【第25回】MARQUE-PAGE(マルク・パージュ)

タイトル:MARQUE-PAGE(マルク・パージュ)

発売日:2071/2/14

発売元:Tarte à la crème


世界のあらゆる低評価なゲームをレビューしていくレビューサイト「The video game with no name」、第二十五回目となる今回は、2071年運用開始、乙女心のセキュリティホール「MARQUE-PAGE」(マルク・パージュ)の紹介です。


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甘い空気を吸い込む度に、苦い溜息を二度三度。綺麗なお水を飲み干す度に、汚れた涙がハラハラと。価値ある物を無価値に変える、脆くて醜いこの身体。この世に生を受けてから、今日ほど穏やかな日があったでしょうか? 昨日の夜まで子羊みたく、震えて眠っていたと言うのに。誰かの腕に抱かれるような…、この言いようのない安心感。ただ、新鮮な血を輸血しただけだと言うのに。身体を包む安らかなこの気持ちは…、一体どういうことなのでしょう?


「たった一度の過ちに、人工血液を試してみよう」だなんて。最初は、ただの遊びのつもりだったのに。作り物の血を受け入れるたび、身体の震えは鎮まっていき、身体は芯から熱を帯びていって。言いようもない眠気が、全身を暖かく包み込んで…。「なんで昨日までの私は、こんな気持ちの良い事を怖がっていたんだろう?」って。血の純潔を守ってきた昨日までの自分が、なんだか急に、子供じみていたように思えてしまったんです。


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実は私、一時期「血」をコレクションしていた時期があったんです。血にも色々良し悪しがあって、当時私が欲しかったのは…、執念深い女性の血でした。フランス、アメリカ、ブラジル、あとは…フィリピンの人もいたかしら? 今じゃ硝子瓶に張り付いた赤い模様も、かつてはドロドロに濡れた乙女の血で。まるで人形か何かを貰ったように、綺麗な小瓶に詰め込んで、硝子ケヱスに飾り立て。他人から譲り受けた血に、大事に大事に愛を注いでいました。


お生憎様ですけれど…。パパがしてくれない怖い御伽話をお望みでも、期待に応えてあげることは出来ませんよ? 生き血を啜るだなんてとんでもない。私みたいな醜い男、吸血鬼役が務まるわけがありませんもの。私が血を集めていたのは、単に、ゲームの攻略のため。血のコレクションとは言ったって、ゲームコレクションの一部として血を集めていただけなんです。まぁ…、すぐにゲームのアカウントはBANされて、血に使い道は無くなってしまったんですけれど。


血には少しだけ、切ない思い出があるんです。私はゲームを愛する時に、見返りなんか求めたりはしませんでしたけど。一緒にゲームを遊ぶお友達にまでは…、どうしても、無償の愛を注ぐことが出来なくて。こちらが相手を信頼した以上は、相手にも同じように私に信頼して欲しいと、彼女達に見返りを求めてしまった。でも、私がどれだけ信頼しても…、血液の持ち主たちは、私を信頼してはくれませんでしたから。最後の最後は、全員と喧嘩別れになってしまったんです。


良い子の皆さんに、私が一つ、面白い御伽話を聞かせてあげましょうか。


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昔々あるところに、孤独なお姫様達がおりました。自分勝手でワガママで、友人もいなければ恋人もいない。あまりに、愛を知らないお姫様達でした。お姫様達は一生涯、誰にも愛されることはありませんでしたが、年頃16、7の頃にもなると、ある日突然運命の王子様と出会いました。どこをとっても完璧で、優しくハンサムな王子様…。お姫様達は「乙女ゲーム」と呼ばれるゲームと出会い、作り物の王子様との恋に落ちてしまったのです。


作り物の王子様は、お姫様にとって都合の良い存在でした。24時間365日、王子様はいつでも自分を愛してくれましたし。24時間365日、王子様はいつでも自分を必要としてくれました。王子様の愛は数値で確認することができましたから、胸の内を覗く必要すらありませんでしたし。自分が相手を愛した分だけ、相手も自分を愛してくれました。どんなワガママなおねだりをしても…、王子様は、お姫様のワガママを笑顔で受け入れてくださいましたから。


現実の愛と違って、ゲームの愛は苦しむ必要が無いのです。何年も交際して心を通わせたり、10万ドル以上の結婚資金を貯めこむだなんて、そんな労力はゲームには必要ありません。苦しみを味合わなくたって、愛してもらうことはいくらでも出来る。現実の男に愛してもらおうなど…、たった一人の男に夢中になって、24時間男の事ばかり考えていられるような暇な女。単なる暇人がやることではありませんかと。お姫様達は、現実の男を馬鹿にしておられました。


