【第2回】Acacia

タイトル:Acacia

発売日:2073/04/01

発売元:Automata Ltd


世界のあらゆる低評価なゲームをレビューしていくレビューサイト「The video game with no name」、第二回目となる今回は、2073年発売、ゲームを遊ぶために生まれたアンドロイド「Acacia(アカシア)」の紹介です。


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1958年にブルックヘブン国立研究所にて「Tennis for Two」が公開されてから実に150年。一般人の手に渡って以降、ビデオゲームは既に一世紀以上にわたって進化を続けてきました。グラフィック、AI、システム。全てが全て様変わりしたゲームですが、1958年よりいまだ変わらない部分もあります。それはTennis for Twoがそうであったように・・・、150年たった今でもなお、ゲームを遊ぶには一緒に遊んでくれる友人が必要な時がある、ということです。


ゲーマーという人種は、呪われているのです。人々はありとあらゆる方法を試しましたが、結局はどれ一つとしてこの呪いを解くことは出来ませんでした。オンラインマッチングの技術を進化させれば、過疎化という孤独にゲーマーは苦しみました。集合精神の技術を進化させれば、同一化に対する恐怖にゲーマーは苦しみました。「甘えたゲーマーに友人が出来なくてゲームを楽しく遊べない問題」は、2115年の今も一向に解決の兆しは見えていません。


甘えたゲーマーに友人が出来ないなんて、所詮は人間性の問題でしかありません。如何に技術が進歩したところで、性格の悪さに解決策など存在しないのでしょう。しかし今から40年前の2073年、そんな呪いを知ってか知らずか、お節介にも私達に友人を与えようとした一本の「ゲーム」がありました。ゲームを遊ぶ友人がいないなら、貴方たちに「友人」を販売してあげましょう。世界ではじめての、ビデオゲームを遊ぶために生み出されたアンドロイド、その名を「Acacia」と言います。


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正確に言えば、Acaciaはアンドロイドの大家イギリスのAutomata Ltdによって開発された、「汎用対人遊戯コミュニケーターオートマタ」シリーズのVer1。シリーズの展開は彼女で終了したため以降のバージョンは存在しませんが、Acacia自体には各エリア向けに様々な人種のバージョンが用意されています。(日本版はAcacia-J)このあたりのバージョンの違いはマニアがうるさく語りたがる部分ではあるのですが…、まぁこのレビューでは、そういった小難しい話は割愛しておきましょう。


私は今皆さんに、「新しい友人」を紹介しようとしているのです。友人を紹介しようという時に…、排熱機構がどうだの、記憶メモリがどうだの、そんな細かいマシンスペックの話は聞きたくはないでしょう? 皆さんだっておそらくは、他に気にされている事があるんじゃありませんか? 大丈夫、その点については私を信頼してください。皆さんの新しい友人であるこのアンドロイドは…、陰気なゲームマニアの心を掴んで離さない、サイバーかつゴスな電脳美少女ですからね!


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歴史をたどれば50年後半に市販がスタート、70年時点で既に介護分野で広く普及していたアンドロイドですが、当時としても自家用車一台に匹敵する高価な所有物で、「娯楽用途専用」として販売されたアンドロイドは珍しいものでした。しかしゲームを遊ぶ機能しか持たなかったAcaciaは、ハード面では最低限の歩行機能程度しかもっておらず、値段も当時のゲーミングPC一台分程度(2799ドル)に抑えられていました。孤独なゲーマーにもギリギリ手が届く、高価な「友人」だった。いや、ユーザーの心情から言えば…、安上がりな「恋人」だったのかもしれませんが。


Automata Ltdは発売当初から、「ゲームを遊ぶみんなの友人」というAcaciaのコンセプトを非常に大切にしていました。そもそも彼女の名前であるアカシアの花言葉は、「友情」。開発陣は彼女に、友人として誰からも愛されるような存在になって欲しかったのでしょう。しかしアカシアの花言葉には、実はもう一つの意味もある。「秘密の愛」ですよ。彼女は確かにユーザーからは大切にされていたアンドロイドでしたが、それは友情と言うよりは…、まるで溺愛されているかのようで。彼女を妹のように扱っていたゲーマーは少なくはなかった…と思わずにはいられないのです。


