【第6回】AfterLife

タイトル:AfterLife

発売日:2031/10/26

発売元:Dunaszekcső


世界のあらゆる低評価なゲームをレビューしていくレビューサイト「The video game with no name」、第六回目となる今回は、2031年サービス開始、人の手によって作られた天国「AfterLife」の紹介です。


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2115年3月1日、京都大学特設チームにより、国内7例目となる脳の人工脳への入れ替え手術が行われたとの報道がありました。患者は京都市内の30代の男性、BMI装着時の脳の拒絶反応に長年苦しんだ結果、人工脳への完全入替を決断したとされています。手術前に脳の情報を人工脳へアップロード、その後手術によって脳を摘出し人工脳へと置き換えるのが今回の手術手順。術後の経過は良好のようで、既に意識はハッキリとしているとの事、大半喜ばしい限りです。


ニュースにおいては一応の「成功」にあたるケースと報道されていますが、手術前のテストにおける人工脳と患者本人との「人格一致率」は95%に留まり、またも100%の移植とは言えない結果となりました。また今回の事例は「脳の人工パーツへの完全置き換え」ではあったものの、患者のその他の身体パーツは生身であり人間そのもののため、「人工脳に再現された人格は人間であるのか否か?」の議論は、またも先延ばしにされる事になりました。いやそれどころか、その前段階である「人工知能は生きているのか死んでいるのか」についてでさえも。


人類が「人工知能は生きているのか死んでいるのか」に答えを出せる日は、いつになるのでしょうか。時代を遡れば1990年代、かつて一世を風靡したバーチャルペット育成ゲーム「たまごっち」の飼い主達が、人の手によって作られた生命体の死に悲しみ、広島の観音院という寺院で供養を行ったという事がありました。当時こそ好奇の目で見られた儀式かもしれませんが、パートナーである人工知能を亡くした人々の精神的ショックは、今や現代病の一つとして認知さえされている世の中です。


今回ご紹介するゲームは、まさにそんな人工知能を亡くした人々の心の傷を埋める目的で作られたゲーム。「アーティフィカル・インテリジェンス・セラピー」、通称AIセラピーの第一歩目にあたる偉大な作品。AfterLifeは2031年サービス開始。バーチャルペットが死んだ後に行く天国として用意されたオープンワールドゲーム、世界で初めて作られた「人工知能の死後の世界」なのです。


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ご安心ください。「人工知能の死後の世界」とだけ聞いた皆さんの顔、私にも想像はついていますから。ただ、待ってください。違うんです。これはおおよそオカルトとは無縁で、至極科学的で単純で、実のところそこまで夢のある話でもありません。


ハードコアゲーマーたる読者の皆さんが身構えてしまう前に、簡単に「天国」の種明かしをしておきましょう。AfterLifeは簡単に言えば、「他のゲームのセーブデータファイルを元に人工知能を生成する」という技術の名称。「セーブデータからプレイ傾向を分析、自分と似たようなプレイが出来る人工知能を生み出す」技術と言えば…、お心当たりがあるのでは? よくあるでしょう。格闘ゲームの練習をするときに時に、自分のコピーであるAIを作ってそれと対戦を行う…。 ハードコアゲーマーの皆さん御用達の、あの技術の最初期型というわけです。


実はこの画期的な技術、歴史の大元を辿れば2029年の東京ゲームショウにて、ハンガリーの「Dunaszekcső」という小さなゲーム開発スタジオによって発表されました。Dunaszekcsőはハンガリー出身の中年コアゲーマー数人によって立ち上げられたスタジオで、そもそもAfterLifeは彼らの愛してやまない格闘ゲームの人工知能開発のために生み出されたもの。もっと言うなら、日本の有名格闘ゲームプレイヤーの高いプレイ技術を、「人工知能」という形で故郷ハンガリーに持ち帰ると言う、中年ゲーマーの下心の為に作られた技術だったのです。