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時を遡ること40年前。お姫様達はその当時、「MARQUE-PAGE」というゲームに夢中になっておられました。


MARQUE-PAGEはフランスの企業が運営していたゲームサイトで、仮想空間におけるサロンのような場所でした。よりどりみどりの中からお好きな美男子に課金することで、少しの間だけ、人工知能の王子様と仮想の恋愛を楽しめるというゲームシステム。出来る事と言ったら会話だけ、見せてくれるものと言ったら笑顔だけ。今から思えば…、とても単純なゲームではありましたが。王子様は皆、いつでも笑顔で迎えてくれましたから。お姫様は皆、このゲームの虜になってしまわれたのです。


MARQUE-PAGEはゲームでありながら、お姫様達にとっては秘密の社交界のような場所でもありましたから。お気に入りの王子様を隣に侍らせては、お姫様達はその様子を周りに見せびらかそうとしました。私の王子様はこんなに素敵、いえいえ私の王子様の方がもっともっと素敵。推しと推しとのぶつかり合いは、今も昔も虚栄心をくすぐるのでしょう。王子様との愛を自慢したいがため。お姫様達はいつしか、ゲーム外で無用の争いを起こすようになられていきました。


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一体いつの頃からだったでしょうか。課金額にプレイ時間、果てはゲームオーバー回数に至るまで。お姫様達が、自身のゲームプレイ記録を、他人に見せびらかすようになってしまわれたのは。孤独なお姫様達は、他人を愛することに慣れていませんでしたから。単なる記録を確認するだけで、愛が証明されると勘違いしてしまったのでしょうか?「私の方がプレイ時間が長い」、「私の方が多く課金している」などと、無意味な見栄を張りあうようになられたのです。


お姫様達の突飛な行動は、MARQUE-PAGEの支配人には信じられない出来事だったことでしょう。自らのゲームの好みが他人に知られてしまっては、自ら男の好みが他人に知られてしまう事になるでしょう。攻略したキャラの記録を他人に知られてしまっては、過去の交際の記録を他人に知られてしまう事になるでしょう。 本作のプレイ記録が他人に知られてしまうということは…、本来、乙女の胸の内が晒されるかのような恥ずべき出来事なのです!


だからこそ。乙女の胸の内が絶対に覗かれないように。本作のセキュリティシステムは、それはそれは厳重に作られておりました。ログイン一つをとってみても、当時は最先端技術だったナノマシン認証が採用されており、アカウントには重い重い鍵がかけられていましたし。プレイ記録をひけらかすなどもってのほか。データファイルは仮想空間の書棚にしまいこまれ、わざわざ外部SNSでのシェアが出来ないような形式で保存されていました。


しかしながら…、お姫様達に恥じらいは無く。「慎み深く」と小言を言われるたびに、彼女達は意地になってプレイ記録を見せびらかそうとしました。1万刀も課金をすれば、「この課金額こそが私の愛の証なの」と吹聴し。3000時間もゲームを遊べば、「この時間数こそが私の愛の証なの」とSNSで拡散しました。他のお姫様達だって、自慢されたままではいられませんから。まるでゲームのスコアを競うかのごとく、互いの愛を比べ合うことに夢中になってしまわれたのです。


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お姫様達が子供じみた見栄を張り合ったのは、なにも彼女達の愛が人一倍大きかったからではありません。手のひらで楽しそうに踊る彼女達の姿を見て、MARQUE-PAGEの支配人がそれに「つけこもう」とした…、いえいえ「もっと楽しんでもらおう」としたからです。課金額やプレイ時間だなんて、無価値な数字を愛の証だと「勘違い」…、いえいえ「陶酔」されていたお姫様達を見て。彼女達にもっともっとゲームを楽しんでもらいたいと、支配人はそう願ったのでしょう。


自分が相手を愛した分だけ、相手も自分を愛して欲しい。お姫様達は常々、そんなワガママを口にしておられました。しかし、愛してあげるにもお金がかかる、時間もかかるし血も流れる。誰もが誰も、「貴女はお姫様です」と愛してもらえるわけではありません。MARQUE-PAGEというゲームの難易度も、プレイヤーの争いが激化するにつれて上昇し。かつては誰をも愛してくれた王子様達も、少しづつながら、タダではお姫様達を愛してはくれなくなっていきました。


