【第20回】C9H13NO3(アドレナリン)

タイトル:C9H13NO3(アドレナリン)

発売日:2066/1/27

発売元:Mach


世界のあらゆる低評価なゲームをレビューしていくレビューサイト「The video game with no name」、第二十回目となる今回は、2066年発売。絶対至福の娯楽暴力「C9H13NO3」の紹介です。


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現在この文章を、東京ゲームショウ現地から更新しております。


いつ来ても、この場所には驚かされるばかりですよ。ここに展示されているのは、いつかは遊べる未来のゲーム。老い先短い今となっては、もう私には体験することのできない未来の姿なのかもしれないんです。会場に入って、驚愕しました。これが、私達を待ち受けているゲームの未来の姿なのかと。URLを貼るので、見れる人は見てください。未来社会の光景が、皆さんにも目にも映し出されるでしょうから。


vrtp://expo.gamebiz.co.jp/tgs/2115/


見えますか。「痛みによる目覚め」というキャッチコピーの、あの力強いフォントが。聞こえますか。あちこちのブースから響く、痛みに嘆くゲーマーの断末魔が。感じますか。会場内に立ち込める、むせ返るようなこの熱気が!2115年の東京ゲームショウのテーマは、苦痛。「苦痛」ですよ…!痛さ!苦しさ!辛さ!切なさ!今、この瞬間。ゲームで楽しむ事の出来るありとあらゆる苦痛が、世界中からこの東京に集結しています!


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いやぁ…、ゲーム業界がようやく「苦痛」のゲーム化に本腰を入れ始めてくれたか、というのが正直な気持ちですね。より美しく、より心地良く、より気持ちよく。毎年毎年そんな売り文句のゲームは山ほど販売されていますが、ハッキリ言って、もう快楽なんてゲームの演出としては目新しくないんですもん。快楽には既に新鮮味はない、その事実に業界が気づいてくれただけでも、こんなに嬉しい事はありません。


ありとあらゆる快楽を経験してきたゲーマーにとって、苦痛はゲームで味わう事の出来ない「新鮮な感覚」なんです。ゲーム内で発生する苦痛をプレイヤーにフィードバックする体験コーナー、なんでも錠剤摂取で脳に負担がかからない新技術なんだそうで、二時間待ちですよ、二時間待ち。この文章自体、そのゲームを遊ぶための順番待ちの間に書いているほどです。ああ…、一刻も早く苦痛を味わいたい!はやる気持ちを抑えられません!


礼儀正しく並んだゲーマー達は、礼儀正しく順番にブースに入っていき、悲鳴とも歓声とも判別のつかない叫び声をあげています。ゲームの未来は明るい。そう思える光景ですよ。歴史上、「苦痛」をゲームの演出に利用する試みは、これまで幾度となく失敗してきました。しかし、今度は違う。今度こそ、本当に今度こそ、苦痛はゲームの演出として歓迎される。さっきから、私にはそう思えて仕方が無いんです!


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歴史上最も多くゲームに利用された苦痛は「電撃」によるものでしょう。その始祖とも言えるゲームは2008年発売のMindwire V5。PS2本体の振動を感知して、身体に電気ショックを与える素晴らしいデバイスでした。空気圧を利用したのは2023年のイリノイ大学。ノズルから吐き出された空気の衝撃で、ゲーム内で撃たれると現実でも空気銃で撃たれるというアイディアをゲームに持ち込みました。これもまた、思い出深いデバイスですね。


苦痛は…良いものですよ。苦痛を感じている間は、誰もが退屈しないんですから。私はサイバネティクスに変わってすぐの頃、全身から痛覚が消えてしまって、あまりの退屈さに気が狂いそうになった経験があるんです。快楽に飽きる人間はいたとしても、苦痛に飽きる人間はいない。それを身をもって知っていたからこそ…、「苦痛」を演出に取り入れようとするゲームが発売されるたびに、私は、それを心の底から応援してきました。


ただ…、どれもこれもまったく売れなかった。歴史上、ただの一度として。ゲームに苦痛を取り入れようとする試みは、商業的には成功しなかったんです。苦痛をゲームに取り入れようとすると、人々は決まって「どうしてゲームに苦痛が必要なのか?」という質問を投げかけるんですよ。そして必ず、「ゲームに苦痛を取り入れる理由」を説明しようという試みは、人々からの反感を買うだけで終わってしまう。


「苦痛を感じるのは楽しいから」という説明じゃ、誰も納得してくれなかったんですよ。


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本日ご紹介するゲームもまた、「どうしてゲームに苦痛が必要なのか?」という質問に答えることが出来なかった、哀れなゲームのうちの一本です。


2066年発売、インド発のファースト・パーソン・コンバット(以下FPC)。ケージという名の檻の中、拳と拳、痛みと痛みがぶつかり合う。闘争本能むき出しの新世代サイバーケージ・デスマッチとして、当時はインド中を熱くさせたゲームでした。


仮想の苦痛がネットを越えて、生身の身体をのたうち回る!歓喜の悲鳴が轟き渡り、倫理は無視され力が勝る!どちらが死ぬか逃げだすか!絶対至福の娯楽暴力!あなたの頭を駆け巡るC9H13NO3…!そのゲームの名を、「アドレナリン」と言います!


