-08-

「でええやぁっ!」

 右から左へのなぎ払いを刃の横で受け、弾いた勢いのままに袈裟に斬る。

「なっ……馬鹿な!」

 急に筋が変わった斬撃を読みきれなかったのか、黒い刃の切っ先が、ナミの左頬をえぐった。一方で守哉も、がら空きになった左わき腹に薙刀の直撃を受けた。アイリのフォローで腹部の強度は増していたが、完全に防御するには至らない。滴る血が脚までも濡らす。

「よくも私の顔を! よくも! よくもよくもよくもォッ!」

「その顔が剥がれたら、綿津野の顔が出てくるんだろう?」

「人間ッ……!」

 口先で煽れば、ナミは顔を真っ赤にして激高する素振りを見せる。だが、それまでのとは少し様子が違っているように見えた。

〈守哉、敵性異星体の戦力分析が終了しました。違法融機組織レクシーズ内の残弾は0。左腕の盾型融機組織レクシーズは修理されておらず破損しています。視界加速ヴィジョン・アクセルが可能な時間は五分おき、持続時間は〇.〇二秒と予測されます〉

「いい加減諦めたらどうなのッ!?」

 美貌が台なしの形相で、ナミが次の一撃を繰り出す。軌道のわかりやすい突きだ。攻撃を受け流すと、守哉は柄の上に刃を走らせ、胸元めがけ切り上げる。しかしナミはすんでのところで体を反らせて回避。裂けたのはラバースーツの皮一枚だけだった。

「身体はボロボロ、味方はいない! 恭介くんたちの助けはない! 一人で私に勝てると思ってるのぉ!?」

「はい。〇.三六秒前に、守哉は勝利を確信しました」

「……今、確信したというの? なぜ……」

「恭介、という言葉が、守哉に仲間の存在を想起させました。これにより守哉の身体及び脳神経系の活動が活発になったことで、守哉は勝利を確信しました」

 守哉を送り出し、帰りを待ってくれている人々。親衛隊のメンバー。綾。そして未那美。彼らの姿が、ほんの一瞬、本当にわずかな一瞬、守哉の脳裏で閃光のごとく輝いた。

 刀を握りしめ、床を強く踏み鳴らす。

〈全身筋組織制限解除リミッターカット

「うおおおおおぉぉっ!!」

 限界を超えた、限界の力をもって、黒い刃が一閃。

 薙刀の柄が、半ばで斬れた。刀身がずるりと床に落ち、高い音を立てる。

 ナミは武器を失った。あと一撃で決する。足のブースターを修復不能に追い込めば、ナミはもう動けなくなる。

――だが。

「私に理解できない理屈を並べないで」

 ナミの瞳が、極彩色にきらめいた。

「……っぐ!?」

 守哉は胸ぐらを掴まれた状態で壁に押し付けられていた。まばたきの間すらなかった。

「戦いは、限界を超えたほうが勝つ」

 片手で首を締め上げられ、つま先が浮く。手のひらから力が抜ける。

「お前はいつもそうしてきた。記憶を失ってもなお戦った。だから私も見習った」

 ナミの形相は凄まじい。目尻からこめかみに激しく青筋を立たせ、充血した目からは血混じりの涙を溢れさせている。

「私は、勝利する。遅れた種に、間に合わせのまがい物に、負けることなど、ありえない」

〈予測範囲外行動。申し訳ありません、守哉〉

「とどめを刺す」

 ナミは刃を失った薙刀の柄を振りかざす。再びの、視界加速ヴィジョン・アクセルの光。ナミは、あらゆる手を尽くして殺すつもりだ。

「死ねェッ!!」


 そのとき、頭の中で、思考が光った。

 言葉ではない。それは、窮地に射した一筋の光明。


 とどめを刺す――“誰に?”


 守哉の頭に湧き上がった疑問に、アイリは答えられない。だが、共に考えることはできる。アイリに蓄積した記録と、守哉の記憶が撹拌され、互いに信号を送り合う。

 それはほんの一瞬だったが、守哉はその一瞬で答えを出した。理屈も学習も裏付けも、何一つない答え。ただのひらめきだ。

 ナミは、誰を殺そうとしているのか。守哉が出した答えに、アイリは――


〈その可能性は〉


 視界がモノクロになる。ナミの振り上げた薙刀の柄だけが、色を持って襲いくる。今、この瞬間、守哉とナミは共に加速した世界にいる。ナミの攻撃は、相対的には通常速のはずだ。

 だが、守哉の目には


〈その可能性は、一〇〇%です〉


 握りしめた右の拳。掲げられた右腕。手の甲のみを強度最大に。それで十分だった。ナミの殺意は、完全に、守哉の読み通りの場所を狙った――守哉とアイリは、最低限の力で、最高の防御行動に成功した。

 ナミの口が動き、問う。

「なぜわかった?」

 なぜ、急所だらけの守哉人間の身体ではなく、右こめかみただ一点を――アイリ補助頭脳を、狙ったのかと。


「勘だッ!!」


 手の甲が、柄を激しく弾き飛ばす。ナミの体が反動でよろめき、守哉の首を締めていた力が緩む。反撃の好機だ。思い切り腹を蹴りつけると、ナミは吹き飛んで倒れた。

 守哉は走った。目の前にいる、人の形をしたナミめがけてではない。ライフ・キャンサーに冒された機械の花、もはや人類を蝕む災厄と成り果てたナミシステムの本体めがけて、その威容を両断するために。

「いやああああっ!! やめてぇぇぇえーっ!!」

 全力で駆ける。全力で振りかぶる。床を蹴り宙へ跳び、全力で振り下ろす。未那美を閉じ込めていた卵が縦一文字に割れ、激しく破片を散らしながら砕けていく。

「でやあああぁぁぁぁっ!!」

 力任せに腕を振り回すと、長い刀身が次々に機械の花びらを切り裂いていく。計器にも余さず刃を立てる。至る所で回路がショートして小さな爆発が起きる。卵という支えを失った大樹の根がずるずると動き出し、部屋全体が揺れ始めた。

 本体を壊せば、本体を守るというナミのアイデンティティは崩壊する。ナミが守哉と戦う理由はなくなる。

「あ、ああ……わ、私が……私の体が……」

 床に倒れているナミは、起き上がることもせず、ただ呆然と壊れ行く本体を見つめている。

「守哉、脱出してください。この部屋は崩壊する可能性が高いです」

「わかってる」

 背中の鞘に刀を収め、伏したままの淡路を抱え上げる。

「……守、哉……無事か」

「傷に障るから喋らないでください」

 淡路の声は、聞き取るのも難しいくらいにか細い。早く治療しなければと、守哉は焦燥に駆られた。

「未那美が待ってる……帰りましょう」

 ボロボロの脚に無理やり力を込めて、守哉は走った。すれ違いざまに、ナミの分体を見やる。追ってこないか不安はあったが、本体を破壊され存在理由を失った分体は、もはや抜け殻のようだった。

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