「このゲームには、貴女の愛が必要なんです。1000刀をつぎ込んでいただければ、貴女だけに愛を囁きましょう。いえいえ5000刀をつぎ込んでいただければ、白馬で迎えにも行きましょう。いっそ10000刀をつぎ込んでいただければ、私の人工知能の中に貴女の名前を刻み込んで、二度と他のプレイヤーには攻略出来ないキャラクターになってしまっても構いません。貴女が私を愛したくれた分だけ、私も貴女を愛してあげると約束いたしましょう」


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お姫様達の愛に、ゲームが追いつかなくなってしまったのでしょう。なにしろ王子様達は作り物。お姫様達がゲームをいくら愛していたところで、永遠に遊べるだけのボリュームがゲームにあるはずもありません。24時間365日、お姫様達が飽きずにゲームを遊び続けたとしたら。あっという間に話題は無くなって、イベントの一つも起こらなくなり、集めてきたアイテムも無駄になってしまう。王子様がゲームである以上、お姫様達はいつか必ず「王子様を遊びつくしてしまう」のです。


お姫様達を寂しがらせてはいけないと。支配人は矢継ぎ早にゲームの難易度を上昇させました。一人の王子様が課金の力で攻略されてしまえば、次の王子様はもっとお金のかかる王子様に。一人の王子様が時間の力で攻略されてしまえば、次の王子様はもっと時間のかかる王子様に。時間が経つにつれ、このゲームの王子様達はどんどんワガママになっていきましたが、それに反対意見を述べるようなお姫様は…、ほとんどおられませんでした。


愛した分だけ愛してもらえる。それがどれほど尊い事なのかを、お姫様達は知っておられました。孤独なお姫様達は、他人を愛することに慣れていませんでしたから。課金額やプレイ時間、果てはゲームオーバー回数に至るまで、不器用な方法でしか自らの愛を表現することは出来ませんでしたが。お金も時間も使わない、王子様を愛そうとしない無課金プレイヤーと比較して。お金も時間もつぎ込んだ、王子様を愛した自分が、王子様から愛されている事実に、言葉にならない愉悦を覚えました。


愛の物語はいつだって、障害が多いほどに愛が深まってしまうもの。ゲームの攻略はいつだって、難易度が高いほどに熱が高まってしまうものですから。「他のゲーマーには攻略が出来ない王子様が、ゲームを攻略すれば自分だけを愛してくれる」というロマンチックな御伽話に、憧れを抱くのも無理はありません。愛もゲームも、困難なほどに盛り上がる。MARQUE-PAGEは時を追うごとに、お姫様達の愛を煽るようなゲームへと姿を変えていきました。


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孤独なお姫様は、王子様にとって都合の良い存在でした。24時間365日、お姫様はいつでも自分を愛してくれましたし。24時間365日、お姫様はいつでも自分を必要としてくれました。お姫様の愛は課金額やプレイ時間で確認することができましたから、胸の内を覗く必要すらありませんでしたし。自分が相手を愛した分だけ、相手も自分を愛してくれました。どんなワガママなおねだりをしても…、お姫様は、王子様のワガママを笑顔で受け入れてくださいましたから。


ただ、本作は少し、やりすぎてしまった。愛しの王子を助けるためなら、姫はその身を捧げるでしょう。確かに、それは御伽話のお決まりなのかもしれません。しかし、お金も時間も血液でさえも、お姫様にだって捧げられる限界がある。 恋する乙女は「アホ丸出し」、いえいえとっても「盲目」な存在ですから。見返りがあると知っていれば、どれだけでもゲームに愛を注いでくれるだろう。そうタカをくくって…、お姫様達へのおねだりを、いささか増やし過ぎてしまったのです。


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いつしか王子様達は、お姫様の人生そのものを欲しがるようになりました。朝はおはようのキス、昼はごきげんようのキス、夜はおやすみのキスと。一分一秒ずれることなく、毎日決まった時間にキスをしてあげないと機嫌を損ねるようになってしまいましたし。王子様達は常に愛に飢えておられましたから、ゲーム中は事あるごとに愛の確認をねだるようになり、お姫様達は寝る間を惜しんでゲームを起動させ、王子様達と遊んであげなくてはいけなくなりました。


仮にゲームを中断したとしても、スマートレンズの片隅には、プレイを催促する王子様からのメッセージが表示されるようになりました。王子様は作り物であるが故、お姫様達の都合を考えてくれるわけではありません。日中日夜いつだって、十五分に一度のペースで、王子様はお姫様の顔を見たがりました。とは言え、顔を見せたくらいで王子様が感謝してくれるわけもなく。とは言え、メッセージを無視すれば王子様からの愛はみるみる冷めていきました。


