鉄の重さ命の軽さ

 目が覚めたのは畳の上だった。風の家の座敷に皆で雑魚寝をしていた。何を喋ったのか覚えているし、同じ部屋で寝ている者達がどのくらい夢の内容を覚えていられるのかも知っている。誰かの携帯が鳴る。くぐもった声をあげながら皆が起き出す。雲は辛そうにこめかみを押さえて起き上り、風と雨は大きな欠伸をした。霧と虹は二度寝をするようだ。

「ああ、菰方さんにお薬あげなきゃ」

のそりと起き上って雲は二階へ上がって行った。風は床の間に放りっぱなしだった猟銃を片づけていた。

「カービングが銃床に。なんかした?」

「大仕事がこれから待っているから、必要になると思って細工させてもらった」

「そっか、でも、弾はほとんど撃ち尽くしたからなあ。えっとねえ、あと六個しかないけど足りるの?」

「込める弾は実弾ではないから」

 電が今日もよく寝たとこちらを向いて微笑みかけてきた。

「わなを仕掛けに行こうと思う」

 何の?とあくびを噛み殺しながら霧が電に問う。

「白い魚が掛かる。こいつらは飛天の毒に冒された魂をくすねては洞穴へと持っていくからな」

「ふーん、昨日はあれを捻じ切っていたけど、あれ、皆もできるの?」

「ああ。夢を覚えて居るか?」

 縁側に腰かけた霧が傍に立つ電を見上げにやりと笑う。

「それがあんたが昨日言っていた面白いことか!はっきりしないけどこう、具体的なやり取りが抜けおちて知識だけ残っている。昨日、どこで、誰と、何を話したのか憶えているはずだけど、詳細が思い出せない。これから起こることもこれまでに起こったことも知っているはずなのに」

「そう、だから、おもしろいだろう?」

「ああ。とても不思議だ。だがそれは、あんたが言った、この件での死人の扱いとなにか関係が?」

「さぁ?そんなこと言ったかねぇ」

 困惑したように霧を見下ろす瞳から、嘘やごまかしは一切読み取れなかった。

「きっと、それは場の力だ。飛天の毒を絶やしたように、風の家が護られていたように」

「その力を行使している主体は?」

「ごめん、そこまでは分からない。でも、場の力。それのおかげで、むこうも人の命なんて露ほども思ってない。きっと、今日、明日が正念場だ。彼らは傀儡を取り戻す絶好の機会を逃してしまったからとても焦っている」

 奥の方でみそ汁と米の炊ける匂いがして、風と虹に呼ばれた。電が物悲しそうな顔でこちらを見たので、大丈夫、という言葉がとっさに口から出てしまった。

 ご飯を食べながら雲が奥さんの容体を風に説明していた。落ち着いてはいるがしばらく休養と薬が必要になるとか言っていたが、速達を受け取りに行っていた霧が慌ててやってきたので詳細は有耶無耶になってしまった。

「最悪だ、あいつら最初からこれを狙っていたんだ。準備が整ったから昨日はあんな大それたことをしでかしたんだな。悪いけど、今から仕事場と裁判所に行ってくる。何かあったら連絡を」

 霧は、まだ湯気の立ち上っているお茶碗の脇に茶封筒を投げ出すと、おっとり刀で出ていってしまった。封筒には裁判所から土地の権利に関しての登記がどうの、と書いてあり、雲に読んでもらったところ、菰方家所有の山頂付近の土地の所有権について本当に菰方家が所有者なのか疑わしい記録があり、記録を精査すれば金の役である城原にも権利があるのではないかという内容らしかった。

「そういえば、瑕疵がどうのって以前言っていたわね。それでかしら」

 事態を呑み込めていない虹が、風の方を見ると、彼はため息をつきながら書類を握りうなだれていた。

「まだ計画段階なんだけど、アレが封じられている洞窟を利用してトンネル作るとかいう話があってさ、まだなにも決まってないけどね。今回の役とか封じられている者とか抜きに、あそこは地盤が脆いからさ、そんなの狂気の沙汰だよね。だから、山がおかしくなる前から霧には相談していたんだよ。でもなぁ、このタイミングで来るかぁ。狙っていたんだろうな」

 お茶碗を下げに虹と雲が退室した三十秒後、玄関から虹の悲鳴が聞こえた。何かが折れる音と千切れる音もしたので慌てて廊下に出てみると絶命した黒い制服の男が二人倒れていた。脇には両腕が真っ赤に濡れた雨と座り込んで震える虹がいる。思わず駆け寄ると、

「これで襲われかけた。使い方は知らんが、映画で見たことがあるやつだ」

 台所にいたはずの雨は、返り血を所々に付けたサブマシンガンを差し出した。風が弾倉を確認し軽く構えた。

「これはハワイで撃ったことあるやつだ・・・・・でも、これって警察の特殊部隊が持っている装備だよね?」

 その時、伏せろ!と怒鳴り声が聞こえ反射的に身をかがめる。直後、すさまじい閃光と音と煙で天地が動転する。何かが唸る音、荒っぽい足音が聞こえ、くぐもった男の声がした。人間が倒れる音が方々で聞こえ、獣の臭いも辺りに立ち込めている。何が起こっているのか直感的に把握し、さらに身を縮こまらせる。虹は尋常じゃないほど恐ろしいのか歯の根があっていない。雲は壁際にしゃがみ、風の気配はしなかった。

「もう大丈夫だ、立てるかい?」

 身を起こすと、同じような装備の者が倒れていた。血泡を吹き、顔面は蒼白、口や目が半開きになりその瞳には生気がない。

「凄い、平気なの?」

 虹に肩を貸している雨に問うと、獣だから、と応えてくれた。

「次は?」

「木がかき集めたやつらだな」

 電が言うのと同時に二階から和綴じの本が降ってきた。

「風が位置に着いたぞ。引きつけてから行くぞ」

 雨は無言で電に首肯して、疾風のように駆けて行った。虹に二階に行こう、と囁くと涙を啜りあげながら頷いたのでゆっくりと階段を上った。

二階の一室にそっと侵入し、虹を雲と二人で休んでいた奥さんの隣に横たえさせた。

「・・・・・わたしは、大丈夫、よ。ここで静かにしているわ」

 掠れた声で囁く虹はとんでもなく色っぽかったが、わかったと軽く頷き、掛け軸の傍に掛けてある脇差を手にした。

雲と目を合わせ、軽くうなずき合い、そっと襖を閉める。持ちあげた鉄の重みが心地いい。表に出ると、やくざ者が何人もいて電と雨に返り打ちにされていた。その乱闘の横合いから一気に駆け抜けて三人斬った。電も雨も姿がよく見えなかったがあちこちで人が倒れ血が吹き出ているのを目にして、気配だけは感じられた。正面からさらに一人の喉笛を突く。縁側の方にもばたばた人が倒れていたが、皆急所に穴が開いており風の仕業だろうと潜思し、振り返りざまに男のわき腹を深々と斬りあげる。

昨日の者達と違って皆戦いなれている。また二人斬りつけたところで息が上がった。剣先が下がる。致命的な一瞬にうしろから蹴りを入れられ地面を舐めた。

「くっそ、死に晒せ」

仰向けのまま蹴ってきたやつの足を突き、そのまま地面に縫い留める。刀につかまり起き上ると、苦悶する男の心臓に刃を突きたてた。

肩で息をし始めたのでそろそろ撤退しようと振り向きざま、鉈で背後から襲われた。とっさに顔を腕で防ぐが、その刃が届く前に左胸から腕が突き出し、突き出た白い手には心臓が握られていた。

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