同床同夢

何時寝入ったのか分からないが、気がつくと夢の中だった。電が言っていたのはこういうことだったのか、と声がして闇の中から雲が出てきた。

「多分もう少し待つとみんな来るよ」

 酔いつぶれたはずなんだけどなぁ、と苦笑する雲がバーベキューのことを楽しげに話すのを、雨の言葉を反芻しながら穏やかに聞いていた。

 霧、風、雨、虹、電の順に合流し電に案内されて闇を抜けると、そこは山の頂上の洞窟だった。

「凄い、何で?」

「向こうの世界とこちらの世界を繋ぐ窓がある。そして今その窓が開いているからだ」

 電に招かれるように社の中に入るとようこそ、と耳元で声がした。

「山の主だ」

 電が息をついてその場に胡坐をかいた。つられて板張りに腰を下ろすと床の冷ややかさがやけになまなましく感じられた。

「ここに私たちを招いたのは彼女だ。それは事態の終息が近いことを意味している」

 皆ばらばらに腰をおろしていたのが一斉に電の方を向き耳を傾けた。

「事態の終息が近い、というのも今まで散発的だった襲撃が風の自宅を襲ったことでもう引き返せなくなった所まで来たからだ」

 おそらく、と言葉を続けようとすると雲が

「飛天の毒の苗床を消しちゃったのと看護婦さんたちの籠絡、もしくは支配?に失敗したからだよね。白い魚のことは分からなくてもそのくらいは想像できるよ。二人はどうなっているのか、尋ねても良いのかな」

「生と死の、間におるな」

「それは医学的に?それとも君たちの感覚でそう言っているのかい?」

 鋭い語気で雲は電に問うと、電は一息で答えた。

「私たちの、感覚で」

「呼吸はしてないし心臓も止まっている。瞳孔の反射もない状態で、眠っている。でも脳波は正常で、少しずつ体力を削りながらその状態を維持している。魂が欠けているからそういう状態になっている。でも、彼女たちは飛天の毒にも白い魚にも魂を奪われていない。だから生死の境に縛られている」

 言葉がするすると出てきて雲の知りたかったことを告げる。視界の隅が水面のように波打ちながら、白い光がちかちかと邪魔をしている。かろうじて、雲が快復は見込めるのか?と問うのが聞こえ、それにたぶんと返した。

 電がそろそろ思いだしたかと言う声に応じるように、ここにいるものに語らなければならない事を思い出した。それを語るのは五回目になる。何度同じことを語っていても毎回内容が少しずつ違うような気もするが、この場にいるものには一度しか語られないので気にせず好きなように語ればいいようにも思えた。

「そうだね、・・・・・この世界には、土地の記憶、というものがある。それは電が生まれるよりも、人がここに暮らし始めるよりも前の古い記憶で、条件がそろえばカミと呼ばれる存在としての核を与えられる」

 この禍が収まれば忘れねばならない話だ。土地とともに生きるものたちが背負うには荷が重い。

「ただ、土地の位置が一定の条件を満たせば核がなくても存在を許される場合がある。この土地もそれにあてはまる。そして人が住み始めてからも核を持つ者と持たぬ者、両者による重層的な土地の記憶が蓄積されていった」

 虹が眉間にしわを寄せているので、話を中断し補足する。

「神様と、そうでないけど似たようなものが違った視点でそれぞれに記憶を持っている状態が、しばらく続いていた」

 ほうほうほう、と頷いたので話を戻す。

「そして、この禍の発端は、異国よりの新たなカミを永続的に据えようとしたことにある。・・・・・そもそも、人びとが祭礼を行う際に重層的な構造であることは手間を生じさせ煩雑化をまねき、途絶が起こりやすくなることと表裏一体である」

霧が小声で虹に、神様を祭る儀式が面倒くさいとその神様を祀りたくなくなるよねと言っていて、傍にいる風と虹が頷いていた。

「新しく据えられるはずだったカミは非常に力が強く、それらを祀る集団と共に海を渡りこの地に移ってきた。それだけであれば、土地の記憶の重層構造の中に組み込まれ共存も可能だった。だが、カミは犠牲と気脈を求めた。恐らく、存在を維持するためには常にその二つを必要としたからだ」

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