毎日200刀を課金しなければ、満足に会話すら続かなくなってしまいましたし。かと言って無課金で心を開こうと思えば、朝・昼・晩と甲斐甲斐しくもゲームを遊び、それでも0.1%以下の確率でしか好感度が上がらないご機嫌とりを、延々と続ける必要がありました。起動時間が1000時間を経過しないと感謝もしては貰えなくなりましたが、たった30分放置しただけでも彼らの笑顔は曇ってしまうようにもなりました。王子様達の愛は、いささか、重くなりすぎてしまったのです。


作り物の王子様はいつしか、お姫様にとって都合の悪い存在になってしまいました。24時間365日、ゲームはプレイヤーに愛を催促してきましたし。24時間365日、ゲームはプレイヤーを必要としてきました。愛の大きさはプレイ記録で証明されることになっていましたから、自らの胸の内を誤魔化すことは出来ませんでしたし。自分が相手を愛するのだから、相手も自分を愛してくれなきゃ困る。ワガママばかりを言い始めたゲームに…、お姫様は、愛想を尽かしてしまったのです。


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MARQUE-PAGEは、孤独なお姫様の為に作られたゲームでした。誰かに愛されたことも無ければ、誰かを愛したことも無い。24時間365日、ずっとゲームだけを愛してくれるような…、そんな孤独なお姫様だけが、このゲームの中でなら愛してもらえるように。ゲームバランスには、不思議な魔法がかけられていました。


しかしながら、お姫様達は皆、ゲームバランスに悲鳴をあげました。こんなゲームに付き合っていたら、自分達の生活はたちまち破綻してしまう。毎日ゲームだけを遊んで暮らすだなんて、そんな生活は続けられても一週間が限界。24時間365日、ゲームばかりを遊んでいられるわけがない!目は腫れ、肌は荒れ、髪は痛み、胸は細る。乙女の全てをゲームの攻略に捧げ、たった一人の王子様の愛を手に入れた頃には…、ついには若さも失われてしまう事でしょう。


お金も無限にあるわけではありません。いくら王子様が愛に飢えていると言ったって、払えるお金には限界はある。最低限の基本料金を払っているだけでは、王子様から返ってくる愛も最低限にとどまってしまうでしょう。本当に王子様から愛されたいと望むのなら…、自らも王子様を愛さなくてはならない。機嫌をとるための花束に100刀、バイオリズムを変更するお酒に200刀、お小遣いとして300刀。お金はいくらあっても足りることがありませんでした。


現実の愛と違って、ゲームの愛は苦しむ必要があるのです。何年も研究してプレイ時間を重ねたり、10万刀以上のプレイ資金をつぎ込まなければ、ゲームを攻略する事は出来ません。苦しみを味合わなければ、愛してもらうことは叶わない。こんなゲームに夢中になるなど…、たった一本のゲームに夢中になって、24時間ゲームの事ばかり考えていられるような暇な女。単なる暇人だけではありませんかと。お姫様達は、悲痛な叫び声をあげました。


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お姫様達は、このゲームに「低評価」をつけました。私たちはゲームを愛したいのであって、ゲームから愛を要求されたいわけじゃない。乙女の命を貪るような、激しく苛烈な課金体制。乙女の若さを吸い取るような、厳しく熾烈なゲームシステム。死ぬまで生き血を啜るかのような、アップデートの連続に。「これじゃ現実の男と何一つ変わらない」と、お姫様達は、吐き捨てるようにそう言いました。


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とは言え、お姫様達がそれでこのゲームを止めてしまったかと言えば…、むしろゲームに更に夢中になったというのですから、乙女心は不思議なものでしょう。いつの時代も陰口は、お姫様にとって最高の楽しみの一つ。「私の男は我儘ばかり言う」だの、「私の男は話が面白くない」 だの、「私の男なんてあげたお金のことさえ忘れてしまう」だの。MARQUE-PAGEを遊んでは、互いの不幸を嘆き合い、ゲームの陰口で大いに盛り上がるようになられたのです。


同じ悩みを抱えたことが、ある種の絆になったのでしょうか? ゲームの悪口が世に溢れてからというもの、かつてはあれほど仲が悪かったお姫様達も、次第に争うのをやめるようになりました。私の男はこんなにも駄目、愛おしいけどやっぱり駄目。愚にもつかない悪口をきっかけに、お姫様達は、本作の攻略方法を相談するようになりました。同じ悩みを抱えた者同士、馬鹿な男を一緒になって攻略していこう。彼女達には次第に…、友情という愛が芽生え始めていたのかもしれません。


