霧中の物怪
明るい靄の中から抜けだすと、じっとりとした空気とどんよりとした空に包まれて、肺が重たい空気を孕む。遠雷の鳴る音がして、雨は未だ降りやまず。力の入らない四肢を雨に預け引きずられるように泥の河を進む。足首まで濁流が押し寄せ遅々として前に進めない。
「何か変だ」
「なにが?」
「わからない。でも臭いがおかしい」
「甘ったるい、腐臭がする?」
「いや、違う。土の匂いと何かが焦げるような匂い」
「雨、あそこ」
「そういうことか、こっちだ。走ろう、山を下ってはいけない」
遠く鳥の群れを追うように山を上り雲の分厚い方へ逃げる。舗装されていない道路から、けもの道へと分け入りさらに尾根筋を目指す。
雨に引きずられているうちに少しずつ身体が動かせるようになってくる。痺れていた膝や足先は痺れが引き血の巡る感覚が戻ってくる。木立を抜けて重厚な雲の天井が覗くと、今まで強く握りしめられていた手が緩み、歩く速度が緩む。
前方に岩の屹立する高台がみえる。苔むした花崗岩に二人で腰をおろし火照った脚をそこに投げ出すと、眼下に霧雨に煙る街が見下ろせた。
激しかった雨はいつしか小雨に変わり水滴が二人の体を滑り落ちていく。
炉の中の灯は消えてしまった。この胸の中に残る激情の去った後の熾火の温もりだけが、あの時間が確かなものである証左のような気がした。
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