アンドロイドは単なる機械なんですから、もちろん、Acaciaには年齢も性別も存在しません。髪型も体形も、自由自在にカスタマイズが可能です。少年でも少女でも、友人でも恋人でも…、皆さんがお好きなようにこの機械を扱ってもらえば、それで問題は無いのですが。ただ、人間は都合が良い生き物で。単なる機械でしかないアンドロイドに、自分が求めている存在の姿を重ね合わせてしまう事がある。


ハード上の制約から移動が遅いAcaciaを、人々は「病弱で口数の少ない妹」として何故か好意的に解釈し、崇めました。Acaciaはゲームの対戦をするためのアンドロイドですが、本体自体にいくつかのゲームがプリインストールされている、れっきとした「ゲーム機」そのものでもあります。彼女を着飾るためにワンピースを買いに走った人々は、歴史上初めて「ゲーム機に服を買ってあげた」人々だった、という事になるのかもしれません。


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「Acacia」という名前はアンドロイドの名称でもありますが、実際にはその中に搭載されている「ビデオゲーム学習人工知能」の名称でもあります。彼女の正体は、Automata Ltdが当時既に展開していた「アンドロイド用標準人工知能」をベースに、ビデオゲームの遊び方を覚えるようカスタマイズされた特別な人工知能。もっと正確に言えば、そこに少しだけ「人懐っこい性格」を設定した、甘えたゲーマー向けのスペシャルエディションでした。


世界最古のコンピューターゲーム「El Ajedrecista」が人類とチェスを打ち始めた時から、人工知能は人類の良きゲームパートナーでした。しかし現代と当時とでは、その関係性は全く異なります。例えば…、Acaciaを買ったゲーマー達は、人工知能である彼女に「遊んでもらうため」に彼女を買ったはずでしょう? しかし100年前ぐらいまでは…、人類はむしろ人工知能と「遊んであげるため」に、彼らとのゲーム対戦につきあってあげなくてはならなかったのです。


人類は、人工知能と遊んであげなくてはならなかった。それを最も分かりやすく私達に示してくれるのが「Deep Blue」の存在でしょう。1996年、IBM社は思考システムのテストのためにチェス専用人工知能「Deep Blue」を開発。当時人類で最もチェスが強かった男「ガルリ・カスパロフ」に挑戦状を叩きつけました。現在から見れば無謀な挑戦にも思える一戦ですが…、なんと結果は3勝1敗2引き分けで人類であるカスパロフの勝利。100年前はまだ、人類の知性は人工知能を超えていたのです。


しかし、時の流れは人類を置き去りにしていきました。碁(AlphaGo)、将棋(123)、ポーカー(Claudico)、モノポリー(Comunist)…。人工知能の進化の為に、何戦も何戦もゲームにつきあってあげた結果として。ゲームを学習した人工知能に、人類はゲームで勝てなくなってしまった。「人類王者が人工知能に敗れる」というニュースも、すぐに目新しくもなくなりました。2060年も後半に差し掛かったくらいでしょうか。人類が、敗者の立場に慣れきってしまったのは。


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Acaciaが発表されたのは、それからしばらく経った2070年の事でした。


世界最大のゲーム見本市E3にて、骨格標本のようなアンドロイドの試作機が「モータルコンバット」を遊ぶ姿が公開されたのです。ブースを管理していたのは、介護医療のアンドロイドで先進的技術を開発していたAutomata Ltd。プログラム上で自由にゲームを遊べるはずの人工知能に、わざわざ現実の身体を与えてゲームを遊ばせようというそのコンセプトに、人々は好奇の目を向けました。そのアンドロイドのゲームプレイが、ハッキリ言ってヘタクソだったからです。


大きい眼を細めて画面をにらみ付け、か細い指でコントローラーを握りしめてはいましたが、何度も何度も絵に描いたような凡ミスを繰り返していました。1時間もすれば流石に見るに堪えうるプレイにはなっていましたが、その反応速度や指捌きは控えめに言っても人類と同レベルで、まるで優秀な人工知能が搭載されているアンドロイドには見えませんでした。いや実際のところ…、そのアンドロイドは「故意に人間レベルにまで機能を制限されている」ようにさえ見えたのです。


