The video game with no name

赤野工作

【第1回】キミにキュン!人工ヒメゴコロ

タイトル:キミにキュン!人工ヒメゴコロ

発売日:2022/08/31

発売元:人工おとめ組


世界のあらゆる低評価なゲームをレビューしていくレビューサイト「The video game with no name」、記念すべき第一回目となる今回は、2022年発売、大失敗した仮想現実「キミにキュン!人工ヒメゴコロ」の紹介です。


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皆さんには夢がありますか、私にはあります。


…いや、正確には「ありました」。


それは、ゲームの中に入りたいという夢でした。


笑っていただいておおいに結構、哀れな男の戯言だと思って聞いてください。冒険がある、恋愛がある、選択がある、決断がある。ゲームに半生を捧げたこの人生の経験が、いっそゲームの中に入れたらと、私にそう訴えかけるのです。


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コンピュータグラフィックによって描かれた、現実と見間違える程の仮想現実。画面の向こう側の世界…ゲームの中に入るための未来技術、バーチャルリアリティ!


人はいつから、もう一つの現実に夢を見なくなってしまったのでしょう? かつてはあれほど輝いていたはずの仮想現実も、今となってはポルノ広告が溢れるばかりの場所になり果てました。「ゲームの中に入れる技術」仮想現実は、100年前ほどまでは確かに、ゲーマーが追い求めてきた夢の技術だったはずなのです。


そこにはかつて、「現実」と見間違えるほどの「もう一つの現実」が存在していました。あまりに進化し過ぎたテクノロジーに、人類はいつの日か、現実と仮想現実の区別がつけられなくなるかもしれない。その時人類はゲームの世界の中に囚われてしまい、現実の世界には戻ってこれなくなるかもしれない…だなんてことを恐れて。


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しかし皆さんご存知の通り、仮想現実は今じゃ現実の一部でしかありません。サイバースペースに溢れるのは、いかがわしいポルノやクソ不味い人工肉の広告ばかり。数ペタバイトの容量しかない公共仮想空間以外は、金持ち向けにDLCで分割販売されている始末です。神に不満を呟いてみても、与えられるのはユーザーサポートへのお問い合わせ番号だけ。夢の仮想現実は、既に現実に支配されてしまいました。二つの現実に区別をつける意味は…、最早無くなってしまったと言うべきでしょう。


仮想現実技術の普及は2010年代後半、Oculus RiftやPlaystationVRといった「第一世代」マシンの販売から始まったとされています。第一世代のVRマシンなんて、目の前で映像を流すだけの原始的な機械にすぎないのですが…。なんでも当時の人々は、こんな粗野な機械を目にした時でさえ、「ゲームの中に入れる夢の時代がやってきた!」と歓喜の声を挙げたのだそうで。当時はまだ、仮想現実には夢が残っていた。今となっては、無邪気さが羨ましいほどではありませんか?


かつてはあの任天堂が、仮想現実に未来を求めたこともありました。1995年に発売された、VRマシン「バーチャルボーイ」をご存知ですか? これは時代を数十年も先取りした画期的なマシンで…!そうであるが故に、技術的制約から画面が赤一色なんて仕様でもあったのですが。真っ赤な海で釣りをしたり、真っ赤な野球場で試合を楽しんだり。マシンの中にあった仮想現実は、まさに現実離れした現実そのものでしたから。当時の人類は、そこに未来を見ることが出来たのでしょう。


※2016年発売前夜のプレイステーションVRのサイトが残ってました!

http://web.archive.org/web/20160323045755/http://www.jp.playstation.com/psvr/


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ただ、残念なことに。どんなに優れたテクノロジーであっても、「人類が利用する」という制約からは逃れることができません。いかなる先進的な未来技術も、それを使うのが人類である以上。我々の下衆な欲求に消費され、いつかは玩具として使い捨てられる運命にあります。仮想現実においては…、それは「ポルノ」でした。開始当初は医療やビジネス分野での開発が進められたVRマシンも、普及からしばらくたった2020年には、ポルノ目的での利用が全体の半分を占めていたと言われています。


