ヒトのかたち、イノチのかたち、

「そうやって霧もこちら側に迎えられた。肉体の殻を脱ぎ捨てて、土地の記憶の集積物でできた新しい殻に入った。それから、残された役の者達で向こうが揃えた役のものをこの土地から追放したり封じられたものに加担できないようにした」

「お寺さんや役人さんに何したかはなんとなくわかるけど、具体的にはどうしたんだい?」

「雲の察しの通り、土の役の寺と木の役の守には霧の力と人脈を利用してこの土地から中央へ戻したり、違う寺へ異動させたり。農民の火には気脈の安定とそれに伴う土地の豊饒と引き換えに死者への手厚い弔いを約束させた。ただ、難儀だったのが呪術師の金と異国の民である玉だ」

「そうだね、呪術師にしたらここは目の前に油田があるようなものだろうし、玉は難民だったのかな?簡単には祖国に帰れない事情があった?」

 霧があごに手を添えて上目遣いにこちらを見る。

「玉は封印されたカミの力をなんとか自分の国へ持ち出せないかと考えていたようだが、そもそもアレはこちらへ来てからは人の手に負えるようなものでなくなっていた。そもそもそれ自体が、途方もない時間をかけて人跡未踏の荒地の記憶の堆積によって存在しえた特異なモノだ。人里に降ろしてはいけないモノであるのに加え、管理者がいなくなり祭祀が失伝してしまった今、それを玉に持たせるとどのような災いが巻き起こるのか予想がつかない。当時の玉は祖国で一族が凋落し再興のためにここへやってきたそうだ。説得を何度か試みたが上手くいかなかった。玉に関しては手詰まりだった」

「じゃあ、金は?どうしたの?」

「金に対しては雲の提案で何もしないことにした。ひたすら相手が呪を仕掛けてくるのを待ち、それを倍にして返せばいいと思っていた。だが、むこうもバカではないからなかなかその期が訪れず拮抗状態が続いていた」

「つまり、人を呪わば穴二つ作戦だったわけか。その間に封じ込めたやつが暴れたりしなかったの?」

「それは問題なかった。飛天の毒を消し、傀儡も無力化したため本体が出てくる手立てがなく事態が急変する可能性が低かったから。時間をかけることで金が諦めて役を降りればいいと楽観的に考えていた・・・・・」

「もしかして、あっちの金もこちらの霧のようなことを考えていた?」

「しかも割とひどいやり方で。金は玉を媒介にして新しい傀儡を作った。玉の帰りたいという狂おしいほどの執念を炉心に据えて自分と玉の魂を飛天の毒が生えていた所で混ぜてこねた」

 にわかには信じがたい話をしたせいだろうか、皆一様にだまり重苦しい沈黙が場に満ちた。

「どうして封じられていたこの山の社の洞で行わなかったのだ?」

 電に問われ、思わず口元がほころんでしまった。同じことをこれまでにも二度言われた。

「それは雲の一族が社に、菰方家と同じように先代の役が強力な守りを施していたから、社は要となる場所なので代々雲の一族が管理してきた。だがまだむこうの役の者が残っていたから、封じ込めたモノは少しずつ気脈を汚し、淀んだ気が溜まる場所がいくつかできていた。そこの場所で金は玉に儀式を行い封じられていたモノと通じてしまった」

「じゃあ、禍がまた起こってしまったの?」

「その事態は未然に食い止められた。霧が気脈の中に罠を仕掛けておいたから、それに引っかかっていた。念のために施しておいた呪い(まじない)を捕縛するものだったけど、儀式を経て彼らは人では無くなっていたから。つまり、死んでも生きてもいない状態だった。ただ、玉の妄念ともいえる炉心の力が強くて雲や山の主でさえどうしようもない状態になっていた。だから」

 言葉を切って胸に手をあてた。千年経った今でも狂おしいほどの思いが身体の内側からノックを続けている。

「この身体に封じた。そうやって、封じられた神と同じように何百年も時間をかけて妄念、いや、怨念かな?を摩耗させていけばいいと考えたんだ」

「そうやって、千年前の禍は収束したの?」

「そう」

「じゃあ、あなたは今でも当時の玉の心を持っているのね」

「そう。明確な、帰りたいという思いはもうなくなってしまっているけれど、熱量がとにかくすごい。何かに駆られるような焦燥感でじんじんする」

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