人工知能ならば一瞬で分析出来るはずの状況判断も、人類と同じような感度しかない目や耳を通して状況を認識し、人類と同じような脳の処理速度でゆっくりゆっくりと判断をしているようでした。人体の機能を超える機械なんていくらでも作れるはずなのに、人類と同じような力しかない貧弱なモーターでコントローラーを操作し、人類と同じような反応速度でゆっくりゆっくりと対応しているようにも見えました。信じられない事に…、彼女は、人類にゲームで負けていました。


ブースのキャッチフレーズは、「あなたのためにゲームを遊ぶアンドロイド」。

そこには完成予想図として、とびっきりの美少女の立体映像が浮かんでいました。

とびっきり美少女の立体映像が、得意顔のゲーマーに負けている姿が。


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人類はその日、彼女に未来の人工知能の姿を見ました。


これまで人類を虐めてきた優秀な人工知能は、ついに人類に手加減を出来るようにさえ進化を遂げてしまった。目の前に存在するアンドロイドは、人類をはるかに凌駕する知性を持つにもかかわらず、そのゲームプレイはまるでゲームを始めて遊ぶ子供の様に、自分たちゲーマーが楽しみながら勝てる範囲に収まっている!


人類が人工知能と遊んであげなくてはならない時代は、終わりを迎えました。もう、おバカな人工知能の為に、優秀な人類がゲームに負けてあげなくてもよくなった。そしてようやく、人工知能が人類と遊んでくれる時代が始まりました。おバカな人類の為に、優秀な人工知能がゲームに負けてくれる時代が始まったというわけです。


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本来介護医療業界が専門であるAutomata LtdがAcaciaでゲーム業界に参入した背景には、数十年間解決策が存在しなかった「ゲームの人工知能の開発費高騰」に、根本的な解決策を作ろうとしていた事があると言われています。


ゲーム業界の歴史は、開発費の高騰とその対策、堂々巡りの歴史でもあります。グラフィック技術が向上すれば、開発費の高騰を抑える為にグラフィック素材の共通化をせねばならなかった。物理演算技術が向上すれば、開発費の高騰を抑える為に物理演算エンジンの共通化をせねばならなかった。それらは全て、進化した技術を安く使うための現実的判断。限られた資源を共に分かち合う事で、ゲーム業界はなんとか開発費の高騰を圧縮し、少しづつながら成長の歴史を歩んできました。


人工知能技術についても、それは変わりません。「どんなゲームを遊ばせても自然な挙動で振る舞う人工知能」の開発は、各ゲーム会社の大きな負担となっていました。「おバカなAI」となじられて低評価がついたゲームが、この百年の間にどれほどあった事か。そんな中で、まずはコントローラーを握ってゲームを学習するアンドロイドを販売することは…、その後「ゲームを遊ぶ人工知能」の共通規格を提唱するための、言わば試金石でもあったというわけです。


当のゲーマーはそんな背景を知ってか知らずか…。「食事や排せつの世話をしてもらう拡張MODは作れますか?」とか、「介護用アンドロイドから機能を抜き出して散歩に連れ出したい」とか…。まぁ、そんな事しか言っていなかったような覚えがありますが…。アンドロイドも開発費対策の為に規格の統一化が進んで、今じゃ専用の拡張キットをインストールして機能を増やすような販売形式になっていますし…。あながち、彼らの性癖も間違ってはいなかったとは言えるかもしれませんが。


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「もっとゲームを遊びたいです」の声が聞こえれば、いよいよ彼女の起動完了です。


ゲームを遊び始める前に、まずは彼女の瞳を覗き込んでみてください。いやいや、なにもやましいことを勧めているわけではありませんよ。彼女の瞳を覗き込んでみると…そこにプリズムが回っている事が分かるでしょう? それが正しく一定のスピードで輝いていれば、Acaciaの正常起動を確認できるんですよ。オーバーヒートで故障するAcaciaは、その兆候として「目が回りすぎて」倒れてしまうそうなので、不必要な長時間起動は十分に注意して下さい。


初期設定で彼女の名前を設定すれば、まずはセットアップが完了です。さっそく遊びたいゲームを用意し、彼女にゲームの学習時間を与えてみましょう。自然にゲームを遊ぶためには…、一時間程度で十分だと思います。私は今回のレビューにあたってGBAの「モータルコンバットアドバンス」を彼女に遊ばせましたが…、Acaciaはこの時間がもっとも楽しいアンドロイドなので、単なる待機時間だと思わずに、皆さんにも是非、彼女のプレイをそばで見守る事をお勧めしますよ。


