【第5回】सुषमदुःषमा(スシャマ・ドゥーシャマー)

タイトル:सुषमदुःषमा(スシャマ・ドゥーシャマー)

発売日:2042/01/29

発売:Aikwo Oshinada


世界のあらゆる低評価なゲームをレビューしていくレビューサイト「The video game with no name」、第五回目となる今回は、2042年発売、失敗した大衆洗脳計画「सुषमदुःषमा(スシャマ・ドゥーシャマー)」の紹介です。


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映画、コミック、演劇、絵画。世界に数ある娯楽の中で、何故我々は「ゲーム」という娯楽を選んでしまったのでしょう? 私は常々、それはゲームという娯楽のみに、プレイヤーである我々の「居場所」が用意されているからだと考えてきました。ゲームしか知らない寂しい男の戯言だと思って聞いて下さい、しかし、まずは知っていただきたいのです。あなたの知らないところで、ゲームにしか居場所を見つけられない人間たちが生きているのだということを。


一度ゲームを遊び始めれば、そこにはプレイヤーとしての自分の居場所がある。倒しに行かなければならない宿命の敵が、救わなければいけない仲間たちが、守らなくてはいけない恋人がいる。いつだって、ゲームの世界にはプレイヤーの居場所が用意されているんです。自分が必要とされている場所の、一体どれほど心地の良いことか。自分が必要とされていない場所の、一体どれほど心地の悪いことか…。皆さんだって、ゲームに慰められた経験は、一度や二度ではないはずでしょう?


しかし、ゲームがプレイヤー居場所を与えてくれるという事は、実はゲーマーにとって良いことばかりではありません。「居場所を与えてくれる」と言えば聞こえは良いですが…、ようはこんなの、寂しさに付け込まれているだけの話ですからね。ゲームに自分の居場所を見付けた気になっていたら、ゲームに洗脳されているだけだったなんて話はいくらでもあるんです。笑い話にもなりませんが、ゲームには歴史上、幾度となく「プロパガンダ」に利用されてきた前科がありますから。


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正直に言って…、私は信じる事が出来ないんですが。世界には、存在しているらしいんですよ。現実に生きていながら、「自分は世界に必要とされている」と確信して生きている人々が。彼らにとってゲームは「居場所」なんかじゃありません。世界を変えるための、単なる「手段」でしかない。右派のバーチャル・アジテーションとして、左派のシミュレーテッド・シュプレヒコールとして、時には…便利なマインドコントロールのツールとして。ゲームは長らく、世界中でいいように使われてきました。


今回ご紹介するゲームは、そういったゲームの代表格と言える一本でしょう。いやあ、皆さんは幸せ者です。広大なワールド・ワイド・ウェブの中から、このレビュー、そしてこのゲームとめぐり合ったのですから。皆さんは今、宇宙を守る戦士として、このゲームに選ばれてしまった!「スシャマ・ドゥーシャマー(सुषमदुःषमा)」は2042年発売。文字通り、テロリスト集団の「洗脳」の為に生み出された本作で、皆さんには心ゆくまで…自分の居場所がある喜びを堪能していただきましょう!


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2045年2月、ウェラブル端末向けセキュリティ大手である「CryHearts」が、月刊定期レポートにて一本のゲームの名を「Emergency Warning」(特別警戒)としてトップタイトル扱いで大々的に報じました。通常CryHearts月刊定期レポートはウイルス等のニュースが多く、このレポートでゲームの名前があがるだけでも異例中の異例。それも「特別警戒」となると、過去には端末の破壊やデータ漏洩等しか例がない。当時の中小企業のセキュリティ担当者たちは、それがそれは恐怖に震えたそうですよ。


汎用システムではない単なる一本のゲームが「特別警戒」扱いともなると…、これは遊んだ誰かが無惨に死んだか、あるいは政府機関がハックされたか。はたまたゲームというのは隠れ蓑で、仮想空間を破壊するワームの類が仕込まれていたか…。恐怖の想像は尽きることはありませんでしたが、いやいやこのゲームはそんなありきたりな存在じゃあありません。CryHeartsが赤文字特大フォントで書き出したこのゲームの「正体」は…、そんな心配の全てを洗い流す戦慄の一言でしたからね。


