【第18回】حقيقة غير مريحة(ハキーカ・ジール・ムリハ)

タイトル:حقيقة غير مريحة(ハキーカ・ジール・ムリハ)

発売日:2085/11/08

発売元:Freigegeben ohne Altersbeschränkung


世界のあらゆる低評価なゲームをレビューしていくレビューサイト「The video game with no name」、第十八回目となる今回は、2085年発売、月世界初公認のゲーム「حقيقة غير مريحة」の紹介です。


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昨日、月をご覧になりました? 色、完全に変わっちゃってましたね。


驚きですよ本当。月世界なんて所詮は地球の出先機関、月に住んでいる人間たちは地球には逆らわないだろうと思っていたら。まさかのまさか、本当に地球側の要求をつっぱねてしまうとは。まぁ月の色調統制なんて、地球人のための決まり事でしかありませんからね。自分たちの住んでいる星の色は自分たちで決める、地球の指示は受けない。あれこそまさに、我々に対する月からのメッセージなんでしょう。


数十年前じゃ考えられませんよ。「月世界」なんて言葉には、月面基地の寄せ集め以上の意味は無かったはずなのに。それが今じゃ、彼らは一丸となって地球に抵抗している。月の政治なんて地球の政治の場外乱闘でしかなかったはずなのに。それが今じゃ、「月の住人」としてのアイデンティティをはっきりと地球に示している。


色調統制をやめてしまった月面では、各月面都市が好き勝手な色の光を宇宙に放つことに決まったそうで。私の目に映った昨日の月は…、まるで無造作に絵の具を混ぜたような…蒼く濁った灰色に見えました。


ただ、良い色だったんです。あの色こそ、月本来の色でしょうから。


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「月は地球の落書き帳じゃない」とは、一体誰が言ったのか。


月は既に、地球人のオモチャとしては、少々不便になりすぎました。


かつて月は、私達にとって手ごろな落書き帳だった時代があったんです。


そもそも月面の色調統制だって、元をただせば「月面に広告を出したらなんか面白くない?」という、地球人が月面に落書きする為に考えられたルールだったんです。


しかし、時代は変わりました。今じゃもう、あの星には何十万人もの人間が生きている。他人の故郷に落書き出来るほど、私たちは自由ではないはずですから。


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濁った月面を見ていたら…なんだか気分もノってきたことですし。本日は一つ、「月」で生まれたゲームを皆さんにご紹介しましょうか。


本日ご紹介するゲームは2085年発売。発売元はFreigegeben ohne Altersbeschränkung、タイトルはحقيقة غير مريحة(ハキーカ・ジール・ムリハ)。ジャンルはアクションアドベンチャー。


なにせこのゲームこそ、月世界の創作物管理データーベースに燦然と輝く作品IDNo.1、名誉ある月生まれのゲーム登録第一号!


そして、低評価がつけられた月で最初のゲームです。


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月世界でのゲーム開発は、歴史を遡れば50年代には既に始まっていたとされています。しかしこの当時の月世界は、各国が勝手に建設した月面基地が点在しているだけの星。それぞれの月面基地は運営国の法の下の植民地に過ぎませんでしたから。この時代に作られたゲームは、単なる「各国の植民地産のゲーム」であり、後の歴史で「月産のゲーム」と見做されることはあまりありません。


本当、「月は地球の落書き帳じゃない」という言葉はうまく出来た皮肉でしてね。協定に署名していないことを盾にして、大国が自国企業名義で月に無理やり基地を建設する。そうして間接的に、大国同士で月の植民地争いをしていた。いい歳をした大人たちが必死になって月面で塗り絵を遊んでいる、そんな馬鹿げた時代だったんです。


ですから2084年、月世界統治会議が「月で製作された創作物の総合登録制度」を始めた時は、月全体にちょっとしたお祭りムードが漂う事になりました。月に独自の管理制度が出来るという事は、今までのように「地球の植民地産」としてではなく、月世界が共同して「月産」の創作物を管理していく事に他ならない。月独自の創作の歴史が始まった瞬間なのだと、人々は諸手をあげて歓迎したのです。


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ちなみに皆さん、月で一番の最初のゲームが本作だって…、ご存じでした? 現在の月世界じゃ、「月で一番最初の創作物」の話題は…タブーに近いようなものがありますからね。


名誉欲は、人を狂わせるんですよ。ロックバンドにオーケストラ、画家に作家に映画監督。ありとあらゆるジャンルのクリエイターたちが、「月で一番最初の創作物」という名誉を手にするために、我先にと手抜きの作品をでっちあげて月の審査機関へ持ち込みましたから。今じゃ「月で一番最初の創作物」というジャンルには、完成度度外視の粗悪品というレッテルが張られてしまっているんですよ。