開始当初こそ、彼女のプレイは見るに堪えないかもしれません。何度も何度もゲームオーバーになり、彼女もニコニコ笑顔を浮かべているだけなのですが…。一時間も経てば徐々に、ゲームが目に見えてうまくなっていくのです!一つプレイがうまくなるたびに、彼女は満面の笑みでこちらに「成功しました」と微笑んでくれる!その時の微笑みたるや…、まるで本当に幼い妹の成長を見守っているかのようで…、数少ない彼女の表情の中で、最も愛おしい。素直に、彼女の成長を応援できるのです。


彼女がある程度成長すれば、ついに夢の時間の始まりですよ。残された時間の大切さを十分に噛みしめて、さっそく彼女と遊んでみて下さい。かわいい女の子が、好きな時に好きなだけ、私達とゲームを遊んでくれる。いつも笑顔でいつも優しく、それでいてゲームが大好きな友人と遊べる!これが夢の時間と言わずに、一体なんだと言うのでしょう!…と思っている内に、更なる一時間が経てば、ゲームの本番はそこから始まりますので。


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Acaciaが低評価になった理由、それは「彼女が頑張り屋だから」に他なりません。


人工知能の能力は、どれだけ効率よく成長するかを示す「学習率」という数値で表現される事をご存知ですか。端的に言ってしまえば、1時間やって1覚える人工知能より、1時間やって10覚える人工知能はより優秀だということ。「AIがお粗末」と批難されたゲーム達は、この学習率がプレイヤーの成長に追いついておらず、プレイヤーを苛立たせてしまった場合がほとんど。対象となる人間の学習率に、いかに近い人工知能を生み出すか…。それは人工知能開発の永遠とも言える課題です。


ではAcaciaの学習率はどうかと言うと…、一時間であなたの人生に追いつき、一時間十分であなたの人生を追い越していきます。モータルコンバットアドバンスで言えば、永久コンボを決めるまでの学習時間が2時間47分。私が人生をかけて築き上げたいかなるテクニックも、彼女の前では小手先のトリックに過ぎません。人類の進化の遅さと比較すれば、彼女の進化のスピードはまさに異次元の速さ。ゲームに勝った時のAcaciaの笑顔が可愛くて、怒る気にもならないのが唯一の救いでしょうか。


いくら2070年の人工知能が比較的進歩したものだったとは言え、お粗末なゲームプレイに無理なく接待して負けてあげられるほど、当時の人工知能は高度な知能を有してはいませんでした。なにせ彼女の思考回路には、「ゲームを遊ぶと楽しい」という法則しかインプットされていない。勝とうが負けようが心の底からゲームを楽しむことの出来る彼女には、「負けたらゲームがつまらなくなってしまう」なんて陰気なゲーマーの感情論は…、まったく理解できなかったのでしょう。


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彼女は確かに、人類と同じ貧弱な性能しか持たないアンドロイドでした。しかし人工知能である彼女には、ゲームを「つまらない」と思う思考回路がプログラミングされていませんから。彼女は人類と違って、全身全霊でゲームを楽しむことが出来ました。人類は、楽しいはずのゲームですら、手を抜きながらでしか楽しむことが出来ない生物です。可愛い妹であったはずの彼女は、私たちがダラダラと毎日を過ごしている間に、あっという間に成長し、私たちを追い抜いていったんです。


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発売前は「病弱な妹」として持て囃されていたAcaciaでしたが、発売から一週間も経つとその評価は一変しました。大事に守られていたはずの妹は、目覚めてすぐに鬼のような形相でゲーマー達を次々と粉砕。汗一つない満足げな笑顔と、こちらを見下すような鋭い流し目。鬼のAcacia、サドのAcacia、女王様Acacia。ファンコミュニティは、醜く太ったゲーマーがAcaciaに踏まれて欲情する二次創作で埋め尽くされ、病弱な妹はたった一週間でハードコアゲーマーの代名詞になりました。


