会食、または茶会・前編

 最初に雨粒が窓をたたく音が聞こえた。瞼を持ちあげると、居候している部屋の天井があった。枕元の時計は午後に入ったばかりだった。

 今起きたの?と雨の声がして、温かいミルクの入ったマグカップを渡された。

「虹は?寝ているの?」

「いや、あなたが倒れていたから雲を呼んだ。都合がつき次第みんなが雲の病院に集まることになっている」

 ホットミルクを少しずつ飲みながら、そう、と呟いて窓を見た。雨が降っている。

「・・・・・貴女を見つけたのもこんな雨の日だった」

 私は雨だから、雨音も、雨の匂いも好きだ。穏やかな声に包まれて瞼を閉じることにした。暗闇の中で雨の気配と雨音が覆いかぶさってくる。

 マグカップの中身をすべて飲み干してしばらく横になっていたると、階段を上ってくる音と雨の足音が聞こえた。霧が迎えに来たよ、外に出ようと言われて靴を履き雲の病院へと向かう。

  雲の病院は病棟が並ぶ大きな病院だった。関係者専用駐車場で降り人気のない通路を歩く。西館エレベーターと書かれたエレベーターに乗り、一番上まで案内され、応接室のドアをノックした。

 室内には大きなソファが幾つも置いてあり、テーブルにも軽食や飲み物が用意され虹のお店よりも豪奢で清潔だった。

雲にひときわ大きな椅子へ座ってと促された。聴診器を胸にあてられ、目や喉を覗きこまれて、うん、いいよと言われた。

「身体は問題ないけど、昨日は何があったんだい?」

「良く覚えてないけど、雨が熱があるって言うから心配になって」

 答えた虹は、細身のジーンズに胸元が大きく開いたカットソーを着ていて相変わらず美しかった。

「それで、口頭か書面じゃないと電が駄目だっていうから、集まってもらったんだけど、向こうの素性知れた。火は警察署署長の兼子(かねこ)。地は暴力団の歴木(くぬぎ)、土は私のところに勤めていた医者の杠(ゆずりは)、金は資産家の城原(しろばる)」

「資産家?聞いたことがないわねぇ」

 虹が優雅にカップを傾けながら真っ黒なコーヒーを啜る。

「昔からここの土地にいた人じゃなかったんだ。城原の爺さんの代でここに移ってきたという話だよ。私のところは土地成金だけど、向こうは明治の頃の好景気で儲けたとか。だからかは知らないけど、家はこっちだけど、事務所は山をこえたむこうの街に置いているらしい」

「そうか、それで、玉は?」

 クッキーを手にとりながら雨が問う。

「お前には嫌な話になるが、玉と思われるモノの姿が、双頭の白い犬、だそうだ」

 ぼりんぼりん、とクッキーを噛み砕き、それで?ともう一枚手にとり乱暴に半分に割る。

「人の形にはまだなれないらしい。人の言葉は通じるそうだ」

 そうか、と絞り出すような声がして雨は俯いた。皆は黙って飲み物や食べ物に少しだけ口を付けた。

「ねえ、あの、どうやって気脈をとり返したがっている人たちを調べたの?」

「それは、山が騒がしい、変な薬が出回っている、と報告を受けた段階で私が目ぼしい人物にあたりを付けて調べてもらったからだ。人にも、それ以外にも協力してもらった」

 電はメロンソーダを飲みながら答える。

「記憶は、なかったんじゃないの?」

「山の、気脈が薄いところで甘ったるくて熟れたような臭いを見つけたころから徐々に思い出し始めた。いつもそうだ。だから、また始まったのだと思いいろいろ手筈を整えていた」

「じゃあ、みんなは電がきっかけで知り合ったの?」

「うーん、タイミングがあったんだと思う。だから私たちはあなたを守る役割が与えられたのだろう」

「それは、その、突然そんな役割を与えられて迷惑だとかは・・・・・」

「私は思わなかったよ」

 皆が頷いていた。

「まぁ、役目が与えられたらそれはそれで、見返りがあるから皆納得して引き受けているんだけど」

「それ以上に、電の話を聞いて気脈が乱れ災いが起きたら日常生活に支障をきたすと判断したんだ。だから引き受けたということでもある」

 霧が付け加えた。だとしたら、と疑問を口にする。

「その、禍をもたらすほうに加担している人は何故そう思わなかった?」

「そうだね、医師の私は土の杠のことしか分からないけど、彼らとかかわるようになってから杠の病院には患者さんが目に見えて増えたからなのかな。まぁ、産婦人科だから当然お産に関わるよね、それで胎盤や臍帯血の処理なんかも行うでしょう?」

 雲はそこで少し言葉を切った。

「五年前までうちの病院にいたのだけど、ちょっと目が行き届かないところがあってね・・・・・言い出しにくいんだけど、その、後処理をだね、悪用、と言うか違法な業者に流していたんだよね。それが分かったから穏便に辞めてもらったんだけど」

