山頂のお宮、始まりの場所

 山のお宮に至る道の途中にここより先私有地につき立ち入りを禁じると看板が掛けられロープも張られていた。霧が車を降りてロープを切った。

「あっ!写真撮っとけばよかった、しまったぁ」

残念そうにステアリングを叩きながら再び山道を進んだ。その間にもワイパーはせわしなく雨をかき分けている。

お宮から少し下ったところにある駐車場から外に出ると、空気が異様だった。生臭く、生温かく、アンモニアと硫黄と得体のしれない何かが混ざったような腐臭が鼻を突いた。

 霧は刀を、風は銃を携えて、皆を先導し境内への階段を上る。

頂上まで数段のところで二人は歩を止めた。ほどなくして歩を止めた理由が響いてくる。

「おかあさん!」

「おかあさん?」「寒いよ」「ママ!ママ!」「ここにいるよ」「おかあさん、おかあさん」「ぎゅってして」「あっためて」「ここから出して」「おかあさん」

 幼子の声が異口、異声に母を求める。泡沫のような小さな叫びの一つ一つに、愛情を希求する有無を言わさぬ力がこめられていた。その恐ろしい熱量に、狂気とさえ呼べる一心の塊に頭の芯が揺さ振られ、かき乱される。

「胎児の魂?囚われているのか・・・・・」

「子が親を求める欲求は原始的で、だから強力な力になる」

 電が社の東側の木立へと先頭に立ち進む。時折振り返って、雨の顔色を伺っていた。

 頂上の露頭が見えてきて、その直下に元凶が眠る洞穴がある。

 母親を求める子らのこだまは雨音と混じり合い三半規管を狂わせる。

 すい、っと電を追い越して白い魚が前を行く。鯉か鯰、そのような大きさにまで膨れ上がった大魚を忌々しそうに電は踏みつぶした。黒い革靴が泥で汚れる。

「あ、電、それ私の・・・・・見つからないと思ったら君が履いていたのか」

 雲も電の足元をみて嘆息した。

 雨粒が森を叩く音にだんだんと足音、息遣い、匂いまでも呑みこまれていく。みな近くにいるはずなのに距離感覚は狂い、誰が、どこにいるのか曖昧になってくる。

 こだまが大合唱になるほど林の深部へ達すると、雨が足を止めた。

「嘘だ・・・・・」

 零れた声は虚脱に満ち、前方の奇妙な茂みに釘づけにされた彼女の瞳は驚愕に見開かれる。

 その茂みはガラス細工の様な半透明で白いウミユリの様な生物の群落であった。中心部には子供一人分ほどの窪みがあり、そこには群落の色とよく似た肌と髪の玉が寝そべっていた。

「ここに足を踏み入れなさるのは、不法侵入に当たりますよ。弁護士さん」

周囲は雨霧がけぶり声のみ響く。ああ、金の声だと思うと、どこかで霧の声が上がった。

「こんな状況でよく法律の話なんてしてられるな」

霧は意に介さず異形の茂みに刃を入れる。刃から零れる淡い金色が蛍のように舞い、煌めく。茂みは切り開かれ中心にいる子供に手が伸びると、茂みから引きずり出した。

「大丈夫か?」

 こくりと頷くと、

「女性を二人見なかったか?」

 無言で霧の向こうを指さす。

「危ないっ」

 叫びと同時に発砲音が響き、霧の中から巨大な鯉があらわれる。

「凄い威力だね」

 動かなくなった鯉に一瞥し、射手はほのかに金粉が舞う銃口を見つめ呟いた。

 一向に雨脚を弱めない空は皆の気配を無慈悲に覆い隠す。地面は逃げ場を求める水でぬかるみ足を取られる。叩きつける雨粒は体を冷やし体力と気力を削いでいく。

 岩肌がむき出しの崖の付け根にぽっかりと口を開けた漆黒の闇があらわれる。

「あそこ、とじこめられている。おかあさん・・・・・」

 玉は、白い手に骨が浮くほど強く、雨を握り縋った。  

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