世界のあらゆる低評価なゲームをレビューしていくゲームレビューサイト「The video game with no name」、記念すべき第一回目となる今回は、そんな時代の節目、2022年に発売されたゲームをご紹介いたしましょう。歴史上はじめて大失敗した仮想現実と呼ばれる、VRポルノゲームの始祖とも言うべきゲーム。「遊んでいるだけで体調が悪くなる」と言われた…。人工おとめ組開発、「キミにキュン!人工ヒメゴコロ」の登場です。


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人工ヒメゴコロは、当時としては異例とも言えるほど高品質なポルノゲームでした。


2020年当時、既に「VRポルノ」は珍しくもない娯楽となっていましたが、輝かしきVR黄金時代とも言えるこの20年代は、同時に、低品質な作品が市場を支配したVR暗黒時代でもありました。いつの世の中も、加熱する市場には怪しい業者が流入してくるものでしょう?VRと名乗れば何でも売れる時代だったんです。実験的なアーティスティック・ポルノの未完成品から、単なる盗撮に値札を付けたような作品まで。粗製乱造の仮想現実は毎秒ごとに増殖を繰り返し、市場は瞬く間に低品質な作品に溢れていきました。


当時はまだまだ技術が未熟な時代でしたから、VRゲームを開発するには大きな資金が必要でした。しかし「安かろう悪かろう」の論理に支配されていた当時のVRポルノ市場では、高品質なVRポルノゲームを販売しても、資金を回収できるだけの売り上げが期待出来るわけがありません。結果として、この当時販売されていたポルノゲーム達は、ポリゴンモデルの眼が飛び出て描画されたり、セクシーな裸体をすり抜けて体内が見えてしまったり、目に見えてチープな作品がスタンダードとなっていました。


開発者にとっても消費者にとっても、VRポルノゲームは長らく、現実的ではない選択肢でしかなかったのです。世の中にはいくらでもワンコインで売られているVRポルノが存在しているのに、わざわざ割高なVRポルノゲームを買うほどのリスクを犯す必要がない。その上当時のVRポルノゲームは安っぽい作りなのが当たり前で…、こんなものを好き好んで買っているのは、「バーチャルなお人形」と性行為をしたいという、一部の好事家のための娯楽としか思われていませんでしたから。


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とは言え、誰も彼もが市場原理におもねって、安上がりなゲームを作ることに甘んじていたわけではありません。一部のゲームクリエイター達は、粗製乱造に支配されたVR市場を変えてやろうと、日々、試行錯誤を繰り返していました。市場がこのまま低品質な作品群に支配され続ければ、いつかは仮想現実自体から消費が離れて行ってしまうかもしれない。自分たちが夢見てきた「VRポルノゲーム」から、未来の顧客が失われてしまう事を、彼らは恐れていたのかもしれません。


VRポルノゲーム黎明期は、使命感に燃えた若者たちによって作られた時代でした。若きクリエイターは私財を投げ売って、安上がりな「VRポルノ」を市場から駆逐するため、いつか夢見た高品質な「VRポルノゲーム」の開発に挑戦しました。仮に性的欲求を満たすための作品であっても、ナラティブがあり、ゲームシステムがあり、イノベーションがある。自分たちが優れたゲームを生み出す事で、現状に革命を起こすことが出来るのだと、彼らは信じて疑いませんでした。


しかし結果的に、そうして開発された志の高いゲーム達は、世の中を変えることは出来ませんでした。情熱に燃えた若者たちも、老いて無一文となって仮想現実から去っていきました。どれだけ情熱を持って作られた作品も、市場に出てしまえば単なる選択肢の一つでしかない。一般の消費者は、何十ドルもする未知のVRポルノゲームより、1ドルのお手軽なVRポルノ・ムービーを選びました。消費者の大半は彼らの作ったゲームを遊ぼうともしませんでしたが、遊びもせずに、ゲームをこう評価したと言われています。


「VRポルノゲームなんて、どうせつまらないに決まってるでしょう」


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本作を開発した「人工おとめ組」もまた、そんな情熱に燃えたゲーム開発スタジオの一つでした。もちろん、彼らも他のスタジオと同じく、失敗を犯して業界から追われる運命をたどったのですが…。実は彼らには、他のスタジオとは一つ、決定的に違うところがあったのです。一からVRゲームの開発を始めた他の零細スタジオと違って、彼らはかつて大企業でVR市場そのものの立ち上げに携わっていた、実績豊かな開発者達の集まりだった、ということです。