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「苦痛」は何も、無意味にゲームに搭載されているわけじゃあありません。


例えば本作のゲームジャンルであるFPC。一人称視点で相手と殴り合う格闘ゲームとして、いまやeSportsには欠かせない一大ジャンルです。目の前にいる相手を殴る、痛めつける、地面に這いつくばらせる!これほど人類に親しみ深い娯楽もありませんからね!しかしながら、そんな圧倒的娯楽であるバーチャル暴力も…、考案された当初と言えば、それはそれは前途多難なものでした。


なにせゲームの中じゃ、殴られようが蹴られようが痛くも痒くもないのです。ジャブの痛みを知っているから、相手はそれをガードする。ガードをすれば体勢が崩れるから、続くフックを打ち込める。この世の格闘技は例外なく、相手を痛めつける術として成り立っている。そこには必ず、人が苦痛を恐れるという大前提がある!苦痛に対する恐れがあるからこそ、暴力にはルールが生まれるのです。


しかしゲームの中じゃ…、人は苦痛を恐れません。ゲーム内で殴られて、怯む人間なんていやしない。ゲームの中だけなら、人は恐れを知らぬ戦士でいられてしまう。


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この問題は、FPCというジャンルが普及する上で、最も大きい障害でした。


FPCの醍醐味は、現実の自分とゲーム内の自分がシンクロすることにあります。現実の自分が相手を殴れば、ゲーム内の自分も相手を殴る!現実の自分が相手を蹴れば、ゲーム内の自分も相手を蹴る!しかしながら…、現実の相手が怯まなければ、ゲーム内の相手も怯んだりはしません。ゲーム内の相手をいくらギッタギタに叩きのめしたところで、現実の相手はそんなことお構いなしに反撃してくるのです。


ゲーム中の自分がどれだけ殴られても、攻撃ボタンを連打するのを止められないみたいなもんですよ。ゲームシステムで強制的にゲーム内の自分を怯ませた作品もありましたが…。現実の自分がまだ戦っているのに、ゲーム内の自分が勝手に怯んでしまっては…。この認識の同期ズレは、そこに拭いがたい操作の違和感を生みました。歴史を振り返ってみれば、「無い方がマシ」と言われたケースがほとんどです。


苦痛を知らない者同士の戦いなんて、恐ろしい戦いになるに決まってますよ。それはつまり、ルール無用の暴力に他ならない。退くことを知らない戦闘狂たちが、互いにノーガードで殴り合うだけ。ゲームシステムで強制的に怯ませてみても、当の本人は「俺はまだ戦えるのに!」と苛立つばかり!行きつく果ては…、仁王立ちの二人が向かい合って殴った回数の多さを競うだけの刹那的なゲームプレイです。


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所詮ゲーム内の自分と現実の自分は、別の存在です。他人の痛みは、誰にも分からない。他人がどれだけ苦しもうが、我々は一切痛みを感じないように出来ている。


では一体どうしたら、ゲーム内の暴力にルールを生み出す事が出来るのでしょう?ゲーム内の自分と、現実の自分。精神的にも肉体的にも、同一の存在にするには?


もう、皆さんにも答えはお分かりですね。そう!ゲームを遊ぶ人間に苦痛を与えればいい!苦痛は、全ての問題を解決してくれるじゃありませんか!?


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本作を遊ぶにはまず、全身にプロテクターを装着します。プロテクターと言えば聞こえは悪いですが、むしろこれは皆さんのお好きな拷問器具!プロテクターとは名前ばかりで、何からも私達を守ってはくれません!全身を覆うプロテクターは電気信号を発し、神経に「苦痛」を疑似体験させる!そしてそれに付随するように、ゲーム内で受けたのと同様の「衝撃」を、身体にフィードバックしてくれるわけです!


もちろん過去のゲームですから、苦痛にも技術的に未熟な部分は否めません…。現代のBMIであれば、「脳」に直接苦痛を錯覚させられる。純粋な苦痛を…、私たちに与えてくれるでしょう?しかし本作は、各部位の「神経」を錯覚させる事で、苦痛を疑似的に再現しています。回りくどい分、自由が利かない。何が困るって…、サイバネティクスだと味わえないんですよ、痛みが。生身の神経じゃないから!


