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01-

 恭介と共に自宅へ戻ると、親方が玄関先で二人を出迎えた。

「お主が、鹿島恭介じゃな。淡路殿がお主の融機組織レクシーズの資料を残していってくれた。早速メンテナンスに入りたいのだが、良いか?」

「はい。よろしくお願いします」

 うむ、と頷くと、親方は守哉に視線を移す。

「立ち直れたようじゃな。やはり、友というのはすばらしい」

 ガッハッハ、と親方は大口を開けて笑った。その親方に、守哉は尋ねる。

「淡路博士はどこに?」

「出生省へ向かわれた。お主も行くんじゃろう? その顔を見ればわかる……おい、綾」

 親方の巨体の後ろから、綾がひょっこり現れた。泣いていたのか、目が真っ赤だ。

「兄貴、これ……直しといたから」

 俯きながら、綾が守哉の胸に押し付けたのは、純白のコート。

「絶対、伊佐ちゃんを連れて帰ってきてよ。また一緒にごはん食べるって約束したんだから」

「ああ。カレーの材料、買っといてくれよ」

 頭にぽんと手を置くと、綾は顔を上げて腫れた目を細めながら、うぇへへ、と笑った。

「守哉、一緒に行けなくてごめんね」

 御角の申し訳なさそうな顔が、リビングへ続くドアの向こうから覗いている。

「気にしなくていい。それより、自分の体を思いやれ。お前以外は全員怪我人だし、お前だって能力の使いすぎでヘトヘトなんだろ」

「……ありがとう」

「一人でもしっかり未那美様を救い出してこいよ!」

 御角の上から、悪びれる様子もない相馬が顔を出す。綿津野との戦いで負ったダメージを考えれば、意地悪く笑うその表情もやせ我慢なのかもしれない。

「おい、貴様ら。どけ」

 その二人を押しのけて、一之瀬が現れた。

「もう立てるのか?」

「ああ。智長の能力は確かだからな……天橋、すまなかった。トンネルでの戦いで貴様を撃ったこと、謝罪する」

「そういえばそんなこともあったな。もう問題ないし、気にしてない」

「しかし」

「やだな~、一之瀬くんったらマジメぶっちゃって! 過ぎたことはもういーじゃん!」

「黙れ、相馬」

「……相馬の言うとおり、ということにしといてくれ」

 見送る四人に背を向け、コートを羽織る。擦り切れた裾はそのままだったが、焦げ跡や破れはすべて修繕されていた。

「綾を頼む」

「……承知した」

 一之瀬は、力強く頷いた。

 昨日綾が改造してくれた靴を履いて立ち上がると、親方が守哉の背を思い切り叩いた。思わず前によろけると、ガッハッハという笑い声。恭介が苦笑しながら守哉を見た。

「本部に着いたら、四階にある寮へ行くのだ。お前のクローゼットの中に忘れ物がある。それと、カレーは中辛のビーフカレーで頼む」

「……わかった。それじゃ、行ってくる」

 カレーについて念押しする恭介にどこか懐かしさを覚えつつ、守哉は玄関の戸を開けた。




 そして、ここは神威第二築港。

 今の守哉の記憶の中で、一番古い場所――未那美と出会った場所。廃ビル群の間を駆け抜ける風が、守哉の白いコートの裾をなびかせる。

「オーダー、索敵」

「オーダー受理。索敵を開始します」

 可聴範囲を広げると、風の音にまじり、東へ離れていくエンジン音が聞こえた。

「行くぞ、アイリ」

 守哉には、出生省がどこにあるのかわからない。アイリの中にデータはあるのだろうが、改造蒸気二輪で出生省へ向かったという淡路の足取りを追ったほうが手っ取り早い。

「オーダー、両足筋組織制限解除リミッターカットだ」

 オーダー受理、という声とともに、足に力がみなぎる。アスファルトを蹴って飛び上がり、ビルの壁を走って屋上へ。

 未那美を抱えて、第六廃棄街――稲穂へ向かった時と同じように、建物の屋根から屋根へ飛び移りながら、エンジン音のする方へと向かう。

(淡路博士を見つけたら教えてくれ)

 激しい空気抵抗のせいで口を開けられず、頭の中でアイリに指示を出したが、返事が聞こえなかった。マイクから流れた音声が風の音にかき消されてしまったらしい――守哉は、自分に呆れつつマイクのスイッチを切った。

〈淡路十和子を発見しました。左方向、三十六号線を直進しています〉

 即座に脳内で響いた応答に驚きつつも、左方向を見やる。走り去っていく二輪はすぐに見つかった。その姿めがけ、思い切り飛翔する。風をきって淡路を追い越し、彼女の目の前に降り立つ。着地の衝撃が轟音を響かせ、アスファルトは守哉を中心とした円形にへこんで大きくひび割れた。

 落下してきた守哉に驚いた淡路はあわててハンドルを切り、急ブレーキをかける。

「……やれやれ、参ったな。蒸気二輪よりも足が速いとは」

「そうしたのは博士だ」

「違いないな。出生省に行くつもりなら、乗れ」

「ありがたい。走るのはさすがに疲れるんだ」

顎で示されたサイドカーに乗り込むと、二輪はひび割れをよけて急発進、猛スピードで道路を疾走した。

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