月面統治会議記念博物館では現在でも「月で一番最初の創作物」が常設展示されているそうなので、一度足を運んでみてはいかがですか。素人がアカペラで歌う月で一番最初のラブソングが鳴り響き、月面上に男が立っているだけの月で一番最初の映画が放映され、「地球」をすべて「月」に置換しただけの月で一番最初の小説が展示され…。月が滅ぶまで半永久的に、作品が展示され続ける予定だそうですから。


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歌、映画、小説、絵画…。この世に存在するあらゆるジャンルの創作物が、遠い月の上で次々と馬鹿騒ぎに巻き込まれてく。そんな地獄絵図を、地球のゲームの愛好家たちは固唾を飲んで見守っていました。


なにせ他の創作物に比べれば、ゲームは遊べる分だけ審査に時間がかかる。時間がかかればかかるほど…、この馬鹿騒ぎの大トリとして「月で最初のゲーム」にかけられる期待は、どんどんハードルが高くなっていく。


ゲームは違う、ゲームだけは違う。ゲームだけは、こんな馬鹿騒ぎに巻き込まれないようにしてほしいと、みんな揃って月に祈りを捧げました。384,400 km先の空の上、そんな遠くまで祈りが届くはずもないのに。


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「月で最初のゲーム」が認可を受けたとの一報が地球に飛び込んできたのは、それから3か月後、地球時間の2085年11月のことでした。


星間インターネットは、月から地球までの情報伝達におよそ1.5秒かかります。


地球人が月に「どんなゲームですか?」と送信するまで、1.5秒。

月人が地球に「これまでで最悪です」と返信するまで、1.5秒。


技術なんて進歩すればするほど、息苦しくなるばかりで困りますよ。空の向こうに浮かんでいるお月様。そんな場所で公開されたはずのゲームが…、公開されてたったの3秒で、地球でも低評価なゲームになったというのですから。


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正直に言って、このゲームは無茶苦茶です。無茶苦茶すぎて何から説明していいか見当がつかないのですが…、とりあえず最初から見ていきましょうか。


まず物語の舞台は、この宇宙の何処にも存在していないスーパーハッピー星(原文ママ)のウルトラハッピー共和国(原文ママ)。主人公は田舎に住む若者ロボット(原文ママ)のアベイレゲッセ。突如やってきた人々を幸せにする機械軍団「超ハッピーハッピー軍団」(原文ママ)により、故郷の村の人々が全員超ハッピー(原文ママ)にされてしまうところから物語は始まります。


みんなが超ハッピーになってしまい、不幸にも一人だけ取り残されてしまったアベイレゲッセ。彼は超しあわせビーム砲(原文ママ)を手に取り、世界中の不幸な人たちを機械軍団よりもハッピーなミラクルハッピー(原文ママ)にする旅に出る事を決意しました。アメージング・ワンダフル・ハッピー・ハッピー・ストーリー(原文ママ)は、今、幕を開けたのです!ヤッピー!(原文ママ)


どうです、なかなか興味深いストーリーでしょう? 私もこの歳にしてアメージング・ワンダフル・ハッピー・ハッピー・ストーリーを紹介した甲斐があったというものです。このゲーム、そもそも全年齢対象。子供向けに配慮したが故のストーリーなのでしょうが…、大人がこれを「正しい物語」だと判断して世に出した事実を思えば、まぁ、ここは素直に笑っておくのが正解でしょう。


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結論から言えばこのゲーム、基礎は非常にしっかり作られたゲームです。つまらないと酷評されたわけでもありませんし、システムにバグがあったという訳でもない。しかし一つの創作物として見ると…、その演出の全てが、何を考えて正しいと判断されたのかがサッパリ分からないのです。


例えば主人公の「アベイレゲッセ」。 動きのパターンも非常に豊富で、陳腐な言葉ではありますが、本当に生きた人間のように動いてくれるキャラなんです。しかしこのキャラ、「ロボット」という設定じゃないですか。じゃあどこで機械感を出しているのと言うと…、口の下に二本線が入っていて、肌の色が灰色なんですよ。あと目がピカピカ光る。いやあ、目を光らせればロボットと見做すという、このレトロフューチャー感はいかがですか!