しかしながらお姫様達は、お友達を作ることに慣れてはいませんでしたから。「ゲームを遊ぶお友達になりましょう?」と望んでみたところで、お友達になる方法がよく分かっておられないようでした。同じ男を愛した仲間とはいえ、同じ男を愛した敵でもある。自分が相手を愛してみても、相手が自分を愛してくれるかどうかは分からない。哀れなお姫様達は、証拠も無しに他人を愛することが、怖くて怖くて仕方がなかったのでしょう。


一緒にゲームを遊ぶお友達に、お姫様達はあろうことか契約を求めました。一度お友達になったなら、途中で裏切るなんて許さない。自分が相手を愛した分だけ、相手も自分を愛してくれる。そんな契約を、彼女達は望んでいたのです。サイバーネットで知り合った見ず知らずの者同士が、互いに互いを愛そうと思ったら…。みなさんなら一体、どんな契約を結ばれますか。それとも、もうお分かりになってしまいましたか。私が何故、乙女の血を集めていたのか、その理由が。


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お姫様達は、「血」を契約に利用されたのです。


MARQUE-PAGEは当時としては非常にセキュリティ意識の強いサイトでしたから、ログインをするにはナノマシンによる認証が必要でした。ナノマシン認証は「本人の生体が必要とされる」厳重なセキュリティだと言われてはいますが、実際に必要なのは「ナノマシンが含まれる体液」だけ。一定量の血を抜いて、それを容器に詰め込んでしまえば…。ナノマシンが生存可能な期間だけなら、容器をデバイスに読み取らせることで、認証をすり抜ける事が可能でした。


お姫様達は、それを悪戯に使ってしまった。互いの血を分かち合う事で、互いのゲームアカウントも分かち合おうと企んだのです。自分がゲームが遊べない時は、お友達にゲームを遊んでもらえば良い。一人で払えば高額な課金も、みんなでお金を分担しあえばさほど負担は大きくはならないと、彼女達は考えました。もちろん、みんなで攻略すれば王子様も分かち合わなければいけませんが…、それはこの際、耐えられない事ではありませんでした。


ただし、一度血を分け合ってしまえば、「お友達をやめます」とはもう口には出来なくなってしまいます。血液には多くの遺伝子情報が含まれていますし、ナノマシンには多くの個人情報が含まれていますから。お友達じゃなくなってしまったが最後…、恐ろしい報復が待っているに決まっている。報復を受けたプレイヤーは、更なる報復で対抗せざるをえない。これが愛の名を借りた恐ろしい契約であることは、誰にも、分かっていた事でしょう。


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私がお姫様達とはじめて血を交換したのは…、2072年のことだったでしょうか。本作のプレイヤーによるオンライン上でのお茶会が行われた際、一部のプレイヤーがあ集まって秘密の「交換会」を行ったのです。誰かに見つかってしまわないように、全員が閉じ切った部屋に微かな明かりをともして。世界各国、孤独を絵にかいたような者達が身を寄せ合って。それぞれが友情を宣誓するとともに、用意した注射器を腕に突き立てて、わずかばかりの採血を行いました。


どれだけ血濡れであろうとも、初めて出来たお友達の存在に、お姫様達はとても喜ばれているようでした。どれだけ血濡れであろうとも、ようやく編み出した攻略法の存在に、お姫様達はとても満足されているようでした。現実の人間関係に幻滅し、作り物の王子様を愛するようになった。そのたった一つの共通点を、彼女達は血の繋がりよりも重要視していましたから。初めてのお友達と血を分かち合うこの儀式自体に、彼女達は「酔っている」ようにも、私には見えました。


正気の沙汰とは、とても思えませんでした。こんな原始的な方法を使ってしまえば、すぐにも運営に不正ログインを感知されてしまうように思えましたし。全員が契約について黙秘を貫かなければ、全員がアカウントをBANされかねないようにも思えました。そもそも契約に担保された友情なんて、すぐにでも崩壊してしまうのは目に見えていましたから。しかし、この馬鹿げた契約を結ぶ以外に、私にはもう、ゲームの攻略法が残っていませんでした。


採ったばかりの血を容器に詰め込むと、私達はそれをお友達と郵送しあう約束をしました。お姫様達は…、あどけない子供のような笑みを浮かべ、無邪気に血を交換しておられました。まるで人形か何かをプレゼントするように、綺麗な小瓶に詰め込んで、硝子ケヱスに飾り立て。孤独なお姫様達は、他人を愛することに慣れていませんでしたから。真っ赤でドロドロの血が、愛の証明になると勘違いされていたのかもしれませんが。


