【第10回】กระดูกแข็ง(クラドゥーケン)

タイトル:กระดูกแข็ง(クラドゥーケン)

運営開始日:2075/01/16

運営元:Prompty


世界のあらゆる低評価なゲームをレビューしていくレビューサイト「The video game with no name」、第十回目となる今回は、2075年サービス開始、絵にかいたような戦争シミュレーター「กระดูกแข็ง(クラドゥーケン)」の紹介です。


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Mayhemの野郎が、ついに亡くなったそうです。


こういう時、人は冗談で「まさか死ぬような奴だったのか」と言ったりしますが。悔しい話です。認めたくはありませんが、私もまた心のどこかで、Mayhemという男を「死なない人間なのだ」と思い込んでいたのでしょう。正直に言えば今も、奴が本当に死んだとは信じてはいません。また何かゲームを遊んでいれば、いつも通りあの悪魔が対戦に乱入してきて、いつも通り無慈悲なプレイで他プレイヤーを全滅に追い込むんじゃないか、そんな気さえしています。


面白いものです。奴は死の寸前までSocial justiceというゲームを遊んでいたそうで、「倒れた」という第一報を救急に連絡したのは、むしろゲーム的には奴に追い詰められていた側のプレイヤーだったのだとか。ニュースサイトで公開されていた「奴が死んだ瞬間」のプレイ動画も、この目で確認しました。奴がいつも通りの鬼畜染みたプレイで敵を全滅に追い込み、最後の一人にトドメを刺そうとした瞬間!…まるで糸が切れた人形のようにその場にへたり込み、映像はそこで終わっていました。


オンライン対戦の悪夢、悪の天才ゲーマー、ブロック推奨アカウント、苦情受付口、煽りプレイ世界一、ゴミ、クズ、カス…。かつてあれだけ世界中のゲーマーから悪口という形で嫉妬と羨望を集めた天才ゲーマーは、死の瞬間もまた美しいほどに憎たらしい天才的なゲームプレイで、勝利と共にその生涯を終えていました。世界100億人に勝ち逃げしたまま、奴はこの世を去ってしまいました。


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何を隠そう私もまた、奴に勝ち逃げを許してしまった哀れなゲーマーの一人です。現在のMayhemは、ゲーマーとしての悪名どころか研究者としての名声の方が知られた存在でしょう。ただしかし、奴が一線級のゲーマーとして活躍していた数十年前と言えば、Mayhemの名を聞いて武者震いをしないゲーマーはただの一人もいませんでした。ありとあらゆるゲームの対戦に出没、冷血無慈悲に初心者狩りをしたかと思えば、並み居る上級プレイヤーを瞬く間に殺害。時にはサーバー全員Mayhemに負けた経験があるという、無茶苦茶な状態へ追い込まれたゲームもありました。


奴はまさに、ゲームの天才でした。ゲームを遊ぶアンドロイドAcaciaにひっかけ、人々は奴を「Acacia」(不正者)だろうと盛んに罵倒しましたが、そんな訳がない。奴に負けた経験があるゲーマーなら、奴が人間であることはみんな分かっていました。あの手この手で相手を馬鹿にする挑発行為、つられて手を出すと一撃で沈められるカウンター技術。奴はむしろ、不正プレイヤーでないからここまで嫌われている。現実はむしろ、「うちのAcaciaがMayhemにハメ技で殺されて負けた!」と、不正プレイヤーの側が悲鳴を上げていた始末なのですから。


Mayhemというその名の通り、奴は「騒乱」を体現したかのようなゲーマーでした。荒らし行為の中でも特に奴がお気に入りだったのが、「過疎に苦しむマイナーゲームに残ったプレイヤー達を皆殺しにする」という人間性の欠片も無いプレイ。遊ぶゲームが過疎に苦しんでばかりの私のようなゲーマーからしてみれば、奴はまさに「天敵」でした。悔しさが故に忘れられない敗戦だけでも、その回数は軽く100回を超えます。悔しさが故に忘れてしまった敗戦は…、もう、考えたくもありません。笑ってやってください、なにせ奴はあの世で笑っているでしょうから。