逆に紅一点の「デラルツ」みたいに、破綻しきっているが故にまとまっているキャラもいますよ。物語的には主人公を助ける大人の女性で、艶めかしい色気で主人公を度々誘惑するのですが…、惜しむらくは、骸骨です。それ以外は本当に、色気のある大人の女性のテンプレートのようなキャラなんですが、いかんせん、艶めかしい骸骨。それも何の説明もなく、この世界にたった一人だけ突然登場してくる骸骨。


申し訳ない。「艶めかしい女性キャラはとりあえず骸骨にしておこう」と判断された理由について、皆さんは私に説明を求めるのかもしれません。本当に、心苦しい気持ちでいっぱいですが…。スカルフェチでない私には、「骸骨の色気」を皆さんに説明してあげることがどうしても出来ないんですよ…。


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ゲームシステムも本当は細部まで説明したいところなのですが…、正直なところ、説明しても分かってもらえるか自信がありません。


本作のジャンルはアクションアドベンチャー、スーパーしあわせビーム砲を駆使して戦い、会話でミッションを進めていく流れになります。スーパーハッピー星の物理法則は地球とほとんど同じ、個人製作のゲームでここまでよく開発したなという物理エンジンを動かしてはいるんですが…、少し特殊な部分もありまして…。このゲームは相手を攻撃することが出来ない、出来るのはハッピーにすることだけ。簡単に言えば、誰も傷つけることが出来ないのです。


スーパーしあわせビームで敵を撃つと、相手は瞬時に幸福感に包まれ、満面の笑みで万歳をして直立不動になります。凄い勢いで走ってきた相手を撃ってしまうと、ちょくちょく「万歳をする人間砲弾」が直撃するので気を付けてください。また、倒してしまった敵は万歳スタイルのまま完全に固定化され、もう絶対に動かすことは出来ません。運が悪いと倒した相手が邪魔になってゲームが進行不能に陥りますので、相手を幸福にするにも時と場所を選ぶ必要があります。


ダメージ演出が強めなのも、本作の見逃せないポイントでしょう。基本的に登場人物は全員ロボットという設定(謎の骸骨を除けば)なので何をやっても傷付かないのですが、かわりにバネが飛び出たりネジが吹き飛んだりオイルが噴出したり、それはもう激しくダメージの演出が行われます。最初のうちは楽しいのですが…、戦闘が激化してくる後半は敵の数が多すぎて、もう一面完全に真緑に濡れるくらいオイルが吹き出ます。ハッキリ言ってラストステージあたりは一面真緑で何も見えません。


とは言え…、真緑で何も見えないとは言いましたが、それでゲーム中に理不尽さを感じたことは一度もないのが、このゲームの不思議なところでしょう。おそらくは、画面が真緑に濡れることが織り込み済みで、ゲームバランスが調整されている。一つ一つを見れば、どう考えても不自然な演出ばかりだというのに…、まるでそれが絶対に必要な演出だと言わんばかりに、このゲームは作られているのです。


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演出の一つ一つが絵の具の色で、それを塗り重ねる事によって一枚の絵のようにゲームが出来ているのだとしたら。本作は色と色とがまじりあいすぎて、何が描かれているのかを知る事すら容易ではありません。


なにしろ本作は、超ハッピーハッピー軍団とかいう連中が人々を洗脳しているという世界観のゲームでしょう? モブキャラの大半は、張り付いたようにみな笑顔! 体形・行動・普段の仕草。それぞれ個性はちゃんと作りこまれてるっていうのに…、何故か笑顔の顔グラだけは使いまわしている!ここまで丁寧にキャラ造形を作りこんだゲームで、顔グラだけは笑顔を使いまわすとは、一体全体どういう判断なのか!?


その上本作は、人に話しかけて情報収集をすることで話が進展していくアドベンチャーでもあるでしょう? 情報を集めるために街を歩いても、モブキャラの男性は大半が常にブツブツ独り言を呟いている。おそるおそる話しかけてみると、「今、話し中なんだよ」と怒られる!幻覚を見ているおっさんが街中を闊歩する世界観を、どうして正しいと判断したのか? 狂ってる!狂ってる奴しかいない!


じゃあ今度はモブキャラの女性に話しかけようと思うでしょう? でも女性は女性で異様なモブキャラクターしかいませんよ!なにしろこの世界には、謎の骸骨を除けば100年前くらいのゴワッゴワのポリゴンモデルの女しか存在していない!まぁこれは「スーパーハッピー星の女性ロボは旧式タイプが多い」っていう説明があるから正しいとしましょう!もう正しいとしました!


問題なのはむしろ足元、彼女達の足元ですよ!全身がゴワッゴワのポリゴンなのに、なぜか足の裏だけモザイクをかけてモデリングがごまかしてある!誰も気しないでしょ足の裏なんか!身体全体がそもそもゴワゴワなのに、そんな状態で足の裏の造形をモザイクでごまかそうという優先順位の付け方が分からない!