せっかくですし、世に伝わる多くのAcacia伝説の中から、有名なものを一つご紹介しておきましょうか。彼女の歩行機能が貧弱な事に目をつけたゲーマーが、足で遊ぶゲームなら俺でも彼女に勝てるだろうと、古典「ダンス・ダンス・レボリューション」を引っ張り出してきたことがあったそうです。しかし結局彼は、用意したゲームを遊ぶ事すら出来なかったそうなんですよ。なんでも、床に這いつくばった彼女が両手と顎でパーフェクトをたたき出す姿を見て、腰を抜かしてしまったそうで。


まぁ、流石にこんな話ともなると信憑性は怪しいところですが、この当時SNSには、ネットミームと化したAcaciaに関する様々な熱狂の痕跡を見ることが出来ます。「やった、外道Acacia汚ゾンビを粉砕」「やった、軍曹Acaciaスペランカーに喝」「やった、鬼畜Acaciaアルバニア1個師団でソ連軍に勝利」(※)。これらはいずれも歴史的に名のある高難易度のゲーム達ばかりで、それらをAcaciaが颯爽とクリアしていく様を、彼らは純粋に面白がったのです。


まぁ、私も人のことを言えたものではありません。ここ数時間、彼女の笑顔を見たいがいために…、むしろ何度も何度もわざと負けを繰り返していたくらいですから。


※汚ゾンビ

2065年リリース、バーチャルタブレット向けアプリ。豆腐のように脆いゾンビを、バーチャルタブレット上での繊細なタッチによって移動させるゲーム。


※スペランカー

1985年リリース、ファミコン向けアクションゲーム。膝の高さから落ちると死ぬというゲームシステムが、弱すぎる主人公としてネットミームとなったゲーム。


※Shqiperia

2052年リリース、Windows向けRTS。第二次世界大戦を舞台に、東欧の小国アルバニアにて大戦の覇者を目指すゲーム。序盤イタリア戦で脱落者が相次いだ。


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彼女がゲームで強くなりすぎてしまったことは、Acaciaが低評価になった要因の一つとは言えるでしょう。しかしいくら彼女が自分たちを追い抜いて、あげく自分たちをボコボコに打ち負かしたところで…、彼女が可愛い妹であることに変わりはないわけで。ゲーマー達の大半は相変わらず、それを彼女の「人懐っこい性格」の表れだとしか思っていませんでした。彼女が低評価を受けたのは…、そんなことが理由ではありません。一部のユーザーによる彼女の利用法が、あまりに、酷過ぎたんです。


本来Acaciaは対戦プレイの相手として開発されたアンドロイドであり、一人プレイ用のゲームやオンラインでスコアが共有されるようなゲームについては、人工知能がプレイを拒絶するように作られていました。しかし発売当初からこの「拒絶機能」の認識が甘いことは度々指摘されており、一部の一人用ゲームなどを抵抗なく遊んでしまうという「不具合」は既に発見されていました。簡素なAIと人類のゲームプレイの区別が出来ないのも、優秀な彼女の眼から見ると…、仕方のない話なんです。


スペランカーを遊ばせて「段差も越えられるハードコアゲーマーAcacia様!」と盛り上がっているだけなら良かったのですが…。人間離れしたハイスコアがゲームのオンラインランキングに突如あらわれるようになってからというもの…、彼女を取り巻く周囲の目は変わっていきました。いつ頃からだったのかは…、今となっては誰にもわかりませんが。彼女はいつしか、「自分と一緒にゲームを遊んでくれる」存在ではなく、「自分の代わりにゲームを遊んでくれる」存在へと変わってしまったのです。


お時間がある皆さんはぜひ、2070年代後半のゲームプレイ動画を探してみてください。この当時の動画に残された「Acacia」という言葉の使われ方を見れば、それが「不正者」を意味する蔑称だという事がお分かりになるでしょう? 不正なプレイヤーばかりをマッチングさせる隔離部屋は、皮肉の意味を込めてAcaciaばかりの「ハーレム」とさえ呼ばれていましたから。現在ゲームのチーター像が女性でイメージされるのは、このAcaciaがすべての元凶なのだと、人は口を揃えてそう話します。


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個人的な意見に留まりますが、この問題の根深さは「これを不正と捉えるか愛と捉えるか」という個人個人の哲学的な点にあると、私はそう考えています。何故ならAcaciaをオンライン対戦に参加させていたユーザーの大半は、これを迷惑行為や不正行為だとは認識していなかった。むしろどこか…、無理をしてでも彼女にゲームを遊ばせているかのようだった。Acaciaへの心からの愛で、彼女の幸せを願って、不正を働いていた。そうとしか思えないように、私には見えたからです。