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Mayhemの名を聞くと、いつもあるゲームを思い出します。お恥ずかしながら、私がこの生涯でただの一度だけ、奴に勝利できたゲームですから。それは今から40年前の2075年、タイのPromptyが開発した「กระดูกแข็ง(クラドゥーケン)」という名前のRTSでした。


今でも鮮明に覚えています。サービス開始当初から凄まじい悪評によって過疎が進行し、「今すぐ遊ばないといつサービスが終了するかわからない!」と冷や汗を流した日のことを。あの日の私もまた、今と同じように評判の良くないゲームを遊んでいた。そして…あの日の奴もまた、評判の良くないゲームを荒らしていたのです。


死の直前と、同じように。


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ニュースをぼんやりと見つめていると、オンラインゲームを荒らす悪の天才ゲーマーMayhemの死は、名誉ある軍人アイザック・タルコフスキーの死として一般には報道されているようです。数々のゲームの世界大会で圧倒的な成績を残したMayhemは、2071年「ゲームの腕を見込まれて」アメリカ陸軍無人機機甲師団にスカウトされたと、ニュースでは奴の詳細なプロフィールが語られていました。


幸か不幸か…、「ゲーマー」と呼ばれる存在が軍に徴兵されるケースは、歴史的に見てそこまで珍しいことではありません。古くは2006年。韓国eSports界のトッププロだった皇帝イム・ヨファンが、ゲーマーとしての才能を活かして「電算特別技術兵」として空軍に配属されたケースが有名でしょうか。


イスラム原理主義組織ハマスとの紛争を行っていたイスラエル国防軍において、ミサイル防衛システムの狙撃手としてWarcraftのプレイヤーがエースに登りつめたケース。イギリス軍が新型戦車ScoutSVの運転手として、Xboxのゲーマーを操縦士にリクルートしたというケース。人材不足にあえいでいた人民解放軍が、わざわざスナイパーのリクルート用VRゲームをリリースした、なんてケースもありましたか。


技術の進歩は、ゲームに多くの発展をもたらしました。しかしその裏、兵器にも多くの発展をもたらしました。新しい技術が発達すれば、新しい技術を生かしたゲームと兵器が生まれる。また技術が発達すれば、また技術を生かしたゲームと兵器が生まれる。二つの技術はまるで両足かのように、歩みを進めざるを得ない。これは…、どうにも避けようがない事実なのです。


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奴が軍に属した2070年代は、時代の転換期でした。


アフリカの内戦に自動操縦ドローンを投入し、民間人への誤射で米軍が国際的な非難を受けたのがその二昔ほど前。「人工知能兵器」への非難の高まりを背景に、白兵戦の主力が遠隔操作ドローンに置換されていく、そんな時代の狭間にありました。モニターを見て、瞬時に敵と味方を判別し、正確に相手を射撃できる。そんな「遠隔操作無人機の操縦兵」を、時代が必要としていたのです。


馬鹿げた話です。部屋でゲームをやってきただけの怠けた人間が、その才能を見込まれて兵士として活躍するなど…、子供の読む小説にしても都合が良すぎる。事実、ゲーマーの徴兵というアイディアは、歴史上その大半は失敗に終わりました。…「大半」としか言えないところが、実に悔しい話ではありませんか。このMayhemという男だけは、違ったのです。従軍からすぐ、戦地でゲーム同様の撃墜数をたたき出し。気づいた時には「クソ荒らし野郎」は、「名誉ある軍人」と呼ばれていました。


後にも先にも、テロリストから「家に帰ってポニーのアニメでも見てろオタク野郎」と名指しにされたアメリカ陸軍軍曹は、奴しか存在しないでしょう。


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ただ、名誉ある軍人としての名声を得る一方、ゲーマーとしての奴の存在は日に日に薄れていきました。皆さんも是非一度、SNSで「Gamer Mayhem」と検索してみてください。年老いたゲーマーたちは皆、奴の死に歯切れの悪いコメントを残しているでしょう? 奴が従軍した2071年から何も変わっていなくて、苦笑いさえこみ上げてきます。 彼らにとってMayhemは、ただでさえ毛嫌いしていた荒らしであるのと同時に、ゲーム技術を軍に売り渡した悪魔。言わば、ゲーム文化の背教者なのです。