設立メンバーの開発実績には、そうそうたるゲームの名前が並びますよ。一人称格闘ゲーム「スペシャルバイオレット」やホラーアドベンチャー「闇夜ニ生キル」等々、どれもこれも後の世に名を残したゲームばかり。レトロゲーム・フリークの皆さんであれば、名前ぐらいは聞いたことがあるゲームばかりでしょう?なにせこれらのゲーム、キャラクターを裸体にする違法なMODが大量流通してしまい、国際社会から批難を受けたことで知られるゲームタイトルばかりですからね。


仮想現実のキャラクターを無理やり裸にしようなんて、とても下品な願望だと言えるでしょう。しかし逆に言えば、この世界に「VRポルノゲーム」に対する潜在的な需要が眠っているという証拠でもある。今は批難を受けたとしても、いつか必ずVRポルノゲームは世界に受け入れられる。それも一部の好事家のための娯楽ではなく、誰もが楽しむ普通の娯楽として世界に受け入れられる日が来る。2019年、その事実に気が付いた数人の若者たちは、小さな小さなゲーム会社を日本で立ち上げたのです。


予想された未来がやってくるまで、長くはかかりませんでした。2022年、満を持して発売された「あるゲーム」の体験会に人々が殺到。HMDを装着したプレイヤーが目の前にあった壁にキスをするという事件まで発生し、まとめブログ(※)をおおいに賑わせたのです。その日確かに、VRポルノゲームは、誰もが楽しむ普通の娯楽として世界に受け入れられた。人工おとめ組という小さなゲーム会社が、「キミにキュン!人工ヒメゴコロ」というゲームを発売した日の出来事だったと言われています。


※まとめブログ

2010年代頃に流行った低質なバイラルメディア


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しかし華々しい登場とは対照的に、このゲームの評価は…、あまり良くありませんでした。あまり良くないと言うか、端的に言って、憎まれてさえいました。発売当初は「未来のゲームがやってきた!」と盛り上がっていたプレイヤー達も、日を追うごとに体調を崩して本作を返品しましたし。病人が続出したという事実も、マスコミはヒステリックに取り上げました。なにより、人工おとめ組は多数の訴訟を抱え、最終的には解散に追い込まれているんです。とてもじゃありませんけど…、「成功した作品」とは言えませんよ。


このゲームが低評価になった理由は、一言で言えば、「遊んでいると酔う」というゲーム性に起因するものです。とは言え、これを読んでいる皆さんは、おそらくゲームを遊んで酔った経験なんて一度も無いでしょう。当時の人々が何に酔っていたのかも、大半の人には想像がつかないんじゃないかと思います。現代を生きる我々の感覚では、これは想像が難しいところなのですが…。実は当時の人々は、「仮想現実」そのものに酔ってしまい、VR映像を見ると気持ち悪くなったと言われているんですよ。


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仮想現実に酔うなんて、馬鹿馬鹿しい話にも聞こえるでしょう?


しかし当時のゲーマーからしてみれば、仮想現実はまだまだ得体の知れないテクノロジーだったんです。VRヘッドセットなんて、仕組みすら分からない機械でしかない。VR映像を見ていたゲーマーも、まだまだ仮想現実へのダイブ慣れしていない人がほとんど。VR技術自体も、まだまだ未熟で粗の多い時代でした。慣れない仮想現実を体験する事に、ゲーマーが「違和感」を覚えたのは当然の話で。人々はその違和感に「VR酔い」という病名を付け、それをまるで病気かのように扱っていたのです。


「VR酔い」は、2020年代を代表する流行病でしょう。今でこそ名前すら聞かなくなりましたが、かつては「不治の病」とさえ恐れられた病気でした。2010年代後半の技術が未開発だった期間はいざ知らず…、技術的問題の大半が解決された2020年代以降も、吐き気を訴える患者は減ることがありませんでした。何故か不思議な事に、VR酔いには酔い止めの薬も効果が薄く…。結局2030年近くなるまで、吐き気が原因で低評価とされたゲームは無くなることがありませんでした。


