夢の無い話をしてしまえば…、子供騙しの技術にすぎませんよ。夢の中でゲートに近づいた瞬間、本作はプレイヤーの脳内の記憶を参照し、そのジャンルにあった記憶を想起させるよう脳に電気信号を与えます。つまりはこれ、強制的にそのジャンルの記憶を思い出させているだけ。好きな記憶を好きなだけ、好きなように内容を改竄して体験出来る。それが、このゲームの本質というわけです。
脳内に恋愛の記憶なんて一つもない、青春がブラックホールの皆さんも心配は御無用。何故なら本作は、単なる「夢を見させる機械」ではなく「ゲーム」なのです。記憶に不足がある場合、データベースに用意されている「プロのライターが執筆した素晴らしい夢のストーリー」が脳へ送信され、夢はゲームとして成り立つように編集されていきます。ブラックホールにも、一筋の光が差し込むことでしょう!
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本作は夢である以上にゲームである。これは本作を語る上でとても重要な事実でしょう。無秩序な夢とは違い、ゲームは秩序だったプログラムの上で成り立っている。ゲームである本作の中では、悪夢を見ることはありまえせん。あなたの夢は常時システムに監視されており、どんな夢も整合性がとれたストーリーに修正され、どんなプレイも必ず用意されたハッピーエンドに結び付けられます。皆さんが遊んだことのあるゲームは全て、そうだったはずでしょう? 管理された世界の中、好きなことが出来て、楽しく終われる。それが「ゲーム」じゃありませんか。
かつて人間が見ていた夢は、無秩序で規格外の粗悪品でした。
しかしテクノロジーは発展し、人間が無謀な夢を見る時代は終わりました。
進歩した世界の中で、平穏に夢を見る時代が訪れたのですから!
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悪夢を見るということは、コールドスリープの最大の問題点でした。本来コールドスリープは長期航行のストレスを軽減する為に考案された手段だったわけで、その副産物として生まれる夢が人体にストレスを与えるんじゃあ本末転倒もいいところ。悪夢にうなされてスリープから目覚めてしまうような事があっては、火星どころか大気圏内でさえ安全は保障出来ません。
皆さんにも、夢の途中で目覚めてしまった経験はあるでしょう? 恐ろしい夢を見て、叫び声をあげて目が覚める! それが宇宙空間で発生するという事を、想像してみてください。空気にも限りがある、食料にも限りがある、そんな宇宙空間で突如として悪夢から目が覚めた。しかし、出来ることは何もない。また再び、悪夢を見るために眠りにつくよりほかに術がない…!なんて恐ろしい…!
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安らかな睡眠を続けるためには、安らかな内容の夢を見続けなくてはなりません。特に、興奮という行為そのものがよろしくない。安らかな眠りを提供するためには、興奮の原因となる恐怖は当然夢から取り除かなくてはいけません。
ただ、おそらくは皆さん。恐怖で目覚める以外にも…、夢の途中で目覚めてしまった経験をお持ちなのではありませんか? 例えば、好きな女性ともう少しで性的な行為ができる…その寸前で目が覚めてしまった。例えば、手に汗握る一大アクションがギリギリ決まる…その寸前で目が覚めてしまった。まぁ、これも目を覚まして当然でしょう。心拍数が上がれば、落ち着いた睡眠など出来るわけがないのですから。
考えてみれば、安眠の為には性的な表現も夢から取り除かれるべきかもしれません。宇宙空間でパンツの夢を見て興奮のあまりコールドスリープから目覚める、その危険性が皆さんに想像が出来ますか。血沸き肉躍るアクションも危険です。宇宙空間では出来る限り地味で平凡なアクションが望ましい。論理的に考えてホラーなどもってのほか。ミステリーなど心拍数を上げるだけの危険要因でしかありません。
心が躍る冒険譚!胸が高鳴る恋愛ドラマ!手に汗握るスペースオペラ!どれもこれも、人間の心をいたずらに興奮させる、安眠を妨げる悪夢でしかない!
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さて、皆さん、おやすみなさいの準備は出来ましたか?
ホットミルクは飲みました?歯は磨きました?パジャマには着替えました?