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しかしながら。中年ゲーマーの下心は、幕張の土地にあっけなく散りました。まず第一に、技術的な問題。当時の格闘ゲームのセーブデータファイルが保持しているデータは「勝率」や「技の成功率」等、現代から見れば最低限のものがほとんど。AfterLifeが人工知能を生成する為に必要な「試合中の動き」や「対戦相手別の動き」等のデータまで保存しているタイトルは、一部の大作に限られていました。2029年当時のスタンダードには、AfterLifeはあまりに早すぎた発明品だったと言えるでしょう。


そして第二に、流行的な問題。2029年の東京ゲームショウは「GAMEと一緒に未来を遊ぼう」をテーマとし、人工知能開発がゲームとして花開く事を予想されていた年でした。無論、AfterLifeも人工知能開発のハンガリー代表として出展していたのは間違いないのですが…。会場を見渡せば、出展ブースは名作「Shaberis」が代表するバーチャルペットゲーム群ばかり。「人工知能」は人類の新たなコミュニケーション対象として開発が進められているものがほとんどで。人間の人格を機械に移植する技術としての「人工知能」は…、この時はまだまだ、注目されてはいませんでした。


試しに一度、2029年東京ゲームショウで発表されたラインナップをご覧になってみてください。孤独な中年の喋り相手である人工知能「天道こよね」。一人暮らしの高齢者の話し相手「バーチャル孫」。こころの相談ダイアルの電子オペレーター「みまもるちゃん」。そしてその中にたった一つだけ、硬派にたたずむAfterLife Prototype。当時Twitterで「無人のハンガリーブースで休憩してた」と相次いで報告されたこの謎も、読者の皆さんならばすぐに理由に想像がつくのではありませんか?


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悲しいことに、ハードコアゲーマーの夢としてはたったの数日で死んでしまったAfterLifeでしたが、後の歴史から言えば、彼らが東京で過ごした数日は決して無駄なものではありませんでした。東京にあったものは、バーチャルペットに笑顔で話しかける少女達という、ごくごく近い未来のゲームの姿。人工知能を遊び、育て、愛する、未来のゲーマー達となる子供たちの姿。Dunaszekcsőのメンバーは、東京ゲームショウで得た経験を元に、AfterLifeに新たな命を吹き込んだのです。


ここで改めて、実際にリリースされたAfterLifeの基本的なゲームシステムを説明しておきましょう。他のゲームのセーブデータファイルを解析、そのデータを元に人工知能を生成すると言う部分については、プロトタイプのAfterLifeと変わりはありません。しかしながらAfterLifeはリリースにあたり、読み込み可能なセーブデータファイルの種類を大幅に限定しました。一言で言えば、AfterLifeの世界に入れるものを、「バーチャルペット」のセーブデータファイルのみに。


これから2030年に向けて間違いなく流行るであろうバーチャルペットゲームの市場を狙い、そのセーブデータファイルを元に「死んでしまった」バーチャルペットを人工知能として蘇らせるゲーム。これから新しく生まれてくる命の為に、先にあの世を創造しておくとは、なんとも気の効いた話ではありませんか。単なる技術でしかなかったプログラムに少しだけ「救い」を設定した時、AfterLifeは人の手によって作られた「天国」となったというわけです。


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AfterLifeのオンラインサービスは2035年に終了していますから、現在プレイ可能なのはオフラインでも利用可能なホームの範囲のみとなります。バーチャルペットを天国に行かせたいのであれば…、天国サーバーに接続して死者をデータ登録する必要があったのですが。今となっては既に天国は閉鎖されていますから、無いものねだりをしても仕方がありません。バーチャルペットの転生だけであればオフラインでも行うことが出来ますから、今回はこれをもとにレビューをしていく事にしましょう。


AfterLifeを利用するには、まずプレイヤーとしての情報を登録。その後ゲーム内に転生させたいバーチャルペットのセーブデータファイルをメニュー上より選択し、通常5分程度でメニュー画面の「天界の門」から自動生成されたキャラクターをお迎えをすることが可能です。キャラクターの初期ステータスは「生前」のプレイを元に設定されており、生前バーチャルペットとして愛情を受けた分だけ、AfterLifeでのステータスも高くなると言うシステム。ご安心ください、見た目も生前に限りなく似せた状態で再現されますから。