まぁ「苦痛」はなくても「衝撃」は身体に伝わりますから、遊ぶ分には問題ないのが救いでしょうか。ゲーム内で顔面をぶん殴られれば、ヘッドセットを通じて顔面が苦痛にはじけ飛ぶ!ゲーム内で鳩尾を蹴り飛ばされれば、プロテクターを通じて身体が揺らぎます!見て痛々しくて面白い。殴って痛々しくて面白い。殴られて痛々しくて面白い!どうです、一つも悪いことはないでしょう!?


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ゲームに苦痛があることに理由が必要なら、どれだけでも理由を説明しますよ!


一発殴られてみたら分かるはずなんですよ。痛みがあれば、相手が怯んだ隙に追撃を食らわすことが出来る、つまりはコンボの概念を生み出します。痛みがあれば、そこに相手の弱点が生まれる、つまりはキャラクター性能の概念を生み出します。痛みがあれば、そこに攻撃と防御の応酬が生まれる、つまりはすくみの概念を生み出します。痛みがあれば、攻撃方法は多様化する、つまりは選択の概念を生み出します。


どうです? 考えてみれば…これらは全て、格闘ゲームが長い歴史の中で生み出してきた、このゲームジャンルの面白さの真髄とも言える部分ばかりじゃありませんか!もともと本作の開発元である「Mach」は、インドじゃそこそこ名の知れたeSportsの興行団体でしたから。見世物をより面白くするためには、そこに必ず苦痛というエンターテイメント性が必要となる事を、彼らはよくよく理解していたのでしょう。


開発元の想定通り、苦痛に飢えたインドのゲーマー達はすぐに本作に飛びつきました。ゲームの楽しさは、遊んでみないと分からない。他人の苦痛は、遊んでみても分らない!当時のインドは世界でも有数のeSports大国でしたが、そのジャンルはRTSやMOBAが主流。eSportsに、暴力が不足していた!行き場を失っていた人々の暴力欲求は急速に、新たなジャンルFPCに流れ込むことになりました。


もとより本作のeSports化を最終目標としていた運営は、リリースと同時にすかさず賞金付きの大会を発表。苦痛に飢えた男たちの目の前に、1000万ルピーの大金を突如としてぶらさげました。金の力は痛みをも消し去る。ゲームが遊べて暴力がふるえ、ついでに金までもらえちゃう!最初は苦痛を敬遠していた保守的なゲーマー達でさえも…、本作の生み出した濁流に、抗うことは出来ませんでした。


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しかしながら、ゲーマーに熱狂的に歓迎されてなお、一部の人々は本作の事を良い目では見てくれませんでした。苦痛が楽しいわけがない。このゲームが苦痛を必要とする背景には、もっと別の理由があるはずなのだと、人々は疑っていたのです。


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どうですか。皆さんはここまでの私の説明を聞いて、苦痛がいかにゲームに必要なのかという理由について、納得していただけましたか。


納得できなかったのであれば…、ゲームレビューとして未熟さを痛感する思いです。


では仕方がありません。本当は一発殴ってでも苦痛の素晴らしさを分かっていただきたいところですが…。分からずやの皆さんに、本作がどうしても「苦痛」をシステムに必要としていた明確な理由を、教えておくことにしましょう。


それは本作が、ゲーム賭博の八百長のために開発されたゲームだったからです。


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苦痛は、人それぞれ感じ方が違います。苦痛に強い人間もいれば弱い人間もいる。誰だって、他人の苦痛は味わうことは出来ません。誰かが痛み苦しんでいるとき、見ているだけの人々は、その苦痛を理解してあげることが出来ますか?


答えは、不可能です。出来っこありません。


誰かの苦痛があまりに強く、誰かの苦痛があまりに弱くても。見ているだけの人間には、そんなのこれっぽっちも分かりません。他人の苦痛なんて理解することが出来てしまったら、素直にパンとサーカスが楽しめなくなるじゃありませんか!


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ゲームは見ているだけじゃ楽しさは分からないでしょう?


いくら他人が楽しくゲームを遊んでいるところを見たって、実際に遊んでみなければその楽しさは分からない。それと同じで、いくら他人が殴られているところを見たって、実際に殴られてみなければその痛みは分からない。


では仮に、遊ぶと苦痛を伴う楽しいゲームがあったとしたら?