大丈夫、本作で見られる夢の中には、興奮は一切ありません。心が躍らない程度の冒険譚が、胸が高鳴らない程度の恋愛ドラマが、手に汗を握らない程度のスペースオペラが、良い子の皆さんを待っています。だからと言って…、つまらなくはない。大丈夫、もし脳が勝手に自由な夢を見ようとしても、本作は常に脳の状態を見守っていますから。強制的に夢を修正してくれるし、時にはリセットもかけてくれる。興奮するような面白くて楽しい夢は、見れません。絶対に。
そう、安心して眠りにつきましょう。
「面白くもなければつまらなくもない」
子守唄のようなゲームが、皆さんを待っていますから。
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BEYOND THE INFINITEというゲームは、良く出来たゲームなのです。
良く出来たゲームには、プレイヤーに安全にゲームを遊んでもらうために、ありとあらゆる側面から配慮が施されています。そもそも不具合が発生しないようなゲームルールを選び抜かれ。不具合が発生しそうなプレイはシステム上で禁止され、それでも不具合が発生すればゲームには自動的にリセットがかけられる。では本作における「不具合」とは何なのかと言えば…、それは、悪夢です。
人間の脳は不完全な機械です。意図されていないにもかかわらず、嫌な事や辛い事を勝手に想像してしまう。それは現実で言えば悪夢、ゲームで言えばバグのようなもの。夢からバグを取り去る為には、悪夢そのものが発生しないようにしなくてはならない。悪夢が発生しそうな夢を禁じなくてはならない。悪夢が発生したら夢を自動的にリセットしなくてはならない。それが、良いゲームの条件ですから。
恋愛ドラマシナリオを例にとって見れば分かりやすいでしょう。本作を遊ぶ人間は皆、夢の中で絶世の美女と付き合う事が出来ます。ただし、彼女を性的な気持ちを持って抱き寄せようとすると、あと一歩のところで必ず邪魔が入るよう夢の展開が修正されます。それでも無理に続行しようとすれば…、夢は強制的にリセットされます。大いなる意志が、あなたの恋路を友達以上恋人未満から発展させてくれないのです。
ああ、無駄な話をしてしまいました。ゲームは予定外のプレイでバグが発生しないよう対策を施している。そんなの、当たり前の話でしょう。
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一口に「心の平穏」と言っても、人によってその基準は大きく異なります。異性と手をつなぐだけで心が乱れる男もいれば、浮気を繰り返しても眉の一つも動かない女もいる。しかし本作はプレイヤーの脳波を監視してゲーム内容を決めているゲームですから、誰しもにとって「面白くもなければつまらなくもない」と感じるレベルの物語を、全プレイヤーに平等に提供することが可能です。
また本作はゲームであるため、どんな夢であっても「ハッピーエンド」に収束するよう改変され、ストーリーは必ずいつか終わりを迎えます。繰り返し繰り返し、何度も何度もハッピーエンドを迎えるうちに、プレイヤー達は一つの事実にたどり着くでしょう。登場人物も、物語も、出てくるアイテムも能力も、何もかもが自由な夢の中であっても、ゲームとして用意されている「ハッピーエンド」の数は無限ではない。
何故ならBEYOND THE INFINITEは良く出来たゲームであり、BEYOND THE INFINITEがゲームとして用意している「優れた」物語の中でしか、遊ぶことは許されないから。
全ての冒険譚は宿敵に打ち勝って終わり。全ての恋愛ドラマは二人が抱きしめあって終わり。全てのスペースオペラは「私達の物語は始まったばかりだ」で終わり。夢の中身は無限であっても、人の手によって作られたゲームの「ハッピーエンド」の数は有限。はっきり言えば、本作で見る事の出来るエンディングの数は、全部で42パターンです。全ての夢は42パターンに収束され、他の夢を見ることは許されません。
ああ、またしても無駄な話をしてしまいました。ゲームのエンディングには数に限りがある。だってそんなの、当たり前の話ではありませんか。
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オリオン3号の乗組員達にとって、火星への航行ミッションは「BEYOND THE INFINITE」というゲームの攻略そのものでした。コールドスリープ中に遊ぶのは、何度も何度も繰り返されるいつか見飽きた夢。面白くもなければつまらなくもない、登場人物や設定が違っているだけの、結局のところ前と同じシステムの似たような新作。話は盛り上がらない方向にばかり流れ、いつものオチで終わってしまう。
宇宙飛行士たちは、「代わり映えのしないゲームシリーズの新作」の中に閉じ込められました。かつては目新しかった新作も、いつかは飽きられていく。素材が変わり舞台が変わり設定が変わり、どんどん新しくなっていくけれど、システムとストーリーは一向に変わる事がない。そんな代わり映えの無い新作を、何日も、何日も、何日も、180日間に渡って遊び続けなくてはならなかった。
かつて人間が見ていた夢は、無軌道で心躍る物語でした。
しかしテクノロジーは発展し、夢はとっくに飽きられました。
進歩した世界の中で、我々は見飽きた夢の話をいまだにしているのです。
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オリオン3号の乗組員達が地球に帰還したのは、出発から1年以上後の2040/5/17の事でした。乗組員達は衰弱しており歩くこともままならない状態でしたが、「長い旅は終わったが、これからまた長い旅が始まる」と、自分達の偉業が火星開発の第一歩目でしかない事を匂わせるコメントを残しまして。腹も立たない程のスカしたコメントに、人々は大いなる賞賛を持って迎えた事を覚えています。