現代の研究では、初期のごくごく一部の期間を除き、「VR酔いは思い込みが生み出した病」だったと解釈することがほとんどのようです。言わば、あれは単なる集団ヒステリーだった、とさえ言われている。「仮想現実は酔うもの」というイメージを何時まで経っても払拭することが出来ず、未知のテクノロジーに脳が勝手に拒否感を覚えてしまい、当時の人々は存在しない吐き気を錯覚して苦しんでいた…。VR酔いにまつわるエピソードは、まるで笑い話だったかのように説明されることが多いんです。


今では笑い話になってしまったのかもしれませんが、当時の人々が仮想現実に拒否感を覚えたという事実は、私は羨ましくも思う事があります。現在我々が遊んでいる仮想現実のゲームに、現実と見間違えるほど作りこまれている作品は存在しないでしょう?しかしこの当時の創作物には、ソードアートオンラインに.hack(※)等々、「仮想現実に閉じ込められる」というお話がたくさんあります。当時の人々は純粋でしたから、仮想現実が本当に現実の代替物になる時代が来ると思い込んでいたのかもしれません。


VR酔いに関連する一連のエピソードは、当時の人々の脳が現実と仮想現実の区別を迷っていた証拠とも言える事実でしょう。現代を生きる私達の脳は、仮想現実を体験しても吐き気を覚えるようなことはありません。私達は、仮想現実が安上がりな製品であることを知ってしまっている。吐き気を覚えるほどの現実感を、既に仮想現実に感じられなくなってしまっているんです。目の前に広がる光景が、現実かどうかも分からなくなるほどのゲームプレイだったなんて…、なんだか、羨ましい話だとは思いませんか?


※ソードアート・オンライン

川原礫による小説、2009年発刊。当時のゲームプレイヤーのMMORPG観を窺える、初期の仮想現実をテーマにした小説。


※.hack

2002年6月第一作目が発売。バンダイナムコグループを中心とした企業群による、「MMORPG」をテーマとしたメディアミックスプロジェクト。


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人工ヒメゴコロというゲームが特段にVR酔いを批難されたのには、大きく分けて二つの理由があります。まず一つ目は、このゲームが「含羞草」というVRマシンで発売されたゲームであるということ。含羞草は2018年発売された、クラウドファンディングの成功によって開発された中国産のVRゲーム機です。開発元は「花商」。含羞草は中国語で「オジギソウ」を意味し、人々がHMDを着ける姿を一輪のオジギソウに見立てた、見た目からして非常にユニークなVRゲーム機でした。


含羞草が発売された2018年は、VRゲーム機にとっては苦境の時期だったと言われています。マルチプラットフォームで発売されたFPS「Daydream」が世界中で目眩を引き起こしたのを筆頭に、鳴り物入りで発表された大作の多くがVR酔いを誘発し、VRゲーム機による人体への影響が問題視されたのがちょうどこの頃。VRゲーム機を発売していたプラットフォーマー達は、自社ハードで発売するゲームのチェックを苛烈化。技術力の無い小規模ディベロッパーを、軒並みVR事業から締め出してしまったのです。


結果として、「含羞草」には、小規模ディベロッパーが大量に参入することになりました。大規模資本が管理している他社のVRゲーム機とは違い、管理元が小規模である含羞草は、ハード的にもサービス的にも制限やルールが一切ない。もちろんそれは、人工ヒメゴコロというゲームにとっても悪い事ではありませんでした。自由にコンテンツを販売できるVR市場は消費者からも歓迎されましたし、低価格帯のVRゲーム機の登場がVRバブルを牽引したのは歴史的事実と言えましたから。


ただ、自由と引き換えに、失ったものも少なくはありませんでした。サービス的なルールが存在しない含羞草の市場では、瞬く間に粗製乱造のVRポルノが溢れかえり、ゲーマーは早々に「ゲーム機」としての含羞草に見切りをつけていきました。またこのマシン、ハード的にも何の制約もないマシンで、当時はVRゲーム機に対する法整備が存在しませんでしたから。2019年当時ですら当たり前だと思われていたレベルの「ブレ防止」機能でさえ、ハード側には一切備わっていなかったのです。


つまり本作は…、VRゲームに慣れていないユーザーばかりがいる市場で、そもそも最初から酔いやすいVRゲーム機でゲームを出す羽目になった、という事です。


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しかし、ハード的な制約は他のゲームも条件は変わりません。ソフト側でVR酔い対策を施した含羞草のゲームは、当然たくさん存在しています。誤解が無いように説明しておきますが、本作だって、実はVR酔い対策はいくつも施されているのです!


