-05-
『同化フェーズ中断。ナミシステムの起動を中止します……』
気がつくと、青い光も赤い光も、0も1も消えていた。衣擦れの感触を覚えた肌に、ここが物質世界であると知る。
『ナミシステムの起動を中止しました』
アナウンスが響き、部屋を満たす明かりが白く淡く変わってゆく。
「未那美!」
真っ先に駆け出したのは伊佐だ。守哉も未那美の元へ今すぐ駆け寄りたかったが、先ほどまで感じていた痛みが急に現実のものとなり、床に伏す身体を苛んだ。
「じっとしてろ」
淡路はアイリとナミシステムをつなぐコードを取り外し、そっと盾をこめかみにつけ直してから、倒れていた守哉を助け起こした。淡路の肩を借り、少しずつ卵へと近づいていく。
「未那美、未那美!」
伊佐は必死に呼びかけながら、卵の横に突き刺さっている大きなレバーを押し上げる。システム全体が凄まじい音を立てて蒸気を吐き出すと、卵の中の水位が下がっていく。
「ぐっ……」
うめく伊佐の手のひらはひどく腫れていた。見れば、彼が押し上げたレバーは熱されて真っ赤になっていた。
「未那美、今助けてやる!」
淡路は守哉を伊佐に預けると、ドアを強引にこじ開けて、卵の中に入っていく。未那美とシステムをつないでいたコードをひとつずつていねいに外して、最後に呼吸器を外し――華奢な体を、優しく抱きしめた。
「未那美、未那美。目を覚ましてくれ、未那美……」
淡路の声は、消え入りそうなほどにか細く、震えていた。
「……あわ……じ……はかせ……?」
「未那美!? 未那美か!?」
かすれた声。瞳はまだうつろだが、少女は確かに、
「はい」
と答えた。
「ああ、よかった! 異常はないか? 記憶に混乱は……」
「だい、じょうぶ、です……」
未那美の頬を、涙が伝う。
「天橋さんが……教えてくれました。わたしの、この名前の、本当の意味。私の未来は、まだ、決まってないんだって」
思いがけない言葉だったのだろう、淡路は目を丸くした。
「博士、ごめんなさい……わたし、ひどいことを……」
「……謝るのは私のほうだ。あとでゆっくり話そう。ここに長居はしたくない」
未那美を支えながら立ち上がる淡路を見て、守哉は思わず回れ右をした。そして親衛隊のコートを脱ぎ、後ろ手で差し出す。
「おい、みな……未那美。これでも着てろ」
「え? ……あ、ああっ!!」
未那美はようやく自分が何も着ていないことに気がついたらしい。コートが勢い良くひったくられた。
「天橋さん、見てませんよね!? お父さんも、見てませんよねっ!?」
しかし、場は気まずい沈黙に包まれた。
「ひ、ひどいです」
「いいから、その、とにかく、さっさと着てくれ! そのままじゃ外に出られないだろ」
恥ずかしさからか、声が大きくなってしまう。しかしその自分の声で、また体が痛んだ。倒れてこんでしまいたいのを懸命にこらえる。
「あとは、システム本体を壊すだけだ。こんなもの、二度と使えないようにしてやる」
そう呟いて、自分を鼓舞する。
未那美と淡路が卵の中から出てくるのを見届けたあと、肩を支えてくれていた伊佐から離れ、背に負った黒い刀を鞘走らせる。
「アイリ、両腕の筋組織
「オーダー受理」
腕に力がみなぎるが、体は悲鳴をあげる。先ほどのライフ・キャンサーとの戦いのダメージは深刻だ。
「でも、これで――」
終わる――はずだった。
凄まじい音が響いた。しかしそれは、守哉がナミシステムを破壊した音ではない。
頭上で轟く激しい爆発音。直後に聞こえた無数の銃声。幸いにも臨戦態勢だった守哉の身体は、反射的に奇襲に対応した。
「両脚筋組織
天井を見上げる。灰色にくすむ視界の中で、見据える先だけが極彩となる。降り注ぐ無数の弾丸に向かい、限界まで力を引き出した足で跳躍。構えた刀で次々と弾を切り捨てていく。だが、空中では身動きが取りづらい。しかも、加速した世界にあってもなお、銃弾は速い。神経を研ぎすませて追わなければ、下にいる三人に当たってしまうかもしれない。
〈残り十二個です〉
アイリが弾丸の位置を把握し、予測される軌道を守哉の脳に直接焼き付けていく。過剰な負荷に、頭の中が絶えず明滅する。
一度きつくまぶたを閉じ、そして開く。
上から降ってくる女の姿が、はっきりと見えた。
銃弾を斬り捨てながら女の動きを注視する。戦闘用の青いラバースーツに、なびく長い黒髪。戦いの昂ぶりを隠さない狂気じみた瞳。両手で振りかぶった薙刀は守哉を狙っている。
弾丸は、残り二つ。
(ダメだ、間に合わない!)
仕留め損ねた二発の銃弾が、守哉の真横を通り過ぎていく。弾が目指す先には、未那美がいる――
〈守哉、稼働限界です。
加速したモノクロの世界から、通常速のフルカラーの世界へ引き戻されると同時に、重力が守哉を襲う。
「目が血走ってるわよぉ! もう限界なんじゃないっ!?」
「くっ!」
女が振り下ろした薙刀を刀で受ける。自重の他に女の落下する勢いが加わり、さらには女のかかとから炎が噴出して加速、床がどんどん近づいてくる。
「智長くんの能力でも蘇れないように、脳みそをグチャグチャにしてあげるわぁ!」
「うおおおおっ!」
強引に力を込めて合わせた刃を弾き飛ばし、身を翻して着地する。女もまた、床に足がつく直前にホバリングし、難なく着地した。
その、直後。
「いやああああっ!! 博士っ、博士ぇ!!!」
絹を裂くような悲鳴が響き渡った。思わず、声のした方を振り返る。
「……っ!」
未那美をかばって倒れこんだ淡路の背が、赤黒い。
「ちゃんと当たったわねぇ。直接標的を狙うより、未那美ちゃんを狙うほうが効率がいい……本当、銀次くんの言ったとおりよねぇ」
不気味に笑う女の声には聞き覚えがある。喋り方にも覚えがある。顔にも見覚えがある。
「ナミ……」
「……彼那子」
同時に違う名前を口にした守哉と伊佐は、互いの顔を見合わせた。
「残念だけど、私は彼那子ちゃんじゃないわぁ。あの子が歴代のナミで一番美人だったから、モデルにさせてもらっただけ」
面白がっているのか、女はクスクスと笑う。
「
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