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そして極めつけは、エンディングですよエンディング!もういいでしょう!ネタバレしちゃっても!バラすようなネタなんかエンディングにはないんですから!


物語終盤の主人公たちは、テロリストがしあわせ発電所をハッピーニュークリアボムで破壊するよう仕向け、その混乱に乗じてハッピーなんとか国から逃げ出す…という目的の為に行動します。クライマックスは圧巻ですよ。重厚に描かれた発電所の中を、爆発まで数分という時間の中で逃げ惑う主人公たち。そして最後、海に船を漕ぎ出したところで…。


「いろいろあってみんな逃げだすことに成功しました!」と書かれた登場人物の笑顔の一枚絵がババーンと表示されて、突然スタッフロールが流れます。いや本当に、笑顔にHAPPYって描かれた一枚絵がババーンと出ます。それだけ。HAPPYのフォントが手書きなのが良いですね。本当、心の底から笑える。


私から言えることは、以上、これだけです。


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個性のある色たちを、キャンバスの空白を埋めるように塗り重ねていったら。色と色とが無秩序に混ざり合う先に、そこには一体何が描かれるのでしょう。


このゲームはまるで、落書きのようなゲームでした。色と色とが見る影もないほど濁ってしまって。一枚の絵として見てみると…、そこには何も描けてはいない。


ゲームレビューには、限界があります。何の意図もなく生み出されてしまった創作物の、存在しない創作意図を説明することは、出来ないのです。


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ところで皆さんは、このゲーム、馬鹿馬鹿しいと思いましたか?


馬鹿馬鹿しい作品に見えた。まぁそれもそれで一つの意見ですね。

至極真面目な作品に見えた。まぁそれもそれで一つの意見ですね。

人それぞれ異なった価値観がある以上、その全ては尊重されるべきだと思います。


私は、腹の底から笑えました。いやぁ馬鹿げてます。笑えますよ。何もかもが無茶苦茶で、一つとして整合性があってない。こんなもの笑わずにいる方が難しい。正真正銘の、笑って構わないバカゲーでしょう。


なにせこれ全部「検閲」の結果ってのが、ちょっと面白過ぎるとは思いませんか。


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حقيقة غير مريحة(ハキーカ・ジール・ムリハ)が地球上でリリースされたのは2083年。かつてこのゲームは、アフリカ系ドイツ人が開発したヒストリカルアドベンチャーゲームでした。2070年代の東アフリカはソマリアを中心とした情勢不安の時代であり、「自由」を求めて欧州を目指す難民は少なくありませんでした。このゲームはそんな難民のうちの一人が、自身の体験をゲームを通して伝えようとした、言わば自伝的作品だったわけです。


しかしながら、ヨーロッパへ渡った彼を待っていたのは…、残念ながら、彼の求めていた自由ではありませんでした。当時の彼は、アフリカに自由がなくヨーロッパには自由があると思い込んでいたようですが、当然そんな訳はありません。アフリカにあったのは制限であり、ヨーロッパにあったのもまた別種の制限。特にドイツはゲームに対する規制が厳格な国であることを、彼は知らなかったのでしょう。


本作はドイツでは18歳以上推奨のゲームとなり、いくつかのシナリオはカットを余儀なくされ、作品を満足のいく形で世に出すことはできませんでした。「不条理への抵抗」の大切さをゲームを通して伝えたい。血生臭く、人権が守られず、人々が無意味に争いあう。誰もが目を背ける現実の不条理を、ゲームを通して描き出したいというのなら。どうしても、検閲はその前に立ちはだかってくる。


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地球は息苦しい星ですよ。


でも、息苦しいのも、仕方が無いんです。性描写があれば規制されるのが当たり前。人が殺される暴力表現などもってのほか。政治的な主義主張など許されるわけがない。そうでなければ地球上は…、今よりもっと息苦しい場所になってしまうでしょうから。


地球上には、見たくないものが溢れすぎているんです。差別、貧困、犯罪、戦争。検閲というルールが無ければ、「見たくないもの」は地球全土で野放しとなって、地球はあっという間に人間が住めるような場所ではなくなってしまう。


だからこそ、本作の開発者を含む多くのゲーム開発者たちは、月でゲームを販売することに大きな希望を抱いたんですよ。だって月にはまだ、差別も無ければ貧困もない。犯罪もなければ戦争もない。あの星には当時、まだ「見たくないもの」がまだ存在していなかった。


見たくないものが存在しない星なら、検閲なんてする必要もありませんからね。


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ところで皆さんは、月ではどうやってゲームが審査されているかご存知ですか。