警告の内容は、「Brainwashing」(洗脳)。


このゲームには隠された洗脳プログラムが埋め込まれており、遊ぶと潜在意識下に危険思想を植えつけられる可能性が高い。仮にもIT大手のトップランナーであるCryHeartsは世界に向けて、堂々と、大真面目に、そう報道したのです。そのゲームの名は「スシャマ・ドゥーシャマー」、2042年に発売された旧世代ウェラブル端末向けのRPGで、今から思えば…、誰とも知れないアジア人開発者「Aikwo Oshinada」が販売していることになっていたゲームでした。


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CryHeartsが報道した「スシャマ・ドゥーシャマー」に関するレポートの概要部分を、一部抜粋してみましょう。


               ---引用開始---


「スシャマ・ドゥーシャマー」は2042/01/29、旧世代ウェラブル端末向けにリリースされたロール・プレイング・ゲーム。本作は「Aikwo Oshinada」という個人名義のパブリッシャーから配信されているが、これはエコテロリズム団体「Zephyr Humanism Action」、通称ZHAが世界中に保有するペーパーカンパニーのうち、イギリス領バージン諸島で設立された一社である。同パブリッシャーはゲームのほか、宇宙開発団体を批難するメッセージムービー等を配信している。


ZHAは、宇宙産業へのテロ行為で知られる英国発の環境テロリスト集団。かつては過激なデモ活動を行う宇宙開発抗議団体にすぎなかったが、急進的な環境保護団体が合流してからはカルト化が急激に加速した。2030年代後半からは宇宙環境の保護を提唱して研究施設等に攻撃を仕掛けるようになり、現在世界で最も先鋭的な宇宙開発事業の抗議団体と言える。今回リリースされた「スシャマ・ドゥーシャマー」は、それらの活動の人員募集の為に開発された「洗脳用」ソフトと見られる。


本作は一見すると通常のゲームソフトだが、サブリミナルや刷り込み、または催眠導入といった心理操作演出が隠されており、集中して最後まで遊んだプレイヤーに対し、ZHAへの加入と特定の行動を促されるマインドコントロールが仕掛けられるという仕組み。またそれら以外にも外部との不正な通信の痕跡が見られ、個人情報の搾取が行われている可能性が高い。ゲームの販売を行うウェラブル端末販売各社は、事実確認の上、ユーザーへの注意喚起を徹底すると発表している。


               ---引用終了---


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加熱する報道を受けて、ウェラブル端末販売各社は自社で運営するアプリストアからスシャマ・ドゥーシャマーを相次いで削除。ZHA日本支部は「偏見による誤解でありZHAとは無関係」とのコメントを繰り返し、騒動から週数間で支部を閉鎖しました。スシャマ・ドゥーシャマーはあっという間に「非難されるべき対象」として人々から認知され、SNSで拡散され、議論の的になり、無用な争いを生み出し、面白画像を作られ、面白くない画像を作られ、気付いた時にはあっという間に飽きられていきました。


人々が揃って非難した甲斐もあったという事なのでしょうか。報道内にて心配されていた「洗脳」による被害者は…、終わってみれば、結局世界中ただの一人も出ませんでした。


実に、実に悲しいことですよ。このゲームを遊んで洗脳されたゲーマーは、世界にただの一人もいなかった。これは、心から、悲しむべきことでしょう。洗脳、されるべきだったのです。世界が、社会が、人々が。本作を馬鹿にして楽しむという風潮を、作ってしまったがばっかりに。ゲーマーは誰一人として、このゲームを遊んで、洗脳されなくなってしまった。それはつまり、このゲームに洗脳されるほど、このゲームに熱中できたゲーマーが、誰一人としていなかったという事を意味するのですから。


このゲームが低評価を受けているのは、「洗脳目的で作られたから」なんていう些細な理由ではありません。洗脳目的でゲームを作って、一体何が悪いんです? 楽しいゲームなら、洗脳されて構わない。むしろ「面白いゲームに洗脳されたい!」と、日々を祈るような気持ちで生きている。それが、私たちゲーマーという人種ではありませんか。つまらない真実を知りながら生きていくよりも、面白い嘘に騙されながら生きていく方がよほどマシ。私たちはそれを、誰よりもよく知っていますからね。