もちろん、見ているだけの人間には苦痛も楽しさも分かりませんよ。


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C9H13NO3はもともと、インドの小さなスタジオが開発したゲームでした。


本作が初めて世にお披露目されたのは、2061年のインドゲームショウ。その時点での本作は、お調子者の若者グループが作った、内輪ネタの冗談のようなゲームでしかありませんでした。このゲームの唯一の見どころは、ゲーム内で殴られると実際に自分も痛いこと、ただそれだけ。「誰かが痛がってる様子って笑えるだろ?」という、それだけの冗談。ゲームショウへの出展も…、悪ふざけでしかありませんでした。


しかしながらゲームを遊んだ人の大半は、内輪ネタに笑ってくれるどころか怒りに震えるばかり。誰もが「何故ゲームに苦痛が必要なのか?」という質問を吐き捨て、このゲームから早々に立ち去っていきました。ただし…、幸か不幸か。インドゲームショウにも数人だけ、苦痛を味わって「これは絶対ゲームの未来になる!」と叫び声をあげながら、歓喜にのたうち回った連中が、存在してしまったのです。


苦痛を感じて大喜びする連中なんて、どんな理由があったところで、まともな連中じゃあありませんよ。かつての日本で言えば…、イカれたゲームジャンキー。この当時のインドで言えば…、違法賭博を暴力で仕切っていたチンピラ集団です。


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本作の運営元である「Mach」は、ハッキリ言ってしまえば、インドのゲーム賭博業者の隠れ蓑だった会社です。それどころじゃない、このゲームの大会をスポンサードしていた広告会社「Duryodhana」も、裏を返せば同じ業者。もっと言えば、このゲームの開発資金自体、全ては同じ業者が出資している。つまりはこのゲーム…、何から何まで全部、一つのゲーム賭博業者によって生み出された産物なのです。


違法賭博も舐めたもんじゃありません。当時のインドにおけるゲーム賭博の売上高は年間700億ルピー!「ゲーム賭博」は当時、FPC、FPS、RTS、その全てをひっくるめたゲーム市場の中で…、最もマーケットの大きい「ゲームジャンル」でしたから。


この当時のゲーム賭博なんか原始的なもので、eSportsの大会の勝敗に胴元がオッズをつけて賭け金を募るという形式で行われていました。Machもまた、そうした賭博を仕切っていた業者の一つ、言わば闇のブックメーカーだったわけです。


胴元の視点で見た時、ゲーム賭博は管理が難しい博打でした。なにせゲーマー連中には生意気にも良心があるようで、なかなか八百長には応じない。その上ゲーマー連中は粘着質で、すぐにゲームの粗探しをはじめる。八百長をやるにも…、こいつらは面倒でしょうがないんですよ。


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この広いインドのどこかに、八百長に最適なゲームが転がっていないか。彼らはあてもなく、そんな夢の種をゲームショウで探していました。ゲームショウはいつも、未来のゲームが並んでいる場所ですから。


陳腐な表現でしょうが、言わせてください。ゲームを遊んで全身に痛みが走った時、彼等の脳には電流が走ったのでしょう。自分がこんなに痛くて苦しいのに、それを見ている人間達には誰も苦痛が分からない。それは裏を返せば…、誰にも気付かれずにゲームのハンデを操作できる仕組みにもなる。お調子者達はその場でスタジオごと買収され、次世代のインドのeSportsとしての再開発がスタートしました。


開発理念は…自由自在にプレイヤーを痛めつけて面白がれるゲーム!


改めて、ご紹介しましょう。2066年発売、インド発のファースト・パーソン・コンバット(以下FPC)。法を無視した資金をつぎ込み、ふざけたジョークを具現化した、闘争本能むき出しの新世代サイバーケージ・デスマッチ!


仮想の苦痛がルールを越えて、八百長のために振りかざされる!歓喜の悲鳴が轟き渡り、倫理は無視され力が勝る!必ず最後に胴元勝つ!絶対至福の娯楽暴力!あなたの頭を駆け巡るC9H13NO3…。そのゲームの名を、「アドレナリン」と言います。


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2067/11/18、本作初めての全国大会は、600人超による地方予選を勝ち上がった全64名によるトーナメント方式で開催されました。


全国から勝ち上がった強豪達はいずれも劣らぬ曲者ぞろいで、他のゲームで既に名をあげていたプロゲーマー、総合格闘技の経験者、浮浪者みたいなジジイ、運営の送り込んだスパイと、まさに全インドを代表する顔ぶれ。裏で集まった賭け金も巨大も巨大、超巨大。総額4億ルピーというインド史上に残る巨大な一戦となりました。


運営は、このゲームの「勝利」を確信したことでしょう。後は予定通り、手元のつまみを軽くひねるだけで、人気のプレーヤーは痛みに泣き落ち、大穴のプレーヤーは苦しみに倒れる。仕込んだ選手が勝ち上がり、集まった賭け金は自分たちの懐に入ってしまう。「苦痛」の全ては、既に自分たちの手の中にあったのですから。