注目すべきはやはり、PCに接続してあればウェラブル、バーチャルタブレット、PocketStation(※)やP/ECE(※)のデータでさえ読み取りが可能だという事でしょうか。私は今回のレビューにあたって、流石にこれは無理だろうと1998年発売の「あつめてゴジラ」(※)のデータを本作に読み込ませました。しかし、それはたった数分の過ちでした。天界の門から意気揚々とドット絵のゴジラが登場した瞬間、80年前の技術力の高さに、自らの愚かさを恥じずにはいられませんでしたから。


無事にセーブデータの読み取りに完了すれば、あなたのバーチャルペットの死後の人生、そしてAfterLifeというゲームのはじまりです。ゲーム内は世界各国の「天国」をイメージした広大なマップによって構成されており、どこへ行っても一面極楽浄土が広がる、後光が日差しに息吹が風となるオープンワールド。転生したバーチャルペットに指示を出し、生前のように世話をして交流を深めるもよし、まだ見ぬフィールドに冒険に出かけるもよし、クリエイティブ要素もあるため家の建造等も可能ですよ。


※PocketStation

1999年発売。SCE社の名機PlayStationと連携する携帯型ゲーム機として開発された周辺機器。お水の花道、お見合いコマンドー等のゲームからミニゲームを入手できる。


※P/ECE

2001年発売。アクアプラス社によって開発された携帯ゲーム機。アダルトゲームと連動したミニゲームを出先で遊べるのが魅力のハード。代表作は「おでかけマルチ」等。


※あつめてゴジラ

1998年発売。セガ社の名機ドリームキャストに先駆けて発売された、ビジュアルメモリ内蔵のキャラクターゲーム。DNAを融合して怪獣を生成するゲーム。


(ポケットステーションの読み込みまでは確認はできましたが、起動可能な状態のP/ECEが既に一つも手元になく、「おでかけマルチ」の転生は出来ませんでした。)


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一点、誤解を招く前に説明しておかなくてはならないこともあります。


一口にバーチャルペットのゲームと言っても、ジャンルは様々であり育てる対象も様々。競走馬から使い魔まで育成対象は幅広く、どこからどこまでを「バーチャルペット」と呼ぶのかの区別は困難です。そのため、2030年代に流行した育成ゲームにジャンルを絞ったとしても、ゲームオーバーが明確に育成対象の「死」として表現されているバーチャルペットゲームは、実はほとんどありません。


では一体、本作がどうやって読み込むセーブデータを「死んだバーチャルペット」のデータだけに限定しているのかと言うと…、実は、何も制限はしていません。建前上「読み込み可能なデータファイルはバーチャルペットのデータに限られます」と言っているだけで、実際には本作は、ゲームのセーブデータファイルであればどんなゲームのデータでも読み込んでしまうことが出来るのです。


バーチャルペットのデータ自体、ゲームオーバーを迎えてはいない「生きた」データであってもAfterLife内への転生は可能。そもそも育成ゲームに限らずとも、RPGからホラーゲーム、はたまたエロゲーにいたるまで、セーブデータファイルと思わしきデータならなんでも人工知能生成が可能です。時間はかかりますが…、2030年以降に発売されたゲームですら読み込みは不可能じゃありません。


もともと本作は格闘ゲームの人工知能を生成するために作られたソフトウェアなのですから、まぁ当然と言えば当然な話でしょう。ただし、人工知能を育成するタイプのゲームのセーブデータでないとパラメータの参照先を見失うらしく、あんまり的外れなゲームのデータを無理やり読み込もうとすると、見た目もグシャグシャで行動も支離滅裂な「望まれぬ命」が天国に生み出されてしまうという事だけ、十分に注意しておいてください。