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残念ながら、悪い予感は当たってしまいました。血の交換が始まって数週間で、案の定、ゲームの支配人が「不正ログインが発生した」と警告を出したのです。お姫様達は黙秘を貫きましたが…、内心は、誰もが途方にくれたことでしょう。誰かが自分を裏切って、契約を支配人に密告したんじゃないか。誰かが悪意を持っていて、自分のアカウントが不正アクセスされたんじゃないか。こうなった以上、お友達を信じる以外に何もできなくなってしまいますから。


「血が盗まれた」なんて話は、御伽話にしても現実味の無い話なのです。生理の血が盗まれる? 古傷から血が盗まれる? 鼻血を誰かに盗まれる? どれもあまりに子供騙しすぎて、ハッカーが真面目に取り組むような方法ではないでしょう。ナノマシン認証をすり抜けるほどの血液が盗まれる出来事は、日常生活にほとんどありえないのですから。不正ログインが支配人に関知されれば…、まず最初に、自分から血を誰かに渡したことを疑われてしまうでしょう。


自分のアカウントが不正アクセスされたとしても、もう助けを求めることは出来ません。助けを求めるのと同時に、血の交換による不正アクセスを支配人に自白しなければならない。人生を捧げてきたゲームのアカウントが、自白によってBANされてしまうかもしれない。お姫様達は、ただただ信じることしかできませんでした。「血が盗まれた」なんて子供じみた御伽話を、支配人が真面目に捜査しないことを、信じるしかありませんでした。


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乙女の祈りが、通じたのかもしれません。


支配人は結局ゲームが終了する直前まで、MARQUE-PAGEから血が盗まれているなどと、ロマンチックな御伽話を語る事はありませんでした。


「血が盗まれている」なんてとんでもない。このゲームからは「涙が盗まれている」のだと、支配人は大騒ぎを始めたのです。


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「一定量の涙、尿、鼻水等の体液によって、ナノマシン認証が行われてしまうケースが確認されました、不正ログインの兆候には十分お気を付けください」


それは、一見ロマンチックな話ではありませんでした。ナノマシンは通常、私達の血液中に存在しており、そこから栄養を得ることで増殖しています。一方で、血液は涙、尿、鼻水等の体液へと変換されるため、その際の濾過によってナノマシンは減少もしています。血液中での増加、濾過による減少。こうしてナノマシンは常に一定数が保たれているはずなのですが…、血中のナノマシン濃度があまりに高い場合、濾過を漏れたナノマシンが体液中に残ってしまう事があるのです。


とは言っても、尿を盗み出すのは簡単なことではありませんし、鼻水は外気に触れているため残留したナノマシンもすぐに死滅してしまいます。それらに比べればまだ、涙は比較的盗みやすいとは言えますが…、なにせ涙は他の体液に比べて圧倒的に量が少ないものですから、認証を潜り抜けるほどの涙を集める事なんか不可能と言ってもいいでしょう。つまりは不正ログインが発生したと言ったって…、非常に親しい人間でなければ体液を盗み出すことなんか不可能なのです。


お姫様達は胸をなでおろしました。なにせ彼女達は孤独に生きておられましたから、誰かに体液を盗まれるような心配はありません。いもしない恋人の悪事を心配するより、自分の悪事がバレることの方がよほど恐ろしい。しかしながら支配人は、ほとんどありえないような涙泥棒は警告しても…、その後も血液の不正流通を警告することはありませんでしたから。なんだ、大した事態にならなくて済んだんだと。お姫様達は、自らの胸を何度も何度もなでおろしました。


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でも、よく考えてみれば何かがおかしい。お姫様達は胸を何度も何度もなでおろしましたが、胸のざわめきが止まることはありませんでした。そもそも「体液が盗まれる」って、そんな事件がどうやって発生したのでしょう? 嬉し涙を流している時、泥棒が近づいてやってきた? 悔し涙を流している時、盗人が近づいてやってきた? いえいえそれでは盗める涙の量が少なすぎる上に、そんな状態で涙が盗まれるなんて想像することが出来ない。


手段が分からなければ、動機もよく分かりません。ゲームのアカウントに不正ログインをするなんて、一体誰が、何の目的でそんなことをしたのでしょう? MARQUE-PAGEの中を盗み見たところで、得られる情報はゲームのプレイ記録くらい。言ってみれば、孤独な女の胸の内だけ。そんなの覗き見したいだなんて、物好きなハッカーでもいるのかしら? でも仮にそうだったとしたら…、なんでお友達である自分に、誰も相談をしてくれないんでしょう?