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後にも先にも、私はあれ以上暴力的で、あれ以上盛り上がったeSportsの大会はお目にかかった事がありません。私が思い出を語ってもいいのですが…、このまま喋ると「ボコォ!」とか「ドガァ!」だけの説明になりそうですし。せっかくですので、大会の熱戦ぶりを伝えたニュースを一つ、皆さんの為に引用することにしましょう。


--以下引用--


コルカタ地方検察当局は、『C9H13NO3』の公式大会において八百長試合および違法賭博に関与したとして、運営元であるMachのCEOクリシュナ・バルデーオ・バーンカルを含む、計45人を逮捕・起訴したと発表した。昨年11月の公式大会で一部観客が暴徒と化した事件以降、検察当局は本作の八百長疑惑に睨みをきかせていた。


本作の八百長事件が発覚したのは、2067年2月のこと。違法賭博に参加していた顧客の一部が、勝ち金が払い戻されないことを理由に業者を襲撃。Machの従業員が、違法賭博に資金を提供していた事が発覚した。事情聴取を受けたコルカタの業者は、「八百長の失敗で払戻金額が巨額になり、支払い不能に陥った」と説明している。


Machはゲーム開発を行う裏で、違法賭博の胴元としての業務も行っており、本作についてはもとよりゲーム賭博の為に開発された作品だったと見られている。今回の起訴は11月に行われた公式大会における八百長試合および違法賭博についてのものだが、検察当局は他のゲームでの余罪もあると見て捜査を継続する見込み。


公式大会の優勝者であるシャー・ルク・カーン(27)さんは、本事件に対し「ゲームを楽しませてもらったので自分はそれで良しとしている」とコメント。


一連の逮捕劇により、インドのeSportsシーンの中枢部にまで犯罪組織が関与していた事実が明らかとなり、同市場の腐敗が明るみに出た形となった。


--引用終わり--


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運営が八百長の為に送り込んだ選手達は、結局、全員一回戦で敗退しました。彼らが「痛がる芝居」に必死になっている内に、他プレイヤーが襲い掛かったからです。


最も派手な勝利を飾ったのは、「痔持ち」ことBK選手でしょう。そこそこ名のある格闘ゲーマーであった彼も、格闘ゲームの技術だけじゃ苦痛には勝てないと悟ったのかもしれません。試合直前に自らの尻を針で刺す事により、尻の痛みで両手足の痛みを忘れて戦う作戦を実行。八百長で痛みを感じていないはずの相手に対し、尻が赤く染まったまま一方的攻勢で一回戦を勝ち上がりました。


続いて派手な戦いを見せたのは、「二日酔い」と「クソアマ」。「二日酔い」ことラフマーン選手は酒の力で痛みを緩和させ、無関係の客まで殴るわ蹴るわ!暴れ技が多すぎて、酔っ払いが暴れているようにしか見ませんでした。「クソアマ」ことトリシュナ選手は女性用の鎮痛剤を大量に持ち込み、それを審判の前で堂々と服用。「デリケートな事だから騒ぐな」と運営を睨みつけ、論理力で一回戦を勝ち上がりました。


頭を使った戦いを見せたのは、「電撃」ことディキシット選手。この選手はインドじゃ有名なプロゲーマーなのですが、本作じゃあプロも奇策に打って出ました。文字通り頭に電気ショックを与えて神経を麻痺させ、神経のレベルから痛みに鈍くさせることで試合に臨んだんです。本当だったら痺れながら放ったパンチなんて痛くも痒くもないはずなんですが…、そこはゲームだから威力は補正される。臆面もなくハメ技を実行し、倒れた相手を何度も踏みつける冷徹さで勝ち上がりました。


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運営は苦痛を支配すればゲームを支配できると考えていたようですが、甘い、甘い、甘っちょろい。ゲームを遊んでいる間は、衣食住どころかお先真っ暗な人生でさえ忘れられる。苦痛なんて些細な事…、ゲーム中に覚えてられるわけがないでしょう!


本作のタイトルになっている「アドレナリン」という脳内物質には、人に苦痛を感じなくさせる効果があるそうじゃありませんか。私たちの脳は、退化してしまった。ゲームを遊んでいる間だけ、アドレナリンが湧くようになっていますから。


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特筆すべきは、やはり「サイボーグ」ことカーン選手でしょう。この選手は予選で最も注目度の高かった選手。そしてブックメーカーが最も倍率を高くつけた選手でもあります。なにせこの選手、当時としては珍しいサイバネティクスの格闘ゲーマー。今でこそサイバネティクスは人間本来の身体を軽く超える機能を備えていますが、この当時はまだまだ発展途上。生身の身体ほどの精密動作は難しく、義体のプレイヤーが戦うという事自体が、一種の美談のようにも扱われている時代でした。


