籠目の楔

「電は太ももに弾の破片が残っているからそれを取り出して合流するんだって」

 雨が霧に缶コーヒーを渡しながら告げる。

「そうか。雨は、昨日言っていた網の張り方は知っているのか?」

 ぷしゅっとプルタブを開け、一気に缶コーヒーをあおった霧を見て、できるよと呟いた。

「そうか、虹は?運転免許持っていたっけ?」

「ええ、そうだけど、今から行くの?」

「ああ、ここでボーっとしていても時間の無駄だしここ臭いし。二手に分かれて網を張りに行こう」

 中身の無くなった缶を無造作に庭先に放ると、ころころと転がり誰かの足元に当たって止まる。蠅が一匹血だまりから飛び立った。

「じゃあ、私と虹はどこに行けばいいのかな?」

 ちょっと待って、と言って霧はタブレットを取り出した。地図の右はじがカラーパレットになった画面を渡されたので、色分けして網を張る地点を描いた。

 その地点を結ぶと正六角形と六亡星の組み合わさった籠目の文様になる。初代の霧が籠目の力で気脈を操作できるようにしたしかけの名残だ。

「できた?印刷するから待っていて」

 出力を待っている間、簡単な説明をした。虹も霧も興味深そうに聞いていた。

「虹は西側の森の部分を。霧は一番遠くの市街地を受け持ってもらっていいかな?」

 ああ、と霧が応じて、帰りに事務所に寄ってくるから少し遅くなると付け加えた。

 地図を配り、そこに記された建築会社の敷地へ向かう。

「霧は、あの死体の匂いを臭いと言ったね」

「ああ、なんか線香みたいな匂いと小便のような匂いがして」

「そう、もしかしたら帰ってきて死体は消えているかもしれない」

「どうして?」

「飛天の毒を過剰摂取すると血からそういう臭いがするんだ。その血が気脈の通い路に流されたらきっと気付かれるだろう。その、それはきっと良い贄になる」

「じゃあ、襲撃もわざと風の家で?」

「うん。それに」

 それに?と言葉を促されたが、なんでもないと言ってしまった。目的地に着いたので話はそれっきりになってしまい、降車した。 

重機がすらりと並べてある一角に手をかざすと、手の内からしゅるしゅると生成りの糸が垂れ、四つの線分に変わる。籠目の三十度と百五十度の対角が地面に溶けた。

 儀式の間に霧は誰かと話をしていたようで、車の陰から手招きした。

 次は小さな地蔵の祀ってある小屋だった。移動中に電と雲と風が合流しわなを張りに行ったことを告げられた。

 小屋に着くと同じように手をかざし、二本の線分が六十度と百二十度の対角を作ったのを確認した。その間、霧は自販機で飲み物を買っていた。

 買ってもらった緑茶を飲みながら、公園へ向かっていると、着信が入った。路肩に止めて霧が会話していたが、声がやや上ずって、返す言葉も慎重なものを選んでいた。

「どうしたの?」

「こないだ聴取を受けた刑事から、非番の警官と殊捜査班の何人かと、連絡が取れないそうだ。何か知らんか?って聞いてきた」

「霧には関係ないよね?」

「ああ。でも、看護師失踪と関係があるんじゃないかって疑われたのかもな」

「勘が鋭いね」

「そうだな。それで、消えた死体はどうなるのか?文字通り喰われて消化されて無くなるのか?」

「みんなが集まってからそれは、ね」  

ああ、と頷いてから公園へ足を踏み入れる。金属が擦れ合う音がして霧に引き倒された。

伏せてろと怒鳴られ、砂がざりざりと擦れる音、もみ合う声が聞こえ、あっ、と短いうめき声とともにぱきっと嫌な音がした。金属の棒が地面に落ちる音がして、それを霧が素早く足蹴にした。

 もう大丈夫と言われ、立ち上がると警官が蹲っていた。ぎょっとして霧の方を向くと憶えていろよと吐き捨てていた。怪我は?と問うと

「弁護士襲ったんだ、落とし前はきっちり付けてもらうからな」

と鬼の形相で一瞥し、警察手帳を引っ張り出して素早く写真を撮った。

脚の折れた警官はその場に放置して風の家に向かう。ここからだと三、四十分くらいで着くそうだ。途中で雲から連絡が入り、雲と電も合流する事、風が途中でお弁当を買ってくることを知らされた。

「あーあそこの焼肉弁当美味しいんだよね。かつ丼と幕の内と三種類買ってくると思うけど、どれが食べたい?」

「幕の内がいい」

 車内で幕の内の白米に据える梅干しはカリカリがいいか、種なしが良いかとか、おかずにはシャケがいいかギンダラがいいかとどうでもよいことを喋りながら、霧の事務所へ立ち寄った。家主はうちっぱなしのコンクリートの車庫になめらかに駐車して足早に事務所へ入って行った。

すこし、座席をリクライニングして窓の外を見れば、街中は特に変わった様子もなく、休日の人の流れの中でざわざわと住民たちが暮らしている。

霧のくれた地図をとりだして陣をもう一度よく見た。シンプルでよく考えられた形を眺めながら初代の霧は本当に賢い人だったのだろうと思う。その記憶も掠れて溶けてなくなってしまっているけれど、きっと胸の中を探れば出てくるだろう。

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