このゲームが低評価を受けている理由。それは…「ゲームが面白くなさ過ぎて、洗脳されようが無い」という、ゲーマー達の、嘆きの声によるものですから。


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本作が「ゲーマーを洗脳する恐怖のゲーム」として大々的に報道されたのは…2045年2月の事でしたが。ゲーマーの危機感を煽るような報道をしていたメディアに反して、ゲーマーたちは、それらのニュースに興味を示すことはありませんでした。彼らが、洗脳されていたというわけではありません。洗脳を軽んじていたわけでも、本作に興味が無かったわけでもありません。単に、2042年のリリース時点で、ZHAが洗脳目的で本作をリリースしている事を、ゲーマーはとっくに知っていたのです。


ZHAという組織の展開するプロパガンダは…、どれもこれも「分かりやすすぎた」んですよ。JAXAが2026年に打ち上げた探査衛星「ゆりかご」。彼らはもともと、その打ち上げに反対するために群れていただけの烏合の衆でした。しかし彼らはそこに、いつしか自分の「居場所」を見つけてしまった。ZHAは…、「宇宙に選ばれし市民」とか…、「今こそ地球開港の時」とか…、徐々にヒロイックな言葉を使いたがるようになってしまって…。どうにも、目立つようになってしまった。


当時の報道では、「ゲームに隠された洗脳技法が、知らず知らずのうちにあなたを洗脳する」なんて語られてはいましたが…。まぁ、これはおそらく、ちゃんと本作を遊んでいない人の評価でしょうね。ニュースというより、ゲームレビューとして信用に値しない。遊びもせずにゲームの評判を鵜吞みにしてしまう、それは騙されやすい人が犯しがちな過ちの一つですよ。遊べば分かることなんです。報道等で「ゲームに隠された洗脳技法」と繰り返し語られた要素の大半は…、まったく、隠れてなどいなかったのですから。


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まずは簡単に、ゲームの導入部分について説明していきましょうか。


主人公であるプレイヤーは、宇宙環境の未来を心配するごくごく普通の少年。しかしある日突然、月からやってきた少女「ルナ」が、怪しげな格好をした輩に追われている現場に遭遇します。正義感から輩に立ち向かう主人公でしたが、イベント戦闘であるためもちろん敗北。絶体絶命のピンチ!しかし、そこへやってきたのは白いスーツに身を包んだ謎の紳士。謎の紳士のサイコキネシスの力で輩は退散し、主人公とルナは九死に一生を得ます。怪しげな輩の正体とは!謎の紳士の正体は!銀河を守る壮大な戦いが、今、幕を開けるのです…!


ロール・プレイング黄金時代を蘇らせたかのような、この古き良きゲームシナリオの黄金方程式はいかがですか?主人公が少年。謎のヒロイン。師匠的存在。目的はもちろん…世界平和!20世紀スタイルのカルト・クラシックの応酬に、目頭が熱くなるのを感じずにはいられません…!当時のRPGはTRPG融合型の一人称視点のゲームが非常に多く、こうしたクラシックな三人称視点のRPGは多くはありませんでしたから。「JRPG」(※)黄金時代を知る高齢者層には、当初こそ、大きな歓迎を持って迎え入れられていた覚えがありますよ…!


※JRPG

1980年代~2000年代に黄金時代を築いたとされる、国産RPG群のこと。現在なお知られるシリーズとして、ファイナルファンタジー、ドラゴンクエスト等がある。


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ところで皆さん、良いRPGの条件って言うと、どういうものを思いつきますか。


このジャンルはファンの高齢化が進んでいますから、不用意に「良いRPGの条件」なんて口に出そうものなら、無用な議論を招いてしまうかもしれないんですが。よくよく引用される格言として、「期待を裏切らず、予想を裏切らなければならない」という言葉なら、皆さんも聞いたことがあるんじゃありませんか? RPGは、シナリオを楽しむゲームジャンルに他ならない。そのシナリオの満足感と新鮮さが、ゲームの出来を左右するというわけです。


良いゲームというのは、プレイヤー違和感を抱かせることなく、思考を誘導してくれるんですよ。どんなプレイヤーにも分かりやすい話からシナリオが始まって、プレイヤーの想像通りにシナリオが進んでいき、思いもよらなかった真実をシナリオの核としてつきつけられる!最初は身構えながら遊んでいたプレイヤーも、徐々にゲームの世界の文脈に慣らされていき…。最後はまるで、自分がゲームの世界に必要とされているかのように錯覚して、ゲームを遊ぶことになる。