月は1967年発効の宇宙条約により、地球上の国家による領有を許されてはいない天体です。現在月面を統治している月世界統治会議は、各月面基地の代表者によって構成される会議制の行政体。地球による政治介入を受けてはならないという大前提があるため、政治的決定は「全会一致」が基本原則です。


ではその下部組織である月のレーティング機関「月世界娯楽媒体等級審査委員会」(Classification Board of Entertainment Media for the Moon)はと言うと…、これもまた月面基地の各代表者によって構成される「全会一致」主義の会議制組織。


当時委員会を構成していた審査員は、アメリカ・ロシア・中国・イギリス・フランス、加えて日本・ドイツ・タイ・オーストラリア・イラン・リビア・インドネシアの全12国の宇宙飛行士たち。誰のものでもない新天地という前提条件があるからこそ、「異なる意見を平等に社会に反映しなくてはならない」という月世界独自のルールが作られている。それは、ゲームの審査についても変わらないわけです。


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ただ、月の意思決定システムには、一つ大きな欠陥があります。


それぞれ異なる倫理観を持つ世界各国の審査員が、全会一致に至るまでゲームを検閲したら。それぞれが持つそれぞれの価値観で、自分勝手にゲームを塗りつぶしてしまったら。そこには一体、どんなゲームが生み出されてしまうのか。


そんなの、笑えるゲームに決まってるじゃありませんか。


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まず最初に本作に修正指示を出したのは、アメリカ、イギリス、フランス。何せ彼らは本作がテーマとしている2070年代の東アフリカ介入の当事者。主人公が戦う敵も彼らの支援による反乱軍がモデルであり、それを悪者扱いされてはたまったもんじゃない。「自分達を敵として描く事は許されない」と主張し、世界中の誰もが聞き飽きた「戦争の正当性」に関する文書を何十ページと送り付けてきたわけです。


しかしそうかと思えば、東アフリカ介入で彼らと対立の関係にあったはずの中国・ロシアも、本作にはいち早く待ったをかけました。 なにせ両国ともに、常日頃から国内機関向けに「戦争の報道の仕方」の検閲マニュアルを用意している、とってもとっても「準備」の良い国々でしょう? 彼も彼らで独自の基準にのっとり、政府見解に沿った修正指示を何百項目も送り付けてきたのです。


あっちを直せばこちらから、こっちを直せばあちらから。自分たちの価値観を譲らない修正指示ばかりが飛んでくる。互いに互いを塗り潰すだけの、不毛な検閲合戦が続く。度重なる修正指示の中で、開発元も馬鹿馬鹿しくなってしまったのでしょう。


地球だと明言するから、無意味な指示は何時まで経っても止まらない。

ゲームの舞台を、地球じゃない別の星ってことにしちゃえばいいじゃない。


こうしてまず、ゲームの舞台は地球からスーパーハッピー星へと改正されました。ついでに敵軍も、反乱軍から超ハッピーハッピー軍団に改正。はた目から見れば馬鹿馬鹿しい演出であっても、検閲に対する修正内容としては文句のつけようがない。五大国は揃いも揃って、この修正をもって自国の審査を通過させました。「スーパーハッピー星は物語として正しい」と、彼等の価値観はそう判断したのです。


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次に本作に難色を示したのは、ドイツ・オーストラリアの両雄。この二国と言えば、暴力表現の規制に関しては非常に厳格で知られる国。本作にももちろんのこと、「このゲームには暴力が溢れている」と、お決まり通りのクレームがつきました。


まず、人が死ぬのは禁止!人は死ぬものですが、制度の上では人が死ぬことは禁止できるのです。続いて、人型の存在が死ぬのも禁止!「これは人ではなく宇宙人です」なんて言い訳で、検閲を逃れられるわけがない。スーパーハッピー星人に死の概念があるか否かは…議論が分かれるところでしょうが。残念ながら検閲には科学的考証は不必要。制度の上では、架空の存在だって死ぬことは禁止出来るのです。


開発元は苦渋の決断として、全キャラクターをロボットに修正しました。機械は死ぬことはないし、これなら暴力も残酷には見えない。祈るような気持ちで口の下に二本線を入れたのでしょうが…、口の下の線ごときで検閲がごまかせるわけがない。死体を持ち運べる事は暴力的!身体がバラバラになることも残酷!機械からオイルと称して漏れている液体は血にしか見えない! 機械に対する暴力なら許されるだなんて、20世紀じゃないんですから。