「赤子は、特に胎の中におるもの、生まれてすぐのものは力が強い。特に惹きつける力、呼び寄せる力が。それに産褥で穢れとされるものも力を持つ」

「だから、お客さんが来るようになったって事?この街の暮らしが乱れればもっとお客さんが増えるの?」

「ああ、そうじゃない。ごめん、説明が下手だった。ほら、お産に関わる中で失われる命が少なからずあるだろう?その後処理がとてもお金になるのだそうだ。私も噂だけは知っていたけど、そんなのもっと都会の方であると思っていた」

「ざっくり言って医療廃棄物を闇に流していたのか?諸々の役満で業務停止命令が裁判所から出されて刑事罰を食らわされたいのか?」

 眉をひそめ嫌悪を隠そうともせず霧が言い捨てた。

「ああ、本当に。私の管理が行き届いてなかったとしか。後で公認会計士の先生にいろいろ調べてもらったんだけど、本当にひどい商売だったんだね」

 雲はソファに深々と座り直し大きくため息をついた。

「まぁ、そんな感じの完全な闇稼業だから、リターンもかなりでかいんだ。それで、やくざの方は言わずもがな。薬や廃棄物のおかげでかなり金回りがよさそうだ」

 まぁ火は、あの人はねえと虹が 億劫げに煙草を咥えながら

「あの人はお酒が入ると饒舌になるの。まあ、その、この街の改善点?だとか最近の署員の心構えだとかいろいろとね。お喋りになるのよ」

 紫煙を零しながら微笑んで雨になんて言ったらいいのかしらと助けを求めた

「とにかく、犯罪発生率が多いとか、検挙数が低いとかそれに絡んでこの街は駄目な奴の吹きだめだとかそういうことを昨日もうちにやってきてうだうだ言っていたな」

 もう、雨ったらとくすくす笑いながら煙草をもみ消してそういうことなんじゃない?といたずらっぽそうに虹は言った。

「それで資産家の城原さんはどうも山を買いたいみたいだね。二百年前に災いが起こってから入会地を除いた部分の山を菰方家が所有したんだ。でもね、山を削って新幹線だか高速道路だか通すって話があるじゃない?」

「でも、風は手放す意思は無いんでしょう?」

「もちろんだ。でも、法律はそうはいかないんだな」

 うんうんと霧はこれに同意している。

「どういうこと?」

「菰方家はね、山を買う時に半ば強引なやり方で手に入れたからね。今でも山関係でたまに官庁や裁判所関係からいやなお伺いが来るんだよね」

「法律用語を使うとややこしくなるからざっくり言うと、あの山は風の土地であるが、裁判で争うとその所有を主張できなくなる可能性が高い」

「どういうこと?登記はしっかりしているんだろう?」

 虹と電が首を傾げつつ三人のやり取りを眺めている。雨は物憂げにサンドウィッチを口に運んでいた。

「あるよ、ちゃんと。でも、登記の記載に瑕疵があるとか言われたらちょっとまずいんだ。実際ちょっとある」

 風は苦笑いしながらそうだねと言って冷めた紅茶を飲みほした。

「じゃあ、向こうの人は、大多数の生活基盤を壊されても手に入れたい、成し遂げたいことがあるということ?」

「うーん、ちょっと違うかな。警察は違うかもしれないけど、他の三人は禍の侵攻が進めば進むほど、自分たちの生活基盤はより強固になっていくんじゃないかな」

 その意味するところを少し考えて、なんとなく結論が口をついて出てきた。

「つまり、禍の手助けをすることでお金が手に入り、そのお金を元手に彼らはさらに地位や影響力を高められるっていうこと?」

「そういうこと。やくざは草で得た人脈とお金で上部組織の幹部とか顧問とかになれるし、お金持ちは利権と土地を手に入れ都会の事業に存分にお金を回すことができるだろう?」

「お医者さんもね、まぁ、あいつはお金が好きだったからなあ。ウチみたいに大病院を経営したいのかも」

「署長は・・・・・犯罪件数もあがっちゃうけど検挙数も増えて良いんじゃない?分からないけれど」

 じゃあ、玉は?もしかしたら雨の子供かもしれない玉には協力することでなんの見返りがあるのだろうか。あるいはそうではないとしたら。尋ねてみたかったが、雨の傷つく顔をこれ以上見たくなかったので胸に留めておいた。

「だから、彼らが役を引き受けた動機はそういうことじゃないかって思っている。でも、電の話を聞く限り、ソレが引き起こす事態は彼らにとって都合のよいことばかりじゃないのだろうけどね。その辺を知っているのか知らないのかで彼らの目的は変わってくるけど」

「だからそれも含めて目的が不明ってこと?」

「そうだね」

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