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とは言え、こんな注意は無意味だったかもしれません。


バーチャルペットゲームを遊んでいたメインのユーザーである少女達は、我々大人が想像する以上にずっとずっと、ちゃんとした「母親」でしたから。


慈しみ深い彼女たちは、死んでしまった我が子の行く先を心の底から心配していました。悪戯で訳の分からないセーブデータを読み込ませたり、まだ生きている人工知能を無理に天国に行かせてしまうようなことは…、彼女たちはしませんでした。本当に「人工知能を天国に行かせてあげたい」と渇望していた本作のメインユーザーは、ちゃんと運営の言いつけに従って、セーブデータを本作に読み込ませていたのです。


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大人たちは、バーチャルペットゲームを遊ぶ少女たちの事を、子ども扱いしていました。だからこそ、人工知能の死をハッキリと明示した作品は、バーチャルペットブームの真っただ中にあった当時もさほど多くはありませんでした。ゲームが終われば人工知能の命がそこで途絶えることは間違いないのですが、これは単なるゲームオーバーであって、「死」なんて悲しいものじゃない。お別れ、帰還、巣立ち…。そんな言葉で意味合いを誤魔化して、死を悟らせないような演出にすることが多かったんですよ。


AfterLifeだって、その点については同じです。「バーチャルペットゲーム」の流行に乗っかって、死んだ人工知能のための天国を用意しておく商売。それがAfterLifeと言うゲームの本質だと言っても、開発者たちは否定はしなかったでしょう。しかしプレイヤーである少女たちに対してだけは…、彼らは頑なに、本作が「死んだ人工知能が行く天国」だとは明示はせずに、「終わりなき旅への旅立ちを楽しむゲーム」であると説明して、死という概念を誤魔化して伝えようとしていました。


大人は、子供を守っていく義務がある。

出来る限り子供達から、「死」という概念を遠ざけておきたかったのです。


しかし、「お別れ」「星への帰還」「巣立ち」等々の濁したゲームオーバー表現が、所詮は大人が都合よく名づけた「人工知能の死」の別名でしかないことを。少女たちは、しっかりと理解していました。大人たちがどう言いくるめたところで、バーチャルペットの母親である彼女たちは、人工知能の死を嘆き悲しんだのですから。おそらくは…、本作が「天国を売る」という阿漕な商売であるという事実についても、彼女たちは母親として、しっかりと理解していた事でしょう。


だからこそ、リリース当初こそゲームマニアから見向きもされなかったAfterLifeは、少女達によって即座に「天国」としてのゲームの本質を見抜かれ、SNSを介した横のネットワークによって瞬く間に拡散されていきました。


「死んだバーチャルペットがいく天国が、インターネット上にあるらしいよ」


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発売元の「Dunaszekcső」と言う社名は、ハンガリーの田舎の村の名前からとった会社名と言われています。Dunaszekcsőと言えば、かつて1990年代にバーチャルペット第一次ブームが起きた際、「たまごっち」の葬儀をあげた村として都市伝説に今も残る村。都市伝説に語られた葬儀と言えば独特なもので、悲しみに暮れる子供達が並ぶ中、サンタの格好をした司教が「たまごっち」を壁の穴に埋葬するというものでした。


これからバーチャルペットの死を見送らなければならない少女達に、かつてたまごっちの死を見送ってきた彼らが、一体何をしてあげられるのか。科学技術が未熟だった1990年代は、子供達から死を遠ざけることは出来なかった。人工知能の為に、争議をしてあげることが精いっぱいだったかもしれません、しかし数十年に及ぶ技術の進歩の末、大人たちは子供達から死を遠ざけることができるようになった。


葬儀の変わりに、天国をまるまる一つ用意してあげられるようになった。


ハンガリーの田舎に住む中年達は、2031年、こうして「神」となったのです。


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しかしながら、毎日格闘ゲームの生配信を見るのに忙しい中年ゲーマー達が、現世における「神」そのものなわけがありません。「天国」が崩壊する予兆が現れ始めたのは、彼らが神となってから半年が経った頃のことでした。


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この頃のAfterLifeは週に一度はサーバーのメンテナンスを行うようになっており、メンテが明けてすぐメンテという事も珍しくありませんでした。