しかしこのゲームにおいては話が別です。だって当時の義体は、痛みなんか感じられるほど高性能ではありませんでしたからね。殴られようが蹴られようが、彼は一人だけ痛くも痒くもない。当然運営も観客もみんなそんな事は分かっていたのですが、そもそも「サイボーグは大会に出れない」なんて規定は差別的である上に、甲斐甲斐しく戦う義体の選手を卑怯者呼ばわりすることなんて出来やしない。彼ももちろん、トントン拍子で決勝にコマを進めていきました。


会場のど真ん中でヨーガの瞑想をする老人、得体の知れないお香を焚いて目をトロンとさせる若者、単にソワソワしているマゾ。訳の分からない装置で頭にプログラムを流し込んでいる男、ヘルメットを被って全身を震わせる青年、明らかな脳ドーピング違反者。古代の叡智から、未来技術まで!インド全土から集ったプレイヤー達は、ありとあらゆる「苦痛を克服する人類の叡智」をこの会場に持ち込んでいました!


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運営にしてみれば…、もう逃げ出したい気持ちでいっぱいだったんでしょう。ヨーガを極めたジジイが勝ち上がってきたかと思えば、尻が血に濡れたまま相手を殴り倒す化け物が姿を現した。こういう連中に限って倍率を高く設定してしまったがために、みんな面白半分で大金を賭けている。こんなふざけた連中に優勝されたら、払戻金が莫大になりすぎて大会は大赤字、こちらが痛い目にあわされかねない。


悪あがきだったのかもしれません、おそらく運営は、大会途中で苦痛のレベルを引き上げたのでしょう。大会が四回戦目ともなると、試合展開は更に陰惨なものとなっていきました。「二日酔い」は一突きされただけで嘔吐してドクターストップ、「クソアマ」は泣き出してしまい棄権。「痔持ち」は自ら放った蹴りの衝撃で失禁し、尿に足を滑らせ尻から転んで失神しました。運営からしてみれば悪あがきだったのかもしれません、が、失禁はやりすぎでしょう、失禁は。


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結局のところ、決勝は「サイボーグ」カーン選手と「電撃」ディキシット選手で争われることになりました。倍率はディキシット選手が3倍、一方のカーン選手が300倍!運営としては…準決勝の時点で既にディキシット選手を優勝させる腹積もりでいたようで。ディキシット選手の試合前インタビューでは、「アドレナリンが出てきて痛みが軽くなった」と、半笑いで答える彼の姿が確認できます。まぁおそらく、彼も何となく違和感は感じていたのでしょう。でもそれを明かすことは出来なかった。誰だって、自分に不利になるようなコメントは出来ませんから。


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ああ、もういい!四の五の言っても始まりません!やっぱり暴力は、直接その目で味わっていただかないと!伝説の一戦、Cyborg vs Electro C9H13NO3 Final stage!是非ご覧になってください!駄目ならリンク先に飛んでください!


Cyborg vs Electro KOMBAT!! [C9H13NO3]

vrtp://linkage.com/share/movie/7753405981569


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はいレッドコーナー「サイボーグ」ブルーコーナー「電撃」、試合前の位置取りはお互い少し遠目に距離をとる、ゴングが鳴って…、開幕はお互いその場で様子見。ハイここ!開始3秒、ここよーく見てください。電撃、ちょっと笑ってるでしょ。これ、この時点でおそらく電撃、自分が痛みを感じない事に改めて気付いている。 ハイそこから先に攻めるは電撃。まず小足を一発入れる、完全に様子見の小足で上半身は逃げの姿勢。当然サイボーグはこの小足を読んでいて強めに弾く。弾きは電撃の脛にクリーンヒット。カウンターで小ダメージが入るぅ!フゥ!


ハイ次はここ、ここ見てください。開始15秒、電撃…完全に笑っちゃってるでしょ。最初に小足を入れたのは、自分が痛みを感じるかどうかをチェックしたかっただけ、つまり…カウンター狙いで小足だしてます。それを踏まえた上で距離を詰めたのはやはり電撃。サイボーグは距離を離すが…これ以上後ろがない!小パン小パン小パン当たる、からのハイ膝関節狙いのキックがドン。サイボーグガードが間に合うが…体勢崩して座り込んでしまうぅ!からのそこに電撃お得意の手刀が…ガードに刻んでドンドンドン!ガード相手に反撃無視で、削りのダメが入る入る入る!


サイボーグはガードしながらも払い蹴りを出すが…、所詮は悪あがきぃ!相手の脚にカスあたりしているだけー。電撃退く気配なし!ガードからのカウンターは…はいバレてたー!たまらず逃げ出して一端距離をとるぅ!電撃追撃で大蹴りを出すが…それは欲張りすぎで届かなーい、助かったー。この時点で体力は…サイボーグ7割、電撃7割。しかし手数が多いのはやはり電撃!ゲージの蓄積が速い速い。電撃ゲージをちらつかせつつ、小パンで牽制しながら距離を縮めていく!打つ手なぁし!


