菰方邸にて

 菰方邸は山を背にして広々とした敷地に、丹念に作りこまれた日本庭園と簡素な駐車場があり、その奥に二階建ての重厚な日本家屋が建っていた。厳重な守りが施されていると聞いていたが駐車場に降りた時も庭の数寄屋門をくぐった時も、玄関で靴を脱いだ時でさえ何も感じることはできなかった。床の間に黒漆の鞘に収められた日本刀が鎮座する二十畳はあろうかというお座敷に通され、風が飲み物持ってくるから、と席を外した。

しばらくして中年の女性が入ってきてコーヒーと緑茶を振る舞った。

「はじめまして、主人がいつもお世話になっております。私は菰方真奈美と申します。事情は主人から聞いておりますので、しばらくはお二人ともここでゆっくりしていってください」

 風と長年連れ添った夫婦であることを示すように彼女も風と同じぐあいに気を使う。卓上に客人をもてなすのに過不足がないのを確かめると主人ももう少ししたら参りますのでと言い残して退出した。

 お茶がぬるくなったころに、風が入ってきた。埃の積もった段ボールを台の上に置き、中の古びた書物を取り出した。

「電に見られたら嫌ごとを言われるから、このことは内緒ね」

中のものは雑に仕舞われていた割には虫食いがなく経年劣化のため端が黄ばんでいるだけだった。

「実は私もこれを開けるのは初めてなんだけど多分これでいいはずなんだよね。えっと、嘉永年間って書いてあるね」

 和綴じの本を取り出して一項目を平置きにする。

「風の役を授かり候、利佐衛門ノ尉、それで・・・・・」

「読もうか?」

「え?あ、読めるようなら読んでみて」

 ひらがなの多い、一ページ十行ほどの冊子に目を落とす。そこに記されている事がすらすらと頭の中に入ってきた。

「利佐衛門ノ尉が風の役を授かり、この後代々風の役は引き継がれる事になったので今回の顛末をここに記録しておく。また変異が起こった時にはこの代に築いた鎮具で障りから役のものを守り、気脈を正す企てができるようにした。これは私の一存ではなく電および雨、霧、雲の了解を得ている事である」

「虹の役は?」

「虹と雨の役は今回で代替わりしている」

「続けるよ、古来この土地は大きな道沿いにあり外国との交易も盛んで様々なモノや人が往来していた。千三百年前、と電に聞いたがそれくらい前、ここの土地の繁栄を願ってある呪術が施されたが、当時のこの土地を治めるものが暴走させ、様々な災厄を招き、それは周囲一帯にも影響が及んだ。そのため呪術を持ちこんだ人に相談し治める手立てを考えた、それが水に由来する役を作ることと、土地の総意たるもの・・・・・」

 そこまで読んで目眩がした。頭が割れるような頭痛に耐える。耳鳴りと子供の笑い声のような、甲高い叫び声のような幻聴の響く中で意識を保とうとする。

 大丈夫?と何度も声をかけられ肩をゆすられたが、誰の声が呼んでいるのか誰の手が肩に置かれているのか分からないまま意識が混濁してしまった。

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