開発元は素直に従いましたよ? 体は動かせないようにシステムを修正、身体がバラバラになる機能も削除、ついでにオイルは緑色に統一して、一目で血じゃないと分かるくらい派手に噴出させるよう変更を加えました。これでようやく暴力表現は無くなった…、だなんて思うようじゃあまだまだ甘い。それでも両国の審査員は、「そもそも銃で撃つという行為自体が全年齢対象としては暴力的」と一言、ゲームシステムをバッサリ切り捨てたのですから。


最終的に、銃はスーパーしあわせビームに置き換えられ、撃たれた相手は笑顔で万歳をするようにゲームシステムは修正されました。ハッピーに改正されたゲーム内容に、両国も満足そうに発売を許可。検閲のおかげで誰かが不快になるの未然に防ぐことが出来たわけですから…、これぞまさに、アメージング・ワンダフル・ハッピー・ハッピー・ハッピー・ストーリーというわけですね。ハッピーの数が多すぎたかも?


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まだまだ他の国々も負けてはいませんよ。 続いて登場するのはリビア・インドネシア!彼らが主張したのは…、そう、性的表現です!


どこの土地においても、戦乱が起きれば初めに被害を受けるのはか弱い女性。実際この作品においても、えげつない当時の性事情が生々しく描かれています。もちろん、そういう描写は全てカット!それはまぁ当然として、むしろ本当に問題視されたのは主人公とヒロインの関係性でしょう。何せこのゲームは半分作者の自伝のようなゲーム、気持ちが入っているのかなんなのか…、ラブシーンが頻繁に挿入されるのです。


当然両国は「ラブシーン全削除」と修正を指示したのですが、そうは言ってもラブシーンを削除してしまうと、ヒロインとの仲が深まっていく物語がサッパリ分からなくなってしまう。よって、発売品からはヒロインの存在自体が無かったことにされています。当然でしょう。身体の関係もないのに心が通じ合うだなんて、ムリヤリ辻褄を合わせたヒロインを残しておくぐらいなら、存在自体削っちゃった方がまだマシでしょうからね。


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最大の問題が削除されたとは言え、ゲームの中にはまだまだ性的表現が多く潜んでいました。半裸同然のボロ着を着た戦争孤児の少女たち。要修正。スラムにたむろする売春婦。要削除。軽装の女性ゲリラ達。これはもう政治的にもNG。モブキャラに関しては薄着の女性キャラ全員を男性キャラに置き換えてしまう力技で解決は出来ましたが、イベントに関わるようなキャラクターはそう簡単に置き換えは出来ません。


モデリングを修正するのは非常に手間がかかりますし、修正個所を特定してモザイクをかけるにしても月で一番早く登録されるゲームを目指すには時間が足りない。となれば、皆さんだったらこの局面をどう切り抜けますか? 薄着の女性キャラは全カット?それも一つの手ですね。登場シーンを暗転させちゃう?それも一つの手ですね。


本作の開発陣は、「ロボットの一部は旧式である」という設定を本作に加えることで、問題となりそうな薄着の女性のモデルに単純化処理を施し、モザイクがかかって見えるほどに彼女らの解像度を落とすことで、この問題を完全に解決しました。


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最後に残った地雷は、メインキャラの一人デラルツでしょう。なにせ最初から「妖艶な女性」として描かれているキャラですから、いくら解像度を落としたところで、結局動きは艶めかしいまま。モザイクをかけてみても、それもそれで卑猥に見える。モーションを機械っぽくしても、それはそれで卑猥に感じる。こうなると先入観が邪魔をして、どうしたところで彼女は性的に見られてしまう! このキャラだけは、どんな手を使ってでも性的に見られないようにしておく必要があったのかもしれません。


こうして出来上がったのが、艶めかしい動きの骸骨という魅惑の女性です。スカルフェチの皆さんは優遇されてますよ。月でもポルノが検閲がされないだなんて。


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誤解を恐れず言うならば、本作がもし仮に、18歳以上推奨のレーティングでの発売を目指していれば、こんなに苦しむ必要はなかったのだろうと思います。しかし開発元は頑なに、「全年齢対象」での発売を譲ろうとはしませんでした。どれだけ自作が検閲されても、あの体験をどうしてもゲームを通じて子供たちに伝えたかった。好意的に解釈すれば、そんな信念があったのでしょう。悪く解釈すれば…、もう意地になっていたんだと思います。