サイボーグは反撃のきっかけが欲しいところだがー?何故かこの場面で脚を擦っているだけぇ!ほとんどの攻撃はガードが成功したにもかかわらず、まるで脚に攻撃を食らったかのように痛がっている!これは完全に見失ったか、サイボーグやぶれかぶれで体当たりしかけるぅ!おーっとこれは電撃ガードは間に合うが読めてはいなかった。体当たりぶっぱからの…、ハイしゃがんで小足刺さる。小足入ってからのハイ足払い、これは良い連携。しかしここへ来てまだサイボーグ!痛くないはずの足が痛いのか攻撃を中断!追撃が間に合わなーい!


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サイボーグは起き上がり遅れてエルボー重ねるが…、はいタイミングが悪い。たいしたダメージにならない。むしろ起き上がり狙っていたのは電撃!エルボー!食らいつつの!お構いなしで!サイボーグをグラップリング!フゥ!エルボーを下半身にもらいつつの切り返しでー?地獄突きぃ!…これは美しいっ!距離詰まった!一気に来た!ゲージは…、ある!ここで一端叩き落すか首絞めかの二択が来るがぁ…?サイボーグ叩き落し読みで蹴りをいれるも…悪あがきぃ!読みが外れて首をつかまれ…絞められるぅ!これは苦しい!


ハイここ、ストップ。電撃、見てくださいこの顔、もう笑ってもいない。この時点で完全に、この試合の「終わらし方」考えてます。まずは首を掴んだまま叩きつけ、ドカーン!鳩尾、からの、踏みつけ踏みつけ踏みつけで暴力暴力暴力ゥ!サイボーグは…まだ首を絞められた苦しみから抜け出してない!いやこのゲーム痛みはあっても窒息させるような効果は無いんですが!しかしこの苦しそうな顔!完全にゲームに入り込んじゃってる!悪あがきの蹴りが電撃の脛に入る入る入りまくる!しかし痛みを感じない電撃はまったくちっとも動じなーい!


壁際!叩きつけ!逃げ場がなくなった。首を再び…グラップリング!もう避ける術はない!ゲージを消費して…、投げ技で決める態勢に入った!完全に舐めプレイ!完全に舐めプレイです!小パンで!削ってもいい体力を!わざわざ超必で決める必要がどこにある!!憎たらしぃ!サイボーグにも切り返すだけのゲージはあるが…切り返し技の蹴りを出さずじまい!脚が痛いのか!たまったゲージを使うのは…?悪あがきで連打している小パンのダメージ強化!小さい小さい小さすぎぃ!小パンは連続で入り続けるが…、電撃は意にも介さなーい!


電撃の身体が赤く光るぅ!特殊演出入ったぁ!キル!ゼム!オール!リングに暗雲立ち込めて…無敵演出終わりからのおおお!!??小足刺さって体力削り切りKO ハイ勝ったのはサイボーグ試合時間97秒。お疲れさまでした。良い試合だった!


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あー…残念ですね。この動画、おそらく公式動画の転載かな、試合終了で映像が終わっちゃってますね。本当に「暴力」を楽しめるのはむしろここからだったのに。良かったですよ。 会場に来ていた2万人の観客全員が、どう見ても不正でしかない決勝戦の結果に一斉にブーイング。観客の大半が暴徒と化し、お互いもみくちゃになって掴み合って…、それは素晴らしい血みどろの殴り合いでしたから!


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サイボーグが勝てた理由は、長らく議論の種となった話題です。


電撃が負けた理由は、運営の八百長で苦痛を感じていなかったから。体力が削られているのに気付いていなかったことで間違いないでしょう。しかしサイボーグが勝てた理由は…、よく分からない。苦痛を感じていなかったのは、義体のサイボーグだって条件は一緒。しかし彼はむしろ、痛みに怯えているかのように見えましたから。


この話題になると揉めるんですよ…。サイボーグは本当は生身だったのに同情を引くために義体を装っていた陰謀論とか、現代のサイボーグレイシズムに当てはめて当時の話を語ったりとか、大体の場合は議論が脱線して収拾がつかなくなる。散々煽りあった後、最後はお決まりの話題に行きついて…、議論はそこで立ち消えるんです。


「何故ゲームに苦痛が必要なのか?」という、いつものお決まりの話題ですよ。


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「何故ゲームに苦痛が必要なのか?」という疑問は、本当に馬鹿げた疑問ですよ。