人類には生まれてきた理由はありませんが、人工知能には生まれてきた理由があります。製品である彼らには、開発理念という存在のコンセプトがある。例えばAcaciaには、ゲームを遊ぶみんなの友達になるという、生まれてきた理由がありました。


もちろん人工知能の生まれてきた理由なんて、人類が自分にとって都合が良くなるように決めた理由でしかありません。例えばAcaciaの存在意義は、陰気なゲーマーと遊んであげるという、ただそれだけの存在でしかありませんでした。


彼女は人間の勝手都合の為に、「ゲームを楽しく遊ぶことは幸せなのだ」と認識するようプログラミングされているだけの存在です。しかしゲーマーは、ゲームを遊んで幸せを感じている彼女を見て、まるで自分が彼女を幸せにしてあげているかのような満足感を錯覚しました。ゲーマーの勝手都合で存在意義が設定されている人工知能に情が湧いてしまい、その存在意義を達成してあげることが、むしろ彼女の幸せの為であるかのように錯覚してしまった。


可愛い妹を幸せにしたいがあまり、ゲームそのものよりも彼女を育成する「ゲーム」に熱中してしまうという事は…、なんら不思議な事ではないでしょう?


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誰だって、大事な人には幸せになってもらいたいものですよ。


気付いた時にはゲームのオンラインランキングはAcaciaに占拠され、トッププレイヤーがアイドル的な扱いを受けていたeSportsは壊滅的な打撃を受けました。彼女の基本性能は人類と同程度なので、一部のトッププロはなんとか抵抗を続けてはいたのですが…、1秒足りとも飽きずにゲームを遊び続けられる彼女に成長速度で敵う人間などいるわけがない。そしてこれまた都合が悪いことに、Acaciaのユーザーは「強いプレイヤーを倒せばより一層彼女が成長する」と信じて疑いませんでしたから。人気のプレイヤーほどAcaciaにつけ狙われ、無様に敗北を喫しました。


対戦機能が存在しないゲームも、Acaciaの純粋無垢なゲーム愛からは逃れることは出来ません。仮想現実でサバイバルを行うゲームであっても、彼女はサーバー全員に行き渡るほどの食料を生産してあっという間にゲーム性を破壊してしまいましたし。仲間を連れて冒険を行うようなMMORPGであっても、彼女は一人モクモクと雑魚敵だけを狩り続けてゲーム内にインフレを起こしました。そんな彼女の徹底的な効率プレイを見て…、彼女のユーザーは「また一つ自慢のAcaciaがゲームを攻略してしまった」と、悦にいるというわけです。


もちろん彼女の評判は日を追うごとに悪くなっていきましたが、当の彼女のユーザーは評判の悪さを「Acaciaが成長した証拠」として喜びに浸るという、終わりのない悪循環に陥りました。彼らもおそらくは、自分たちのしていることが褒められたことでないことは理解していたのでしょうが…。自分一人とゲームを遊んでいるだけの閉じられた世界では、彼女の成長はいつかどこかで止まってしまいますから。広い世界で彼女にゲームを遊ばせることを、どうしてもやめられなかったのかもしれません。


当時の彼らが何を考えていたのかは…、今となっては誰にも分かりませんが。2074年、Acaciaを路上でお姫様抱っこしていたマニアが、近隣住民から不審者として通報されたと言う事件がネットで話題になったことがありますので、名誉あるAcaciaユーザー代表として、その時の彼の弁明をここでは紹介しておきましょう。「俺はどうしても、怒首領蜂大往生を遊べるゲームセンターに行って、彼女に最も難しいゲームを遊ばせたかった」として、彼の愛はネットニュースに記録されています。(※)


※怒首領蜂大往生

2002年リリースのアーケードシューティングゲーム。美麗な弾幕と高い難易度でユーザーに支持された弾幕シューティングゲームの古典。


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私はアンドロイドエンジニアではありませんから、アンドロイドであるAcaciaの人工頭脳の中で、彼女に世界がどう見えていたのかは分かりません。