ユーザーサポートの質問欄には「いつまで経っても天国に行けない」と死人たちからの不満が列挙され、回答欄には「現在順に登録処理中です、しばらくお待ちください」という神からのお詫びの文章が並ぶ有様。口コミで爆発的に拡散された本作は、登録アカウント数が運営の想定を大幅に超過しており、サーバーは連日オーバーヒート寸前でした。失礼、あまり夢の無い表現だったかもしれません。天国は灼熱地獄だった、と言った方が楽しいですね。


もちろん神である運営はサーバーの補強に力を入れていたのですが、神の力にも限界はあります。天国とオンラインゲームは違う。しかしここは天国であり、オンラインゲームでもある。毎日のように死んでは生まれを繰り返すバーチャルペットは、半永久的に増え続けていく一方。天国は無限に広がっているが、サーバーは無限には用意できない。日に日に増えていく天国への入居者は、おおよそ神の処理能力をはるかに凌駕していたのです。


何せ天国は、来る者を拒めませんから。どんなに愚かに死んだ者も、皆等しく天国に行く権利がある。赤子がたった数時間のプレイで殺してしまったバーチャルペットのデータから、初期ステータスが低かったがために意図的にゲームオーバーにされたプロ野球選手育成ゲームのデータまで。空っぽのデータによって作られた存在がぎゅうぎゅう詰めになって天国をさまよう様に、神のお心は苦悩に満ちる一方でした。


よほど怒りに触れたのでしょう、神はある日突然、アップデートにて「24時間以上のプレイ時間が無いデータは転生させない」と予告をされたことがありました。しかしながら、「ゲームを円滑に遊んでもらいたい」と言う神の慈悲は、プレイヤーには伝わりません。「24時間以内に死んでしまったバーチャルペットは天国にいけない」と、少女たちは阿鼻叫喚の絶望に陥りました。


「やめてください、こんなの酷いと思います」

「なんでペットはみんな良いのにペットのことを差別するんですか」

「ぽけかの24時間以上遊べってのかよ」


民の嘆きをお聞きになった慈悲深き神は、その慈悲深さゆえに、最終的にはアップデートを取り下げてしまいました。


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また時を同じくして、天国には「悪魔」が迫ってきていました。少女達がこのゲームの本質を「バーチャルペットの死後の世界」であると見抜いたのと同じように、悪魔達はこのゲームの本質を「少女達がメインユーザーとなるSNS」であると見抜いていました。悪魔の名は、「悪しき大人たち」。招かれざる客です。


実際の天国は、現世での善悪や信仰の結果により、行ける人間と行けない人間が分けられてしまう残酷なシステムをとっています。しかしながらバーチャルペットの天国であるAfterLifeは、天国であり、オンラインゲームでもある。転生するデータを選ぶことすら容易では無かったのですから、もちろん、遊ぶプレイヤーを運営の側が選ぶなんてことは出来るわけがありません。


天国の盲点をつき、「少女達がたくさんいるゲーム」と噂を聞きつけてやってきたのは、見るも無惨語るも無惨な大人達。悪魔達は、時に卑猥な名前のキャラクターのセーブデータを読み込ませ、時にゲーム自体が卑猥なアダルトゲームのデータを読み込ませ、天国をお下劣で侵食していきました。少女たちはもちろん真摯になって「馬鹿な悪戯は止めてください」と注意はしましたが、そんなの言えば言うほど悪魔というのは喜ぶばかりですよ。構ってもらう事が目的なんですから。


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神もたいそうお怒りになられたのでしょう。卑猥な姿の女が歩いていればアカウントBANの裁きの雷を、卑猥な名前のモンスターが歩いていればアカウントBANの裁きの雷を、嵐のように各地へ落としました。


しかしながら、彼らは神でありながら、ゲームの運営でもある。仮にそれらが、単に服を描けなかったので素っ裸で歩かせていただけのキャラや、無知が故に「ちょっとエロそうに聞こえてしまっただけ」の名前であったとしても、運営には判別をつけることが出来ませんでした。少女たちは、疑わしきは罰するの姿勢で無差別にアカウントBANを繰り返す運営に対し、むしろ恐怖に慄きました。