となると一つ、疑問が浮かびませんか。自作の全てを捻じ曲げられても、月で一番に自作を発表する事に固執した開発者は、一体どんな思いでゲームを作っていたのか。


それは思うに、二通りしか考えられません。


一つ目は、ゲームの演出がどれだけ検閲で捻じ曲がろうとも、ゲームの根底にある真意は遊んだプレイヤーには必ず伝わるだろうと確信していた。

二つ目は、ゲームの演出がどれだけ検閲で捩じ曲がろうとも、ゲームの根底にある真意を絶対に月で一番になって世界に知らしめてやろうと思っていた。


月の歴史に照らせば…、答えはおそらく、両方正解です。


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続いて本作の前に立ちはだかったのは、イラン。イランの審査官は当初から本作の主義主張には好意的で、所謂ドキュメンタリーとして許される範疇の表現だろうと、ほとんど規制らしい規制は口にすることはありませんでした。しかし、本作は既に他国の審査を経てドキュメンタリーとは全く言えない作品に成り下がっていましたから、イランとしては通常のゲーム同様に審査をせざるを得なくなっていました。


イランが最も厳しく指摘したのは、同性愛の描写。もともとこのゲームは東アフリカ出身の開発者が作っていたゲームであり、そんな描写はゲーム中には存在していなかったはずなのですが…。性的表現で修正を行った時に、女性のモブキャラを男性のモブキャラに一括置換してしまったでしょう? その結果、本来は単なる夫婦だったはずのモブキャラが、おっさん二人のカップルに変わってしまっていたのです。


このゲームを遊んでいると、独り言を呟きながら街を歩いている男性のモブキャラがいると説明しましたよね? 彼は何も、気が狂ってるわけじゃないんです。開発元はイランからの修正指示を受けて、彼が話しかけていたはずの相手を削除してしまいましたから。そこには一人、何もない空間に話しかける男だけが取り残された。消えてしまった妻に話しかける男は、それが「正しい姿である」と判断されたんですよ。


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さぁ。ゲームレビューとして完結するためにも、そろそろラスボスを紹介しましょうか。お待たせしました、最期に立ちはだかったのは我らが日本!日本はゲームの規制には非常に寛容な国ですが…。こと本作に関して言えば、日本の要求は世界で最も厳しく、本作を発売禁止寸前まで追い詰めた事は疑いようがありません。


なにせ日本の要求は、ゲームのエンディングの全カットでしたからね。


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世界でも寛容な部類に入る日本にも、もちろんタブーはあります。核ですよ。


このゲーム、エンディングは敵が占拠したしあわせ発電所を核爆弾で破壊し、逃げ出した敵を一網打尽にしてみーんな「超ハッピー」にしてしまう、という物語になっています。これは実際、かつて東アフリカで老朽化した火力発電所の占拠事件が起こった際に、テロリストが核弾頭を保持していると噂され、その混乱に乗じて大量の難民が国境を越えた…という事実が下敷きになっているのでしょう。


実際の歴史では結局テロリストは核弾頭など持っていなかったのですが、皮肉な事に本作はゲーム。盛り上がる演出の為に、エンディングではドドーンとど派手に核爆弾を炸裂させます。あたり一面が焼け野原になって、現地政府が解体されるハッピーエンドに繋がりますよ。いや、正しくは、そのはずでした。結果的にはゲーム内の歴史でも、核弾頭など爆発しなかったことにされましたから。もちろん、日本の検閲によって。


私個人としてはゲーム内でも非核化が達成された事は非常に嬉しいのですが…、開発陣からしてみれば、ゲーム内にキノコ雲が上がらない事は悲劇以外の何物でもありませんでした。本作を最終ステージまで遊べば分かる事なのですが、この「核爆弾の爆発に乗じて逃げ出す」というオチ、物語に度々かかわってくるのです。それこそ終盤に至るまで、何個も何個も伏線を張られている重要な事実。それを最初から無かったことにしろだなんて、ゲームを一から作り直せと言われているのも同然ですから。


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しかし我々日本人の倫理観から言えば、答えは一つしかありません。

核は、たとえゲームの中であろうとも、軽々しく使ってはならない。

そんなゲームは、一から正しく作り直すべきなのです。


核爆弾が爆発する光景をリアルに描いた正しくないエンディングムービーは、「いろいろあってみんな逃げだすことに成功しました!」と描かれただけの、正しい一枚絵に差し替えられましたからね。


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こうして「社会的に正しいゲーム」だと全世界から認められて発売された本作は、発売直後から「正しくないゲーム」として月全土から低評価を集める事になりました。


例をあげようと思えば無限に罵声の例をあげることが出来ますが、どうせ月並みの意見しかないので割愛しておきましょう。重要なのは、本作が低評価になったという事実ではなく、本作が何に対して低評価になったかという事実についてですから。


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そもそもこのレビュー、おかしいとは思いませんか。何故ただのゲーマーでしかない私が、まるで見てきたかのようにこのゲームの審査内容を知っているのか。