では、本作ばかりが「酔いやすい」と批難された二つ目の理由は何かと言うと…、それは、このゲームのグラフィックの美しさに問題があります。前述の通り、人工おとめ組はVRゲームの開発実績が豊富な会社でしたから、本作のグラフィックは他のゲームと比べて格段に美しく…、文字通りみんな美しさに酔ってしまったんですよ。


ご安心ください。私も何も、「美しさに酔ってしまったんですよ!」なんて本気で言っているわけじゃありません。皆さんがこのレビューを馬鹿馬鹿しく思ってしまう前に、ちゃんと筋道を立ててゲーム内容を説明していくことにしましょう。人工ヒメゴコロは2022年発売、ジャンルは一人称視点のアドベンチャーゲーム。オープンワールドで作れられた2022年の夏の日本の孤島を舞台に、女の子達との交流を深め、最終的に良からぬ行為に及んでしまおうという疑似恋愛ゲームでもあります。


攻略対象の女の子は5名、夏休みを利用して島に訪れた主人公は、幼馴染の「鈴木奈津美」「金城美香」、近所のお姉さん「三浦譲」、本土から来た同級生「佐々木まも」、そして謎の少女「駒田クルル美沙」と、一夏限りの交流を深めます。オープンワールドとしてのアクションは現実的な行動の範囲で制限されていますが、少女たちの表情の豊富さは圧巻の一言。頬をつついてみたり、みぞおちを殴ったり…。夏の少女たちのリアクションの豊かさは、あなたに時間を忘れさせてしまうことでしょう。


私たちゲーマーは、「バーチャルなお人形」で遊びたいのではなく、「もう一つの現実で生きている人間」と触れ合いたいがために、ゲームの世界に入り込もうとします。しかし仮想現実の開発が容易になった現代でも、開発費や工数の節約の関係から、そこに生きているキャラクターたちの人格設計に手間を省いてしまうゲームは少なくありません。しかしこのゲームは…、そこに徹底的にこだわり抜き…!この世界に生きている人間全員と、コミュニケーションが出来るよう開発されている…!


このゲームの中では、人形ではなく、人間が生きていて。そこにはちゃんと、もう一つの現実があるのだと。まるで「これが仮想現実なんだ」と…、100年も前の人間に見せつけられているようではありませんか!


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本作の素晴らしい点を手短に説明するなら…、語るべきはやはり「グラフィックの美しさ」でしょう。と言っても、本作が美しいのは、当時の人々にとって仮想現実が目新しくて、そこに何か新しい光景があったから…、という訳ではありません。目の前が歪むような夏の暑さ…、古びていく田舎の寂しい街並み…、よく見ればどこにでもいる少女たち…。むしろそんな、人々が現実で見飽きてしまったような日本の夏の光景を、このゲームは、あまりに美しく切り取りすぎているのです。


もう現在では残ってもいないような、大昔の日本の寂れた田舎町は、作りこみが徹底されています。ガラス瓶の輝きから木に止まる蝉、ゲノム編集も経ていない糖分の足りなさそうなスイカまで、100年前の夏がそのままこのソフトに詰め込まれてます。この町並み、勿論少し違いはあるのですが、基本的には2020年当時の沖縄県の一部地域を再現して作られています。かつてあった現実をそのまま切り取っているという詩的な例えは…、実はあながち嘘でもないのです。(※)


そんな風景の中を、時には笑顔で、時には憂いを秘めた表情で。夏の暑さに揺れる蜃気楼の一部のように、幻想的に歩いていく少女たちの姿は。いつかどこかで見ているはずの光景なのに、「この100年のどこにも実在しなかった」と言い切れる現実感を超えた美しさで。仮想現実の中にしか存在することのできない、完璧な光景で。現実と見間違えるほどの美しさと、現実にはありえない美しさ。そんな二つの美しさを、一本のゲーム中に完璧なまでに同居させていると言えるでしょう。


人工ヒメゴコロは、仮想現実が魅せた夢を体現した、そんな一本なのです。


ゲーム内マップ「航空自衛隊駐屯地」の近くにゲーム屋がありますが、店内で売られているゲームをよく見ると2010年代に発売されたゲーム群だと分かりますので、レトロゲームの知識に自身のある方は必見です。


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もう高齢者しか使わない表現なのかもしれませんが…、良いゲームを遊んだ時に、たまに「口が開いた」って表現を使う事がありますよね。 あれは実は…この当時、ヘッドマウントディスプレイを装着しながらゲームを遊ぶプレイヤー達が、面白いゲームを遊んでいる時にはみんな口をポカンと開けていたから、それを揶揄して生まれた言葉なんですよ。ご存知でしたか?