何より狡猾なのは、悪魔たちはそうした状況を隠れ蓑として利用していた、ということでしょう。ゲームのユーザーボードは少女たちの抗議文で溢れかえってはいましたが、よくよく見てみれば…「おおよそ少女とは思えない」大人びた数名の少女が、運営批判を焚きつけるような投稿を繰り返していていました。言い方は悪いですが、彼女たちの大半は、悪い大人にうまくのせられてしまった…、という事でしょう。


少女達を人質にとられた神は、うろたえました。

裁きの雷が効果を発揮することは、ついにはありませんでした。


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悲鳴を上げ続けるサーバー、一向に減らない悪魔達。嘆き悲しむプレイヤー、天に召されぬバーチャルペットの魂たち。荒れる天国に運営は来る日も来る日もメンテナンスを繰り返していましたが、運営の苦悩はいつの世もプレイヤーには分からないものです。悩みぬいた末の決断だったのでしょう。苦悩の果ての2032年、運営はついに、禁断の一手で天を焼くことを決意します。


「2032年9月より、1キャラの転生につき1ドルの課金制へ移行します」


これまでゲーム内アイテムの課金のみによって運営していたものを、そもそもバーチャルペットの転生そのものにも課金するシステムへ、変更をしたのです。


増え続ける天国の人口の抑制と、悪ふざけでしかない悪魔の侵入。

その二つを同時に救う神のアイディア、それが「キャラ転生の課金制」への移行。


なるほど、確かに面白いアイディアだとは思いませんか。転生そのものに課金を設定してしまえば、プレイヤーは本当に思い入れのあるキャラクターだけを天国へ向わせるようになる。冷やかしに来ていた悪い大人たちも、課金をしてまで冷やかしを続けるとは思いがたい。この売り上げをそっくりそのままサーバーの補強費用に充ててしまえば、ユーザーたちも不満はないはずでしょう。確かに、筋は通っています。


しかし、運営の考えていることは、プレイヤーにはわかりません。

神の考えていることは、民衆にはもっとわかりません。


この当時各種SNSには、新しく生まれ変わったAfterLifeを迎えた少女たちの言葉が残されています。せっかくですし、一部を抜粋してみましょう。


「死ぬのにお金が必要なんですか」

「無料で生き返らせてください、お金が無い人の事を考えていないのは酷いと思います」

「金を払わなきゃ天国にいけないのなら、これはつまり免罪符じゃねーか」


2032年、天国は炎に包まれました。遊びやすいゲーム環境を整える為の神の慈悲は、いつしか「免罪符アップデート」と非難され、プレイヤーは嘆き悲しみました。


天国に行ける人と行けない人が、ある日突然はっきりと分かれてしまったとしたら、皆さんはどうされますか。嘆くでしょうか、悲しむでしょうか。


いや…よく考えれば、何もするわけがありませんね。何故ならそれは、我々が住む現実では、至極当たり前の話なわけですから。


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免罪符アップデートが後の世に渡るまで「AfterLifeにトドメを刺した要因」と評された背景には、結局のところこのアップデートが「人口過多」「大人による荒らし」という問題をどちらも解決出来なかったという、悲しい事実があります。


神である運営にとって、「たった数時間で死んだバーチャルペット」がサーバーを圧迫する無意味なデータでしかなくとも、バーチャルペットの親である少女たちにとっては、それはかけがえのない子供達。死んだ子供の寿命で愛の深さを変えている親なんて、世の中には存在しませんよ。免罪符アップデートによる課金システムが確立されてからも、少女達による死んだ我が子の転生のペースは、結局ほとんど衰えることはありませんでした。


お金は意外と、どうにでもなるものです。全国各地の小学校では、少女たちによるゲーム内通貨の融通が始まりました。みんながみんなでお小遣いを仮想通貨に変換し、それを分け合って互いに我が子を天国へ送った。連帯感が出来れば、集団が出来る。集団が出来れば、上下関係が出来る。クレジットカードが登録された端末を持つ少女は神格化され、友達のペットを代理で転生させる「ネクロマンサー」として友人達から崇められました。