お姫様から大量の涙が盗まれるだなんて、男の胸で泣きじゃくった時くらいしかありえない。お姫様の恋愛の趣味を盗み見たい男だなんて、お姫様に好意を寄せている男くらいしかありえない。それでいて誰も被害を名乗り出ないだなんて…、まるで、犯人を庇っているみたいじゃありませんか?ああ、おかしいおかしい!だってそうでしょう? 同じ王子様に愛を誓った血の契約に、他の男の胸で涙を流すような…、ふざけた女が紛れ込んでいるはずありませんもの。


あんまりにもゲームの難易度が上がり過ぎたものだから、心配してくれた男の胸でオイオイと泣きじゃくって。心配した男がスマートレンズの中身を勝手に覗いたものですから、それを許してしまったって話なのでしょう? 挙句、そんな惚気話が支配人に見つかって、今もまだ、名乗り出られずにいる。そんな男の事を、現実では何と呼ぶのでしたっけ? パパ? ダディ? お父様? あーおかしいおかしい。それはもしかして、王子様と呼ぶべき存在なのかしら?


それはつまり、裏切りじゃありませんか。


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同じ王子様に愛を誓った血の契約に、現実の男に心を許した女がいるだなんて。


不安に駆られたお姫様達は、これまでにも増して他人の胸の奥を覗きたがりました。私は信じているけれど、貴女は涙なんて盗まれてはいないわよね? 私は信じているけれど、貴女は馬鹿な男にうつつを抜かしてはいないわよね? 疑心暗鬼に駆られたお姫様達には、誰も彼もが怪しいように見えましたから。手を、血に染めてしまったのでしょう。血を預かった他人のアカウントに無断で忍び込んでは…、お友達のプレイ記録を、こっそり覗き見しようとされたのです。


支配人は「体液からナノマシン認証が行われてしまうケースが確認されました」と言っただけなのですから、実際に涙が盗まれたかどうかは分かりません。不正アクセスがあったとするなら、むしろ血の交換が本当は支配人に感づかれていて、それに対して注意喚起が行われた可能性の方が高いくらいでしょう。しかしながら、孤独なお姫様達は、他人を愛することに慣れていませんでしたから。それは分かっていながらも、他人を疑う事が我慢できませんでした。


お姫様達は、互いを醜く罵りあいました。貴女、私のアカウントに勝手にログインしたでしょう? 貴女はお友達である私を疑うの? 貴女こそ、お友達である私を疑っているじゃない? どうせ男にログインされた記録と勘違いしているのでしょう?減らず口の多い女ですこと。それはお互い様でしょう。貴女にすぐにも死んでもらいたいの。そちらこそ早く死んでくださらないかしら。前から貴女の事は嫌いだった。ええこちらこそ貴女の事は嫌いだった。


お友達はいつしか、お姫様にとって都合の悪い存在になってしまいました。24時間365日、お友達は一方的に愛を催促してきましたし。24時間365日、お友達は一方的に愛を押し付けてきました。互いの胸の内を覗き見ることは出来ませんでしたから、お互いの愛を確認することも出来ませんでしたし。私が貴女を愛するのだから、貴女も私を愛してくれなきゃ困る。ワガママばかりを言い始めたお友達に…、お姫様は、愛想を尽かしてしまったのです。


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対立が深まるとともに、社交界では血で血を洗う追放劇が始まりました。追放劇なんて言えば聞こえはいいですが、ようは陰口の言いづくめ。「彼女は不正ログインしているんです」なんて支配人にすり寄って、自分が嫌いな相手をBANしてもらうだけの醜い喧嘩。そんな裏切りをすればもちろんのこと…、お友達から報復を受けるに決まっていて。MARQUE-PAGEは瞬く間に、お互いを密告しあい、お互いを追放しあう。まるで、戦場のような場所になってしまいました。


支配人だって、悲痛な気持ちでお姫様達を追放していた事でしょう。なにせ彼女達は一人一人が上客で、ゲームの収入を支えてくれた大事なお客様なのですから。お姫様達を追放するほど、ゲームの収入は先細りになり、寿命はみるみる縮んでいってしまう。しかし不正行為を通報された以上は…、追放しないわけにはいきませんもの。止めようと思っても既に手遅れ。誰にも嫌われていないようなプレイヤーは、MARQUE-PAGEには一人も存在しなかったのですから。