実はこのゲームですね…、最後までやればそれが分かるようになっているんですよ。


スタッフロールに、各国検閲機関の名前が、検閲した内容と共に流れるようになっている。笑ってあげてください。彼らの役職は、「演出協力」にされていますから。


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皆さんは、検閲というシステムは、社会に必要だと思われますか。

私は…、必要だと思います。いや、あっても構わない、の方が正しいかな。


何せ地球という星は息苦しい星でしょう。地平線の向こうまで、見たくないものが溢れている。私だって嫌な現実を見たくないがために、こうしてゲームを遊んでいるわけで。何も見たくないという人たちの気持ちも、分からないわけじゃありません。


しかし検閲は時に、見たくないものを浮き彫りにしてしまう事があるんです。繊細に描かれた一枚の絵画の中に、真っ黒に塗りつぶされている不自然な箇所があったのなら、誰だってそこに「描かれていたはずのもの」を想像してしまうじゃありませんか。


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2115年現在、本作はもうどこでもダウンロードすることは出来ません。スタッフロールで演出協力への感謝を述べたことが理由で、配信からたったの3日で審査差戻扱いになりましたから。月のあらゆるゲームデータベース上では、現在もなおID1番は「審査中」扱いのまま。少なくとも制度の上では、彼らは月が滅ぶまで半永久的に、本作が「正しいゲーム」なのかどうかを審査をし続ける事になりました。


私はかつて本作のことを、検閲により作品の真意が伝えられなくなってしまった、いわば「失敗したゲーム」なのだと、ずっとそう考えてきました。当時の月世界の本作に対する怒りと言ったら手の付けようがなく、月全体から激しくバッシングをされていましたから。本作そのものの真意や、面白さや、ゲームの遊び方なんて、とてもじゃないけど語れるような雰囲気じゃなかったのです。


あれからすでに30年。月世界は変わりました。かつては地球の落書き帳でしかなかった月世界は、「地球による政治介入を受けてはならない」という建前でしかなかった言葉を、地球に対して正々堂々と言い放つようになりました。彼らは自分たちの住む星が、地球の落書き帳であってはならないという事を分かっている。地球の都合で月の文化が塗り替えられてはいけないことを、よくよく理解している。


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ニュースに流れる愛月者たちの勇ましい言葉を聞いていると、笑いが止まりませんよ。


「月は地球の落書き帳じゃない」

「月には地球のような馬鹿げた問題は存在しない」

「地球の政治的事情で月の文化を歪めることは許されない」


今の月世界の住民たちが地球を非難する言葉はどれも、かつて月世界の住民たちが本作を非難していた時に言葉に、そっくりそのまんまなんですから。


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月は地球の落書き帳じゃない。月には地球にあるような馬鹿馬鹿しい問題は存在していないのに、地球の政治的事情で月のゲームを好き勝手に歪めて、こんなゲームは認められるかって、それはまぁ誰も彼も怒り狂ってましたよ。


月が地球の植民地に過ぎなかった時代、月の人々は地球に怒りをぶつけることは出来ず、怒りの矛先をゲームに向けていました。ゲームに怒っているという形でなければ、地球に対して不満を言うことすらしなかった。


しかし今や、月は変わりました。彼らは地球に対して直接、「月は地球の落書き帳じゃない」と不満の声をあげるようになった。ゲームに怒りをぶつけて誤魔化さなくたって、直接地球に不満の声をあげられるようになった。いや、なってしまった、か。


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ゲームを通して開発者はプレイヤーに何を伝えようとしているのか。「開発者の真意」を探し出そうとする行為こそ、私は、ゲームという娯楽の本質だと思っているんです。


だからってわけじゃないんですけど。ゲームを検閲して、「開発者の真意」から目をそらせようという行為自体…、なんと言うか、無意味に思えて仕方が無いんですよね。


だって、たぶん、私達は。「開発者の真意」を見つけるのが難しいゲームほど、それを探し出そうとすることに…、おそらく、夢中になっちゃうでしょうから。


===


ゲームという娯楽に、検閲は意味をなさない。


いや、考え過ぎかな。たかだかゲームに、そんな力はありませんか。


2115/8/24 (Article written by Alamogordo)




※追記

最後に一つ、忘れていたことがあったので追記しておきます。本作にはタイも検閲に参加していたんですが、彼らはほとんど修正要求をしていません。ただ一点だけ。彼ら独自の修正要求が、ゲームに反映されている部分があります。


今まで全く知らなかったんですけど、タイって、他人に足の裏を見せたら失礼に当たるんですね。足の裏にはモザイクをかけるべきというのも、これもまた一つの文化の色ということですか。なるほど。

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