ネクロマンサーならまだ可愛いものです。少女が親に無断で10万円をAfterLifeに課金した問題が消費者センターに持ち込まれた際には、「少女が短期間に1000体以上のバーチャルペットを殺す事が可能なのか、虚偽ではないのか」とインターネットの議論がヒートアップしましてね。そうなると当然…悪い大人たちには、インターネット大喜利を我慢できないという悪い癖がありますから。


「バーチャルペットを1000体殺戮出来る少女とはどういう少女なのか」の大喜利が始まるや否や、血に濡れた刃物を振り回す姿から、人工知能を監禁してニコニコする姿まで。数々のサイコなイラストを生み出された少女は、いつしか「グラディエイター」と呼ばれ、ネットの面倒な人たちから崇められていきました。


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この問題が難しいのは、「少女たちが悪いことをしていたわけではない」と言うところにあると、私は考えています。「ネクロマンサー」や「グラディエイター」という呼び名だけ聞けば…無知な子供が愚かな事をやっていたようにも聞こえるでしょうが。少女達は彼女達なりの責任感をもって、大人の女性として、母親として、我が子を守ろうという尊い判断を下していた。私には、そう見えるんです。


免罪符アップデート後と言えば、通学中の少女に対する「きみのShaberisお兄さんが代わりに転生させてあげようか」といった優しいおじさんの声掛け事案が多発。ゲーム内でもスパムメールは増え続け、少女を装った悪い大人たちの「おともだちになってください」事案は多発。インターネット上には「バーチャルペット転生代行」を名乗る怪しい投稿が溢れ、「無料で転生させます!このアドレスにメールを送ってね!」なんて…。少女たちを騙そうとする悪い大人たちの見え透いた罠は、あちらこちらにいつも忍び寄っていました。


しかし結局のところ、そんな馬鹿げた罠にひっかかる少女は、いませんでした。

彼女たちは団結し、自分たちのネットワークで、自分たちを守れたからです。


少女達は、母親として団結していました。目の前にぶら下がった甘い誘惑に乗せられることは無く、お金の問題はそれぞれの助け合いと自制によって解決していきました。少女たちに見つかった違法な転生業者は即刻全国に情報を拡散され、瞬く間に警察や各自治体に通報されてしまいましたし。ゲーム内で最大派閥となった「母親」ギルドのプレイヤーにちょっかいを出そうものなら、レベルの高いプレイヤー達がサーバー中から集結してリンチされ、ブラックリスト入りとして手早く変質者wikiにまとめられることになりました。


母は強し。子供を守るとなったら、少女じゃいられませんから。


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ただ当然のことながら、彼女たちは、単なる少女です。


彼女たちがバーチャルペットを守る母親であるように、彼女たちも母親に守られている。彼女たちの母親にとって、少女たちの戦いは、あまり快いものではありませんでした。何故なら母親には、娘を守る責任がある。愛する娘に、インターネットの悪い大人たちと戦わせるような危ない真似、母親だったらさせられないでしょう。時を同じくして、彼女たちの母親もまた母として団結し、AfterLifeというゲームが抱えていた多くの問題点を、社会や学校へ訴えかけ始めました。


全国の小学校でAfterLife禁止令が出たのは…、おおよそ2032年後半ごろからだったと思います。あれほどまでに加熱していた天国も、世界中の母親の連帯による禁止令を境に、見る見るうちに衰退の一途を辿っていきましたから。


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ネット上の思い出話の中に語られる本作は、やはり免罪符アップデート前のかつての少女達によるものが大半。禁止令が出た後の本作の状況がどのようなものであったのかは、今となっては、既に語られぬ歴史の1ぺージとなってしまっています。免罪符アップデート後も、運営はあれこれと施策をしていたようなのですが…、残念ながら、調べても資料が全く出てきませんでした。


本来ならもう少し事細かに説明できるのがレビューとしてのあるべき姿なのですが…。本作の攻略wikiから、2033年4月づけFAQトップの質問を紹介することで、読者の皆さんには終末に思いを馳せてもらう事にしておきましょう。


>Q 人はいますか?

