電という異形
背後ですさまじい音がして、血の匂いが、穿たれた穴から侵入してきた。それは電雷の早さで異形の命を肉の塊に替えた。
闖入者はこちらに顔を向けると、電になった。足や腹、鎖骨から血を流し、肩で息をしていた。
「電、ちょっと、それ!!」
あわてて雲が電に駆けより傷の具合を確かめ始める。左脇腹、左鎖骨部、そして背中にも傷があった。
「なにかきいたか?」
ぜいぜいと辛そうに呼吸をしている電に真実を告げるかどうか皆一瞬ためらった。
「うっわ、何があったの??」
気の抜けた声で風が雨とともに蔵の中に入ってきた。
「え?どういうことなの?」
「件が出た。遠くから撃っていたやつは霧が片付けた」
平気か?と冷ややかに雨が問うと、このザマだが、なんとかと電が笑った。
「いや、でもこれ、爆弾や戦車の弾が当たっても壊れないような扉なんだけど?」
「それ、電が壊したのよ?」
真っ青な顔をしている奥さんを抱きかかえながら虹が不思議そうに言った。確かに電が破った鋼鉄の門扉は分厚かったが、穴が開き、内側がめくれ上がっている。
「代々の大事なものを仕舞っていた蔵だからね、百年ほど前にうんと頑丈につくったんだって。でもこんなになっちゃうんだね」
電は白衣の切れ端でぐるぐる巻きにされながら伊達に長くは生きておらんよとつぶやいた。
「それで、言葉は聞いたか?」
雲は眉根を寄せながらゆっくりと頷いた。そうか、と落胆もあらわに電は俯き、自分が作った肉塊と血だまりを見やった。
蔵から床の間に降り、霧の帰宅を待つことになった。雲だけは電の治療をしたいからと自分の病院へ向かっていった。
「ねぇ、あなた、私も息子のところへ行った方がいいかしら?」
椅子に腰かけ血と臓物で汚れた床の間をぼんやりと見やりながら奥さんは投げかけた。「うん。連絡をしておいてくれるかい?先生が帰ってきたら出発しよう」
携帯、どこ行っちゃったかしら、と柔らかいショールをかき抱きながら、こわごわと寝室の方へ奥さんは歩いて行った。
「雨は、怪我をしていないの?」
「ああ。件の気配を感じて電が真っ先に飛び出したから。突然のことで驚いてね」
「じゃあ、電は狙い撃ちされたんだね」
「ああ。けど、致命傷じゃなくて良かった」
冷蔵庫に入っていた缶コーヒーを一口飲み、片付ける気力もわかないままぼんやり過ごしていると、霧の車が庭へ入ってきた。
「うわぁ、お疲れ様。着代えを出すから待っていて」
脇に抱えた背広があちこちの縫い目から裂けほつれた糸がだらしなく垂れ、真っ白だったワイシャツも土と血で汚れていた。ひどい有様の霧を見て、風がジャージを差し出した。
「狙撃してた人ってやっぱり強かったの?」
「ああ、腕をへし折ってやったけど」
こっちも凄いねとジャージをはおった霧が風の家の光景を見てうんざりしたように言う。その家主は簡潔に今の状況を説明して、出立の旨を告げる。
「じゃあ、裁判所でこの書類貰ってきてくれない?」
「いいよ、ああ、なんか、いよいよって感じだね」
受け取ったメモ用紙を一瞥し風はじゃあ、と言ってボストンバッグをかかえ奥さんと一緒に出て行った。
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