ところで皆さん、良い洗脳の条件って言うと、どういうものを思いつきますか。


自分が洗脳されている事に気付いている人なんていないでしょうから、不用意に「良い洗脳の条件」なんて口に出そうものなら、要らぬ対立を招いてしまうかもしれないんですが。よくよく引用される格言として、「期待を裏切らず、予想を裏切らなければならない」という言葉なら、皆さんも聞いたことがあるんじゃありませんか? 洗脳は、相手の思考の隙間に付け入るテクニックに他ならない。そのテクニックの満足感と新鮮さが、洗脳の可否を左右するというわけです。


良い洗脳というのは、誰かに違和感を抱かせることなく、思考を誘導しなければならないんですよ。まずはどんな相手に分かりやすい話から思想に潜入していき、相手の想像通りにこちらの思想を説明していって、思いもよらなかった真実を思想の核としてつきつける!最初は身構えながら話を聞いていた相手も、徐々にこちらの思想に頭を支配されていき…。最後はまるで、自分が現実の世界に必要とされているかのように錯覚して、生きていく事になる!


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では、大失敗したRPGかつ大失敗した洗脳である本作は、一体どのようにしてプレイヤーの期待を裏切り、予想を裏切らなかったのでしょうか。


答えは、簡単です。ゲームを開始してからわずか5分。オープニングムービーを見ていたプレイヤー達は、そこにゲームのオチを予感させる伏線を見つけてしまったんです。それも大量に。「宇宙に選ばれし市民」…、「今こそ地球開港の時」…、「さあ立ち上がれ宇宙の子」…。こんな特徴のある言葉遣いをされたんじゃ、誰だってこのゲームがZHA開発であることに気が付いてしまいますよ。そうなれば、このゲームは最早RPGとして楽しむことは出来なくない。ZHAの政治的プロパガンダであることは、疑いようがありませんからね。


予想通りに進んでしまうゲームってのは…、味気ないものですよ。だから私たちゲーマーは、ゲームをつまらなくしてしまうネタバレを非常に嫌っているんです。しかし、本作はプロパガンダ。ネタを隠すどころか、が主義主張を伝えるために作られている作品なんです。そのシナリオは間違いなくZHAの政治的主張通りに進むでしょうし、敵はZHAのテロ対象である宇宙開発企業で間違いないでしょう。主人公は宇宙環境の為に戦うに決まっているでしょうし…、おそらくは、最後にZHAの聖地であるハワイに向かうでしょう。


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期待を裏切り、予想を裏切らないようで、大変恐縮ですが。


実際、その通りにゲームは進んでいきますからね。


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まず第一に、報道では「気付かぬうちに思想教育を施される」と伝えられたシナリオでしたが。実際に遊んだプレイヤー達からは…、むしろ気付かずにはいられなかったことが、非常に非難を受けました。なにせ序盤でルナを襲っていた怪しい輩からして、誰が見ても分かるくらいに世界各国の首脳陣の顔そのままでしたから。プレイヤーを助けた謎の紳士は…、ZHA指導者「Cradle Comstock」氏を5倍くらい美化したような顔をしていましたが、まぁ、5倍なら誤差の範囲内というものでしょう。


何もかもがあまりに露骨な「演出」の数々は、このゲームの攻略を難しくする要因となりました。ゲーマー達はみな、「展開に気がつかない」ようにこのゲームを遊ぼうと努力しましたからね。しかし彼らが展開に気付かないように努めれば努めるほど…、謎の紳士による人類への有難い説教や、明らかに「デモ用装備」を集めているお使いイベント等、どう頑張っても展開を予想せずにはいられない露骨な伏線たちは、彼らに容赦なく襲い掛かりました。


本来ZHAの主義主張は、文章にすれば数十万行にものぼる壮大な思想なんです。しかし本作は、それを数時間のゲームに圧縮しているため、「宇宙開発は悪!」という主張以外は語られることがありません。ようはこのゲームの中には、彼らの主張の核心部分以外は何も存在していない。ゲームとして分かりやすいかどうかは別として…、プロパガンダとしては非常に優れていると思いますよ? 皆に意図が伝わってしまうプロパガンダなんて、作ろうと思って作れるものではありませんからね。