…もしかすると、あんなにふてぶてしい男であっても、「嫌われたくない」という心があったのかもしれません。従軍以降、奴がゲームコミュニティに姿を見せる回数は、めっきり減っていきました。名物だったSNSでの煽り発言もなりを潜め、更新されることすら無くなりました。かつてゲームであれほど悪行を繰り返した天才ゲーマーは、次第にゲーマーではなくなってしまった、と、思われていました。


だからこそ、今でも鮮明に思い出すのです。タイ本国でも壮絶な低評価を受けていたようなゲームで、オンラインランキングに奴の名を見つけてしまった日の事を。


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クラドゥーケンは、「Prompty」という小さな会社が開発したゲームでした。サービス提供国はタイだけ。海外からでもアクセスは可能だったのですが…、この当時タイは立憲革命以来史上32回目のクーデターによる軍事政権下にあり、タイ産のゲームは全て国民番号であるバート・プラチャーヨンの登録が必須とされる法制下にありました。海外から遊ぼうとするならわざわざ大使館に臨時番号の発給を依頼するしかなく、事実上、海外のプレイヤーは遊べないも同然のゲームだったのです。


私はこのゲームを遊びたい一心で難解な手続きに向き合い、やっとの思いで臨時番号を発給してもらいました。しかしそれでは、あまりにも遅かった。ゲームを遊び始めた私を待っていたのは、対戦は過疎、ロビーは無人、ランキングは不動、絵に描いたような終わる寸前のゲーム。残っていたタイ人ゲーマー達は皆、新しくゲームを始めようとする私を「こんなゲーム時間の無駄だ」と優しく諭してきたというのですから、いやまったく言葉もありません。


せっかくです。私が本作をはじめた初日に、優しいタイ人プレイヤー達から教わった初めてのタイ語を、皆さんにも披露しておきましょう。


「น่าเบื่อ」。


意味は…、「つまらない」です。


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本作は、当時としても硬派な作りのタクティカルシミュレーターです。ジャングルに十体の白兵戦ドローンを配置し、敵軍のドローンを制圧するというのが基本的なルール。侵攻してくる敵軍を相手に、十個のモニターを同時に確認しながら十体のドローンに同時に指示を出す、書いているだけでも十回は脳が痺れそうな頭脳戦が本作のウリです。と言っても、そんな芸当ができる人間はもちろん限られていますので、十体のドローンを大雑把に動かして数の力で戦うか、数個のドローンに絞って操作して少数精鋭で戦うか、判断の駆け引きが熱いのが本作の特徴でしょう。


2070年代、無人機を題材にしたタクティカルシミュレーターは特段珍しいものではありませんでした。しかし本作ほど徹底してリアル志向を追及できた作品は、他に名前を挙げる事はできません。そもそもマップからして他のゲームとは一線を画している。タイというお国柄を反映してか、ステージの大半はジャングルというあえて視界の悪いマップばかりに特化。なにせステージは現実のタイ国境のジャングルの地理に即して作られているそうですから、他に真似ができるわけがないでしょう。


ゲーム内に登場する白兵戦用ドローンも、現実のタイ国軍が保有していたドローンがズラリと並びます。口の悪い人々は本作の操作性を指して、「こんなイライラするゲームを遊んだことがない!」と罵ってはいましたが。おそらくは、当時タイが配備していた無人機が、型落ち・旧式・安上がりと呼ばれた機種ばかりだった事をご存知なかったのでしょう。彼らがゲームの操作性を批難している事実そのものが、現実のドローンの操作性を再現出来ていた良い証拠なのだと、そう言えるとは思いませんか。


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しかしながら、限りなく現実に近づけた硬派なシミュレーターというものは、現実に近づければ近づくほど良いゲームになっていくのと同時に、常にどうしても一つの危険を孕み続けるものです。それは、楽しいゲームを遊んでいるというより、まるで義務としてゲームをやらされている気分になってしまう、という避けがたい事実。