これは人間にとっては長い旅だが、人類にとっても長い歴史だ。
長い旅は終わったが、これからまた長い旅が始まる。
歴史に残る言葉は、やはり深みがあります。深みがある言葉は、受け取る人間にとってどの様にも意味が変わってしまう。コールドスリープであっという間につくはずだった火星航行は、彼らにとっては長い長い旅になった…。「ゲームに対するクレーム」を、わざわざ歴史の教科書に残した。皆さんには、そうは思えてきませんか。
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結局のところ、オリオン3号の乗組員達は、最後まで本作の感想を述べることはありませんでした。良い、または悪い、そういったことの一切を含めて、公の場では本作に関する評価を一言として残そうとはしなかったのです。ただ一言、「開発陣に感謝している」という帰還直後の言葉を除いて。
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有人火星飛行を達成させた「夢見るゲーム」の評判は瞬く間に世界中を駆け回り、NASAは本作を民生用に公開すると決定。コールドスリープではなく睡眠時に利用できるよう調整を施され、本作は2045年に一般へ無償公開されることとなりました。
老いも若きも男も女も、火星に夢を見ていた者たちは皆、当時まだ庶民の手には余るほど高価だったBMI機器を購入し、BEYOND THE INFINITEの世界に遊びに行きました。そして皆、一様に夢から目覚めたかのように、同じコメントを残したのです。
「想像していたより面白くもなければ、想像していたより酷すぎることもない、しいて言うならもう夢を見ることに飽きた」
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一点、最終的な結論に移る前に、ゲームを遊ぶゲーマー達がこの作品をどう評価したのか、その点についてだけは明確にしておきましょう。
実のところを言えばこの作品、確かに世間的にはボロボロに評された作品だったのですが…、ゲーマー達からの評価は非常に高い一作なのです。公開当初からそのシステムは大いに評価され、フリーゲームの評価は規約違反であるはずのVideonicaにも掟破りで勝手に登録。その上ユーザーレビューで10点満点中の9.25点を獲得したというのですから、これは尋常ではない高評価でしょう。
では評価点はと言うと…申し訳ないですが、正直に言って代表的なものを例に出すことすら簡単ではありません。だってVideonicaのレビューに書かれている各プレイヤーのゲーム内容は、結局のところそれぞれが見たそれぞれの夢の話でしかない。それぞれが「さっき見た夢の内容に満足した」と言っているだけのレビュー群から、共通の良いところを挙げる事なんて出来るわけがないじゃありませんか。
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…と、言っておいてなんですが。おそらくはこのゲーム、読者の皆さんが遊んでも、ある種の共通した「夢」を必ず感じることが出来るのではないかな、というのが、私がこのゲームに感じている率直な感想です。
だってこのゲームはつまり、自分が非常によく知っているシステムの世界を、設定や登場人物を変えただけで、何度も何度も似たような話と共に遊ぶ、そういう内容のゲームなのです。皆さんだって、お好きなはずじゃありませんか。むしろいつも、夢に見ている話のはずじゃあありませんか。「代わり映えのしないゲームシリーズの新作」を、いつまでも遊び続けられる幸せは。
どんなゲームシリーズも、いつかは必ず終わりを迎える。ファンなら違いに気が付くけれど、ストーリーの大筋は毎度特に変わらない。そんな安心感のあるゲームシリーズの新作を、何作も何作も永遠に楽しく遊んでいるかのような、時を忘れるような感覚。絶対に世界観を壊さない次回作が出続けてくれるゲームシリーズが、どれほど夢のある話なのかという事を、我々はよく知っていますから。
夢は見飽きることはありませんよ。
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さて、そろそろ明日の瞑想修行に備えて、BEYOND THE INFINITEをめざまし機能でセットしながら、(四八の続編の夢が見られることを願って)このレビューを終わりたいと思います。
伝え聞く話によれば、オリオン3号の乗組員達も瞑想のトレーニングを積んだとかなんとか。瞑想の特訓を積んでよりクリアな明晰夢を見られるようになれば、明日の修行後にはもっと深くこのゲームを遊べるようになるんでしょうか。あ、いや、誤解を招く表現でした。レビューの最初、私がこのゲームを「正しく遊べない」と言ったのは、別にこのゲームが修行を積まないと遊べないとか、そういう話ではありません。
ほら、瞑想の修行を積むと、心に平穏をもたらす事が出来るじゃないですか…?
私、このゲームを何度何回どうやって遊んでも、ゲームにドキドキワクワクしちゃいすぎて、すぐに目が覚めちゃうんですよね。
仕方ないじゃありませんか。火星に行くというのは、今でこそ飽きられた話なのかもしれませんが、かつては確かに夢だった頃があったのですから。
2115/6/4 (Article written by Alamogordo)
了
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