確かに苦痛は苦しい、それに痛いですよ。出来れば無い方が良いに決まってる。しかし苦痛は生きていくのに必要なものだからこそ、人間は苦痛を感じるよう生まれてきている。その点については、議論では絶対に語られることがない。


私が腕をサイバネティクスに替えた2060年代は、義体には痛覚という機能がまだありませんでした。いやそれどころか、触覚自体がほとんど無かった。私だって最初のうちは、苦痛とは無縁になった人生に喜びを感じていたんです。昇龍拳コマンドを何回いれても手が痛くならない新しい人生に、天に感謝さえしました。


しかし、喜びは長くは続きませんでした。私の腕は、何も感じなくなってしまった。人に触っても温かみがない、人を抱いても重みがない、人を殴っても手ごたえがない。ゲームを遊んでも、まったく遊んでいる感じがしなかった。何も、実感がない。呆れるほどに退屈で、なんにも無い。それが、どれほど苦痛だった事か。


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サイボーグが勝てた理由は、「彼が義体であり、無痛での活動に慣れていたから」とされる事が多いように思います。しかし試合展開を見れば分かるとおり、むしろサイボーグは終始逃げ腰だった。勝敗を分けたのは…、不用意に攻めなかった判断力と言って間違いないでしょう。言葉は悪いですが、彼は臆病そのものでした。


私の目には、彼が苦痛を恐れていたから勝てた、そう見えました。


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「幻肢痛」って言葉をご存知ですか。身体をサイバネティクスに替えた人間が、感覚なんてないはずなのに、そこに苦痛が発生しているような錯覚を覚えるっていう症状のことを言います。何にも感じていないんですよ、感じていないはずなのに、身体に実感が無いことに耐えられなくなった脳が、勝手に苦痛を想像してしまうんです。


一発殴られてみたら分かるはずなんですよ。


本当は痛みなんか感じないはずなのに、このゲームで殴られると…、まるで自分が苦痛を感じているかのような気分に浸ることが出来る。義体となって苦痛を感じなくなってしまった身体であっても、このゲームを遊んでいる間だけは…、そこに苦痛があるかのように錯覚させてくれたんです!


殴られれば痛い、蹴られれば苦しい!それが一体、どれほど楽しい事か…!だってこれはそういうゲームだから、脳はそういう風にゲームを遊んでしまうんです!存在しない肉が引き裂かれ!流れてもいない血が噴き出し!折れる事のない骨が粉砕されるあの感覚!ゲームを遊んでいる間だけなら、苦痛を味わっていられる!


痛みを恐れるってことは、生に執着しているって事でしょう? 仮にそれが錯覚でしかない痛みであっても、勘違いとは分かっていても、苦痛を感じる事で、まるで自分が生に執着しているかのように錯覚はできた!このゲームを遊べば、いつも「幻肢痛」に苦しむことが出来た!


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私の目には、彼が苦痛を喜んでいたから勝てた、そう見えました。


あの試合を見た時、私は感動に打ち震えた覚えがあります。何故ならそこに、このゲームの楽しみ方を見つけてしまったから。eSportsが人の胸を熱くさせるなんて、昔は馬鹿馬鹿しいと思っていたんです。ゲームは遊ばなきゃ面白さは分からない。他人のプレイをいくら見たって、何にも分かる事なんかない。そう考えていました。


しかしあの一戦を見た時だけは…、私はサイボーグが何故このゲームを楽しんでいるのかが、分かったような気がしました。奴の苦痛が、理解出来たんです。試合の直後、さっそく八百長事件で値崩れした本作をインドから輸入しましてね。オンライン対戦一戦目で、自分で自分をボコボコに殴ってKO負けしましたよ。


衝撃的でした。サイバネティクスの右手でも、苦痛を感じることが出来た。退屈が一瞬で吹き飛び…、「苦痛がないことが退屈だ」と考えていた過去の自分が、憎くて憎くて仕方がなくなりました。何を馬鹿げた事を考えていたんだ俺は。痛みなんか無い方が良いに決まっているだろうって。


他人がゲームを遊んでいるのを見ただけで。他人の楽しさが分かったのも、他人の痛みが分かったのも。本作が、最初で最後かもしれません。


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さて、そろそろ時間です。昔話も切り上げましょう。


苦痛だらけのこの人生、脳は苦痛に慣れ過ぎた。今じゃ本作を遊んでも、衰えた脳はちっとも苦痛を感じちゃくれません。あんまりに長く遊び過ぎたものだから、ついにはこの脳は幻肢痛にすら慣れてしまいました。もうこのあたりが潮時でしょう。脳が苦痛に飢えている。そろそろ、次の苦痛が必要な頃合いですよ。


まだ見ぬ未来のゲームが、私を大いに苦しめてくれることを、期待しましょうか。


2115/9/17 (Article written by Alamogordo)


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