今じゃ誰も彼もが脳にBMIを埋め込んでいる時代で、ウェアラブル端末ももう懐古趣味でしかありませんが…。それでもなお、皆が意味を忘れてしまったこの時代に、こんな馬鹿馬鹿しい言葉だけが生き残っていると考えるだけで。この当時生まれたVRのゲーム達がいかに面白かったのか、それを当時の人たちがどんな気持ちで遊んでいたのかが。なんとなくですが、分かってくるとは思いませんか。


人工ヒメゴコロは、口が開きます。口が開きっぱなしになるんですよ!


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しかし残念ながら、仮想現実に慣れていなかった古き良き人類達は、美しい仮想現実を見るための目を、まだ持っていませんでした。圧倒的なグラフィックが自分の頭の動きにあわせてグワングワンと揺れる様に、発売当初から嘔吐が続出したのです。


少女達の頬を滴る艶やかな汗、南国特有のジメジメした空気感…。「湿り気」の美しさを完璧に切り取った映像美は、「顔先3cmのところで油と蒸気をかき混ぜられたよう」と、湿った非難の的になりました。輝く太陽照り返すアスファルト、熱くゆらめく夏の空気感…。「蒸せかえる暑さ」の美しさを完璧に切り取った映像美は、「本当に目眩がしてるのか演出なのか分からない!」と、熱い非難の的になりました。


発売当初は「未来のゲームがやってきた!」と盛り上がっていたプレイヤー達も、日を追うごとに体調を崩し、発売一週間後には本作を返品ばかりを声高に叫ぶようになりました。返品の際にはユーザーサポートに証明書を送付する必要がありましたから、みんな仕方なく「ゲロにまみれた含羞草」の写真を撮影して人工おとめ組に送付した…なんて都市伝説も聞いたことがあります。


粗削りで酔いやすいVRマシンで遊ぶ、圧倒的に描き込まれたグラフィックのゲーム。何時まで経っても視界と交わることがない、揺れ動き続ける極彩色のゲーム画面!小さなキャパシティに、大きな理想を詰め込まれた人工ヒメゴコロは…、発売からたったの数日で、「仮想現実への入り口」から「カラフルな映像が揺れ動く様を、無理矢理見せられ続ける拷問器具」へと、評価を一転させました。


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「生まれて初めて女性の裸を見て嘔吐した」なんて報告なら、まだ笑えるだけ救いがあった方ですよ。VRマシンはゴーグル型であるという特性上、あまりに汗をかくと肌とマシンが密着している部分が湿り、その感触で現実に引き戻されてしまう事が少なくありません。ただでさえ真夏の雰囲気に汗をかきやすい本作、とくに女性にこっぴどくふられるバッドエンドルートでは、あまりの悲痛な展開に涙まで流れ、マシンがずぶ濡れになってしまう事がたびたび報告されていましたから。


酔いがまわってふらつく頭に、「お前なんかこの世界からいなくなっちゃえばいいのに」という、バッドエンド特有の厳しいフラれ文句が脳に刺さります。興奮も最高潮に達する悪夢の真っただ中で…、マシンにしたたる自分の汗と涙に気づき、突如として現実に引き戻されるプレイヤー達。人工ヒメゴコロの攻略コミュニティが、汗と涙と涎と鼻水、時に嘔吐と失禁にまで濡れている、ビショビショの男たちの愚痴の場に変わるまで、そう長い時間はかかりませんでした。


無茶苦茶な話ですよ。発売前のゲームメディアのレビューでは「1プレイ最短2時間」と評され、誰も彼もが遊んだこともない癖に、「アドベンチャーゲームとしては短すぎるのでは?」とボリュームの少なさを非難していたはずなのに。蓋を開けてみればむしろ、誰も彼もが「早く終われて本当に嬉しい…!」と涙を流し、みんな揃って「ボリュームの少なさ」を本作の唯一素晴らしいポイントとしてあげるのですから。これもまた、遊ばずゲームを評価しようとした、因果応報というやつでしょう。