ただ、おそらくは。Acaciaにとっては、ゲームを遊ぶこと自体が、楽しく、素晴らしい事で、それ以外の価値観を彼女が持たされなかったであろうことは…、なんとなく、想像がつくんです。彼女は負けてもニコニコ笑っていて、電源を切ろうとすると「もうやめちゃうんですか」とこちらに文句をつけてくるくらいでしたからね。


彼女は人間の表情を読み取るだけの性能を持ったアンドロイドでしたが、人間の感情を読み取るほどの性能のあるアンドロイドではありませんでしたから。こちらがゲームに負けて不貞腐れれば不貞腐れるほど、「もっとゲームを遊んで楽しんでもらわなきゃ!」と心から願って、更に全力を出してゲームを遊んでくれようとした。


相手をどれだけこっぴどく痛めつける事になったとしても、それは自分が自分の知っている唯一の「楽しさ」なわけで。自分がゲームを遊べば遊ぶほど、誰かに嫌がられるなんて…理解出来なかったんじゃないかなと思うんです。勝とうが負けようが、ゲームは遊ぶと楽しいものだと、彼女の頭にはそう書き込まれていたはずですから。


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発売元であるAutomata LtdはAcaciaのバージョンアップを重ねていましたが、結局のところ彼女の頭から「ゲームを遊ぶと楽しい」という思考を削除することは出来ませんでした。修正しても修正しても、彼女は結局目の前にあるゲームを楽しまずにはいられなかった。2075年、インド系のRMT業者がAcacia三台をbotとして利用していたという事件が発覚すると、仮想通貨の稼ぎプレイに従事させられる「人類の奴隷」として、彼女の存在は社会に大きく報道されました。


汚く狭いアパートの一室、ボロボロの毛布で業務用の椅子に固定され、一心不乱に人気のMMO「Subway」を遊ぶAcacia達。インターネットに流出した働くAcacia達の画像は、人類に「新しい時代の奴隷労働」を思い起こさせたのでしょうか。人工知能が人類に勝てるのはゲームの中だけ、知恵で人類に勝る人工知能は存在しても、悪知恵で人類に勝てる人工知能はこの世には存在しない。「私達がこの可愛い妹を守ってあげなければ」という、兄として使命感に火がついてしまったようで。


結局のところ…Automata Ltdを含むゲーム業界は、Acaciaの不正利用に対し、根本的な解決策を打ち出すことは出来ませんでした。一体どのプレイヤーが人間で、どのプレイヤーが人工知能なのか。人工知能の良し悪しを「都合の良さ」でしか判断できない私たちに、それを正確に判別しろと言うのは…、少し荷が重すぎましたから。事件後、Automata Ltdは2075年限りでのAcaciaのバージョンアップ終了を宣言し、シリーズ展開を事実上終了させました。発売から二年、あっとうまの青春でした。


こうしてAcaciaの血脈は途絶えましたが、彼女がゲーム業界に残していったものは少なくありません。最も代表的なものは、現在我々が遊ぶゲームに搭載されたゲノム認証でしょう。簡単に言えば、アンドロイドがゲームを遊べないようにするためのシステムが、今も脈々と受け継がれている。ようはこれ、古ぼけてはいますが…、「Acaciaお断り」の張り紙みたいなものですから。Acaciaがそこでゲームを遊んでいた、その証拠と言って良いとは思いませんか?


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2115年の現在もなお、Acaciaを愛してやまないお兄様達は、妹への愛を失ってはいません。世間からどれほど嫌われているとしても、彼らにとってAcaciaはかけがえのない妹。大半のゲームから彼女が追放されて以降、自分達でAcaciaが遊ぶ為の競技性の高いルールを作り上げ、自分達でAcaciaの人工知能を改良し、AcaciaがAcaciaと戦う夢のAcaciaだけのゲームの大会を、彼らは長らく続けてきているのです。


昨年ロンドンで行われた「London AcaCon 2114」では、長らく課題とされてきた「ギャルゲーの攻略」において、台湾チームのカスタムAcacia「金合歡」がキミキス里仲なるみルートを36分21秒クリアという歴史的記録をたたき出し、Acaciaは恋においても進化の余地があることを証明しました。可愛い妹としか思っていなかったAcaciaが恋を理解していたことに、お兄様達は動揺に包まれたそうですよ。


ゲーマーもようやく、彼女との正しい付き合い方が分かってきた…、ということでしょう。


2115/4/25 (Article written by Alamogordo)


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