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少し演出過剰気味なことは否めない本作ですが、大筋においてはシナリオはしっかりしており、決してつまらないものではありません。「ゲーム」として楽しもうとするから過剰な部分が目立つのであって、むしろ「プロパガンダ」と考えてみれば…、その主義主張が分かりやすく説明されており、誰しもが楽しめるシナリオだとさえ言えるでしょう。細部がいくら破綻していたところで、大筋において聞こえが良ければ…、それは出来の良いプロパガンダと言えますからね。


しかしあろうことか、プレイヤー達はあくまで、本作をゲームとして楽しむことをやめませんでした。プロパガンダにゲームの常識にあてはめて、彼らは本作を、口々にこう罵ったのです。「誰でも容易に展開が予想できる薄いシナリオ、言いたいこともすぐに読み取れる。馬鹿でも理解出来ることしか言わなくて、主張も幼稚で、全然やる気がわいてこない。その癖シナリオ細部の作りこみは甘く、ところどころ完全な論理矛盾さえ起こしている。端的に言って、全然面白くない」と。


気付かぬうちに思想教育を施されるというとは、なんと幸せなことなのでしょう。賢明な読者の皆さんなら、既にお気づきなのかもしれませんが。このゲームの最後の敵は、皆さん期待通り、予想を裏切らず、当時ZHA最大の敵であった宇宙開発事業のフロンティア「NASA」です。万が一にも気づかなかった皆さんもご安心ください、そもそもオープニングから、敵は全員「NASA」と書かれたユニフォームを着ていますから。どうです、良くできたプロパガンダでしょう?


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そして第二に、報道で「潜在意識への刷り込みを行う危険な洗脳技術」と伝えられた演出部分。これはゲーム全編を通して遊ぶと、ZHAが「地球開港集会の日」としている2045年8月のハワイ・オアフ島での集会に参加するようマインドコントロールが仕掛けられる…、と言われていたのですが。実際に遊んだプレイヤーの反応と言えば、「あれはそういう意味での演出だったのか…」と、むしろ隠されていた伏線が明かされたかのような扱いでした。


本作においてCryHeartsが最も危険視したのは、このゲーム内に「サブリミナル」と呼ばれている演出技法が使用されていることでした。サブリミナルとは、人々が集中して見入っている映像等に、本人が気付かない程の一瞬だけ「メッセージ」を挿入し、潜在意識にメッセージを植えつけようという試みのことを言います。古くは1973年、Hūsker Dū?という「ゲーム」がCMに「Get It」という購入を促す単語を隠した事で問題となり、2115年の今なお全世界的に自粛されている技術です。


当時の報道発表によれば、スシャマ・ドゥーシャマーに使用されているサブリミナルは合計128箇所。「2045年8月にハワイへ」「あなたは宇宙に選ばれた特別な人間」「教えに従え」と言った文言をはじめとして、理想郷や破滅した世界の絵画の画像などが無関係なシーンに突然差し込まれているんだとか。主にムービー部分や敵との戦闘時に頻繁に挿入されており、ゲームの見所に差し掛かるとメッセージを脳に刷り込まれる…、という仕様になっていたそうです。


2042年頃のSNSのアーカイブを掘り起こしてみると、確かに、「スシャマ・ドゥーシャマーを遊んでいると、なにか一瞬見切れている気がする…」という類の報告は見つかります。しかしながら…、このゲームを遊んで洗脳されてしまったような人は、どう頑張っても見つけることができない。「ゲームを熱中して遊んでいたプレイヤーは、面白さがゆえに気づかぬうちに洗脳されたのです!」と皆さんに説明できないことを…、心の底から苦しく思うばかりですよ。


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まずは本作の自慢のムービーシーン。映画的技法で宇宙を描く本作随一の見所で、グラス形式のウェラブル端末で味わう臨場感のある映像は、現代を生きる皆さんにも体験していただきたい映像美です。ただ、そうして描かれた宇宙を背景に、有難い説法が何分も何分も流れ続ける為、ゲーマー達はこぞってこのムービーをスキップしました。もちろん、そこに流れているサブリミナルメッセージも一緒にスキップ。ムービーがスキップできる事は、本作の数少ない高評価点と言えるでしょう。