追放に次ぐ追放の後、この場所に最後に残ったのは、最初から王子様を愛そうとなどしなかった無課金プレイヤーのお姫様達だけ。課金プレイヤーを自らの手で追放してしまったMARQUE-PAGEは、たちまち運営が立ちいかなくなり。誰からも愛されなくても運営可能な規模のゲームへと縮小され、アップデートを重ねるごとに、擦り切れる様にボリュームを減らしていき。最後の最後は、誰にも気付かれることなく…、2074年ごろに、消えてなくなったと言われています。


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作り物の王子様に、初めて出来たお友達、果ては自分の愛したゲームに至るまで。どれほど愛を注いでも、お姫様達の元には、一つの愛も返ってくることはありませんでした。自分が相手を愛した分だけ、相手も自分を愛してくれるだろう。MARQUE-PAGEが終わってしまった後も、お姫様達はその勘違いを改めることはありませんでした。彼女たちが注いだたくさんの愛は、いつまで待ってもいつまで待っても、返ってくることはありませんでした。


しかしそれでもなお、お姫様達は、ゲームを嫌いになることはありませんでした。お姫様達がいくら愛しても、ゲームは見返りをくれることはありませんでしたが。ゲームに対する彼女達の愛は、人間に対する愛とは違う、無償の愛でしたから。ゲームに愛されたいのから愛しているわけではない、ただただ、ゲームを愛していただけの彼女たちは。自らが愛したゲームに、愛の見返りを求めることはせず。いつまでも、ゲームを愛し続けることが出来たのです。


しかし、ゲームは愛することが出来たというのに。お姫様達は、他人を愛することは出来なくなってしまいました。お姫様達がいくら愛しても、他人は見返りをくれることはありませんでした。他人に対する彼女達の愛は、ゲームに対する愛とは違う、有償の愛でしたから。他人に愛されたいのからこそ、他人を愛していただけの彼女たちは。自らが愛した他人から、愛の見返りが無い事にいら立ち。ついには、他人を愛することを諦めてしまいました。


お姫様達は、愛しても意味の無い他人に絶望し、愛しても意味の無いゲームに愛を注ぐようになりました。こうしてお姫様達は、愛の重みをゲームから学び。大好きなゲームに囲まれて、いつまでもゲームだけを遊んで幸せに暮らしていきましたとさ。


めでたし、めでたし。


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さて、良い子の皆さん。楽しい楽しい御伽話は、ちゃんと楽しんでいただけましたか? かつてはドロドロに濡れていた乙女の血も、今となっては硝子瓶に張り付いた模様になってしまったみたいに。この話だって本当は…、もっともっとドロドロしていて。とてもじゃないですけれど、良い子の皆さんにはお話しできるような話ではなかったのに。人間の記憶は都合が良いもので、なんでもかんでも綺麗に飾って語ることが出来るようになるんですから…、まるで魔法みたいだとは思いません?


お姫様だなんてとんでもない、本当の彼女達は孤独な社会不適合者で。王子様だなんてとんでもない、本当の彼等は顔が良いだけの人工知能で。MARQUE-PAGEだって本当は、広い社交界どころか狭苦しい教室みたいな場所で。契約だなんて言い繕ってみても…、私たちはお互いの血を人質に取っていただけの話だって言うのに。それがまるで、綺麗な思い出だったかのように。こうして御伽話のように皆さんにお話ししているんですから…、子供騙しにもほどがある。


私だって本当は…、最後までこのゲームを遊ぶことは出来なかったんですから、こんな話を語る資格なんて無いんです。私は最初、ゲームのアカウントがBANされてしまったって、そうお話ししたでしょう? 私は数少ない男性プレイヤーでしたから…、追放劇が始まった時、真っ先に運営に不正ログインの事を通報されたしまったんです。「下心があるに決まってる」って通報があったみたいで。私がどれだけ彼女達を信頼しても、お姫様達は、私を信頼してくれませんでしたから。


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とこで皆さんは、「恋人に涙が盗まれた」なんて事件が本当にあったと思います?


私がどれだけ彼女達を信頼しても、お姫様達は、私を信頼してはくれませんでしたから。私はハッキリ言って、そんなのちっとも信頼していません。だって涙が盗まれるなんて、お話として出来過ぎているんですもの。


そうですね…。私が思うに、この話は本当はもっとドロドロしていて。大方、大量の鼻水をティッシュにくるんで捨てていたら、ゲームばかり遊んでいる馬鹿娘を心配したお父様が、ゲームのアカウントを勝手に削除しちゃったんじゃありません?


だって私達の人生には、それぐらいの御伽話の方がお似合いでしょう?


2115/1/23 (Article written by Alamogordo)



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