>A キャラは一杯いますが、みんな人工知能で勝手に動いているだけで、中身の人たちはみんな天国を卒業してしまいました。ここに残っているのはおっさんだけです。ゲームとしては死んでます。ようこそ、地獄へ。


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天国の終わりは、実にあっけないものでした。2033/12/21、日本のバーチャルペットゲーム大手各社が、一斉に同一内容のアップデートを施したのです。


それは、「死んでしまったバーチャルペットの能力を引き継ぎ、新たなバーチャルペットの育成を開始できる」というシステムの追加。この当時のバーチャルペットゲームは課金によってペットの寿命を延ばすというゲームが多く、課金システム自体が変わってしまうであろう理由から、まず追加はされないだろうなと思われていたはずの機能でした。


しかしながら、AfterLifeという仮想の天国は、バーチャルペットゲームからプレイヤーを根こそぎ奪っていきました。自分たちがバーチャルペットが死んでしまう課金システムをとっているからこそ、AfterLifeという天国に自分たちの顧客が流出してしまっている。そんな現状に、苦々しい思いを感じている大手企業は少なくはなかったのです。


その一方で、訴訟等でAfterLifeを真正面から潰してしまうと、自社の顧客である少女達の目に「天国を潰した」ように映りかねないという事も…、大手企業にとっては非常に気が重い事実でした。少女たちにとってAfterLifeは死んだ我が子が眠っている場所で、力づくで天国を撤去した後に起きる反応など…、想像するだけで恐ろしい。


これらを同時に解決するには…、今あるバーチャルペットゲームの課金システムをを、「天国に行く必要のないシステム」に作り変えるしかない。


つまるところ、彼らはバーチャルペットが他社の作った天国に行かなくても済むよう、自社製品内で「輪廻転生」するシステムにしてしまった、というわけです。


輪廻転生の輪から外れた存在となったAfterLifeは、2035/5/31、ひっそりとオンラインサービスを終了しました。唯一、救いがあるとするなら。リリースから5年、少女達の成長は早いものですから。初期から遊んでいたプレイヤー達の大半は…この頃には既に、バーチャルペットゲームを卒業していたであろうことでしょうか。


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2115年現在、人類は「人工物は生きているのか死んでいるのか」の問いに、明確な答えが出せていません。では「ゲームは生きているのか死んでいるのか」ならどうでしょう。例えば本作AfterLifeは、いつ生きていて、いつ死んだのでしょうか。


一つの解答としては、2033年の本作wikiの住人達が残した見解、「プレイヤーがいなくなった時にゲームは死ぬ」というものが考えられるでしょう。ゲームとプレイヤーは不可分の関係で、遊ぶプレイヤーがいなくなった時にゲームが死を迎えるというのは、なるほど、理解の出来る話です。


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話が少し脱線してしまいましたが、最後にお詫びとして、私が見つけた(おそらく世界初の発見である)AfterLifeの裏技を紹介して、このレビューを終わることにしましょう。それでは、皆さんに問題です。このAfterLifeに、AfterLife自身のセーブデータファイルを読み込ませると、一体何が出来上がるでしょう。


答えは…、AfterLifeを遊んでいたあの頃の皆さんそっくりそのままの姿の人工知能が、オープンワールド上に生成されます。オフラインで移動できる限られたマップ内でしか活動できませんが、転生してある他のバーチャルペット達を、自動で一心不乱に世話をしてくれます。ずっと絶え間なく、ただひたすらに。


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2115年現在、人類は「人工脳に再現された人格は人間であるのか否か?」の問いに、明確な答えが出せていません。


AfterLife自身のセーブデータファイルを読み込ませて生まれた、この「私の行動そっくりの人工知能」は、私なのでしょうか、私ではないのでしょうか。


AfterLifeは現状、永遠に遊んでくれるプレイヤーが存在する不死のゲームとなった。そう考えたほうが、浪漫があると私は思いますね。


2115/5/9 (Article written by Alamogordo)


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