本作において低評価になった点を並べてみても…、まさにそうした「義務感」による不平不満がずらりと並びます。戦争という理不尽なゲームのバランスに対する、ゲーマー達視点での低評価なのでしょう。ゲームの低評価と言うよりは…、前線に送られた下級兵達の嘆きの声、と言った方がふさわしいのかもしれません。


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まず第一に、本作はユーザーインターフェースからしてモノが違います。現実に使われているドローン操作インターフェースを模して作られた本作のシステムは、地味・複雑・扱いづらいの三拍子揃った完璧な業務用インターフェース。分かりやすく初心者でも扱いやすい通常のゲームの操作システムとは設計思想からして違うのですから、これはまぁ当然の話でしょう。ドローンの視点を表示するモニターの画質は、現実に即して不鮮明の一言。ご安心ください。現実で多くのドローンの死因となったモニター映像のラグも、ばっちり再現されていますから!


ゲーム全体に漂う難易度の高さもまた、義務感を強めるに至った見逃せない要素です。ドローンが所持できる弾薬数は極めて少なく、なおかつ戦闘中に補給を受けられることは稀。戦闘外のフェーズだけを見ても、一機のドローンが破壊されると戦力補充までに一週間を要する始末。弾もなければ武器もない、一人で十体ものドローンを操作しなくてはならない人手不足。いや、現実の戦争というものは、ゲームとして遊ぶには少し難易度が高すぎる題材なのかもしれません。


極限状態の精神をさらに追いつめてくれるのは、こちらもまた現実のごとく理不尽ばかりのゲーム進行。システムメッセージは高圧的かつ事務的で、バランスが悪いだのアイテムが少ないだのと言った意見を差し込む余地など、システム的にも会話的にも存在しません。勝っても負けても淡々と次の戦いの命令が飛ぶ状況に、「本当に下級兵にでもなったかのよう」と、皆は愚痴をこぼしていたようですが。


そうそう。時折「訓練」と称して強制的に差し込まれるミニゲームもまた、見過ごすわけにはいかないでしょう。大半は本当に訓練としか言いようのないものばかりで、動体視力を検査するだけのゲームや迷彩の敵をいち早くジャングルから見つけ出すゲームなどの作業ばかり。だからと言ってミニゲームに手を抜くと、規律違反として降格処分を食らってしまうので一時の気の緩みも許されません。まぁ、規律違反で降格になったところで、結局下級兵は前線で戦うことに変わりはないわけで。


結局我々が何を気にしたところで、ゲームはそのまま続いていくんですけど!


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こうして改めて考えてみると、面白い話だとは思いませんか。


このゲームの過疎が進んでしまった理由として、ゲームレビューサイトはよく「戦争は自分の意志では止められないが、ゲームは自分の意志で止められるから」という喩えに持ち出すことがあります。なるほど、どれだけ戦争が過酷でも、戦争は自分では止めることが出来ない。ゲームは自分で止めることが出来るんだから、戦争みたいに過酷なゲームなんか作っても続けるわけがない。当たり前の話かもしれません。


2075年、私が本作にはじめてログインした時。ゲーム内には既にサービス終了寸前の雰囲気…いえ厭戦ムードが漂っていました。プレイヤーの大半はゲームに飽きてしまい…いえ兵役の義務を投げ出してしまい、本作はみんなで話すだけのチャットがわりになり果てていたのです。ランキングは既に一部の上位プレイヤーに占拠されてしまい、立ち向かう勢力もすでに尽き果て。大半のプレイヤーは、どのゲームに移行するのかという話し合いの場にしか本作を使っていませんでした。


そこにあったのは、平和でした。戦争は、既に終わってしまっていました。平和なんて面白くもなんともない。見知らぬ他人と平穏を分かち合って、一体何が面白いのですか? たまたま選ばれただけの対戦相手を心の底から憎しんで、無意味な数字を増やすために攻撃を繰り返さなければ、ゲームは面白くなるわけがない! 争いあわなければ、暇は潰れない! ゲーム内の平和なんかロクでもない!一体だれが何のために、このゲームをここまで平和にしてしまったのか!


