何処より生まれ何処よりか去る

 白で統一された素っ気ない病室のベッドには頬を寄せて抱き合う母子がおり、幸福を絵に描いたような姿で、医師の到着を待っていた。

「目を覚ましたか、バイタルは?せいじょ・・・・・」

 その姿に一瞬ぎょっとしたが、雨が雲の方へ顔を向けるとやおら口を開き、語り始めた。

「あの洞窟で手放したものが、あの日の森の中で無くしたものと一緒に戻ってきたと言ったら驚くかな?私も驚いているけど。玉はね、取り込まれてからもずっと蓄えられていた幼子たちを気にかけていたみたいだ。むこうの役の者が誰ひとり顧みることのなかった小さな叫びに耳を傾け、自分の記憶を犠牲にして彼らに与えていた」

「母に愛された記憶をか?」

「ああ、ほっとけなかったのだろう。そして、この子もずっとお母さんに会いたい一心で生きてきた子だったから共鳴してしまったんだね」

「そういえば、風の家にいる時から変だったね」

「約束したらしい。また会えるようにしてあげるって」

「そうか。それで、何故あの洞窟にいたモノも消えてしまったんだ?」

 遅れて入ってきた者たちが一様に彼女に目を向ける。その腕に眠る幼子が目を開け、話を続けた。

「どこぞの異国から持ち込まれたモノは長年封じ込められていた所為ですっかり頽廃していたから、土が集めた魂を繋ぐ鎖の役割しか為さなかった。でも、彼らの目的にはそれで十分だった」

「山頂をごっそり削る規模の山津波を発生させることの?」

「鎖が強固であればある程切れた時の力も強い。だから母性を切望する玉と、母性の希求を核に作られた私とをあの洞窟に投げ込めば」

「切望する力が縛る力を越えて鎖が切れ、崩壊すると同時に跡かたもなく消え去るというわけか」

「いくら強力な存在とはいえ、千年以上使っていた地場が無くなると不安定な存在となるからな」

「でも、そこで誤算が。放りこまれたモノが母に愛された記憶を持っていた。計画を台無しにしてしまう要素だね」

「なるほど、ではそれが洞窟のモノを消し去った原因だな。無条件に愛され、満たされた、という記憶は閉じ込められた魂を還るべき場所へと連れ戻す道しるべとなるからな。それで、砂礫が零れおちるように地場も、力を得る糧もすべり落ちてしまったのだから、あのよくないモノも消滅してしまったのか」

「だからもう、雨とか霧とか風とかいう役割も当代でお終いだ」

 事の成り行きを不安げに見守っていた虹が堪えきれずに口をはさむ。

「そ、それで凄く恐ろしいものもなくなるくらい大変だったのに何故、貴方は戻ってこられたのかしら?」

「それはね、玉に身体を貸したのだけれど、その時に沢山持ってきてしまったからかな?その、皆と一緒に過ごした記憶を・・・・・出会った直後は、雨の母性に母の愛を求めた。でも、一緒にいるうちに虹と出会い、風と、霧と雲に雷と出会った。皆、得体のしれない不安定で異常な存在をあるがままそのように受け入れ、生きていくための手助けをしてくれた。つまり、存在を祝福してくれた。その記憶は母の愛と不可分のようで、一緒に持ってきてしまった。だから、その余剰分をこの身体に繋ぎとめることで存在できているんだと思う」

「・・・・・そう、それは、それはとてもよかった。良い事だわ。ええ、とても良いことよ」

 虹がベッドの傍へ寄り、そっと髪を撫で涙をこらえながら自分に言い聞かせるような口調で何度もささやいた。

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