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100年間、テクノロジーはこれほどまでに進化してきたというのに、人類は何故こうも進化をしないのでしょう? 今ある低評価なゲームと同じように、人工ヒメゴコロもまた、発売してすぐに性格の悪いゲーマー達のオモチャになりました。高尚なものでは小説「時計仕掛けのオレンジ」の残虐映像を見せ付けられるシーンになぞらえ「ルドヴィコ療法」と呼ばれて馬鹿にされましたし、低俗なものではストレートに「胃がキュン!人工ゲロゴコロ」と呼ばれていましたか。


本作にとって不幸だったのは、このゲームが「VRマシンが広く普及してからはじめて、VR酔いが直接の原因で低評価となった代表的なゲーム」という事でしょう。歴史的にはDaydreamをはじめとするFPS群が、本作よりも前にVR酔いが問題で社会問題となりましたが、まだVRマシンの普及は一部のコアなゲーマーの手にとどまっていました。含羞草を含む低価格VRマシンの登場以降、最初に人々に目をつけられてしまったのが、このゲームだったということです。


低価格マシンの特性、仮想現実は酔いやすいという思い込み、テクノロジーの未熟さ。そして…仮想現実という未知の技術への恐れ。このゲームは先駆者であるが故に偉大で、先駆者が故にそれらの全てを背負ってしまった、のかもしれません。


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ただ、そんな悪評が吹き荒れてもなお、本作の面白さは「一部の好事家」と呼ばれたゲーマーの心を掴んで離しませんでした。世でこれだけ批難を受けている事を知りながら、「このゲームは面白いよ!」と、彼らはゲームを勧める事を辞めなかったのです。勧められた側の人々は、「あいつらはVR酔いを感じていないのか」と恐怖に慄いたと言われていますが…。現実問題として、本作が「酔いやすい」ことは、一部の好事家の皆さんも否定はできないのが正直なところでしょう。


酔いやすくて吐き気がするゲームだとは思っているけれど、それと同時に面白いゲームであるとも思っている…。一見、矛盾した話に見えるかもしれませんが。ゲームが「酔いやすいかどうか」ってのは、ゲームが「面白いかどうか」とは全く関係のない話ですから。確かに本作は、「酔わないゲーム」ではなかったかもしれませんが。しかし酔ってしまうゲームだからと言って、酔ってでも遊びたいゲームじゃないかどうかは…、酔ってでも遊んでみないと分からないじゃありませんか。


発売から3ヶ月、酔った先に面白さがあるのではと考えたプレイヤー達は、このゲームの攻略法を考え始めました。吐き気を止めることは出来ないと悟ったプレイヤー達は、誰からともなく酔い止めを飲みはじめ。6ヶ月も経てば、酔ってでも美少女に会いたいという屈強なプレイヤーが集い、家の柱に頭を縛り付けて遊べば酔わないという画期的な攻略法(?)を開発。1年も経った頃には…、みんなゲーム内の物理法則に慣れきってしまい、むしろ現実での歩行が困難になっていきました。


そして酔ったゲームプレイのその先に、彼らは見つけてしまったのです。

このゲームが、「酔ってでも遊びたいゲーム」であるという事実を。


どうです、仮想現実と比べても、現実も捨てたものではないでしょう?


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当時の人々は口を揃えて、そんな光景を「狂気の沙汰だ」と評したそうです。仮想現実がもたらした現実離れの行為だと、ヒステリックに声をあげる人もいたようですね。あまりに進化し過ぎたテクノロジーに、人類はいつの日か、現実と仮想現実の区別がつけられなくなるかもしれない。その時人類はゲームの世界の中に囚われてしまい、現実の世界には戻ってこれなくなるかもしれない…だなんてことを恐れて。しかし結局のところ、そんな言葉は、プレイヤーに届くことはありませんでした。


過去の人々にとって、仮想現実は現実の一部でしかなかったのでしょう。だからこそ、作り物の現実に必死になる、プレイヤー達の気持ちが分からない。現代を生きる我々にとっても、仮想現実は現実の一部でしかありません。だからこそ、現実と変わらない仮想現実を特別視して必死になる、プレイヤー達の気持ちが分からない。仮想現実で起きている事は全て、所詮は現実と地続きの出来事でしかありませんから。その世界に浸ったところで、現実からは逃げられない事を我々は知っています。