本作を始める意味は…、もう無いのかもしれない。ゲームからのログアウトを考えていた時のことでした。私がそこに、見てはならないものを見てしまったのは。


このゲームに存在する平和が、仮初めのものであるという揺るぎない証拠。


ランキング一位に堂々と輝く、忌々しい那智暴虐の支配者「Mayhem」の名を!


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どこから噂を聞き付けたのか知りませんが、サービス開始後しばらくして本作に参戦してきたMayhemは、圧倒的な強さでランキング一位の座に居座りました。奴のお好きなマイナーゲームの残存プレイヤー絶滅作戦、それがタイのゲームで行われていたとは。当時すでに従軍経験のあった奴は、本作でも十個のドローンを異常なスピードで精密に操作し、たった一人でランキングの上位勢を葬り去ったというのです。


当時「Mayhem」の名を騙る者は少なくありませんでしたが、本作でのプレイスタイルを見る限り、これは本物だと思うしかありませんでした。「あいつのおかげでゲームから引退出来て、今は感謝してる」 生き残っていたプレイヤー達からは、戦地で奴に遭遇した際の恐怖の言葉が漏れ出すばかり。このゲームは単に過疎で平和的に終わりつつあるのではない、圧倒的な一強である奴の恐怖支配によって戦争ができない状態に陥っているのだと、私にはそう思えました。


せっかく始めたばかりの戦争、平和にとどめを刺されてなるものか。開始当初から私にとってのクラドゥーケンは、絶対王者Mayhemの支配を打ち砕き、この地を再び戦乱に陥れるゲームとなりました。


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忘れもしません、あれは2075年の冬のことです。何度も何度も返り討ちに会い、これに負けたら…もう本作から撤退しようと決意していた、最後の反抗作戦でした。


当時本作では、Mayhemにコテンパンにされた上位プレイヤー達の引退が相次いでいました。独裁に倒れ、一人、また一人とゲームを去っていった革命戦士達。生き残ったプレイヤー達も五体満足の者は誰一人としておらず、弾も資金も既に底をついていました。去っていった仲間達から装備を譲り受け、彼らの遺品を消耗して抗うのが精いっぱい。このままではジリ貧で全滅に陥るという事は、誰も口にはしませんでしたが、全員が全員分かっていただろうと思います。


ですから本当は…、これは最後の反抗作戦というよりも。「どうせ全滅するのなら、みんなで一緒に討ち死にしよう」という、単なる自殺と言う方が正しかったのかもしれません。敗れていった仲間たちの遺品を1プレイヤーに集中させ、防御性能・機動力に優れるドローン軍団を編成する。我々に残された全兵力を一戦に投入し…、無理矢理敵陣に特攻、Mayhemの主力部隊を抱きかかえたまま自爆する。仲間の墓石に爆弾を括り付けて投げ込む、自爆特攻作戦です。


なにせ本作は戦力補充に長い時間を待たなければならない仕様で、自機を庇うような指示を無意識に出してしまうゲームバランスなのです。そもそも自機を自爆させて勝利したところで、互いが壊滅するだけでメリットは何もない。それが時間とお金をつぎ込んだ愛機なら、自爆させて勝ったところで最早デメリットしかない。またおあつらえ向きに、天才Mayhemはそんな相手の弱みに徹底的につけこみ、相手の一番失いたくないドローンを狙って潰しにかかる憎たらしい戦術を多用していました。


一匹狼Mayhemは、論理的なプレイヤーでした。論理的であるがゆえに、下級兵の最後の武器が、「自分の命を犠牲にすること」なのが分からないのです。誰しもが命を懸けても守るはずの愛機を投げ売って、一人のプレイヤーが多くの兵力を無償で譲り受け、たったの一戦で全機自爆特攻させるというような、論理的でない発想が。全てを犠牲にしてでもゲームに勝ちたいという気持ちが、奴には理解できなかった。


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作戦は、大いに的中しました。


旋回しろ・回り込めといった高度な指示をそれぞれのドローンに出しているMayhemとは違い、全機「相手に近づけ」としか指示を出していない私とでは対応力が違いましたから。ちょこまかと逃げ回る奴のドローンに、ただただ近づいて自爆の指示を出すだけ。爆風に相手を巻き込めるところまで近づいてしまえば、いくら奴でも打てる手は多くありません。どこかの誰かの全遺品をつぎ込んで強化されたドローンだけに、自爆させるには惜しい機動力でした。まぁ、自爆させたんですが。