手に汗握る戦闘もこのゲームの売りの一つなのですが、このゲームはRPGであると同時に、ZHAにとっては自らの主義主張を体現するプロパガンダでもあります。このゲームには、1990年代の国産RPGそのままの、コマンド選択式の戦闘システムが搭載されています。しかし一つだけ、当時のシステムとは違うところがある。それは「ゲームオーバー」の概念が無いということ。仮にHPが0になっても、宇宙に選ばれし市民であるあなたは、謎の紳士の加護により復活で出来てしまうのです。


絶対正義のZHAは、悪に負けることは無いのですから。ゲームの中とは言え、極悪非道の宇宙開発業者どもに負けるわけがありません。当然、RPGであっても戦闘に負けるわけがない。 プロパガンダとして、非常によく出来ているとは思いませんか? 彼らの思想が手に取るように伝わってくるでしょう? まぁ…、しかしながら。ゲーマー達はあくまで、本作をゲームとして楽しもうとしましたから。これまたあろうことかゲームの常識にあてはめて、彼らは本作を手厳しく非難しました。


「コマンド連打をしてるだけで勝てるバトルシステム、これで喜ぶのは頭を使わない連中だけ。設定としても破綻していて、いつでも助けてもらえるなんてありえない。負けない戦いなんて、勝つ意味が無い。戦う行為と、戦う目的の、主従が逆転している。端的に言って面白くない」と。


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実は本作中一箇所だけ、ZHA創設者であるCradle Comstock氏の顔写真が挿入されるサブリミナルポイントがあるんです。それは俗に言う「お色気シーン」にあたる箇所なのですが…、広大な銀河を背景に、仏像のような見た目をした裸婦がテクノマントラにあわせて踊ると言うシーンで、当時のSNSでも非常に評判を呼びました。しかし結局、このゲームに洗脳された人はいなかったわけですから…、つまりは、プレイヤー達は、お色気シーンすら真面目に見ていなかったという事なのでしょう。


ゲームに熱中している間に洗脳されてしまうとは、なんと誇らしいことなのでしょう。感動のムービーシーンはスキップされ、手に汗握る戦闘シーンは連打の時間となり、お色気シーンは目を背けられ、洗脳の為のギミックの全ては無視されてました。唯一本作でスキップできないムービーシーンは…、エンディングのスタッフロールくらいだったのですが。おそらくほとんどの人は、ご褒美とも言えるスタッフロールですら…。真面目には、見ていなかったのかもしれません。


ああ、そうだそうだ。あれこれ嘆いておいて今更って気もしますけど…、このゲーム、仮に真面目に遊んだところで洗脳される可能性は低いですから、皆さんは安心してこのゲームを遊んでみてくださいね。大丈夫ですよ。何故ならサブリミナルメッセージの大半は…、誤字脱字だらけなので。「2145年にハワイへ」とか…、「ZHZに忠誠を誓え」とか…、「宇田市民」とか…、とかとかとか。こんなメッセージで洗脳された人間は一体どういう行動をとるのか…、皆目、見当がつきませんもん。


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そして最後に、報道で「個人情報の搾取が行われている可能性がある」と伝えられたシステム部分。これに関してはもう…、報道陣がちゃんとゲームを遊んでいないと糾弾されても仕方が無いと思います。CryHearts及び各マスコミは「開発はZHAだと思われる」という報道をしていましたが…、当時は本作をクリアすると、このゲームのログインネームでZHAから直接勧誘のメールが届いたんですから。「思われる」だの、「可能性」だの…。そんな言葉で出元を濁す必要はありませんからね。


この仕様が分かってからのゲーマーコミュニティの盛り上がりは…、それは醜いものでした。簡単に想像がつくでしょう?「今すぐにでも宇宙に核のゴミをうちあげよう」「大好き!宇宙開発!」「Z残念・Hはじめから・Aあんたらだと分かってた」見るに耐えないログインネームでゲームをクリアすることで、ZHAを非難するような名前をデータベースに登録してやろうという連中があらわれたんですよ。無料で配信されていたゲームを遊ぶ対価として…、開発元に個人情報を支払ってあげていると、そう、断言しながら。