しかし人工ヒメゴコロのプレイヤーは、仮想現実に夢を見ていました。彼らにとって仮想現実は…、現実の上に作られた偽物の現実なんかじゃない、もう一つの現実だったんじゃないかな…と思うのです。一度HMDを装着すれば、そこにはもう一つの現実が広がっていて、そこにはもう一つの人生があって、もう一つの世界があった。仮想現実が、仮にもう一つの現実だった時代があるならば。もう一つの現実で生きていく事を決意した人間がいたって、不思議じゃないじゃありませんか。


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遊ばずにゲームを評価する人々の大半は、もう一つの現実で生きて行こうとする好事家達を見て、「遊ぶと狂う人工ヒメゴコロ」の噂を拡散させていきました。一方で、そんな熱狂ぶりをむしろ好意的に見ていたのは、VRゲーム機への参入を検討していた多くのゲーム会社。周囲から見れば狂気としか思えない彼らのゲームスタイルも、見ようによっては盛り上がっている市場の姿にも見える。この市場にはゲームを出すべき価値のあるユーザーがいると、そうも思えてくるでしょう?


面白さと吐き気なら、ゲーマーは面白さを重要視する! 面白さと安さでも、ゲーマーは面白さを重視する!こんな熱いゲーマーがいるなら、いくら粗製乱造で市場が死に絶えていると言っても、その市場には挑戦してみるだけの価値がある!それが、開発者たちの本音だったんでしょう。人工おとめ組の解散後、彼らの遺志を継ぐように、多くの開発者たちがVRポルノゲームの開発に乗り出しましたから…。まぁ、最初に言った通り。粗製乱造の市場を変えることは…、結局出来なかったんですが。


VRポルノゲームに人気が出てきたのと時を同じくして、今度は怪しい業者によるVRポルノゲームの粗製乱造が始まりましたから。人工ヒメゴコロがVR酔いをものともしない熱狂的信者を生み出した美談も、「VR酔いするゲームでもゲーマーは食いつくんだ!」と素直に受け止められ、市場には安上がりなVRポルノゲームが溢れかえることになりました。そうして出来上がったのが…、今の我々もよくお世話になっている、VRポルノゲームという一大ジャンルの市場というわけです。


ある日ある時どこかの誰かが、家の柱に自分の頭を結びつけたからこそ、VRポルノゲームという一大ゲームジャンルが生まれた。ある日ある時どこかの誰かが、酔い止め薬を飲み始めなかったら、数十年後のゲーム業界にこれだけ巨大な市場は生まれなかったかもしれない。これは、バタフライエフェクトというやつですよ。小さな雨粒が、いつかは大河となるように。「面白いゲームは愛されるんだ」と社会に示した人々がいなければ、VRゲーム開発は盛り上がらなかった…、かもしれない。


それが、我々のよく知る「もう一つの現実」の歴史なのです。


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キミにキュン!人工ヒメゴコロは一部のVR復刻サイトでVer1.1が2000円で販売されており、有志によってブレ補正MOD等も公開されています。「含羞草」の現物は2115年現在でオークション相場が120000円程度ですが…、秋葉原等で販売されている中国産の低価格VRゲーム機に「含羞草」のエミュレーション機能がついていますから、当時品に拘りさえなければ本作を遊ぶことは今でも難しくはないでしょう。どこまでいってもエミュレーション、再現度には不満がありますが…、痛し痒しと言ったところでしょうか。


もちろんブレを補正した状態で遊ぶのもオススメではありますが、本記事ではむしろ、当時そのままの「ブレ補正無し」の状態で遊んでみることをオススメして、このレビューを終わることにしたいなと思います。本作についている評価は「酔いやすい」の一言じゃありませんか。しかし酔うという一言は、人によってあまり感じ方が違うものですから…。「目が回って酔いやすい」のか「良いゲームだから酔いやすい」のかは、ご自身の目で確かめてもらうしかありませんから。


いいじゃありませんか。たまには、代わり映えのしない現実から逃げ出したって。


2115/4/24 (Article written by Alamogordo)


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