序盤戦の三体の自爆で相手側の七体のドローンを撃破すると、奴もようやく「死に物狂いの覚悟」に気が付いたようですが、七体の手駒を失った後では既に手遅れというもの。最後は一体だけ残った奴のドローンに対し、四方から楚歌の代わりの自爆をお見舞いし、残存兵力一機で、私が勝利を収めました。いや、私と言っては語弊があるでしょう。私を含め、奴に敗北した全プレイヤーの、人生で初めてMayhemからもぎ取った貴重な一勝でした。


たったの一戦で全戦力が壊滅したとあっては、どれだけ早くても補充に一週間はかかる本作では、奴もそうそう手早くはランキングに復帰することはできません。試合前の状態にまで戦力を再建しようとすれば、軽く見積もっても一か月はかかる。束の間ながら、クラドゥーケンはMayhemの支配から解放された。ついに我々は、楽しくゲームを遊べる平和をこの手でもぎ取ったのです。いや正しくは…楽しくゲームで遊べる戦争をこの手でもぎ取った、と言うべきでしょう。


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ただ、この計画にも、二つだけ、予想できなかったことがありました。


一つ目は、一か月もすればまた復活してくるであろうと思われていたMayhemが、あの戦闘を最後に本作に戻ってくることはなかったということ。


二つ目は、2077年、本作は結局、過疎とは全く別の理由でサービスを終了することになったということです。


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2077年秋、全国選挙によって文民による政治を取り戻していたタイ政府は、かつての軍事政権を非難する目的か否か、一つの謝罪会見を行いました。それは前政権を組閣した軍の一部過激派グループが、国民番号バート・プラチャーヨンのデータベースを不正な目的で利用していたという発表で、国家が秘密裏に個人情報を搾取していたという、衝撃的な告発でした。その内実たるや、本来政府管理の情報だけを登録するはずの国民番号に、借金の履歴やらSNSでの発言傾向やらを勝手に結び付けて国民を監視していたというのですから、実に恐ろしい話です。


政治思想、貯金残高、ペットの名前からナノマシンまで。発表されたデータベースの登録情報の多さに人々は恐れ戦きましたが、その中に一点、目を見張るような項目があることをゲーマー達は見逃しませんでした。それは…「オンラインゲームのプレイスコア」。確かに当時のタイでは国民番号を入力しないとゲームのアカウントは作れませんでしたから、やろうと思えばやれたのは間違いないのでしょうが…。国家が個人のゲームのスコアを監視するという事態は、控えめに言っても馬鹿馬鹿しすぎて、ゲーマー達の笑いを誘いました。


笑いを誘うだけなら、良かったのです。だって国家は、無意味なことなどしませんから。2077年冬、政府調査による「国民番号不正利用事件」の詳細が発表されると、当初は馬鹿にする笑いを浮かべていたゲーマー達の顔からも、笑顔は消えました。


一部のオンラインゲームのプレイスコアは、プレイヤー情報を軍の過激派が管理することで、遠隔操作ドローンの操縦士のリクルートに使用されていた。中でもクラドゥーケンを含むPrompty社のいくつかのゲームは、軍が直接指揮を執って開発運営を行っており、現実のドローン操作を忠実に模して開発が行われた。近い将来の徴兵制度改革を目的とした、国民検査計画の試験的プログラムであった。


自分達がこれまでゲームと思って遊んでいたものが、実はゲームではなく国家による適性検査だったのだと、通告を受けたからです。


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思えば本作は、プレイヤーの不平不満ばかりが漏れ聞こえるゲームでした。


数あるミニゲームは「訓練」と称されましたが、あれは本当に動体視力や反射神経をテストする訓練だったのだと考えれば、当たり前の感想だと言えるでしょう。高圧的で命令口調な文体の数々は、そもそも本当に命令だったのですからそう感じるのは当たり前の話。物資も人手も乏しいと不平不満を並べられたゲームのバランスは、今から思えば不平不満を言う方が馬鹿馬鹿しいとは思えませんか? だって物資も人手も充実していた戦争なんて、歴史に存在しないのですから。