本作は、洗脳計画としては最悪だったのかもしれませんが、ゲームとしては丁寧に作られていたゲームでした。グラフィックには力が入っていますし、先が読めてしまうだけでシナリオも悪いわけではありません。しかしゲームを遊んでいない人間にまで本作の事が知られるようになると、本作を少しでも「面白い」と言った人間には、容赦なく「環境テロリスト」のレッテルを張られてしまうようになりました。このゲームをゲームとして評価することが許されない空気が、全プレイヤーには重くのしかかったのです。


気づかない内に個人情報を搾取されてしまうなら、これほど喜ばしいこともありませんよ。個人情報の搾取に誰かが気づいたばっかりに、このゲームを少しでも褒めようとする人間には、ある日突然、「お前はZHAの手先だ」というレッテルが張られるようになってしまった。ゲームをゲームとしては評価できない空気が、世の中には作り上げられてしまった。真実を知ってしまったがばかりに、私たちは、ゲーム一本素直に褒めることが出来なくなってしまった。どうです、良くできたプロパガンダでしょう?


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2045年8月21日、ハワイ・オアフ島、ダイヤモンドヘッド周辺。


Zephyr Humanism Actionの「地球開港集会の日」と考えられていたこの日。神経を削らしたマスコミと、特に何も考えていないおバカな若者が、世界中からこの地に集結しました。もとよりハワイの警察当局は「私的な目的の為の世界遺産利用など許可できるわけが無い」として現地に厳戒態勢を敷いていたのですが、それでもなお、ZHAは集会を強行するだろうと見られていたのです。


しかし、結果的に言えば。当日のハワイは世界中から集まった野次馬によるお祭り騒ぎで、誰がZHAのメンバーで誰がおバカな若者なのかも区別もつかない混乱状態でした。厳戒態勢のために集まっていた警察官は暴れる若者の逮捕に追われ、報道陣から見ても、ZHAから見ても、ゲーマーから見ても、おそらくは暴れる若者の目から見ても…、2045年8月21日には、地球開港に適した日では無かったことでしょう。


結局、ZHA幹部はこの日、ダイヤモンドヘッドに姿を見せる事はありませんでした。そして、スシャマ・ドゥーシャマーを遊んだゲーマー達もまた、「洗脳の力でダイヤモンドヘッドに向ってしまった」と報告することは、ついにはありませんでした。もうこの時には既に、ZHAにとっても、ゲームプレイヤーにとっても、本作は、忘れたいだけの存在になってしまっていましたから。


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2115年現在、ZHAはほぼ解散状態にあると言われています。これだけ宇宙開発が規模を拡大するこの時代だと、「宇宙環境の保護」というテーマは…人々の感情には響かなくなってしまったのかもしれません。また、かつてから効果が疑問視されていたサブリミナルという技術も、長年の研究によって発生条件が明確にされてしまい、本作のケースでは満足な効果が得られないという事も確認されました。ゲームも、それを作った人々も、今ではすっかり、現実に居場所を無くしてしまいました。


かつてあれだけ世間に非難されたスシャマ・ドゥーシャマーも、今や恐れるに足りないゲームになってしまった…という事なのでしょう。なにせ本作を開発したZHA自体が、世代交代に完全に失敗してしまったんです。今の若者の心には、時代遅れのプロパガンダはもう届かなくなってしまいました。仮にこのゲームに「洗脳」の力が本当にあったのだとしても…、もうZHAは存在しない、宇宙環境を保護する意味もない、ダイヤモンドヘッドに行ったところでもう何も起きることはありません。


このゲームはもう、誰の居場所にもなってあげることが出来ない、という事ですよ。


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私は今回のレビューにあたり、本作を繰り返し繰り返しプレイしました。


そして今、私は、ハワイ・ダイヤモンドヘッドに向う必要があると、心の底から使命感に燃えています。これが洗脳された状態というのであれば、それで一向に構いません。スシャマ・ドゥーシャマーは少なくとも、私の洗脳には成功しました。


私は今、スシャマ・ドゥーシャマーを最後まで真面目に遊んだゲーマー達と、この心躍るゲームについて今一度、心行くまで語り合う場がどうしても欲しいのです。良いゲームというのは…、そこが、自分の居場所のような気がしていて。


洗脳されるというのは、幸せな事じゃありませんか。


それ以外の何もかもを、考えてなくても良くなるんですから。


2115/5/4 (Article written by Alamogordo)


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