つまりプレイヤー達はあの日、本当に兵役の義務に不平不満を述べていたのです。


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Mayhemに勝利したあの日、私は奴と一言だけ会話を交わしました。これまでもSNSで煽られたり晒されたりしたことはあったのですが、奴の方からわざわざ出向いてきて会話をすることは、結局あの一回だけしかありませんでした。


勝利後、オンラインのデイリーランキングで一位から陥落したMayhemの名前を見ていた私に、奴は突然背後から声をかけてきたのです。


「well played」


それだけ言うと、奴はこちらの「thx」も聞かないまま、どこかへ去っていきました。


「well played」 奴らしい、実に憎たらしい言葉です。「お前は強かった」と健闘を称えているようにも聞こえるし、「お前にしてはまぁよくやったよ」と負けてなお馬鹿にしているようにも聞こえる。まったくもって、憎たらしい。何が一番憎たらしいって、私はずっと、あいつにもう一度勝ってこの言葉の真意を聞きたいなと、そう思って生きてきたのです。それがあの世に勝ち逃げだなんて、本当、どこまでも汚い男ですよ、Mayhemの野郎は。


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ニュースの中での奴の経歴は、眼も眩むほどにまばゆく輝いています。数年のアフリカ派遣で輝かしい戦績を収めたアイザック・タルコフスキーは、後年米軍内のドローンディフェンス研究プロジェクトに合流。優れたゲーマー視点と実戦経験から、多くのドローン操作システムと基礎戦術理論を生み出しました。主だったものを挙げただけでも、FPSを利用した無人機同士の白兵戦基礎戦術、MOBAを模した無人機高度爆撃システム、RTSを思わせる大規模展開ドローン統合AI。当時は悪口で編集合戦が起きていた奴のwikiのページも、今じゃ歴史上の偉人扱いです。


死んで真意が聞けなくなってからでないと、死んだ人間の思い出を振り返らないとは…、実に皮肉な話です。当時は不思議に思っていた「何故奴がタイのマイナーゲームである本作を遊んでいたのか?」も、今なら何となくですが想像がつく。


おそらくMayhemは、このクラドゥーケンが過激派が極秘裏に生み出した兵士養成プログラムであるという事を、何かの情報筋で事前に知っていたのでしょう。そうと分かっていたからわざわざ手間をかけて、面白半分でこのゲームを荒らしに来た。


本当、憎たらしい野郎です。つまりこれじゃあ、過激派の秘密計画を荒らしていたMayhemが正義のゲーマーで、奴を潰して過激派の秘密計画を手助けした私が悪のゲーマーみたいじゃありませんか。圧倒的な力で他プレイヤーを蹂躙したMayhemがもたらしたのが平和で、奴の支配を打破した私がもたらしたのが戦争だなんて、それはゲームの中だけの話だったはずなのに。下手をすれば、奴はその事実を分かっていて、私にわざと負けやがったのかもしれない。そう、考えざるを得なくなる。


羨ましいほどにゲームが強いあのクソ野郎、死んでもなおもまだ忌々しい。


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「現代戦の基礎を作り上げた名誉ある軍人」

「ゲームを軍に売り渡したゲーマーの裏切者」


死んでなおも、奴の評価は大きく二分しています。ただ申し訳ないですが、今世に出ている奴の評価は、所詮は奴に負けたことのない外野の人間の評価でしかない。


奴と拳を交えた経験のあるゲーマーであれば、Mayhemの評価はたった一つしかありえません。それが何より証拠には、奴に負けてクラドゥーケンを去ったプレイヤー達は皆、同じ捨て台詞を残してゲームを去っていきましたから。


「羨ましいほどにゲームが強いクソ野郎」です。


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Mayhem、お前もまた、結局死に場所はゲームの中だった。


このレビューを、偉大なるゲーマー、アイザック・タルコフスキーに捧げます。


well played


2115/6/12 (Article written by Alamogordo)


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